第7話 歓迎の一手

 張り詰めた空気が漂う……この空間。

 今か今かと、6人の少年少女達が真っ赤な色の高級イスへと座っていた。

 白駒側に座るは新入部員達――。


 一人は怯えて縮こまり。一人は優雅に紅茶を飲み。一人はふてぶてしく座り。

 

 して、その黒駒側に座る先輩方は――。


 一人はだらしない顔をして。一人はペットボトルの水を飲み。一人はそわそわと周りを伺う。

 

 その者達それぞれの間を挟むのは……一つの盤上。

 綺麗に整列された『白』と『黒』の駒達。互いを睨むかの様、その駒達も対立し並び立つ。

 そう。今まさに刻々と……『歓迎戦』の始まりが迫っていた。

 









「……ちょっとちょっと! 皆チョー真面目すぎだっつーの! なにぃこの空気? 殺し合いでも始まるのかっつーの!?」

 だが――その空間に耐えらず一人の女子高生が第一声を叫ぶ。

 わかっていた事だが……七色がまず、この空気を早速ぶち壊しに来た。

「これぇさ歓迎戦っしょ? ちっともぅ少し……こう、ワーワーはしゃいでもいいじゃん! みんーなチョーピリピリしてるけどさ、もっと気を抜いてもいい感じっしょ!?」

 ギャルの七色はテンションも高く、誰にでも笑顔で接する明るい性格だ。言い方を変えれば、落ち着きの無い性格をしている。

 この頃の女子高生ともなれば、真面目て張り詰めた空気が苦手と言う者も多いだろう。

 まして。ギャルなら尚更……お祭り騒ぎと正反対のこの緊迫する空気は居心地も悪い事だろう。

 だからか、この空気を必死に変えようと。今こうして明るく振る舞いベラベラ喋り続けているのがわかりやすい。



 ……今の空間ではただのKYでしかないが……。



「……で、アンタが私の相手っしょ? ……対局してもらう先輩に挨拶とかないわけぇ?」

「……」

 足を組み……それはふてぶてしく座り、ただ盤上だけを見ている。

 その後輩でもある皇絶の堂々とした態度に、若干怒り気味である七色は。

「気持ちわかんなくもないけどぉ、こぉんな芸能人と戦えるから舞い上がってるんしょ~? 『まじ奇跡って感じっしょ』って……思ってるんしょ~? 図星? 図星っしょ~☆」

 ……だがシカト。

 目もくれる事もなく、皇絶は無反応のまま。

「……ちゆう~か~、こぉんな美人と対局できるからぁって~ホントは緊張してるんじぁゃないの~? 素直に言ったらぁハグゥしてあげよっか? よっ、エロ河童君!」

 ……それでもシカト。

 皇絶は一向に向かない。盤上をただ見つめて。

「あのさぁ~……無視はヒドくない? 総理大臣の息子だからって知らんケドぉ、お前一応後輩だかんなぁ? だから無視すん――」

 




「――口を閉じろ単細胞」





 つい、七色は押し黙ってしまう。

 前を向く彼の姿に……恐怖を感じてか。

 明らかに苛立った口調で言う奴の瞳は。

 ――皇絶は荒んだ眼つきで睨んでいる。

「え……なっ、なにぃ? キレてんのアンタ?」

「お前のその中身空っぽさに腹が立ってる事も知らないとは、これはとても残念な単細胞を持ってるとは同情するぜ」

 そして。そこからの、皇絶の言葉は止まらなかった。

「お前の何処が偉いかは全く知らねぇし理解するのも時間の無駄。ただ単に一年先で生まれただけ理由で先輩面するな、俺より偉いか偉くないかは俺が決める少なくともお前が決める事じゃない。俺から見たら偉くも魅力も感じとれねぇバカ女猿の一種としか見てねぇんだよ」


 ……だからな?


