第4話 開戦する不思議な力


 校内には、自然が豊富の庭が存在する。

 昼休みとなるとここで食事をする生徒や。今時では珍しい女子高生のお茶会も行われるほど。

 穏やかな空気が溢れる、生徒達にとっては『楽園』と噂される場所だ

 ……でも、今は穏やかな空気は一ミリも感じさせない。

 庭の中央部分、池に囲まれ神秘的な場所。

 そしてそのテーブルには、白黒の盤上、チェステーブルが備えられている。

「『皆様お待たせしました! お節介承知の上、だが面白い決闘には目がない、この実況部のワガママを許して欲しいっ!』」

 ……庭付近に何故か実況席が設けられていた。

 そこに座る二人の男子生徒は、何故か平然とそこにいるけど。

 そして。――何故か野次馬が多い。

 大よそ約800人……校舎の窓から、大勢の野次馬の生徒達が、これ見よがしに集まっていた。

「『では――まずは自己紹介っ! 実況はこの僕、宝導伝流ほうどうつたると?』」

 その隣に座る男子生徒は……クイっ、とメガネをあげ。

「『解説は俺。宝導探流ほうどうさぐる』」

「『この二人で盛り上げて行きますので、皆さん盛大なビックウェーブをよろしくっ!』」

 答えるように、野次馬達の声援で返す。


「『では。早速だが王様プレイヤーのご紹介! 黒駒側……木更津は危ないヤツらの集い場。そいつら不良の頂点に立つ金持ちの不良。睨まれたらアウト。神経が消滅すると言う不思議な力をもつ悪魔。チェスの腕前も見せつけてくれっ! 

 木更津最強の不良――日本やまとタケル王様プレイヤー―!!』」


「『白駒側……愛用の白旗は常に持参、争い拒む女子高生が満を期して盤上に立ち上がるっ! なんとチェス歴はたったの三日っ。 波乱の嵐起こせるか……可愛い見た目は甘く見ちゃいけないっ!

 白旗の女子高生であり新人ルーキー――葉田白子王様プレイヤー』」

 言い終えると同時、野次馬達の歓声が。

 この――庭中央全体を覆い尽す。

「初心者風情が、よく堂々と俺の前に座れたな~……つまり『勝機』があると、そう捉えてもいいのか葉田ァ?」

「……『勝機』なんて、どこにもないよ……」

 白子もわかる。微かに震えた自分の声が。

 負ければ夕陽の命は助からない……そう、『勝利』が絶対条件のこの闘い。勝利以外に助かる道はない。






「ここに座れるのは、私を守ってくれた友達を、今度は私が守りたいからっ……その気持ちだけだよ」






 しかし、そこにタケルからの目線はなく。

「アハハハハハッ! オモシレー……お前らの友情ごっこ(笑)」

 ……ゆっくりと、顔を上げた。

「葉田ァのボッコボコタイム……開始だァ~♪」

 身の毛もよだつ……不気味な笑みを浮べて。

「『さぁ両者準備が整ったところ、一限目の予鈴を合図に試合が始まりますっ! ルールは一本勝負。各持ち時間は5分……それでは皆様ご一緒に、掛け声をお願いしますッ!!』」

 実況者、伝流の掛け声と共に。野次馬の生徒達たちも叫んで応える。

 そして――一限目の予鈴が、奇皇帝高校の校内全体へ鳴り響く。











「【 それでは王様おうさま戦争ゲームを始めてください 】」









 実況と、生徒の掛け声と共に。

 ついに親友を、学校生活を賭けた戦争ゲームが開戦した。

「私は、ポーンをd3へ」

「ポーンe3」

 白駒を、つまり白子による先手で始まる。

 続いてタケルも躊躇なく駒を進め。

 ナイト、ポーン、ポーン、ビショップ。順調に駒の配置を、互いに進める。

「『序盤は両王様プレイヤー、中央を固め相手の身動きを探索する様に見受けますが……弟の探流さん、この展開はどうなる予想と考えますか?』」

 クイッと、メガネを上げて。

「『探索……か。タケル王様プレイヤーは俺から見ると誘っているように捉えられる、一方白子王様プレイヤーは単純に中央を固めているだけ……何か作戦がある。とは、あまり見受けられないのが現状だ』」

