第5話 これが憧れの高校生活!


 壁の向こう側だろう。廊下からこのような言葉が聞こえてくる。


「松橋の話って面白くない? 笑い堪えられなかったわ♪」

「だよね! 最後の話が中学時代にモテたノロケ話とか、そこに持ってくるセンスだよね」


 女子生徒の声だ。先生をネタに二人の弾んだ会話が聞こえてきた。

 次第にガヤガヤと廊下からは生徒達の弾む会話が聞こえ、他のクラスはHRが終わった事だとわかる。

 壁越しながらも、和気あいあいと聞こえてしまっているあちらの空間が羨ましくつい横目で見てしまっていた。

 あっちは天国だ。どんな領域だろうと廊下だろうとあそこが天国なのは間違いない。



 比べて、私達のクラスはと言うと――。



 頬杖して太々しく睨む人。

 我慢するあまり体が震えている人。

 中には鼻をすすり、顔を抑えて涙を流す人も。

 一部を除き、全クラスメイトが自分の怒りを抑えていた。

 クラスは31人。

 白子を除く生徒達の殺意の眼差しは、ただ一点を見つめていた。

 その人は……いや、一応あれでも教師なのだから先生と呼ぶべきなのか……。

 だって仕方ないじゃないですか。今、目の前にいる人が本当に私達の担任なのかと疑いたくもなりますよ。



 ――だって、31人の生徒達の前で黒板使ってお絵かきしている人がいるなら。



「先生。その黒板、私達が掃除したんですけど?」

「おーそうだな。私が掃除しろって言ったからなー」

「……謝罪は、しないんですね」

「わかったわかったー、今消すからそんな怖い顔するなクラス委員長―」

 曖昧なその解答は、むしろどうでもいいようにも伺える。

 そう言って私達の担任、口笛束花くちぶえたばなは振り返りあくびを一回。

 そして、ようやく10分遅れのHRが始まろうとしていた。


 ……黒板の、お絵かきした絵を消すこともなく……。


「おっーしお前ら全員揃ってるなー? とりあえず空いてる席あるなら教えろよー」

 シーンっと、教師に送る言葉を「はい」ではなく無言で返す生徒達。

「ほい。じゃ適当にHR始めるかー。特に連絡はー……なしだな。最後に私の言葉らしいが簡単に話して終わるわー」

 かったるそうに肩を回し、また今度は大きなあくびを一回する。

「私が担任に着任してから四日と経つが、正直まだお前らとの間に壁がある事は知っているー。まぁ私もな? 好きで担任になったわけでもない」

 そして、先生は言った。

「あと、ハッキリ言って私はこのクラスが嫌いだ。うん、大っ嫌いだー」

 ……クラスの殺気が高まったのは気のせいでしょうか?

 あぁ……斜め前の男の子、握ってた鉛筆折っちゃったよ。

「お前達が『私』を嫌う様に私も『お前達』が嫌いだー。別にいいだろ? お前達がそうなら私もそのつもりだー。そこだけは覚えとけよー……?」

 ……束花は、少し考えて「ちょっと待て」と生徒達に待ったをかける。

 しばらく考えた素振りを見せ……。


「訂正するわー。白子を除く『お前達』が嫌いだけだから、そこは理解よろしくなー」


 別にいらないですよね? その付け足し全くいらないですよねそれ!?

 私に対する周りからの冷たい視線が集まっている事を束花先生は気づいているのか……?

 あぁ……本来なら今頃は和気あいあいとした空間だっただろう。

 四日前の元担任なら気が利いたジョークをかまし、その笑いにノる生徒達の笑い声。

 私さえ我慢すればきっと、このクラスは暖かく温もりがあるクラスだった。

 そのはずが……どうしてこう生徒達が怒りに燃える火の海になり果ててしまったのか。

 それについてはまた別の日に分かる事になる。



 思い返せば、この学校では沢山の事件に巻き込まれてきた。



 この奇皇帝きこうてい高校に入学してから、まだ二週間も経たずにして沢山の出来事がありました。

 入学して早々、あの人に勧誘された時が全ての始まりだったと思います。

 友達の命を懸けて、初めて三日の初心者である私が何故かチェスで決着をつける事になって。

 信じられないのが、その相手に気付けば勝ってしまっていた事。

 そのせいか、テニス特待で入学するも一週間後には中半強制……いや、脅迫とも言えるだろう。

 何故かテニス特待はチェス特待へと書き換えられ、気付けばチェス部へ入部。

 今思えば、たったの二週間でこんなことが起きていたことが不思議なことだ。

 今からこんな騒がしい日々が続くと思うと……その、あれです……胃が痛いです。

「少しずつな? お前達と距離が縮まれるぐらいの努力はするつもりでいるー。けどな、お前達が近づこうとしない限り意味なんてないし無駄だし時間が勿体ないし。『束花先生って嫌われ者だし、私だけ媚び売って成績あげてもおう~』とか言う奴は本当嫌いだから、そんな媚びいらねーから私に近づくな」 