「理解したなら、二度とその口開くな絶対――この低能女が」




 ブチっ、と。何かキレる音が聞こえた気がした。




「はぁぁぁぁ!? なぁ~によこの口悪男っ! 先輩に向かって……その年して上下関係もわかんないわけぇ!?」

「今度は逆ギレかよ。正論言われて何も反論も述べない奴がやる典型的な低能ぶりがよくわかるぜ。こんな格下相手と戦うとか……つまんねー試合になるわ絶対」

「こ、こいつぅぅぅぅぅ~~~~ッッ!」

「まぁ……9対1で言うなら、そこの後輩君が言う事は正しいかもね」

「アンタまで言うかミカ!?」

「簡単な話よ。自分を先輩と認めさしたいなら」


 ゆっくり、美香はその指先を向けた。


 指されたその先に、場所に置かれたキングがある。


「『』って事よ」

 

 ……ふんっ。

「謝れよ? 勝ったらまじで」

「精々その単細胞をフル回転で向かって来いよ。この低能女」

 睨み合う二人。あちら何時でも準備万端のようだ。


「随分と手慣れたものざますね? その匠の言葉に、拍手を送りたいぐらいざますわ」

 その言葉に、ミカンも気づいたように目線を合わせた。

 足組で腰を掛ける、その姿は余裕にもとれる態度で座っている。

「短い付き合いだけど、これでも一緒に行動する事も少なくないから。一応、七色の事はわかってるつもりよ」

「……失礼。私は、アイドルを少々誤解していたところがあったざます」

 静かにティーカップを置き、笑みを浮べ。ラベンダーは目の前の。

 一個上の、先輩にも拘わらず。

「たかが能無しの女共が醜態を晒し踊る、お頭の弱い者共の集まり――だったものかと。いやはや、それなり脳だけはあるようざますね」

 ……その瞳は冷たかった。

 見下すその視線は興味なさげに、まるで嘲笑うかの様に。

 まさしくそれは……宣戦布告。

 しかし。一方の美香は――笑っていた。

「厳しいお言葉をありがとっ♪ お礼に、一言だけ言わせてもらうと」

 笑みを絶やす事なく、テーブルに置かれた自分のペットボトルを手に取る。

 一口、自分の口でのみ。

 その水を――ラベンダーのティーカップに注ぐ。


「アイドルが頭良くなきゃ、アイドルの天下なんて取れるわけないじゃないの」

 

 テレビで見るあの華やかな笑顔など面影ない。

 一言で言うなれば……それは、勝負師の顔。

 薄気味悪く笑ったその素顔は恐怖さへ感じる

 二人から伝わる凄まじいオーラ、闘争心が肌でも感じ取れる。

 ラベンダーと美香の戦いも、いつでも対局する準備はできたようだ。

 





 そして……最後の対局席。

 そこに二人の少年少女が座っている。

 どの対局よりも注目する一局がそこで行われようとしていた。


 そう。白子の戦いが――今、始まろうとッ!

 







「ねぇ~白子ちゃん♪ 何が好き? 食べたい物あれば僕が食べさせてあげるからね~!」


 こ の 温 度 差 。


 何? コイツ戦う気あるのか? バカなのか?

 これから対局するにもかかわらず騎士は吞気にだらけ。

 その対応に困ったように……白子は苦笑いを浮べていた。

「あのぉ~……先生、別に私が戦わなくてもいいじゃないですか? 私まだ全然戦い方とか覚えてませんし、こんな初心者が相手だと先輩に失礼ですよ……」

「仕方ないだろー白子。穂希は組の重大な会議で昼に早退しちまったし、残ってる人を数えるとお前入れ丁度なんだから諦めろー」

 一応、白子の対局相手に目線を写すと。

 鼻の下を伸ばし「げへへぇ」と気持ち悪い声を漏らし。

 何かゴニョゴニョと独り言を呟いて、まるで一人お花畑で遊んでいるようだった。

「……それに、アイツは組長さんよりマイプリンセスさんと戦いたいだろうよー」

「その呼び名やめてくださいよぉ~、案外呼ばれる方は恥ずかしいんですから……」

 そんな茶々を入れられ少し困った顔を浮かばせるも。

 諦めた様に、白子は溜息を吐いて。

「……あのぉ、ごめんなさい。こんな初心者ですが対局お願いします鐙先輩――」

「おっと白子ちゃん! 僕の事は苗字ではなく名前で呼んでくれたまえ。『きしせんぱぁぃ♪』でも『きーせんぱぁい♪』でも。でも白子ちゃんが言えば何でも可愛いから特に後者の方で呼んでくれるとありが」

 