 ウンウン。っと、妙に自分で納得したように頷く探流。代わって伝流に。

「『さぁまだ? どちらも駒が奪われないまま時間は過ぎて行く。果たして、どちらが先に動きを見せるのでしょうかっ!』」

 息を飲み……冷静に着々と、駒を動かす両者。

 張り詰める空気の中、駒の音だけが……ただ響く。

 数秒の思考……タケルがポーンを1マス前進させた。





 ここで、展開が大きく動き出す。





「……クイーンを、c3へ」

(感謝するぜ葉田ァ……)「ナイトをg4へっ!」

 慌てたのか。白子は、大きな手違いを犯す。

 ……白駒のビショップは、盤上の世界から飛ばされる。

「『ここで今ッ! 白子王様プレイヤーのビショップが一つ奪われました!! 最初に駒を奪い始めたのは木更津市内最強の不良、日本タケル王様プレイヤーだぁ!!』」

(……落ち着いて私。一旦ここは、元の場所にクイーンを戻して……)

 白子は、先ほど動かしたクイーンを手にし。

「クイーンを……e1へッ!」

 元の場所へ戻す……その瞬間を、タケルは見逃さなかった。

「ナイトc5」

 二つ目のナイト……容赦なく、置かれ場所。

 それは――二つ目のビショップも盤上を去ることを意味する……。


「『ななななンっと! 連続で白子王様プレイヤーの、どの局面でも重要な役割を果たすビショップを、全て二回連続で奪われる事態が発生! これは序盤にして白子王様プレイヤー、予想外の危機を迎えるッ!!』」


 校舎の窓側がら観戦する生徒達は、歓声を上げて盛り上がる。


 □□□ □□□


「これは――負けるだろ絶対」

 皇絶は腕組みで、背を寄りかかっている……もう見る価値もないと。そう言いたげな表情で。

 その横で、真剣な顔を浮かべ。

「チェスにおいて……同じ駒を二回動かす行為は、極端な盤面を除き……バカの行いざます」

 それに。

「下婢には、最も動かさないといけない駒が存在したにも関わらず……流れはあの、最強ごときの不良に渡す辺り……」

 呆れたように……ラベンダーは、溜息をする。






「白旗の、あの下婢は……このチェス部に入れる実力は無いざます」







 □□□ □□□


(考えて……冷静に、まだ……戦える駒は残ってる)

 胸を押さえ、落ち着かせようとしているだろう。

 ……額に、多くの汗を垂らしていることも知らず。戸惑う顔も隠せないまま、白子は駒に手を取った。






 右手で置こうとするナイトを寸前……置くのを躊躇う……。






 気づくと……無意識なその現象に、言葉を失っていた……。






「何だ害虫ゥ!? 恐くて手震えてるじゃねェーかァ~?」


 タケルは腹を抱え。ゲス笑いが……ただ白子の心に突き刺さる。

 

「怖がるなら謝って負けを認めろ。お得意の白旗振って、学校辞めて働いたほうが……少なかれ『今』より楽になるぞ?」


 ……不気味な、その笑みは臆病者の王様へ……向けていた。


「示せよ葉田ァ。白旗振るなら――今しかないと思え」


 ……。

 …………。







「ナイト……c6、へ……」

 コトンっ。

 置いたナイトから……震える、白子の手先から離れていく……。












 同時に――悪魔は動きだす。












「クイーンb3――チェック」

 黒駒のクイーン……そこに、置かれた場所。

 ……白子の、全身から血の気が引き恐怖が襲う。

「『さぁタケル王様プレイヤー一気に攻め込みチェックを宣言ッ! 次の手番、白子王様プレイヤーはキングを逃すか、他の自軍駒を盾にしなければ黒駒のクイーンがキングを奪われしまう……これはっ、タケル王様は戦争プレイヤーを終めにきているッ!?」






 ――ダメだっ!