 どうしてそう炎に石油を流し込む様な言葉を言うのかな……。

 束花の話が続く中、白子の胃は痛む一方……。

 お腹をさするも効果はあまりなく、収まる気配はない。

 いつになればこの地獄の空間から抜け出せるの、や――――。


















             【 敗 北 確 定 】
















 ……あぁ、またか。またなのですか。

 白子は机に突っ伏し諦めモード。それは現実逃避するかのようにも見えてしまっても仕方ない。

 溜息も吐きたくなるだろう。

 無言で、右手には愛用の白旗を揚げてこれから起こる未来に降伏の意を示している。

 この、今ここで白旗を掲げている少女――葉田白子。

 

 そんな白子には、誰にも言えない一つの秘密を抱えている。


 その力に気付いたのは保育園時代の頃。

 ほんの些細な事だ。

 あの時を境にこの力を、その時初めて理解した。



 それは――『自分の敗北確定した5分後の未来が見える』――と言う物であった。



 と、まるでメルヘンに聞こえなくもないこの力……ハッキリ言うと……迷惑だと思っている。

 唯一この力を知る友人は「時によってはその未来を見て避けられるなら最高の力じゃない」

 っと、まるで羨ましそうに言っていた事は覚えている。

 それが本心かは別として……。

 でも……白子は一つ疑問に思っていた。

『この力がなかったら、こんな性格じゃなかったのかな?』と。

 勝つこと、競うこと、未だに恐怖を感じているのは変わらない。

 いつも頭下げて、謝り続けている事が当たり前。それで平和になるからと思い続け生きてきた。

 元から気弱い性格もあり、さらに敗北の未来を見ることで恐怖心が強くなりすぐ謝る体質になってしまった事も事実だろう。


 ……そう考えると、何故『この力』を持ってしまったのか。


 ふと、そんな事を思う事がある……あるが。

 考えて出してもきりがないと分かっている白子は、さっぱり忘れるようにしている。

 どっちにしろ。この不思議な力の原因がわかるまでこの力が消える事はない。

 今の白子に出来る事と言えば最低限、誰にもこの力がバレずに日々を過ごすこと。

 当分の間。これを目標に短い高校生活を楽しみながら過ごすことにしよう。

 とりあえず……目の前の現実に戻る。

 この後の、胃が痛くなるような白子の敗北確定した未来に備えて。

「おっと。時間も時間だし、まあ私の話はそんなところだー。まあ明日からでも仲良くやっていこうなー。そんじゃ、ホームルームしゅーりょ」




「消えろォォこのっバカ教師がぁぁぁぁぁッッ!!」

 



 その轟音が、白子の真後ろで響くと同時だった。

 音速すぎて見えなかった物体――ひび割れた黒板に突き刺ささっており、その位置が丁度……口笛束花が立っていたところで……。

 ぼてっと床に落ちて。黄色い球体の時点で、それがテニスボールだとわかる。

 いや、わかっていたと言えば正しいだろう。

 束花先生に対し特別の殺意があり。時速220㌔の弾丸サーブを軽く打ち放つ。

 そして、何より……白子の後ろの席から、その打った突風が巻き起こった。

 この3つの時点で。白子の親友である事は明確。


 唯一。白子にとって大切な親友であり、元テニス部のペア……赤橋夕陽だ。


 でも最近の夕陽ちゃんとは言うと……何だろう。壊れてる?

 最近の夕陽ちゃんはおかしいです。

 ……当然の如く避けている先生も十分おかしいけどね!?

 ガシっ!

「さぁ行くよ白子っ! 今日こそテニス部に再入部して、私と一緒に日本一を手にするのよっ」

「……えっと、ね。私もうチェス部に入部しちゃったから難し――」

「まーたまたっ。白子がそんなこと言うわけないでしょっ~」

「……お願い。落ち着いて夕陽ちゃん私の話を聞い――」

「そうよね白子テニスしたいわよねっ!? よーしじゃあ私に任せてテニスコートへゴォォォォォォォォ!!」

 加減など皆無だろう。白子の腕を抜くかの様に引っ張られ……。

 全力疾走。夕陽に引っ張られ、白子達は教室から突風の如く出て行った。


 教室に残された生徒達はただ茫然と見送って、言葉も出ない模様。


 因みに。先ほど見た敗北確定の未来は、

【夕陽にテニスコートまで振り回され、自分の胃が苦しむ敗北の未来】。

 付け足すと。これが5日前から続いているので……切実に、胃が何個あっても足りない現状が続いていた……。





 ――――――――。





 廊下を駆け抜けて。

 5段跳びで階段をも駆け下り。

 次々と生徒達を追い越すその速さに、誰もが驚き茫然と見つめていた。

 

「ま、待って待って! 一回待って落ち着いて話そうよ夕陽ちゃん」

「落ち着けってほうが無理な話よ! 私の大切な白子が勝手にテニス部から退部させられて。で? 何? よくわけわからないチェス部に強制入部されて私が『あ~納得♪』ってできるわけないでしょ!」

 急激に、走る速度がさらに上がる。

 ついに外を飛び出し、校舎の一つ二つの三つを通り越し。

 全力疾走で駆け抜ける事、一分近く……わずか50m近くの所に夕陽が目指した場所が目に入る。

 テニスコートだ。

 八面も人工芝で設備されたテニスコートが目の前に広がり目前と近づいていた。


 ……今さらだが、疑問に思う事が一つある。


 チェス部員である白子がテニス部のコートに入る事に意味があるのか? チェス部員なのに。

 まさか夕陽は、白子がテニスコートに入った所でテニス部に戻れると思っているのでは……?