「「騎士?」」






 ニコっと笑みを浮かべ。しかし目元は笑っていない。

 不釣り合いのその表情は、恐怖さえ感じだ。

「うちら合コンしてるんじゃねーぞ? 呼び名なんてどぉーでもいいし無駄な会話すんなし」

「いやいや。これはただ後輩とのスキンシップであって、別に下心で戯れていたわけじゃ」

「可愛い後輩とただ戯れたいなら、見てても不愉快だし私的には帰って欲しいな~」

「あのな~……何故お前達がそんなに不機嫌か僕にわからないが、あまりストレスを貯めてしまえば戦争にも影響が出てしまうから気を付けろ……まったく、そこだけは配慮して欲しところだよ」

「「……この鈍感ナイトが」」

「何か言ったか?」

「「いいえ 何 も 言 っ て ま せ ん け ど 何 か ?」」

 押し黙る騎士はよくわからない表情を浮べ、乙女達は「ふんっ」と、さらに不機嫌そうにそっぽを向く。


 ……まぁ、あちらはあちらの問題で置いとくとして。


「んじゃ、軽くルール説明してから始めるぞー。悪いが放課後まで時間が残り少ない……で、特別ルールで各持ち時間は1分として戦ってもらう。『いかに短時間で考え最善の答えを出すか』としての特訓も兼ねての戦いだから、そこだけは了承して戦ってくれー」

「制限時間は下校時間の10分前、今から40分後だなー。ちんたら無駄な思考時間は省くようにしてくれよなー」

 そして時計の針は今――16時を知らせる鳩時計の音が。


 鳥の鳴き声と共に、この戦場に鳴り響く。

 




「それじゃあ――戦争ゲームを始めてくれ」





 その言葉が終わると同時、それぞれが駒を持つ。

 皇絶は荒々しく駒を置き、ノンストップで七色も駒を掴み前進させる。

 ラベンダーは優雅にティーカップを口に付け、駒を掴み。

 真剣な眼差しを向け、美香も駒を掴む。


 今この瞬間――――歓迎戦が始まった。


「うぅぅぅ~……緊張して手が痺れて、手が開きませんっ……」

「大丈夫かい白子ちゃん!? 今、ドクターヘリを呼ぶべきなのだろうか……ッ」

 ……緊張感が台無しだ。




 ☆  ☆  ☆




 

 時間も経つにつれ、30分過ぎた頃。

「ビショップb5――チェックメイト」

「なぁァ!?」 

 皇絶が置いた白のビショップ。そこに黒駒の王が逃げる隙も無く、例え空いた所へ動かすもそこに待ち潜む白駒のクイーンに奪われる。どの道、七色に逃げる手段はなく。

 皇絶の勝利が……確定した瞬間だった。

 ……でも、結果を受け入れる事出来ない七色は。

「偶然よ! たまたまナイトの所をビショップでa6に置いた所さへなかったら普通に私が勝ってたっつーの!」

「そうよもう一回。もう一回対局すれば今度は私が勝つからぁ! こんな偶然で勝ち逃げされたって認めるわけがぁ」



「いいぜ。何回でもしてやるよ」



 ……「えっ……」と言葉を漏らし。

 七色には予想外の反応だったのか、言葉を失ったようだった。

「何回でも相手してやるって言ってんだ。何だ5回か? 10回か? 俺は100回でも相手してもいいんだぞ?」


 ……でもよ。


「俺が100回勝ったら――お前はそれでも『』っと言い張るのか?」

「……なにそれ? まるで私が100回負けることが前提みたいじゃないの」

「当たり前だろ? その乏しい戦略で何戦何千回やっても同じ結果だ……プレイヤーが成長しない限り同じ結果は見えてるんだよ」

 太々しく見下ろす様に……それはまるで、ゴミ屑を見る目で。

 容赦なく皇絶は言う。

 




――





 ……悔しさのせいか、それはわからない。

 徐々に体を震わせ……そして。

「まじぃ絶対にぃ……絶対に絶対に絶対に絶対に絶対にぜぇぇぇぇぇったいに勝っていつか『先輩』って呼ばせてやるから覚えとけ口悪男ッ!!」

 涙ぐんで言う七色の言葉を……フンっと、興味なさげに鼻で笑った。

 これでまず。皇絶と七色の対局は終了した。




「ステールメイトね」

「引き分け、ざますか」

 一つ溜息を残し、ティーカップをテーブルに置いた。

「侮っていましたわ。貴方のその実力は『本物』のようざますね……お見事ざます」

「いやいや、私のf3のナイトを見逃しでc5にビショップで攻めてきたアナタも十分すごいよ……えーっと……」

「『ラベンダーちゃんっ!』と、お呼びするざます」

「ああラベンダーちゃんね。……何で『ちゃん』付けが含まれてるかわからないけど、よかったらこれからも対局に付き合ってよ。七色だけだと、ちょーっと手応えないからさ」

「……気が向いたらざます、ね」

 一口、ティーカップに口を付けラベンダーは興味なさそうに言う。

 美香達の戦争も『引き分け』ではあるが、一応戦争が終わったようだ。

 

