エンドステージ 最後の決断


 タケルとの事件から一週間が開けた頃。


 タケルの事件は千葉県教育委員会まで、その情報は行き渡り問題となった。

 四日に及ぶ会議の末――全員一致で、タケルを許したその規則は違法であると判断され規則状を作成した張本人。奇皇帝校長に厳重注意が行われたと聞く。



 こうして無事、奇皇帝高校の規則状29は廃止となった。

 


 約束通り。タケルは夕陽に関わる治療費・入院費を全て支払い、学校を退学した。

 あれほどの重症だった夕陽の体は「一か月の入院が必要」と医師に診断されていた。



 ――にも変わらず。



 折れた骨は驚異的な回復力で完治。

 そして死に物狂いのリハビリ生活を毎日6時間決行。

 結果……たったの五日間で退院したことに医師達は空いた口がふさがらなかったとか……。



 校内のテニスコート……そのコートにて、二人は準備運動をしている。



「さぁ白子! 完全復帰もしたところで、もう一度全国ダブルス一位を目指して頑張るわよ!」

「うんっ!」

 


 目指せっ! テニス全国一を――――。










「あのぉ……葉田、ちょっとだけいいか?」

 気づくとすぐ後ろに、テニス部の顧問が何やら言いずらさそうな表情を浮かべてそこにいた。

「……間が悪い。何か用なら早く言え」

 ギロッと。鋭くガン付ける夕陽に、一瞬身を震わせていた……

 息を飲み……それは覚悟した表情で。













「葉田白子……昨日、束花先生から強制退部された」









「は?」


 へっ?







 頭が真っ白とは、まさにこのことを言うのか。

 白子は体験した……。


 ガチャ。


「……がちゃ?」

 ……見覚えのある手錠をされていた……両手。

 もう一つ付け加えるなら、白子の足元で両足に手錠を掛けている束花先生の姿もあるわけで……。

 それはもう平然と、何食わぬ顔で。

「よしっ、新入部員。無事に確保ー」

「同じこと二回もするバカがいるかっ!?」

「……目の前にいるから、いるんじゃないのー?」

 わなわなと「コイツ……」と言葉を漏らし、夕陽の握りしめる拳が震えていることが伺える。

 ヒョィっと。軽々しく白子を持ち上げる束花に、夕陽の怒りは頂点に達した。

 今度こそ止める。白子の連れ去りも……息の根もっ!

 夕陽は、ラケットを構え――。


「あー。錦鯉にしきごい選手が歩いているー」


「どこっ何処!? 待ってたわ錦鯉! アンタさえ倒せば日本テニス界一位の名は私の物……さぁラケットを構えな。たかが女子高生に完封され全国民に醜態をさらさし……って何処にも見当たらないじゃない? 何処にいるのよバカ教…………師」





 後ろを振り返ると、そこには冷や汗を垂らし……身を震わした顧問だけ。





 ……当然のことだが、そこに束花と白子の姿は消えていた。

「……顧問? 何ボッーっとそこで突っ立ってたの? まさか……

 荒ましい怒りのオーラを放ち……一歩、また一歩と顧問へ迫り寄る。

 顧問は思った………… とんでもないとばっちりだ、と。

「落ち着いてください夕陽様っ……そんなっ、テニスボールで先生に当てちゃあー問題が……」

「白子が連れ去られる方がよっぽど大問題だってことを思わないのか(※握りしめたボールが歪む)」

「えー……白子は、もうテニス部員でもないからなぁ……私には関係ないなっ! (※てへ☆)」

 




 ……その日、校舎全体に鈍い轟音が響き渡った……。

 轟音の正体『時速220㌔サーブボールが20m近くで背中に直撃した音』だと言う事実に。

 近くで目撃したテニス部員以外に、それが知られることはなかった……。

  


 □□□ □□□



 少し……また少し。

 ぼやける視界が、徐々にピントが合わされていくことがわかる。

 辺りを確認しようと……いや止めとこう。束花に連れ去られた時点で行先はチェス部の部室なのはわかっていた。

 ちなみにラベンターは優雅にティーカップを口に付け、朝練ティータイムを満喫。

 一方……相変わらず瞼を瞑り、畳の上。穂希ほまれは胡座で真剣に瞑想に浸っていることがわかる。

 白子が起きたことに気付いたのか。

 窓側に位置する教卓の上に、束花が頬づえして座っている。

「起きたか白子ー。拉致ってから、あれから随分寝てたぞ? ……3分近くだけど」

 ――デジャブ?

 真っ先にそう思った言葉だが、それは置いといて。

 白子はアレが真実かと確認しようと問うとするが。

「言いたいことはわかるぞー。結論から言うと―――事実だ。お前もうテニス部員じゃない……さらに言えば」






「テニス特待での入部も白紙にした。よっかたな、これで堂々とチェス部に入れ……どうした白子? そんな泣くほど嬉しがることか?」


 ……終わった。


 私の人生……夕陽ちゃんとの学校生活が……呆気なかったな……学校生活。

「うぉ!? ガチ泣きするなよー。別に学校を辞めさせられるわけじゃないぞー?」

 気のせいか。学校辞めさせる原因を作った人が何か言っている……でもパニック状態。発狂寸前するところまできた……その時。








「だから――お前はテニス特待じゃなくて、チェス特待の扱いで入学変更したって、さっきから言ってるだろー」








 ……へ?