 冷静に考えれば無理な話になるが……夕陽は果たして、それを分かっていての行動なのかが疑問に残る。

 一応、本人に聞いてみることにした。

「夕陽ちゃん……一応だけど、私がコートに入ったら入部させる方法は考えてあるんだよね?」

「そうよね白子もテニスしたかったでしょ大丈夫私達のコートはちゃんと確保してあるから安心しなさいっ!」 

 ダメだ、もう言葉すら聞こえてない……。

 あとわかった事と言えば、この調子だと何も考えてないな~っと言う事。

 『強引に顧問を脅して、後はまた二人でテニスができる』と、思っているはず。

 あくまで、幼馴染としての勘にすぎないが。

 それでも、あの束花先生がそんなあっさり手を引くとは思えないけど……。

「さぁ白子! いざ、私達のテニスダブルス日本一を目指す夢の再始動よ~!」

 そう言って、キラキラと目を輝かせて夕陽はさらにスピード上げ。

 ついにテニスコートへ踏み入れる――。





 直前だった。






「「きゃぁぁぁぁ!?」」





 ――瞬間、目の前の景色が暗転。

 暗闇の中、何が起きた脳では瞬時に理解が追いつけない。

 傍から見れば大きな穴……ちょうど二人分が入る見事までに計算された落とし穴に白子達は落ちてしまっていた。

 すると……ひょぃと、体が宙に浮き。

 そして宙に舞う白子を見事両手でキャッチ。


 呆れた顔で、束花が立っていた。


「鬼ごっこは終わりだー、歩くの疲れたからなぁー……さっさと部室行くぞ白子ー」

「え? あっ……はい」

「そこは断りなさいよ白子!?」

 息を切らし、穴から這い上がってきた夕陽は怒り交じりに叫んだ。

「しつこいなーパンツ一丁オマケも。白子はテニス部には戻れないって、何回も説明すればわかるだろー?」

「だから、それで納得する訳ないって何回も言ってるだろ……あとその不愉快なあだ名いい加減にやめろ恥ずかしいからッッ!!」

「えっ、案外気に入ってると思ってたんだけどなー」

「全世界であだ名に『パンツ一丁』って呼ばれて喜ぶ女が何処にいるのよっ!?」

「お前の偏見だろーそれ? 一人ぐらいきっといるわー……多分」

 怒りの沸点も壊れる寸前だろうか……夕陽の握りしめるグリップ部分から一瞬メキっときしむ嫌な音が聞こえた気がした。

「聞けバカ教師。今、ここで選ばしてあげるわ。素直に白子を『テニス特待』として扱いを戻して、白子の身柄を渡すか」

 それとも。

「白子を連れ去るなら、この私を倒して持って行くかのどっちか選びな」



「あー。錦鯉にしきごい選手が素振りしてるー」



「どこどこっ!? ついに来たわね錦鯉、アンタを日本一の玉座から引きずり降ろすこの時が。さぁラケットを構えな、日本一の名誉から女子高生に負けた不名誉を飾らしてあげるから覚悟……………」

 ……束花が指を指した先。夕陽の高らかにラケットを向けた先……確かに人は居た。

 ただしそれは、日本一テニスプレイヤーの錦鯉ではなく。ボール磨きをしているテニス部の顧問だった。

 すぐさま、夕陽は後ろを振り返る。

 綺麗さっぱり、先程までいた二人の姿はなくなっていた。

 ほんの2秒ほどぐらい、そこにいた白子達の姿があるわけもなく。

「私のばかぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 轟音が響くと同時、夕陽が放つスマッシュサーブは銃弾の如く直撃していた。