 で。比べてこいつ等ときたら……。


「え、えーっと。じゃあ私は……ポーンをt4――」

「ダメだ白子ちゃん! そこではビショップをa6に置き僕がチェックメイトしてしまうッ! 安全策として、ここはキングを1gへずらし避けるんださぁ白子ちゃん君なら出来る!」

「…………キングを、1gへ……」

 何だコレ? おままごとか。

 全国で何千対局とチェスの対局を見て来たがこんなお遊びな対局は初めてだ。

 白駒の数は7駒でクイーンはあり。黒駒の数は11個のクイーンはあり……状況は一応騎士が有利に進めてい様だが。

 まったく。あんな調子で助言をして真面な試合になるわけがない。


 ……騎士が相手なら、また『アレ』を見れると少し期待していたが……あまり期

 待に出来そうにない。


「そうだね……んじゃ、僕はビショップをここに置くとしよう♪」

 確かに、その一手は正しい。

 別に騎士は考え無しに置こうとした駒じゃなく、確実に騎士はあと数手で決めようと出した答え。

 このままの予想通りの展開でいけば先にチェックメイトを宣言するのは騎士になるだろう。

 あいつの中では確信を持ち、迷いなく置いた確実の一手。

 そう、最善の一手のはずだ。――だが。

















 それを少女はたったの一言で否定する。















 コトンっ。










「 当たった 」 








 その一言が――ポツンっと、この空間に響き渡る。


 違和感のあるその『言葉』に、重いプレッシャーを感じ。部員達が息を飲むその視線の先に、誰もが目を向ける。


 そこに座る、白旗の少女はただ……無邪気な子供の様に。




 ――笑って、ただ盤上を眺めていた。




「し、ろこ……ちゃん?」

 困惑するのも無理はない。騎士も初めて見るなら驚いても仕方ない事。

 その鋭い眼光が、騎士を見詰めて。

 








 光を放つ――真っ直ぐな瞳がそこにあるなら。










   一週間前、白子がここに来た時だ。

 あの時、初めて対局した白子は言った。

 チェスに初めて触れるにも関わらず、何一つ説明しなかったナイトを一手で動かしてみせた。

 当然疑問に思った私は、「何故、説明もしていない駒を動かせた?」と問いかけた。

『初心者』と名乗って経験者だったとしたら、なんて失礼……いや、礼儀がなっていない女だと呆れるところだ。

 ……しかし。白子は戸惑いながらも、俯いたままに口にする。






『よくわかりません……気づいたら、夢中になってて』。






 正直、わからなかった。

 この子は何を言っているんだ、と。とても疑問に感じた。

 だが、それが今なら納得する。

 




 あの真っ直ぐな瞳になった時――白子は『夢中』になっている。

 周りなど眼中になく、ただ頭の中で想い描いた駒の行先が――戦略が――展開が――彼女の中で全てが回り始めたんだと。

 白子が『夢中状態』になった時、そのスイッチ一つが全てを動かす。






 その一瞬前の、弱く縮こめていた少女の面影はそこにない。

 空気も、盤上さへも一瞬にして変動した。

 その少女、白旗の女子高生はそこにいない。

 今ここにいる少女は目の前の騎士を倒そうとする。




 ――最強のチェス少女の姿が――そこにいるッ!




