7月21日
私はともび 小学5年生になった。
今日は日曜日。今、毎週楽しみに見ているものが始まったところ。
「『良い子の皆! テレビを見る時は部屋を明るくして、なるべく離れて見てくれよ。この俺、マジカルレッドとの約束だぞ!』」
大型テレビの向こうで、そのヒーローはお決まりセリフを言って。
自室の中で部屋を明るくし、興奮を抑えてなるべくテレビから離れ。
私の……大好きなヒーローの約束を守っていた。
私達の家族の朝は早い。
社長の父は今日も朝早く会社に行って。
そして副社長の母も会社に行って。
二人とも帰ってくるのは、私が深く寝ている頃だろう。
私が起きた時には二人に会う事はない。
でも慣れた事だから、あまり寂しいとは感じなかった。
それに私には、毎週お楽しみにしている番組がある。
四月に始まった戦隊番組――おまじない戦隊 マジカルレンジャーを見る事が、私の唯一の楽しみなんだ。
『「マジカルレッド……また、僕の事を助けてくれる?」』
『「当たり前だ! 【信じる】と言う魔法がある限り、俺達はどんなピンチでも駆けつけるぜ……だから、君の友を信じる様に、君の中の【信じる】魔法を捨てないでくれ!」』
『「マ……マジカルレッドっ!」』
胸が熱くなる感動のシーンを観終えた時。
ノックを二回して、ドアが開きその人は言った。
「失礼します。ともび様、間もなく9時になりますが、ご仕度のご用意は出来てますでしょうか?」
「ふふ~ん! 実は昨日の夜に準備してあるから準備万端だよっ! 今日はアリナちゃんと遊ぶんだから、お気に入りの『マジカルレンジャーバック』で行くんだよ」
「ご立派です! 私が言う前に準備も出来、しかもお気に入りのバックまで用意してあるなんて。さすが私が仕える世界一お美しいお嬢様、抜かりがなく素敵ですよ」
「もぅ。だから『世界一』は余計だよ、ネ子ちゃん」
相変わらず私の専属メイドのネ子ちゃんは、ちょっと変わった部分が目立つけど。
それでも、いつも一人の私にとっては大切な人だ。
「ともび様」
「うん? なに?」
振り向くとそこに、先程までの笑顔とは違って。
……心配そうに私を見詰めるネ子がそこにいた。
そして、とても言いずらそうに。
「……ともび様、その髪型は本当に望んでお切られになったのですか? 失礼ですが、あまり乱雑に切られている様にお見受けします。……何か学校でされたのではないかとご心配で」
……あはは。
「何回も言ってるよ? 今学校で美容師ごっこが流行ってるから、その貴重な切られ役を任されたんだって~。私もこの髪型気にいってるんだよ? もぅ、ネ子ちゃんは本当に今の女子の遊びわかってないな~」
「……そう、ですか……いいえ、失礼なご質問をしてしまい申し訳ございません」
「ではごゆっくり、ご友人と楽しんできて下さいませ」
「……うんっ! 行ってきます」
――そう言って。
ワクワクと胸を弾ませて、私は元気よく言った。
――――――――――――――。
待ち合わせ場所の公園から少し離れた場所。
薄暗い路地裏の隅に私は……顔を踏みつけられていた。
「けっ。クレカ一枚だけとか寂しいなぁ? あーあ無駄な体力使って損したわぁ本当によ~」
真音は躊躇なく、ゴミ箱にバックがねじ込まれる。
何度も踏まれボロボロになった……私のマジカルジャーバックが、無残にも入れられ。
けど。それを止める気力も……残っていなかった。
「よし皆~、今日は私の奢りだから高級中華でも行っちゃう?」
「いいね本音。食えるだけ全部食おうよ」
「じゃあなトモボッチ。金はありがたく使わせてもらうわ~」
「せいぜいそこでくたばっててくださいいな~あははははは!!」
捲子の笑い声をあげて……気づけば。
そこに真音も捲子も、他の女子達の姿はない。
カードの暗証番号を言うまで容赦なく殴られ、頬は大きく腫れて、
動く気力もなく……。
ポロポロと……自然と溢れ出す涙が止まらず意識が遠のいていく……。
けど、その時に声が聞こえた。
「しっかりしてください! 私の声が聞こえますか!? ともびさんっ!」
揺さぶられて気づくと彼女がいた。
……私の、大切な友達が。
「あ……アリナちゃん? ごめんね、また……やられっちゃた」
「信じられないっ。ここまで暴力を振るってまでお金を奪うなんて。……ともびさん、彼女達が何処に行ったかわかりますか?」
「……高級中華店に行くって言ってたよ」
「木更津で高級中華店はあそこしかありません。……ともびさん、今日は家に帰って体を休ませてください」
「――私は。あの子達と少々話し合いをしてきます」
「ダメだよアリナちゃん! 相手は真音ちゃん達だよ? 捲子とか他の女子達もいる……アリナちゃんまで暴力を振るわれたらッ!」
「大丈夫ですよ。少し、話し合いをしてくるだけですから。暴力沙汰には決してさせません」
でも……「でもっ!」と、それでも止めようとした。
そこまで私の為に動かなくていい。助けに入ったことで親友が傷つけられる事なんて、私は望んでない。
……すると、そこには小指を差し出し。
そこには優しく微笑む、アリナの眩しい笑顔があった
「約束しましょう、ともびさん。私は本当に話し合いだけで帰ってくることを」
――そして。
「これから先も、貴方を友達として守り続ける事をここに誓います。そのための……指切りをお願いできますか?」
……ああ、なんて優しい子なんだ。
生まれて初めて言ってくれたその優しい言葉に、胸が熱くなった事を感じて。
そして、頑張って私は恐る恐ると。
「じ、じゃあ……うそついたらお馬さんに蹴られてね」
「…………恐ろしい事を言いますね。因みに、何で馬なのですか?」
「幼い頃、牧場でポニーさんに乗ってからお馬さんが好きになって……針千本より、怖くないかな~って思って」
「あら、可愛いじゃないですか。ともびさんらしくてとても良いアイディアだと思いますよ」
そう言って――「じゃあ」と。
その合図で、アリナと小指を結んで
「「ゆ~び切りげんまん♪ うっそついたらお馬さんに蹴~られる♪ ゆ~び切った♪」」
おまじないの様な、そんな約束を交わして。
そして、改まってアリナは言ってくれた。
「辛い時は必ず私が傍にいます。だから、ともびさんも強く生きて彼女達に負けないで頑張ってください」
「私の【ともだち】は、私が守ってみせますからね」
「アリナちゃん……アリナちゃん……っ!」
気づけば私は……涙が止まらなかった。
痛かった心も。
体も全てが。
アリナの、その言葉に私の我慢していた気持ちが忘れられるような気がした。
私が泣き止むまで、ずっとアリナは傍に居てくれて。
何分も……止まらない涙を流す、私の頭を撫でてくれた事に。
「今は泣いていいのですよ。気が済むまで私は傍にいますよ……ともびさん」
いつまでも泣いてる私に、アリナは体をさすって言ってくれた。
その優しさに、さらに涙が溢れ上手く言葉も言えず。
結局、私が言えたのは――「ありがとう」の言葉が精一杯だった。
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