 顧問の……顔面に。

 ピクリとも動かない、地面に横たわる顧問もこう思っていたに違いない。



 「(私、何もしてないのに……っ)」と。



 ☆ ☆ ☆


 奇皇帝高校。木更津市内では知らない者はいない。

 敷地面積も一万坪、生徒数は6万人を裕に越え、その規模は大きくなっていく一方。

 既にそこは一つの町として出来上がっていた。

 普通に入学しては十桁越えの額を払う必要がある。が、主にこの高校はある事に選ばれた生徒に関しては入学費・授業料など全てが無料になる制度が存在する。

『スポーツ推薦入学』。

 奇皇帝高校は主に『優秀なスポーツ選手の育成』を集中したスポーツ校と言っても間違いではない。

 中学時代に優秀な成績を残した生徒を手当たり次第に勧誘し、未来有望の生徒達をとにかく集めている。

 例え、それは県内とは限らない。

 北海道であろうと沖縄であろうと関係なく勧誘する。

 豪華な設備と暮らしやすいマンションもあり、県外の生徒達の受け入れも万全。これも全て無料だ。

 それがこの千葉県木更津市にあるマンモス校、私立奇皇帝高校。


 しかし、裏を返せば『スポーツ』以外の関係には全く力を取り入れていない事も事実。

 先日。体育館で行われた部活紹介にて閉幕式の校長からの挨拶では、

「『成果』を出せない部に金を出す価値などない」と、堂々と宣言したからだ。


 現実に、去年の春に成立した軽音部。

 皆で気楽にバンドをやった後、残り活動時間の半分以上は放課後ティータイムで満喫。



 そんな楽しい時間を続けた結果――わずか一年経たずに廃部。



 部員達も猛抗議したそうだが、その行動は空しく呆気なく部は解散となった実例も存在する。

 そう、『成果』を出さなかったからだ。

 以降も他のスポーツとは呼ばれない部は作られては廃部の繰り返し。ほとんどが一年経たずに廃部し、長続きした部など数えるほどもいなかった……。



 ただ、一つを除いては。



 階段を上って3階の廊下、奥に進むと異様な空間がそこにある。

 嫌がらせでゴミ袋が数袋も積まれ、ドアには読めない落書きだらけ。傍から見れば近づき難い場所、そこにその部は存在した。

 3年前、部として活動し始め何一つの成果も出さずに生き延びている部が今もある。

 部員達が活動しているのかも怪しく謎に包まれたまま、その部は密かに活動し続け生き延びている。





 それが――チェス部だ。





「よぉー待たせたなー、お前ら全員来てるなー?」


 ドアを軽く蹴り飛ばし、スタスタと辺りに目もくれず束花は既に来ている部員達の中を通り抜けていく。

 豪華なシャンデリアが天壌でキラキラと輝きを放ち。これもまた豪華な高級なテーブルとソファーが並び高級ホテルと思わせるほどだった。

 外との汚いドア付近とは違い、煌びやかな空間が白子達を出迎えた。


 しかし。物静かなこの空気は未だに白子はこの空間に馴染めないでいる。


 一人は真っ赤なソファーで寝ている男子。


 一人は丸テーブルでティータイムをする女子。


 一人は一角の畳の上で目を瞑っている男子。


 先生が入って来てもお構いなしに、独自の時間を満喫していた。

 軽々しくポイっと白子を放り投げ、白子はソファーにそのまま尻餅を着く。

 走り続けたせいか、四日間の疲労も消えているわけもなく。無意識に、白子は思わずため息を吐いてしまった……。

 ……約一名、その溜息に感が触ったらしく。反対側のソファーで寝ていた彼からお叱りを受ける。

「おい白旗女。ため息吐く暇あんなら俺の周りのゴミでも掃除してろ絶対」

「え、あっっはいぃ!! ごごごっ、ごめんなさい! 今すぐ掃除の準備をするのでっ、少し待っててくださいごめんなさい!」

 すぐさま壁に掛けられている箒を手に取り、あたふたと白子はソファー周辺の床を掃き始めるも。

「オイ。お前の目は節穴か? そこのホコリ見えてねーのかよぉオイッ!」

「ごめんなさいごめんなさい、私の目じゃ全く見えてませんでしたごめんなさいごめんなさい今取りますからごめんなさいッ!!」

 指差した場所をすぐさまに箒で掃き取り、また指摘された場所を掃いて、指摘しては掃いて……また掃いて…………後は繰り返し。

 このチェス部に強制入部してからものの、前より胃が持たれる事が多くなった。

 原因を上げればきりがないが、少なくもチェス部が原因なのは間違いない。

 ……特に部員。

 少なかれ、このチェス部には私を除く同級生である三人の男女達が所属している。

 そして。この三人が私の不満が増える原因を作り出していると言っても過言……いや、断言できる。

 先ほどから嫌味なしゅうとめさんの典型の様に指摘してくる彼もそう。

 見た目は長身の体で、荒んだ目をしているけども整った顔立ちでイケメンの部類に入る顔。

 でも、言動全てが威圧的。正直、白子にとっては苦手な部類に入る人種だ。

 まだ「掃除しろ」はまだ優しい言葉。二日前、機嫌が悪い時など。

『息止めてろ』

 っと、本気で言われた時なんて……辞めよう、思い出すだけでトラウマが蘇って吐気がする。

 その彼が問題児の一人目――上代皇絶かみしろこうただ。


「何してるざますか下婢かひ? 掃除など後で良いざますから、私のお茶に付き合えざます」

 ティーカップに口づけて、優雅に飲む彼女が言って来た。

「えっーと、ごめんね? あと少しで終わるから、待っててくれるとありがたいな~なんてっ」

 ガチャン!