 それだけは……逃げなきゃダメだッ!






「キングをf1へ!」

「クイーンb――チェック」

 クイーンが進む……最後のナイトも、盤上から消え去る。

「キングを……g1」

 ――だが……悪魔が動かすクイーンは奪い去っていく。

 ポーン、クイーン、ポーン、ポーン……キングが逃げる度、白子の駒達は盤上から葬られていく。






 もう――頭の中では、逃げる場所を探す……ただ、それだけが思考を巡っていた。











 次だ。











 次の手番はここに動かそう。クイーンはチェックしても恐らく大丈夫。











 その次の手番はここに逃げる。チェックしても……逃げ切れるはず。











 そのその次は……何とかして、逃げよう。






















 その……次は。






















「ビショップをe5――」



 ――心臓が止まるとは、このことを言うのか。



 ……目の前の現実に、向き合うことが出来ない。



 だが悪魔は……容赦なく、現実を告げた。



「チェックメイト」



 ……白黒のような、この空間にその言葉が突き刺さる……。

 冷たい粒が、白子の頬に当たった事に気づく……雨が、降って来た。

 ……わずかだが、拍手を送る音が。

 徐々に、庭全体に大きくなって響き渡る。

「『勝者は……黒駒の王様プレイヤー、日本タケル!! チェスの腕前も最強の、初心者相手にも容赦なく力の差を見せつけたァ!!』」


 ……。


 負けてしまった……完敗だった。


 でも……悲しみに浸る権利は、白子に与えられない。


 瞬間、白子は勢いよく吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた……。

 座っていたイスごと……タケルの蹴りは、胸付近に直撃して。



「オイぃ葉田ァ!! 約束、忘れてないよな? ……言えよ、負けたお前は今後どうするって?」

「……」

「だからさぁ~……さっさと言えよ害虫がぁ!!」



 白子の頭に、力強く足で踏みつけてくる。

 痛さや、悔しさが……込み上げてくること痛々しいほど伝わる。

 ……でも、白子の負けは事実。……だから、それを言うしかなかった。






「――私は、高校を辞めて夕陽ちゃんの治療費を出すために働きます」






 涙交じり聞こえる、その声。

 ――強い衝撃が、頬に伝わる。

 また一発、タケル蹴りが頬を捉え、草むらを転がる……。

 ……白子の心は、痛みも感じなくなり。

 親友を守れなかった悔しさ一杯に……草むらを、握りしめていた……。







「では――寛大な俺様は、お前にチャンスをやろうと思う」






 ……思い掛けない、その言葉に耳を傾ける。

 そして……タケルは言った。






「今までの無礼に対し、ここで土下座して謝罪するなら夕陽の治療費ぐらいは出してやる」

 ……。

「100回な? いまここで謝罪するンだよ……さっさとしろよォォ!?」









 ……。

 ………………。








「ごめんなさい」






 いつもの土下座で……頭を下げる。




 ――なんだ。




「ごめんなさいごめんなさい」

 足で踏みつけられながらも……何度も、頭を下げ続ける。




 ――なんだ、いつもの事だよ。




「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 ……何人かの生徒は、その光景を写真に撮る、シャッター音が聞こえる。


 雨の中で、白子はひたすら謝り続けた。


 ………ただ、頭を下げ続けた……それは何度も……何度も何度も……。













 頬に感じる……冷たい雫に感じても。




















 ――それが私の。

  




















          【 敗 北 確 定 】


















 ナイトを持った右腕を震わせ……。

 白子は……声を失っていた。


「何だ害虫ゥ!? 恐くて手震えてるじゃねェーかァ~?」


 ……これが、白子の未来。

 5分後に訪れる……白子の結末。

 しかしその見た未来で……。

 心の中で、白子はあることに気づく。


(負けても、タケル君に謝れば治療費を出してくれる……なら)