「私はクイーンをc5へ」

 ――今。黒駒の、一つのクイーンが盤上から消え去る。

 額に汗をかいて、驚く表情を隠しきれない騎士の気持ちを置いてけぼりに。

 ……その少女、白旗の女子高生は無邪気に笑って宣言した。



「 チェック 」――と。



 チェスにおいてクイーンは『最強の駒』とされ、攻め手には必須とされる重要な駒だ。

 しかし。先にクイーンを失うと言う事は……大半の戦力を奪われた事を意味する。

 駒の数など関係ない。クイーンをいつ奪われたかで勝敗は大きく揺れ。




 クイーンの駒は、それ程にも大切な駒なのだ。

 盤面は一気に白子が優位に立った事は事実。


 だが騎士は……不気味に、楽しそうに言う。


「認めよう白子ちゃん……君は、本当に可愛いよ」

 口元だけを――笑って見せて。

 騎士はその少女、白子に向けて心から誉め言葉をこぼして。

 ゆっくりと――その左手で口元を抑えた。

 

「容姿は言うまでもなく、性格も、その表情も、そして……その戦略も全てが可愛いと思ってしまう」

 








 そう――だからこそ。

 










「たかがあと数手まで僕を追い込んだと思っている、そんな白子ちゃんが本当に可愛いよ!」

 








 その気迫と共に――白駒が一つ、盤上を去る。

 口元を隠したままに、騎士の指したその駒がクイーンを消し……その場に消した証明するかの様に。

 馬の駒――ナイトが置かれていた。

 





 先程までの騎士はここにいない。

 好意を大っぴらに、デレデレしてグダグダなチェスをする彼と打って違う。

 今そこに座る少女を倒そうと、本気で倒しにかかる彼の姿が。

 ――とてつもない圧迫感に襲われる、。

「私はビショップをf4へ」

「可愛いねぇ! あくまで『攻め込む』事は止めない……ああ本当に可愛いよォ!!」

 


「ナイトをf3――チェックッ!」



 白子のキングを捉えた。

「私は、キングを1dへ」

 だが、白子は慌てない。

 キングを一歩横にずらし、ナイトの的から外れさせた。

 

 だが無難の正解だろう。

 変則的な動きをする分、上手く勝敗を決め付けられないナイトだ。それは一般的には正解の一手だと言う事は間違いない。

 

 そしてそれが白子。この対局で、


「ナイトをd2へッッ!」

 再びそのナイトを置き、次には……ポーンが消え去る。

 

 



「始まっちまったね……きっしーの本気」

 遠目で見る七色は、見慣れた様なセリフをこぼし。

 そんな言葉に気に留める事無く騎士は再び、駒を掴み上げ。

 連続6手目の――ナイトを盤上へ叩き込む。

「あぁありえないざますッッ! 同じ駒を何手も続けて打つなど……しかも、たかがナイトをっ」

「『たかが』じゃないよラベンダーちゃん」

 それは間違っている……と。

 真っ先に、美香はその考えを否定した。

「あれこそが……キシの戦い方なのよ。つまりは本気モードって事ね」

「……『同じ駒を何度も置く』行いがざますか?」

「『同じ駒を連続で置く』と言うのは確かにそう。盤面によるかもだけど……基本はアホ手の一種で上級者は滅多にしない行いとされているわ」

 ――しかし。

「けどね、騎士のナイトは普通のナイトじゃないのよ」

「……どういうことざますか?」

「信じてもらえないかもしれないけど。例えるなら、私たちが置くナイトには置く場所は決まっている、それはどの駒も同じことが言える」

 けどね?

「騎士が置くナイトは――どこでも置けるナイトへと化けるのよ」

 それは全ての計算の元があって出来る……常人外れた神業とも言える。

 騎士はそれを、簡単に可能にしてしまったのだ。


「馬遊び。又、違う名で呼ぶのならそう」 

 それは別に騎士本人が付けた技名でもない。

 美香達が決めた名でもない、ただ世間の王様達から見れば信じ難い駒捌きを見て誰もがこう言うだろう。


「『馬遊ナイト・ゲーム』――と」

 

 変則的な動きを得意とするナイト。

 それを連続で動かし続けると言う事はその変則的に動く行先・展開・戦法を全て理解してなければいけない。

 世間一般的に考えれば……これを高校生で「理解しろ」と言われ理解できる内容ではない。

 ――だが、騎士だけは違った。

 困難と呼ばれるその行いを、本気一つで全てを可能にする。

 何を考えているか……それすら理解は出来ない。騎士の頭の中には、想像を絶する思考がされているに違いない。

 

 才能――と、言えばいいのか。

 

 だからこそ騎士は好きな所に置く様にナイトを動かし攻めていく。

 

 

「よく見とけ、一年共」

 