 っと、荒々しくティーカップを置き……冷たい視線を向けてくる。

「そんな生意気な言葉を吐くとは……下婢は、ご主人の命令一つも聞けないようざますね?」

 あっ、ダメな展開だコレ。

 白子の中の危険信号が赤を点滅させ、危機を予告している。

 ……よしっ、落ち着こう私。

 この危機的状況を回避する手段をいつも通り言えばいい事。

 だが死を覚悟して……そして、白子は言った!

「――ごめんね。ラベンダーちゃんなら、良い子に待っててくれと思ってだけど……難しかったかな?」

 ……自分で言っていて、なんて失礼な言葉だろう。

 傍から見れば『喧嘩売ってるのか?』と、思われても仕方ない暴言。

 少なかれ、今にも怒り出そうとしている人に幼稚扱いするなど失礼どころの話じゃ済まない。

「…………も」


 ――ただし。


「…………もぅ」


 ――ラベンダーにとってそれは。




「もぅ~嫌だわ下婢ったらぁ~♪ 小さく可憐な私にお褒めの言葉を使うとはずるいざますよ~♪」




 コ レ が お褒めの言葉に入ってしまうのだ……。


 まだ全てを理解したとは言えないけど、自分に対し『小さい』事を連想させる言葉は全て気に入っている様らしい

 小さい=可愛い? と、言う捉え方をしてるのかもしれない。

 髪も染めた色じゃなく、綺麗な金髪ロングヘアーがサラサラとなびき。身長も小学生と見間違えても仕方ないほど身長は小さい。

 口にしなければ、わがままな部分も省けば良く教育も環境も行き届いた上品な女性……さすが本物のお嬢様と改めて思う。

 ちなみに、この人も問題児である二人目――王城おうじょうラベンダーだ。


「そこまで頼むなら許すざますわっ♪ 気が済むまで綺麗にするのざますよ~」

「アハハソウダネー」

 苦笑いであるものの、嫌々ながら白子は掃除を再開し始めた。

 アンティークな棚の上。

 束花が寝そべる教卓の周り。

 ホコリがありそうな場所は軽く箒で掃いて、

 (あと……まだ掃除してないところは……)

 思い当たる所を探し、思い出し様に壁の端を。

「……あっ」

 っと、振り向いた矢先。

 ギロッと、きつく鋭い目線が……バッチリと合っていて。

 ……よりによって、この部で一番視線を合わせたくないと思っていた人物と視線が……それはもうバッチリと。

「……」

 無言。視線が合おうとも、彼はただジッと見つめてくる。

 目に見えない、恐怖と緊張感が重く白子の心を襲う。

 白子が住むこの街。木更津にも数え切れぬヤクザが存在していたことは知っている。

 他県に比べ。木更津はその中でも治安が悪く有名だった時代もあり、数多くのヤクザが今も独占している現状だ。

 その中でも千葉県……いや、全国のヤクザが恐れおののく組が木更津に存在した。



 『極道星屑組ごくどうほしくずぐみ』。



 名を聞いただけ失神する人も少なくない、それほど恐れられる極道の中の極道と呼ばれている。

 そんな星屑組の……若頭様が……。

 何故、このチェス部で瞑想に浸っているのが一番気になる。

 そして。それが問題児の三人目となる――星屑穂希ほまれだ。


「ごめんなさいごめんなさいっ私のせいで瞑想の邪魔になりますもんね!? 騒がしくごめ」

「オイっアマ」

「ひぃぃぃぃぃぃッッ!?」

 ドスが聞いた声に悲鳴を上げ、思わず白子は箒を胸に引き寄せていた。



「謝り声が一々目障りだっつてんだ。毎日も言わせんじゃねぇぞ――オイ?」



「……はい……ごめんなさい……」

 消え去りそうな声を残し、申し訳なさそうに畳の周りを軽く掃除し始めることにした……。



 ☆  ☆ ☆



 やっと掃除が終り、白子はそのまま真っ赤なソファーに腰を落とした。


 目に届く範囲の所までしかないが10分程度でいつも通りの場所を掃き終わった所だった。

 そんな時ふとっ、我に返って思う事がある。


 ……ここ一週間全くチェスをやってないっと。


 半ば強引の形とは言え、チェス部に入部してから今日でちょうど一週間目。

 実際、このようにチェスと関わりない頼み事が明らかに多いとは薄々感じていた。

 ……いや、気づかないほうが無理だろう。

 振り返れば4日前、部に入って早々がトイレ掃除。終われば床磨き、その次は棚やチェス盤の掃除で。それだけで一日が終わる日が四日も連続……私はメイドかな?

 私は今も思う……この選択は正しかったのか?