 震え、腰に伸ばす左手は……手に取ろうとしている。

 ――愛用の、白旗を……。




「怖がるなら謝って負けを認めろ。お得意の白旗振って、学校辞めて働いたほうが……少なかれ『今』より楽になるぞ?」




 これが、最善の選択だよ。

 無残に広がる盤面……勝てる見込みも感じない。

 勝てない相手など時間の無駄。ならその五分を、早く親友を救急車に乗せることに回すことが普通。



「示せよ葉田ァ。白旗振るなら――今しかないと思え」



 何も変わらない――保育園からそうだった。












 『勝ったら、殴られる』


 お遊戯会で見せる劇の役決め……一番人気、シンデレラの役をジャンケンで決めた。

 結果……白子がジャンケンに勝ち、ただ一人だけの主役シンデレラに決まったことが嬉しかった。

 その内。怒った一人の子が――白子の頬を一発殴った。

 もちろん子供、加減などしらず……頬は真っ赤に腫れ……見るも無残な顔だった。

 腫れた事を理由に――シンデレラを辞め、気に止められない木の役を選んだ。


 ――このほうが、平和に終わると思ったから。










『勝ったら、嫌われる』


 運動会。50m競争は唯一得意種目だった。

 全力で駆け抜けて……一位になれたっ! 生徒の中では、二番目に早い自己タイムを出した。

 思わず泣いてしまった……心から、泣いて喜んだ。

 ――次の日。イジメが始まった。

 陰口も日々増え続け、シカトされる毎日。特に酷い時は給食のご飯は全部床に落とされ、地面のご飯を食べさせられる時もあった。

 それでも――黙って、そのご飯を口に運ぶ事しかできなかった……。

 まずかったけど――そのほうが、平和に終わると思った。








 

 間違いだったんだ……戦うこと事態が。


 そう――最初から白子には勝つ自信など、根拠もなかったのだ。

 


 震える右腕は――ナイトを引っ込める。


 震える左腕は――白旗を、掴む。


 これが――最善の答え。 



















         そのほうが、平和に終わるよ。

  













「謝るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァッッ!!」

 






 身を揺らす叫び声が、庭中央付近から響き渡る。


 タケルも。


 生徒も。


 実況者も。


 そして――白子も目を丸くし、その矛先へ視線を移す。





 ……遠く離れた庭の出入口付近。

 その人は……ただ俯くまま立ち尽くす。







 ――束花が、そこにいた。






「白子――お前バカじゃねーの? 友達の命を懸けた大切な戦いだったんだろ? 勝手に諦めて負けようとするなっっ!!」

 …………。

「よく聞け。命懸けの戦いに甘えはない……勝った奴は、それは自分の命を守った事。負けた奴は、大人しく命を失くす。これが命懸けだ……それを、ただ謝って命が助かったら、そんなの命懸けの戦いじゃないだろっ!?」

 

「何の未来が見えたか私にしたら興味ないけどさ、

 未来を変えろってカッコイイ事は言わない――未来に白旗揚げるなっ! お前の白旗は、ここで揚げるものじゃないッ! 