 【コレ】が実力だと。

 【コレ】が才能だと。

 【コレ】が現実だと。

 それらの意味を込めて――堂々と束花は宣言した。




 

「これが、我が部のエース――鐙騎士の力だ」

 




 盤上は黒駒側の優位に進む。騎士はナイトを動かし、一手一手着実に白駒を潰して行く。

「ああ、可愛い者を見るといつも心がワクワクするよ。それが何故か……白子ちゃんには分かるかい?」

 苦しい戦場の最中、突然騎士はそんなことを問いかける。

 盤上の優位は一気に黒駒が染め、白子の白駒も駒数も残りたった5個と苦しい状況に頭を悩ませ。

 制限時間の短さが更に苦しめ……焦る気持ちが抑えられない。

 そして彼は……騎士は言った。











「――弱いからだよ」

 









「弱くても頑張ってるその姿……そんな白子ちゃんみたいな子を可愛く思ってしまう」

 ――だから。

「だから僕はっ! 今こうして全力で楽しんで戦っているんだよ白子ちゃんッ!」

 つまりは……連続9手目のナイトを置いたことを表す。

 今、その瞬間――この闘いの結末が決まった。
























               【 敗 北 確 定 】




 





















「……ご……な……さい」

 ぷるぷる。と、体を振るえ。 

 その瞳から――あの真っ直ぐな瞳は消え。

 それは綺麗な……土下座だった。

「ごご、ごめんなさいぃぃぃぃ!! 気付いたらなんか駒が動かしてて何をしたかわかりませんが怖いので許してくださいっ! 見てくださいこの白旗を綺麗な白旗をっ! 許してください許してください許してください本当にごめんなさいでしたぁぁッ!!」

 白旗をぶんぶんと揺らし、完全敗北を示していた。

 ……その行動に。

 騎士はあろうことか……場所の駒達を膝で蹴り飛ばし。

 盤上に膝を乗せ……がっしりと。


 包容を決められていた。


「もぉ~♡ 可愛いね可愛いよ白子ちゃん。謝り方も可愛いな白子ちゃんわ~!」

 白子を抱きしめ、子猫をあやす様に可愛がっていた。

 だが、その行動に待ったがかかる。 

「ねぇ~キシ~? 後輩とスキンシップにしては……『抱き着く』度が過ぎてると思わないかしら?」

 ……どうやら、さすがの騎士も気づいたのか。

 恐る恐る、その後ろを振り返った先には……アイドルらしからぬ冷たい目線で。

 引きつった笑みを、なんとか作り立っている美香がそこにいた。

「み、美香……何か勘違いしていないか? これは~そうだな……そう! 決してスキンシップの行為ではないんだ」

「スキンシップじゃなかったら何かな? 痴漢?」

「なわけあるかぁ! ……これは挨拶だよ。スポーツマンでも互いに熱い試合した後にハグするじゃないか? チェスもスポーツだからな……だだ、だから決してこれは好意的につい抱きついてしまったのではなく、白子ちゃんの試合がとても熱い試合に感動して体が動いてしまったんだ! な? わかってくれたか美香?」

「……みかっち。私の分までよろしく」

 七色のその合図に、怯える騎士の方へ歩み寄っていき……そして。

 手を、騎士の前に差し出す。

「踊ろうよキシ。私アイドルだから、ダンスは上手い方だよ」

「あ、あぁダンスか……。別に断る理由もないが何故今ダンスをするアアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 何故グルグル回すんだ!? こんなのがダンスなわけがあるかァッ!」

