5月4日


私はともび。小学4年生。






 昼休みが終わる頃、子供たちが少なくなった廊下。

 その人気が少ない場所から聞こえる……女の声。

 女子トイレから聞こえる……悲しむ声。












 二人の同級生に囲まれ、その中心にその子はいる。

 必死に顔を隠すように腕の中ですすり泣く声。

 髪は便所の水に潜らされ。サラサラだった髪は今では汚い水に濡れたまま。

 数分前まで、綺麗だったロング髪は。


 ……無残にも。斜めにざっくりと乱雑に切られた跡が……。


「ウケるわーマジで。髪の毛切られただけで泣くとか情けねぇとか思わないわけ?」

「……ひっく……ひっく……」

「……オイ。返事ぐらい返せトモボッチッッ!!」

 容赦なく拳を食らい、倒れたと同時……。

 地面には、赤い液体が流れている。

真音ほんね~、加減ぐらいしねーと面倒くさいだろ。ほら? 汚ねぇ血口から出して~、『真音達がやった』って言われたら証拠があって大変だろ」

「そんなどうでもいい事で心配すんな捲子まくこ。トモボッチが言わなきゃいい話だろ……そうだよな? トモボッチ?」

「………………はい」

「いい返事だ。また勘に障ることあったら遊んでやるからさ」

 ――それは加減などない。

 容赦なく、力強く私の頭を踏みつけ……ニヤニヤと笑って言う。

「せいぜい大人しくしてろ」

 それだけを言い残した真音達は、気付けばそこにいない。

 ――トイレで倒れ込む、私しかいなかった。

 








 何をしたんだろう?

 私が教室にいたから? 黙って隅で大人しくしてたから? 誰とも関わろうとしなかったから?

 私は、何故いじめられたのだろう?

 身に覚えのない……原因もわからないまま、暴力を受けて。

 何でこうなったんだろう?



 

 わからない。



 

 




 私にはわからない。






 

「……アナタ、大丈夫?」

 優しく聞こえたその声……誰だろう?

 重い身体をなんとか起こそうとしても、上手く立ち上がることができないで。

 心配そうに、その子に抱えられ何とか起きる事だけはできた。

「酷い血だわ……ちょっと待って、少しじっとしててください」

 その子はポケットからそれを……ハンカチを取り出す。

 すると、私の口元に当て。血を拭きとってくれようとした。

 けど。

「……大丈夫だよ。ハンカチ汚れちゃうから……後で私が拭くから、そのハンカチしまって」

「ダメです。じっとしていてください」

 きっぱり断られ、彼女は頬に優しく当ててくれた。

 私が痛まない様、軽く血の付いた口を拭き取り。

 彼女が「もぅ大丈夫ですよ」と、声を掛けて。

 頬を触ると……血はもぅ綺麗に拭き取られ、跡形もなくなっていた。





「アリナです」





「……え?」

「私は、アナタの隣クラスの生徒。アリナと言います」

 自己紹介が終わると、アリナは立ち上がり。

 ……私に、手を差し伸べてくれた。

「私も友達が少ないです。アナタが良ければ、私の大切なお友達になってくれませんか?」

 優しく微笑む、アリナはそう言ってくれた事に。

 私は少し……躊躇してしまった。

「いいも何も……こんな私が友達でいいの? こんなどんくさくて、こんな可愛くもない私でも……こんな私でいいの?」








「別にいいのですよ、ともびさん。これからよろしくお願いします」










 その言葉に、涙が出そうになった。

 先ほどまでいじめられていた事も忘れ、痛さも忘れるほど。

 とても嬉しくて……「ありがとう」と言葉をこぼしていた。












 そう――学校で初めての友達が出来た瞬間に私は心から笑っていた。

























 その時に、大事な事に気づく事もなくて。




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