 お前が勝たなきゃ、平和になれない未来があるんだッ!」



 ……頬に伝わる、雫が。



 優しく、白子の目から、沢山流れ落ちている。



 でも……その涙に、白子自身は気づかない。



 ただ――その言葉が、心に響き渡る。



「負けるなら全力で負けて来いよっ。敗北すら迎えてねーのに……そんな『諦めた』駒の置き方をするなぁ!! 私がッ!! 何が言いたいって――――」



 ……。


 ゆっくり、束花はその顔を上げ……。

 ――その表情に、先程までの険しさを感じさせない。

 ――微笑みかける、優しさが――そこにあった。












「白旗揚げて帰ってくるな。……勝ってこいよ白子ー」











  ♦♦♦ ♦♦♦



『よろこべシロコっ! 今日からこの砂場は、私たちせんよぉだぁ! 嬉しい? 嬉しいかシロコ~♪』

『だめだょユウヒちゃん、砂場はね。皆の遊び場で独り占めはダメだよぉ……』

『シロコのバカっ! あの悪ガキ共、シロコが一生懸命作ってたおシロ、足で壊したのよ? 奴らに貸す砂場なんて、必要ないわ!』

『でもぉー…』

『ほらぁ! 休み時間も短いから、もぅ一回作るわよ。さっきより、大きいの作りましょ』

『う、うん……』





 ――――――――。





『いい? シロコ』

『?』

『わたしがお休みした日は、このおシロを守ってあげられないから……その時はシロコ。あなた一人で守るのよ?』

『え~!? 無理だよユウヒちゃん……わたし弱いし、白旗もすぐあげちゃうから……守れる勇気なんてないよ』

『じゃあ――このおシロ、誰かに壊されちゃってもいいの?』

『それは…………いやだよ』

『でしょ? わたしも嫌だ。……でも無理しちゃダメ。本当に辛い時は白旗を揚げるのよ? その時はわたしが全力もってシロコを守ってあげるっ』








         ――――でも――――。

















『――わたしを守るときは、白旗揚げちゃだめよ――シロコ』








『……ユウヒちゃん』

『さぁて! 次の休み時間も守るのよ――このおシロをっ!』




 ♦♦♦ ♦♦♦







 コトンっ。



 迷なく……白子は、手にしていたナイトを盤上に置いた。

「ハッ!! 先生のお説教は無駄だったってわけだ……では遠慮なく、俺はクイーンを……」

 ……動きが止まる。

 手にかけようとしたクイーンを、寸前のところで留め。

 ……。

「いやいや……俺は、ビショップを――」

 ……だが、また寸前、手にかけようとビショップの手前で手が止まっていた。

 校内の、野次馬達もざわめきだし……不穏な空気が漂う。

 白子のナイトは――e6

「『実に……面白い盤面だ』」

「『さ、探流さん……? これは一体っ、何がどうなってるのでしょうか!?』」

 クイっと、メガネを上げ。

「『簡単な話さ……今の一手はタケル王様プレイヤーの戦略を潰しただけだよ。そう――開始直後、一から組み立てていた作戦をな?』」

 ウンウン。っと、頷き。

「『加え、盤上の空気。流れも変わった――それは一番、タケル王様プレイヤーが理解しているはずだ』」







 そう……優勢から一転。五分ごぶの状態へと巻き戻っているのだから。







「まさか、冗談だろ……たった一手だぞ? この盤上の状況が変わるわけ」「あるんだよーそれがな」

 狼狽する言葉をさえぎって、それは余裕な、嘲笑うように束花が否定した。




「チェスはさ――穴埋めゲームだー。いかに相手の墓穴探って攻め込む。で、尚且つ自分の墓穴をどれだけ埋めて、完璧の布陣を作り上げるか……私にとっては、それがチェスの面白さだなー。まあお前の敗因は、その自惚れた戦略に集中しすぎて空いた墓穴に気付けなかったことだー」



 ビシッ! と、束花の指先は……タケルへと向け。



「……タケル、『』を見て。まだ勝てる自信が、お前の心にあるか?」

 

 ……『瞳』?


 疑問しか浮かばない言葉……タケルの目線は、目の前の対局相手へ向ける。

 気持ち的に、薄暗い空間に……。










 ――薄っすらと、光を放つ――『』。

 






 別にこの闘いが、平和に終わればそれでいい。

 結果が、どうあれとも。親友の身が助かれば、後はどうでもいいと思えてた……。







 でも違う。







 その『平和』の中に夕陽はいるだろう


 でもその『平和』の中に……白子はいない。


 そもそも、どちらか一人がいない場所に――『平和』はない。

 





 白子と夕陽――二人揃って初めての『平和』なのだから。

 