 五回、六回、七回と徐々に回転スピードは上がって行く。

 恐らくがっしり手を握られ、騎士は手を放せず回転が最高スピードに達した。




 そして――その手を。




「少し冷たい壁に当たって冷やしてきなさいよ。この鈍感で変態のぉ~~~~~~~~~~~ロリコンナイトがぁぁぁぁーーッッ!」




 離した。



 当然に勢い良く水平に飛んでいき、あまりスピードも落ちることなく。

「ぐへぇ!」 と。

 物凄い勢いで壁に衝突した。いくら丈夫な壁でも穴が開くのでは? と、思える程に。 

 気を失ったか、騎士はぐったり地面へと倒れこむ。

 静まり返る空間。

 だが、それでも騎士は最後の力を振り絞って。

「し……しろ、こ、ちゃん……愛してい……る、よ……」

 その言葉を最後に……ガクっと。

 安らかに目をつぶり、今度こそ力尽きたように気を失っていた。













 最後辺りはごたごただったものの。

 無事に? 波乱の歓迎戦は終了を迎えた。










 ☆  ☆ ☆



「で。いつまで寝てるんだお前はー?」

「……先生。お気づきなら早々にお声かけくださいよ」

「いいからお前は仕度して早く帰れー。」

 部員達が帰ってから30分近く経った頃だろう。

 部室には束花と騎士だけ……他の部員達は早々に帰った後だった。

「どうよ新入生共のお力は? 先輩からしたら物足りなかったかー」

「…………先に帰れと仰ったのは先生ですよ? いいんですか、そんな話持ちだしても」

「今はお前が部長だからなー。一応、参考にもお前から見た意見だけ聞かせてもらおうか」

「横目で見た程度ですが……それでもよろしければ」

 ソフアーに座る束花は顎でその場所を指した。

 騎士もそれを察したのか、束花と対面するようにソファーに腰掛ける。

「まず皇絶と言う子……上手いですね」

「それは戦術を言ってるのかー?」

「御冗談を。束花先生から聞いてた通りでしたね」

 



「『言葉』ですよ。」

 



「盤外戦術ではあるものの、挑発一つで相手の心理を乱すのは大きい、序盤でやられたら相当精神的にも辛いでしょう。ですが決して良い行いでありません。しかし、彼にとってはあれが、彼なりの戦い方なのでしょう」

 だが……騎士は鼻で笑って。

「『今の所』はあの戦い方は通用するでしょう。後の事は彼の成長次第……と、言うところですね」

 続ける様に、次はラベンダーについて語ってくれた。

「ラベンターは判断力が素晴らしいと見受けました。的確に置くスピードの速さでは断トツ、我が部の中では一番でしょう」

 チェスにおいて置く速さはとても大事な意味を持つ。

 相手が時間一杯まで捻り出した一手を出したとしよう。

 しかし。わずか数秒で駒を置かれてしまったらどうする?

 相手は息つく余裕もなく、再び制限時間に迫られた過酷な状況に落とされる。精神的苦痛も想像以上のことだろう。

 それは判断力、そして決断力が無ければ続行出来ない行為。一般の大人でも難しい事を高校生でそれをやるには無理とも言える。

 だが……ラベンダーはそれを唯一行う。

 とても珍しい王様プレイヤーで、相当の戦力になるはず。

 それだけは、我が部に来てくれたのは嬉しい事だ。 



 さてさて。



「お待ちかねのー、お前が愛したお姫様の感想でも聞こうかなー」

「あの謝る健気さと可愛い顔がマッチングしてそれはもぅそそる程ベリーグットでッ!」

「真面目に答える気ねーならもう帰ってくれー」














「……何者ですか?」

 











 真剣な眼差しで……まるで問い詰めるかの様に。

「少なかれ、初心者の動きでは決してありません」

「言ってるだろ騎士ー? それが事実なんだよなー」

 束花は立ち上がって、騎士の目を見てハッキリ言う。

「『自称』初心者だってな」

 そして……またも束花は、このセリフを口にする。









「断言する――白子は、この世で最も∞ドルに近い女だ」

 







「……貴方は、本気で仰っているのですね」

「私はいつでも本気だぞ騎士ー? して、これも本気で言える事だ」

 あくまで可能性にすぎない……。

 だが、その可能性もあり得るからこそ……騎士に言わなければいけない。


「騎士。お前もいつか白子に――」


「おっと先生、失礼ですがそろそろ門限がありますので今日はこれで失礼しますよ。先生も今日はお疲れの様なので、ゆっくりからだを休ませて下さい」

 一礼し「明日もよろしくお願いします」と言い残し、床に置かれたバックを手に取って。

 無言のまま、騎士はドアノブに手をかけた。 



 ……。



「僕も負けてられませんよ。……今後もし、勝ち進んだ先に白子ちゃんが立ち塞がるなら――

 すると。

 騎士は振り返り……ただ一言だけ。







「僕にとって∞ドルは――命が関わっているのですから」







 本心はわからない。騎士がどの様な気持ちでその表情を浮べているのか。

 ただ分かるのは。











 その笑った顔に――揺ぎ無い信念を感じた。


  