 果たして私はこの部に入部して、よかったのか? ……と。


「あら。やっとお暇そうざますね下婢」


 そんな白子の気も知らず、ラベンダーは気づいた様に声をかけてきた。

「では改めて。アナタに一つどうしてもお聞きしたい事があるのざますが、お時間はよろしくて?」

 いや、ここで考えていても仕方ない。

 何事もなく、一日が終わるならいいじゃないか。争うこともなく、平穏に終わるならメイドでも何でもやろう。今はそれだけでいいと思う。

 ……白子はニコっと、頑張って笑顔を浮べ。

「大丈夫だよ。私で良ければ、何でも話聞くよラベンダーちゃん」

 すると、ラベンダーはもう一つのティーカップを手に取り紅茶を注いでいる。

 きっと『ちゃん』付けが気に入ったのだろう……気のせいか、鼻歌をしてとても上機嫌の模様。

 重い身体を起こし、白子はラベンダーと対面する形でイスに腰を落とし。

「えっーと、どうしたの? もしかして、悩み事だったりする……?」

 自分でも思わず聞いてしまったが、まずないだろう。自我が強く、我がままほうだいのラベンダーに悩み事なんて、

「あらっそうザマス♪ このチェス部に入ってからずっと疑問に思っていたのざます。もしかすると下婢なら分かってくれると思い声をかけたのですが、主の思考を先に読み取るとはさすが私の忠実なる下婢ザマスねっ」


 えっ、そうなの? どうやら当たっていたらしい……。


 ラベンダーはまたティーカップに紅茶を注ぎ、白子の前に差し出す。さらに機嫌が良くなったことがわかる。

 ……ティーカップが二つになった……。

 まだ一杯目も飲み切っていないが状況だが、せっかく注いでくれた物だからと苦笑いを浮べつつも白子は二杯目の紅茶を口に付けて。





「下婢。退?」





 ゲっっふぅッ!?

 勢い余って紅茶を喉に詰まらせ、白子は盛大に咽た。

 ……引きつる顔で、恐る恐るとその視線をチラっと向ける。

 ――皇絶君、ガン見してるじゃないですか……。

 

「無礼者で、自分の娯楽しか頭にない野蛮児とはまさにこの事。来ては寝るだけのグーたらぶり、私から見たら何て無様な人と思うざます。……下婢、あなたもそう思うざますよね?」

 振りますかソレ!? 本人が居る前で言う相談内容じゃないでしょ!!

 背中から伝わる冷たい視線もある……下手な事は決して言えない……。

「そそそそうかなぁ~~日頃大変な事をしてるから疲れてると思うよ? ほらっ! きっとチェスの予習とか、勉強で忙しいんだよきっと!」

「それなりの実力があるなら話は別ざますが、私から見ても力も戦略も乏しい……本当、何故こんな愚か者を入部させたか理解に苦しむざます。加えて自分がお荷物だと自覚していないのがまた腹ただしいざますよね~下婢♪」

 聞こえてる聞こえてる聞こえてる聞こえてるからァッ!? お願いだからこれ以上喋らないでっ!

 

 ガチャンっ!! っと。


 音先に目を向けると……案の定、皇絶が寝そべるソファー方面。

 無残にも、綺麗に並べられていた駒達は床に転がって。

 代わりにチェス盤の上には一本の足が乗っていて……舌打ちが聞こえた。


















             【 敗 北 確 定 】
















「……あのね、皇絶くん? ラベンダーちゃんも悪気があって言ってるとは思えなくてね? 別に皇絶君が嫌いなわけじゃないと思うから、気にすることはないかな~なんて!」

 もう必死、思いつく限りの言葉で説得。

 『問題児三人の喧嘩が勃発し、白子の胃がさらに悪化する』と言う敗北確定の未来を避けるためなら。

 避けられるならいくらでも言おう。


 頑張ればきっと、無理な事なんてない!


「そうだ! 二人ともお互いの事を知るためにも話し合うのがいいと思う。お互い話し合いで解決したほうが、きっと分かり合えるからだから」

「ペチャクチャ言わずに白旗女は絶対そこで黙ってろォォっ!!」

「ごめんなさいッ!!」


 無理でした……。


 白旗を揚げ、綺麗な土下座を決めて完全敗退……。

 すると、皇絶はソファーから立ち上がった。

 スタスタと歩み寄るその姿に、白子は恐怖のあまり体の震えが止まらない。

 そして……ついにラベンダーの横に、怖い目つきで見下ろす皇絶が前で立ち止まった。

「何だチビ嬢、たかが不満も直接本人に言えないのか?」

「あら? 私はただ下婢にほんの小話をした程度ざますが――何か御用で?」

 ティーカップを口に付けて、紅茶をすするラベンダーは至って冷静。

「何様だお前? 人様と話す態度は愚かマナーすら知らないとはな」

「あなたこそ、勝手に人の話を盗み聞きして文句を言うとは、ハッキリ言えばはしたない話ざます。あら失礼、そんなことも頭に呑み込めない程、ご理解がない人間だったざますね」

 ティーカップをテーブルに置き、フッと呆れたような溜息を一つ。

 