 なら立ち向かおう。大切な親友を……『勝って』守る戦術を。

 1分前の、謝ろうとした白子はここにいない。

 ――



「戦おう――タケル君」



 鋭い眼光は――タケルを捉えた。











「もう迷わないよ――『盤上ここ』では決して……私の白旗は揚げないっ!」









「……ッ!! ナイトc2!」

 怖れる気持ちを隠すかのように、タケルは駒を置き――『睨む』。

 

 感覚も感じられない。

 宙ぶらりんに……無残に、白子の右腕は動かせなかった。

「ナイスヒットッ! どうした怖いか~俺の不思議な力が……もう片方の腕もやられたら最高だなァ害虫」


 ……恐らく、タケルはもう正攻法での勝利は捨てただろう。

 相手の神経を10分間。神経を消滅させる……10分間は使い物にならない。

 チェスの各持ち時間は5分……過ぎれば即敗北の制限時間。

 数分後に、もし左腕の神経が消滅したその時――駒も置けず、白子は制限時間切れで負ける。

 どの道、白子のピンチが続くことに変わりはない。











「 当たった 」











 でも――夢中の白子には、そんなことはどうでもいい。


「クイーンをe3へ」

 白駒のクイーンは進む――同時、それはタケルのナイトを盤上から去ることを表し。


 この闘い――初めて白子は黒駒を奪ったのだ!


「俺はッ! ビショップb4にッ!」

「私はっ、ナイトをc7――」 













          【 敗 北 確 定 】












  

「いやッ! c5へッッ!!」

 寸前。置き場を変え、冷や汗が流れ落ちる。

 そう――あのまま、ナイトを置けば【白子は負け、タケルに謝る】。

 それが――5分後に訪れそうだった、敗北確定の未来を見た。

 でも、もう違う。

 白子は誓った。心の中――その未来に、白旗は揚げないと。

「くっ。ポーンh4」

 苦し紛れに、タケルのポーンは1マス進め。

 すぐさま白子の手番に回る――。


 いつからか、それはわからない……。


 白子の目元には、溢れる涙が流れ落ちる。





 これだけは否定しない……怖いさ。

 勝つことも。

 目の前の相手も。

 立ち向かうなんて……もっと嫌だ。

 




 でもッ! ――夕陽ちゃんを助けてあげられないほうが、もっともっと嫌だぁッ!





「ナイトb4へ!」

「なッ……待った待て! 一手だ……戻せッ! なぁミスだ頼む一手戻してくれよ葉田ァ~……?」








「――『戦争』に、『待った』はないよ?」



「~~ッッ!! 調子にノるなぁよォォ害虫がァァァァアアァァアァァァァ!!」

 尽く潰されるタケルの戦略……タケルの理性も、壊れる寸前まできているだろう。

 でもそれは……白子も同じ。

 思考回路が、上手く動かない……当たり前だ。

 気づかないうちに、タケルに睨まれ脳神経の一部が消滅しているのだから。


 でも……白子は、それでも振り絞る。


 残った脳神経全てを集中し……我武者羅に、置き進む!

「ポーン!」「ナイト!!」「ビショップ!」「ポーン!!」「ナイト!」「~~!! ビショップ!」

 動かして取られ。動いては取れず。……『感情』と『思考』の混ざり合う……殴り合い。

 ギャラリーも、実況者……して、チェス部員の面々も。

 息を飲むことさえ忘れる……戦争ゲーム

 





 たった64マスの盤上は――ゲームと簡単に留められない。

 






「ックソ!! 何故ヒットしない? 残すは左腕だってのにっ……しつこいンっだよぉ害虫が!