 ☆ ☆ ☆ 

 


次の日の朝。

生徒達が登校する中……とぼとぼ、と。歩く白子達がいる。

だが……ふらつく白子を心配する様に、夕陽は声をかける。

「白子? 顔色悪いわよ? 目にも隈が付いてるし」

「あはは……実はね? 昨日上手く寝付けなくて、気づいたらもう……外が明るくなってたんだよね~」

「それ全然寝てないじゃないのよ。大丈夫? 可愛そうだけど、よっぽど酷い夢を見たのね」

 そうだね……とても酷い悪夢だったね。

 あの人が抱きしめてきて。

 あの人が頬をすりすり擦り寄せてきて。

 あの人が逃げる私を何処までも追いかけてきて。

 『次寝たらキスされるんじゃないか』……と、そんなことを思ったが流石に連続であの人の夢を見るわけがないと思うじゃないですか。

 ……寝る直前、【 敗 北 確 定 】の未来を見てから、そこから寝れなくなったのは言うまでもない。

「げっ、またあの女の群れ共がいるじゃない……見てても邪魔だから一発打ち込んで蹴散らそうかしら」

 物騒な発言にもツッコム気にもなれず、前だけを見てみる。

 そこには昨日と全く同じで、校門前からずらっと並ぶ女子集団の列がいた。

 誰を登校待ちしてるのかわからない……だが。

 昨日の事を振り返ると、あの人かも知れない可能性も0ではない。

 そう思って、思わず白子は口にした。

「……ミカンちゃんかもね」

「だから、そう言う夢の話は――」

 











「「「「キャーーーーっ! 騎士様の登校よぉぉぉぉ!!」」」」

 












 何重にも重なった甲高い声が、校門前の全体に響き渡る。

 白子達の後ろから……馬の足音にも聞こえる音が聞こえ。 

「おはよう! 白子ちゃん! 今日も晴天の青空で君の眩しい姿が更に輝きを増して素敵だ」

 その声がする方向。後ろを恐る恐ると……振り向いた。

 


 ――白馬がいました。



 何故かこの日本では場違いのはずの白馬に乗った…………騎士先輩が。

 爽やかに、笑みを向けています。

「あぁマイプリンセスよ。またここで運命的な出会いをするとは……僕達はきっと赤い糸で結ばれた運命の二人だと、白子ちゃんも思いませんか!?」

「はいはいソウデスネー。だからあんな夢とか見ちゃうのかもしれませんねーハイ」

 『赤い糸』と言うよりは『呪いの鎖』に繋がられているのでは? と、言う事は言わないでおこう。

「はぁ? 誰よアンタ? うちの白子に気安く話かけないでくれない? ……オイ、聞いてんのかナルシスト?」

「そうだ白子ちゃん。君のその手を、差し出してくれないか」 

「え? 手ですか? なんで手なんかを――きゃ!?」

 突然、体ごと持っていかれ。

 ぽすんっと。

 白馬の背中に……騎士の後ろに乗せられていた。












               【 敗 北 確 定 】










 そして……白子は見てしまった。

 これから先に、生き地獄の5分間が待っている未来を。

「な……何してるんですか鐙先輩っ!? あのっ、降ろしてくださいよお願いします!」

「さぁ白子ちゃん、思い出作りに下駄箱まで付き合ってくれたまえ」

「おおお降ろしてくださいっ! 私、馬とか乗った事もありませんし危険ですからやめた方が」

「オッケーっ! 振り落とされないようしっかり腰に捕まっててねっ? それじゃあ――」

 私に拒否権はなかったようです。

 先輩、オッケーって何? 何に対してのオッケーかをまず教えてくださいお願いします。

 そして、そんな願いも届くわけもなく白馬が走り出し。

 校門を潜り抜け、女子達の中を駆け抜けて、初めて馬に乗る世界に生きた心地がしない。

 女子達のブーイングと罵声が飛び交う坂道。

 それは白子が見た【下駄箱まで白馬に乗り、この後に待ち受ける怒り狂った女子達の集団から必死に逃げ苦しむ】と言う、敗北確定の未来通りだった。

 この時は、やけに長く感じたのは気のせいか? それはわからない。

 ……とりあえず。













 着いたら急いで体育館倉庫に隠れる準備だけはしとこうと……心の中で思った白子であった。

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