「さすが、はマナーがなってないざますね」



 ……ああ、言ってしまった。

 ラベンダーは躊躇なく、それを口にしてしまった。

 心の中で決して皇絶の前では言わない禁止ワードがある。

 まだ二週間も経たない時間であるものの、皇絶と言う人間を全て理解したわけではない。

 でも一つ、一緒にチェス部で過ごしていく内にわかったことがある。

 現在の総理大臣、上代京志郎かみしろきょうしろう

 日本国民さへ恐れられていると聞いている史上もっとも怖い総理大臣とも呼ばれているらしい。

 ……比べて、今ソファーで太々しくお昼寝を満喫し、ゴミ一つ落ちてれば嫌味を言う彼。

 正直、総理大臣を父に持つ人とは全くイメージがかけ離れているのが本音。

 ……そう。皇絶はその総理大臣の息子なのだ。

 

 同時に、皇絶は総理大臣である父の事を相当嫌っている。

 

 それなのに……その禁止ワードを軽々とラベンダーは口にしてしまった。


「――そうだな。お前の言う通りだチビ嬢、盗み聞きした事だけは謝ってやる」

 全く皇絶に目線を向けることなかったラベンダーは、横目でチラっと目線を皇絶に向けていることに気付く。

 予想と反して、あの皇絶が謝罪する姿勢に少し驚いていたのかもしれない。珍しいとラベンダーは思っている事だろう。



 あっ、ヤバい。



 先ほど見た敗北確定の未来……これから皇絶が何を言うことなどわかっている。

 だから辞めさせないと、あの言葉を言わせては決していけない。何故なら……そう、皇絶が素直に謝罪する気など、全く思っていないのだから。

「気分を害したことには詫びてやるよ。悪かったな――」

 だが、白子の弁解よりも数秒早くに皇絶の謝罪が始まってしまう。

 同じくして――その禁止ワードを言ってしまう。



「――



 ピくっ。と、今口に付けようとしたティーカップを持つ手が止まった。

「……誰に、おっしゃってるのざます?」

 先ほどよりもワントーン下がった声。

 ラベンダーの表情は……強張っていた。

「図星のショックで機嫌悪くすんなよおばさん。考えてみろ、今時語尾に『ざます』付ける辺り、それが一々ババァ臭を増してることぐらい気づけないか。脳も年増ってことかぁ~?」

「……だまり」

 次第に、ラベンターの震える右手が尋常なく増していく。

 ティーカップから熱い紅茶が零れ、自分の手にかかるも構いなく。


 ……そう。これがラベンダーに言ってはいけない、とてもダメな部類の言葉。

 ラベンダーは小さい=可愛いと捉える思考で物事をとらえている。

 単純に裏を返してみれば、その逆も存在すること。

 と、言う事は――デカい=ブスと捉えていても不思議ではないのだ。

 『おばさん』もそう。ラベンダーの中では、それも『デカい』と言う部類に入ってるのだから……。

「あーあー。耳聞こえてますかおばさん!? 単に言い返せないのか年増で耳が聞こえてなくなったのか俺には絶対わかんないな~」

「……っだまり……ッ!」

 震える身は見るからに増していき、目元にも若干の涙が出ていることがハッキリとわかる。

 ニカっと、勝利を確信したかのように笑みを浮べ。

 皇絶は確信した様に、止めの一言を言い放つ。

「ババァって事ぐらいは自覚しとけ――この、

「黙りなさいこの無礼者がァァァァッッ!!」

 ラベンターが構えたと同時、それは一瞬。

 白子の左手を引き寄せ、皇絶を庇う形で白子の体がラベンダーの前に立っていた。

 ……つまり、このままだと私が紅茶を被るわけで。

 バッシャァ!

「ちょょょょぉぉッ!? 熱いっ熱い顔にかかった痛い熱いっ熱いぃッ熱いよぉぉぉぉ!?」

「邪魔ざますよ下婢っ。私の味方に付くならそこをお退きざます……分かったなら、即座に返事ざますッ!」

「ご、ごめんなさいっ!?」



 ……あれ、謝るところ間違ってない?



 何が何だが理解が追いつけず、口喧嘩はさらにエスカレートしていく。

「どうすんだオイ……汚い紅茶がブレザーにかかってシミになったら弁償するんだよなオイ!?」

「野蛮児の服なんかどぉぉぉぉうでもいいざますッ。可憐で小さく可愛い私に向かって何……おばさん? 年増? 言葉を選べこの薄汚い総理大臣のダメ息子が!」

「あーあ言ってくれるなぁ~もう泣いても許さねぇぞ年増ァァ!?」

 二人の怒号が飛び交い、勢いがさらに増して仲裁所ではない。

 助けを求めるにも左右見渡した所で机の上でグーたら寝そべる先生がただ一人…… 論 外 !

 終止が付きそうにないこの大喧嘩……気のせいか、さらに罵倒はエスカレートしていき。


「おいおい随分生意気なお嬢様だなぁ~、ベラベラその汚ねぇ口も閉ざせないのかこの『ピーーーー※』の女がッ!」

「何ですってェ!? 『ピーーーー※』とは、この『ピーーーー※』の『ピーーーー※』がぁぁぁぁ!」


 良い子は絶対聞いてはいけない悪口のオンパレード……聞き覚えのない、でも明らか悪い単語の部類に入るその言葉に恐怖のあまり震えが収まらない。 (※一部表現は隠してお届けしています)

 神様……どうかお願いします。

 ……誰か、誰でもいいですからこの喧嘩止めさせて……ッ!