お前のような害虫共は、動いてるだけで目障りな存在だって自覚しろよォっ!?」

 苦し紛れに、タケルの罵倒は白子に向けて――――『睨みつけた』。

 ……聴神経、つまりは耳が聞こえなくなり。

「害虫はなァッッ!? ただ大人しく強者に踏みつぶされてろョョォォォオオォ!」

「ッ!?」

 とっさに。白子はふら付く身体を、辛うじて左腕で差支えた。

 タケルは駒を置くと同時。震えた眼は……白子を『睨みつけた』。

 右足の神経も……消滅したことがわかる。

「おいおいズタボロだなァ害虫よォ? 数回も睨めば、真面に残ったのは左腕一本とは心底滑稽だぜェ~……」

 額に汗を垂れ流し、まるで苦し紛れの皮肉をぶつける。

 ……でも。

 震える腕、それでも……白子は駒を置く。






「……クイーンa3」






「葉田ァ如きがァッ! 俺様に勝とうとするンじゃねェェェ!!」


 ……。

 『睨みつけた』その目で。

 h6に、クイーンの駒が置かれた……。

「…………おい次はお前の手番だぞ? 身動き一つも出来ないか……無理もないねぇ~! 

 真っ暗な視界に……その言葉が耳に入る。

 

 

「『これはピィィィンチ!! 白子王様プレイヤーのクイーンを奪っただけでは飽き足らず、両目の神経も崩壊。視力さえも奪い去った!! これでは駒も動かせず、全ての駒も把握できず……これは、白子王様プレイヤーゲーム続行不可までの境地まで来てしまった!!』」



 □□□ □□□



 …………………………………。

 駒も盤上も、どこにあるかもわからない。

 どこに目を向けても、ただ『真っ暗』とした空間が酷く続く……。

 ……。

 どこからか……『その』言葉が聞こえた気がした。






『――今なら、白旗揚げれば許してもらえるかもしれない』……。






 でも――白子はその感情は否定する。


 違うだろ? 決めただろ? ――もう迷わないと。


 それにまだ、白子は見ていない。

 無様に土下座して、タケル君に謝罪する【 敗 北 確 定 】の四文字をッ!!

 それすらも見ずに、ここで敗北を認めることはできない。

 私は揚げないっ――ここでは決して、この白旗だけはッ!!

 

  













      ――ふとっ、ある『小さな光』に気づいた。

  












 ……白子の目線に、二つの小さき玉。まるで蛍のような、白と黄色の物体が飛び回っていた。

 その光は――一つ。……また一つと物体を描いていく。


 その物体は………チェスの駒。


 黄色の光。白色の光が、一つと、また一つと出来上がって。


 ――広がる数個の駒は……綺麗な景色が、目前に広がる。


(……勝利はやっぱり、今の私には怖く思う)

 保育園からそう……勝敗に関わることは最小限に避けて歩いてきた。

 それも全部――勝つのが怖い理由だけで。

 白子が差し伸べた手は、白駒―――『お城ルーク』を手にする。

 


(最初の一歩踏み出せたんだ……)



 初めて――『攻める』という勇気。

 一歩だけ……白子の足で踏み込めたのだ。

 頭上にルークを掲げ――再び、それは力強い瞳を開く。

(この怖さを超えるなら一歩じゃ足りないッ。二歩……いや! 七歩進んで振り払うしかないよッ!!)

 自信がないのは百も承知。

 それでも――無理矢理でも――自信をもって置かないといけない。

 この真っ白な白旗に、他の色はいらない。

 今、白子が掲げる白旗に『敗北』を意味する文字はそこにない。




 ルークを掲げ……その腕を――奥へ伸ばしていく。




(進め……私の勇気よ………もっとッ! もっと奥に置こう!! もっと……もっと先に!!)











 想いを乗せた一つの『お城ルーク』。












 その地平線――もっと。……もっと輝く奥先へ――。











          あ の 場 所 へ !












 (残していけ――――私の『白旗あかし』をッ!!)

 






 □□□ □□□

 





 コトンっ。






 沈黙する人の中………庭中央から、その音はする。

 視界を奪われた挙句、クイーンを失くした絶対的絶望。

 

 c8に置いた駒……それは七歩進んだ相手敵陣のエンドライン際に白いルークがそびえ立つ。

 突き出した左手を。今にでも崩れ落ちそうな体を支えているように伺える。

 





 チェックメイト?――いや。

 その場に相応しい……もっとカッコイイ言葉で締めしてやれ。

 ……想いが伝わったのか。

 笑う口元……まるで、無邪気な子供のように。







「―――バックランクメイト―――」

 






 それは自称初心者が宣言したとは到底思えない……チェスの中でも一つの必殺技。

 

 ……三つのポーンの壁に隠れた黒のキング……そこに逃れる場所が存在などしない……。

 つまりそれは。







 今――白子の勝利が決まった。







「『チェックメイトぉぉぉぉぉ!! まさに神の一手! いぃや、会心の一撃を指し放ったァァ!