「……駄教師、今、それは初めて耳にしたぞ? 絶対」

「えっ? 本当ー?」

 軽く、ソファーでくつろぐ皇絶のツッコミをマジマジと確認をとっている。






 チェス特待? とは?






「一応、あのなんちゃって不良にお前はチェスで勝利したことは事実だ。それを踏まえ、私は教師達の中で話し合いを設け、その末の結果……『葉田はテニスより、チェスの方が才能ありじゃね?』っと、生徒の才能を重要してテニス部を退部させ、その分チェス部で活躍してもらおうって話になったわけだなー。っで。どうせなら『チェス特待での入学』にしようと私が提案したわけだー。いやーその交渉に一週間かかってねー。頑張って第29条をネタにおど……精一杯頼み混んだかいがあったわけだー」

(それ脅迫ですよねッ!?)

「まっ、結果はどうあれっだー……白子」

 その指差しはビシッ――っと。

 地べたで座る白子に一直線、顔を指して。





「入学費も、授業料も払う心配はない。安心しろーチェス部に入れば丸く解決だー」


「……」





 いやいや、納得できるわけない。

 確かに夕陽ちゃんの件については感謝している。

 束花の提案がなければ、白子は本当に学校を辞めバイト生活の日々が続いていただろう。

 だが。しかし。部活の話はまた別問題。

 

 意を決した白子は、「あのっ」と声を出すが……。












 ――――その光景に、目を丸くし、白子の言葉は止まる……。




















 ……深く頭を下げる、束花がいた。



 教師とは思えない言動を繰り返し見続けてきた白子だが、斬新なその姿に……何も、言葉が出ない。

「生徒であるお前が望むなら、教師でもある私は土下座しても恥じはない……これは、本気だぞ」

 頭を下げ続け……。


 深く、白子の心に刻まれた気がした……何故か?

 その疑問に答えを出す前。


「まっでもなー? 入学費・教材費、合わせ計12𥝱5000憶1200万円支払える余裕があるなら、別に無理して入部しなくて済むぞー? チェス部は強制入部じゃないからなー」

 

 ……白子は、手で頭を抑えた。

 返してくださいあの感動。


「……わかりました」


 俯くままその白子の声に、部員達も束花も口を閉じる。


 ……。


 …………。


 …………………。










「迷惑をかけると思いますが……私をっ、チェス部に入部させてくださいッ!!」


 カチャ。

「じゃあ腕の手錠だけ外したから、これ。『入部届け』に学年・名前をよろしくなー。あっ、あと足の手錠は入部届と交換に外すからさっさと書きなー」

 ……手際の速さに、白子は茫然とする。

 


 いや……もう自棄だ。



 仕方なく、ペンを取り。白子は『入部届』に名前、学年を書き込み始める。



「何さっきからちんたら書いてんだ。この白旗女、さっさと書けよ」

「ごめんなさいッ!」

 赤色のロングソファーに、太々しく足組で寝そべって。

 苛立った口調で、皇絶からの罵声を謝り。

「さっさと書くざます下婢、また私の可憐な身体を褒めたたえろざます……今、すぐにざますっ!」

「ごめんなさいッ!!」

 丸テーブルで、一人チェスをする姿。

 ラベンダーの、それは我儘な命令にも謝り。

「――おいアマ。ちっと謝り声が耳障りだ……少しゃぁ声さげろや」

「……ごめんなさいッ」(意外と声が低くかった……怖い)

 部屋の隅で、胡座で座る姿。

 ドスが効くヤクザ口調の、穂希の言葉にも謝り。

「いいから早く書けよー。終わったら即『日頃の溜まった鬱憤を、白子に打っつけようなー大会』開催するからー」

「それは絶対に嫌ですッ!!」

「冗談に付き合ってないで、早くかけー」

「……ごめんなさい」



 心無い言葉が飛び交う中――。

 白子は、少しだけ笑っていた。



 ここでなら、いつか本当に白旗を揚げない時が来るのでは……と、期待に寄せていたかもしれない。

 心のどこかで……本人も知らないところで。

 




 奇皇帝高校 一年一組 葉田白子。 

 




 学年、名前を記入した『入部届』を再度確認し終えると。


 白子は『』を浮かべ、束花へ『入部届』を差し差し出す。


 束花も『』に気づいたのか……少し、頬を緩まし笑みを浮かべ。



 ――快く、それを掴んだ。








 『この決断は間違いか?』……その答えは誰も知りえない事。

 ……でもただ一人、白子はそれを知り。この答えを出した。

 『その選択が間違っていない』。それを白子は、自信を持って確信していたからだ。

 理由を述べるなら、たった一つ――。









 ―――『入部届』を出す。敗北確定した5分後の未来が、見えなかったから――。


 終わり

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