 




「――オイ。少しゃぁあ口を閉じろこの益せガキ共がァ」





 その時。静かな声で、ドスの効いた声が耳元に聞こえる。

 同時に息が止まるかの様なプレッシャーが肩に重くのしかかる。

 チラっと、振り向いた先……鋭い眼つきで白子達を睨む彼の姿……。

 明らかな苛立ちを見せる穂希が舌打ちを一回して。

「てめェらの喧しい声でこちとら静かに瞑想もできねェンだ。少しゃァ口閉じてろォ」

 物静かに怒りを感じさせる声で、息を吸うことも出来ない威圧感に圧倒されていた……。

 その瞳は、まるで人一人の命を奪いそうな鋭い目つきで。



「――次騒いでみろ。オメェらの首一つ落ちる覚悟はしとくンだなぁ」



 ……沈黙が漂う。

 あれほど暴言を繰り返していたラベンダーも皇絶も口を閉じ、大人しくなっていた。

 さすが誰もが恐れられる組長……改めてその存在を、怖さを痛感した。

 でも結果はどうあれ、終わる見込みがなかった口喧嘩も収まって、私としてはホッと一安心。

 これにて無事に喧嘩も終了! 晴れて私の(胃に)平和が訪れ――。



「あぁ? その程度でビビらせてるつもりか組長さんよ?」



 ただ喧嘩の輪が広がっていくだけだった……。

「『瞑想してる』とか何だか言い張ってるがよ、お前ただ目を瞑って寝てるだけだろ絶対。寝る為に部活来てんなら家に帰ってベットで寝てろ」

 あなたもソファーに寝に来てるだけの気がするけど……恐れ多くて口にはできない。

「テメェのようにソファーに寝に来てる悪ガキには言われたくわねェなぁ」


 ……さすが組長様、平然とおっしゃる。


 堂々とツッコムその姿に清々しさも感じる。

「総理大臣の息子かナンだが知らねぇがァ、自分が殿様だと思い込む悪ガキほどめんどくせェ奴はいねぇ……本当に、めんどくせェことだ」

 静かに立ち上がった後、……下駄? を履いて、穂希は静かに歩き出していた。何にも表現できない、ピリピリとしたオーラを放ちながら。

「わしと対等に話そうとする度胸は褒めてやらァ」

 でもな――っと。

 穂希は静かにその足を止めて立ち止まり、鋭い目つきで睨みつけていた……。

 荒んだ目で睨みつける皇絶と対立するかの様に。









「誰に向かって口出してンのか――わかってんだろォうなァ餓鬼ガキぃ!?」

 ひぃぃぃぃぃぃぃぃッッ! とても怒ってらっしゃるゥ!?

 穂希はいつも瞑想して、物静かなイメージがあるから尚更。怖さが倍増し両足が震え立つことさえ出来ない。

 その隅で、土下座を決め。白旗をヒラヒラ上げていることだけが精一杯の状態。

 皇絶は嬉しげに、ニヤニヤと笑みを浮べだし。

「これはこれはっ! 高校生にもなって声荒げるとは、これじゃあ『どっちがガキ』かわからないな~。ヤクザの組長も大したことない器だったて事だわなぁ~~ッッ!?」

「テメェ……その首もぎ取ンぞゴラァァァァ!!」

 ダメだ……到底落ち着けそうにない所まで発展してしまっている。

 ついには胸ぐらの掴み合い、互いに罵倒をぶつけ合う始末……。

「ちょっとそこの野蛮児! まだ話の決着はついてないざます。先ほどの無礼を謝罪するかそれとも――」



「「男の喧嘩にババァは黙ってろォ!!」」

「はぁぁぁぁぁぁぁ~~~~お前達もう一度言ってみなさいコラッッ!?」



 誰か止めさせてこの無益な口喧嘩を。

 そうだ……まだ希望はある。

 一応あれでも教師。喧嘩の仲裁は慣れているはず……これが唯一の解決策だと、もうそれしかないと。

「束花先生っ!」

 頼みの綱に、その目を向けたっ!

 





「白子ぉ~~、いい加減ジュース一本買ってきてくれよー。今度一本奢るから早く~……」






 ……何ですかこの部? どこの保育園?

 いや、保育園以前より酷いよこんなの……。


 何かを諦めた白子はついに床に座り込み、白旗を揚げて待つことにした……。それしか、自分がする事がない。


 『この争いが、一分でも早く終わる様に』っと、切ない願いを託して。


 ……ちなみに終始つきそうにもなかったこの喧嘩は、部活動の終わりギリギリまで長引いた。


 無事大事になることもなく一日が終了。


 こんな調子で、いつチェスをやるのやら……。











 ――だが、そんな考えは明日に全て解決することも、今の白子には知ることはなかった。

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