 勝者は――白旗の女子高生であり新人ルゥゥゥゥキィィィィ!! 葉田白子王様プレイヤーだぁぁぁぁ!!』」

 予想だにしない逆転勝利に、伝流本人もテンション最高に、枯れた叫び声が校内へと響き渡る。

 ギャラリーも窓から身を乗り出し、好き放題に騒ぐ連中が今日だけ微笑ましく見える。

 

 気づくと……白子はその場で倒れていた。

 ……無理もない。あれだけの激戦を繰り広げたのだ。

 脳にも相当のダメージ、神経も使い尽しての結果……。

 予想以上の結果に、束花は満足気だった。……が。



「オットー? 何故か勝手に右足がマエニー」

「ぐっほぉぉ!?」

 っと。

 こうなることはお見通しだったわけで。

 束花の足に引っかかり丁度コンクリートに向かって顔面がジャストミートした。

「嫌だぁぁ!! 俺様は学校やめないぞォ!? ……俺様がこんな負け方に、納得できるわけないだろぉ!」

「……木更津最強の不良さんは、約束ごとも守れないチキンだったのかー」

「ぐっ……ッ!」

 タケルは悔し気な表情を浮かべる……しかし。

「……教えろ」

 苦し紛れの、その言葉に束花は耳を傾ける。

「何故そこまであの害虫を好むッ!? 戦術だってデタラメ。あんな最弱で弱虫の白旗を選ぶッ? どうしてッ! 俺様を、最強の俺を拒むッ!?」







 そうだな……理由は、今も一つだ。







 束花の心ではもう決めていたこと。


 あの部室で――対局して、『あの瞳』に惚れてから変わらない。


 ……だから理由は、これだけだ。














「白子は――日本で最も∞ドルに近い女だからだ」













 ぷっ。

 ぷはははははははっ。

「バッッカじゃねぇぇぇの? たった三日程度の初心者が、∞ドルを手に出来るわけがないッ」

「だが――現にお前に勝った」

 ……その言葉に、タケルは黙った。

「中学時代。お前はチェスの県大会において、千人いる中でベスト16に入る成果を残した。……タケル、確かにお前は強い」


 だが。


「その実力者を――たった三日の自称初心者の白子が勝った……それも事実だ」

 不敵な、その笑みを浮べ……堂々と束花は宣言する。







「白子は、今よりもっと強くなる――私はそう確信している」







 …………と。言うわけで。


「タケル――退学おめでとう」

「何だッその真逆な言葉!? い、嫌だぞ? 俺、まだ目的も成し遂げてないのに……」

「……目的?」

「頼むから許してくれェェ!! まだ、彼女も出来てないんだよ……頼むっあと一か月時間をくれ。 わざわざこの高校に入学した理由を奪わないでくれェェェェ!!」

「――お前……そんな理由で高校進学したのかー」

「いやだいやだッ!! 俺はなぁ!? 胸がボンっ! お金がボンっ! ボンボンの彼女が作れないで学校やめられるか」

「おっと、それは先生の事かな?💚」

「誰がッ40代後半のバッブッッぉぉァァァァァッッ………ッッ????」

 溝内に殺意を込めた一撃の蹴りが、見事炸裂したようだ。

 





 ふとっ、束花は後ろを振り返る。






 …………。

 うつ伏せのままに……地面に横たわっている『一人の女子高生』。


「――お疲れさん」


 不敵に、束花は笑みを浮かべ、小声で送る。












 小さく、寝息をたてて。

 ……安堵した寝顔で横たわる――『白旗の女子高生』へと。

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