第二章 引きこもりの魔女編

オープニングステージ あの日に止まった針時計


 ふと、私は天上を見上げている。

 頭上に広がるのは、何処までも広く続く真っ暗な空間。

 暗闇に隠れ、私を照らす光が何処にあるかも未だに分かっていない。

 あまり気には留めてなかったが、たまにこんな事を思うのはあの人がいるからだろうか?

 久々の客人に気持ちが舞い上がっているのか……それはわからない。

 

 部屋に戻ると、薄暗いその中にその人はイスに座っていた。

 30分近くだろうか? 客人をそこまで待たせてしまったのだから、私には似つかない『謝罪』から入ることにした。

「悪かったわ。稽古が少し長引いてしまって、随分と待たせてしまったわね」

 慌てたように首を横に振りその人は「大丈夫」と一言。

 ふとっ。テーブルに置かれていた空っぽのティーカップに私は気付く。

 ……やれやれ、世話のかかるお客様だこと。

 私はイスを引き、その人と対面する形で腰を落とし。

 再び、ティーカップにゆっくりと紅茶を注いだ。

 ことんっと、彼の前にティーカップをそっと差し出した。

 


「それでは、あの続きを話しましょう」

 湯気が漂うティーカップを差し出し。

 彼女はニッコリと笑みを浮べて口にする。





「あの時の――続きのお話を」 




 ☆  ☆ ☆




 2053年――全世界は、バブルに飲まれていた。

 金銭感覚などとうの昔に壊れ、金があるものは汚らしく札をばら撒くそんな時代。

 無いものは公衆の面前で座り込み、日々必死に生きる術を探し、食と寝所を探す。

 まるで【黒】と【白】と、二つの色を分けた様に住む世界は違っていた。

 そんな世界に一つ――目を疑う事態が人々の目に飛び込んできた。

 一つの盤上で、【白】と【黒】に別れた駒。

 頭脳・戦略・心理の全てを使いこなし、己の駒で相手の王を奪い取ることをテーマにしたゲーム。いや、スポーツと言っても間違いはないだろう。

 その存在――チェスは、全世界の人々の注目を浴びることになった。

 だが、ここで一つの疑問が出てしまう。

 このバブル好況気の最中、お金と目の先の欲にしか目を向けない人々が溢れ出す世界で何故チェスが注目されたのか?

 答えは簡単だ。

 その者達さえも欲しがる物を差し出せばいい。それだけでも、富豪も貧民も誰もが目を輝かせ欲しがる。

 

 優勝賞金――∞ドル。

 

 死ぬまで使い切る事のない永遠のお金が手に入る。それだけでも人々の『欲望』という心が揺らぎ動くのは仕方ないこと。

 その魅惑の額は、誰でも手に入れられるチャンスがある。

 条件はただ一つ――『チェスで戦い抜くこと』だけ。

 ルールを覚えチェスで戦えればそれでいい。

 それだけで誰もが∞ドルを手にするチャンスは与えられるのだ。

 賞金額を知った者は誰もがこう思ったに違いない。


「 我こそが、∞ドルを手にするに相応しい 」と。


 一人は高級ワインをテーブルに置き、その重たい腰を上げ、一人はボロ布を脱ぎ捨てて、ゆっくりと立ち上がる。

 その日を境に、全世界を巻き込んだ戦争が始まった。


 救いようのない人間共が争う戦場は日を超すごとに増していき止まる事は決してない。 

 敗れ去った者は泣く。

 血の気が引くと同時、大粒の涙を流し現実を避けようと叫ぶ者もいる。

 『負けるはずがない』『イカサマだ』などと哀れな言い訳を並べ再戦を望む輩が何人もいた事か。

 負けた者は哀れにもこう思う――【我こそが∞ドルを手に入れる者だ】と。


 勝ち取った者は笑う。

 『まだ戦える』と。『明日に希望がある』と、確かな喜びを感じ我こそ最強と思い込む。

 勝つものは誰もが思うだろう――【我こそ∞ドルを手にする者だ】と。

 この地獄のやり取りは長く続くと思われていた。


 少女が現れる、その日までは。


 その戦場の最中に――一人の少女が姿を現し戦場を大きく荒らした。

 女子高生にして年齢も若く、常に『戦いを拒む』考えを持って場違いそのもの。

 しかし数々の戦場を駆け抜け、少女は目を疑うほどに強さを増していった。

 敗れた者は皆、一致してその少女が手にしている物に目を疑っていた。

 

 やがて少女は全世界からこう呼ばれる様になる――【白旗の女子高生】と。


 戦いに敗れる事無く、少女はいくつものの戦場を駆け抜け続けた。


 そして――その日が来てしまった。

 

 この世の行く末全てが決まるその舞台。

 

 人々が囲む中央。そこに二人はいる。

 偶然か運命か、それはわからない。

 何故かその舞台に立つ者達は、互いに己の旗を掲げ続けてきた二人だった。

 

 そして――その時が訪れる。


 【 それでは王様、戦争ゲームを始めてください 】

 

 審判員のそれは無情の掛け声と共に、彼女の手は動き白駒が前進する。

 今、生き残った二人の最後の戦いが幕を開けた。

 世界の人々が息を飲む中、二人は駒を置き続ける。無心に、無感に、無意識に……その戦場を表すにはまるでモノクロの世界と表現するに相応しい。

 赤はいらない。青もいらない。緑さえいらない。

 白と黒――他の色が入る隙間など何処にもあるわけがない。

 長きに渡って続いた最後の戦争は激戦そのもの。

 人々の心を揺さぶった∞ドルの行方。

 この未来の行く末を決める戦いが……その終わる瞬間が目前と迫っていることも知らずに、旗を掲げる二人は駒を置き進める。


 そして迎える最終局面。

 少女は――天にお城を掲げる。

 邪気も感じない、無邪気にも見えるその笑みを浮べ、白黒に並べられた盤上へと――お城が置かれる。

 そしてその駒が置かれた今、世界は決まった。

 未来。

 希望。

 平和。

 全てがたった一つの駒で終わりを告げた。

 

 ――


「怖かったかしら? でも怯えさせるつもりはなかったわ……少し刺激が強すぎたかしら。でもこれは事実。過去に本当にあったのだから、さぁ大変なこと……一体どうなっちゃうのかしらね」

 そして全てを知る私はクスっとイタズラっぽく笑みを浮べ、紅茶をすすった。

「『これでお話は終わり?』……いいえ、このお話はまだここで終わらないわ」

 そう――このお話にまだ終わりはない。

 その先も続く本当にあったお話。

 だから、ここで終わることはない。






















              本当にあった――お話なのだから――。

  


  









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