第3話 訪れる悪魔
放課後、チェス部の部室。
窓越しに、夕暮れの光が差し込み一人の背を照らす。
ぽつんっと……教卓の上に組んだ腕を乗せ。
束花は……ボッーと室内を眺めていた。
部活動もこれと言って何も。特に課題も出さず。
ボッーっと……気づけば誰も、部員達もいなくなっていた。
ただただ、時間だけが過ぎていったことに……虚しさを感じる。
……。
…………。
「誰だい? そこにいるのは」
その問いかけに……。
突如、勢いよくドアが吹っ飛ぶ。
地面に転がり落ちた、そのドアを踏んで。
……着崩れた制服で、男子生徒が立っていた。
「こんにちわ先生っ! いや、たば子ちゃんと呼んだほうがいいですかね?」
「慣れ慣れらしく私のあだ名を呼ぶな……『お前』だけはな」
ニコニコと笑みを見せ。束花が座る教卓へ……歩み寄る。
「失礼ですよ先生~。一応、僕もこの学校の生徒。……そんなクズを見る目で、あまり見ないで欲しいですよ~」
「嫌なら出ていけ。……ここは、『お前』が来ていい場所じゃない」
束花は強い口調で威嚇する。
これ見よがしに見せつける彼の口調と仕草に……苛立ちを隠せない。
まるで……白子をモノマネするように。
「冷たいことおっしゃらずに」
「……要件をさっさと言えよ」
「もぅぉー、決まってるじゃないですかっ!」
強く、片手で教卓を叩き。
……不気味な笑みが、束花を見つめていた。
「俺を、この
「……『木更津市内の暴走族、不良グループ、一部のヤクザ……全て一人で壊滅させ、ついたあだ名が【木更津最強の不良】……チェスの腕前は地区レベルの強者』……ここまでは調べた」
「嬉しいです先生っ! 僕の事は全て調べ済みとは……話が早い。でしたら」
でも。っと、束花は言う。
「悪いなー。このチェス部に、お前を入れることは許可できない」
……。
タケルは鼻で笑い……鋭く、束花に『睨みつけた』。
……。
宙ぶらりんの右腕に、束花は動じず、タケルから視線を外さなかった。
額から出る、汗が止まらずに……。
「『知らない』なんて言わせませんよ? ……そこまで、僕を調べたら知っているはずですよ~」
「……」
束花は自覚していた。
自然にこれは起きたことじゃない。
全て――ダケルが、“睨んだ”ことで起きたことだ。
「『睨みつけた相手を10分間。ランダムに神経の一部を崩壊させる』……デマ情報だと思っていたが本当だったとわなー」
「……正確に言うなら『相手の神経、脳細胞を消滅させる』ですがね……」
そう――彼、日本タケルは【不思議な力】を持つ高校生だった。
タケルと関わりを持つ生徒から入手した情報……なるほど。
その力さえあれば、一人でも立ち向かえるわけだ……。
「僕が入部すれば即戦力は明らか、誰もがわかることでしょ先生?」
「……」
口を閉ざす束花に、続けて言う。
「聞く所によればこのチェス部、問題児の集い場って噂されてるじゃないですか……」
ベラベラと、タケルは喋る。
「この力さえあれば、多少先生の負担を減らすことが可能です……奴らも黙り僕の配下に置ける……素晴らしい提案だと思いませんか?」
気がつくと……タケルが差し出した手がそこにある。
「では先生っ! 改めて、ご決断をお願いしますっ!」
差し出した手に……。
――束花は、その手を躊躇なく右手で叩きはらう。
「お前を入部させるなら、……私はまだ、今の白子を選んだほうがましだよ」
……タケルは、睨んだ。
「……テメェはあの害虫に、何故そこまでこだわるンっだぁ?」
瞬間、喉の違和感に気づく。
冷静に束花は、声を出そうとするが……出ない。
つまりは、声帯神経をやられたと理解する。
声がやられたことを良いことに、タケルは本性丸出しで喋り続ける。
「俺は木更津市内『最強』の不良だぞ? チェスの実力もあるし、さらにこの不思議の力があれば、俺に敵う奴はいないンだよっ?」
束花の胸ぐらを強く掴み取り、自分の顔に押し付けるように……。
身も震える、鋭い『睨み』を利かせて。
「その決断が。このタケル様の頼みを断ったことを……今すぐにでも後悔する時が来るさ」
でも……その表情は。
束花の目は、鋭い眼つきでタケルを見つめていた。
……。
再び、タケルは『睨み』つけ。掴んでいた胸ぐらを離すと同時。地面に倒れこむように、束花は身動き一つ出来ず寝そべった。
見下すまま……タケルは、チェス部から立ち去っていく……。
(くそっ……両足やられたら、動きたくても動けねぇーよー……)
□□□ □□□
「いいのかタケル~? 学級問題になっても俺たち知らねェぞ」
「安心しろ。お前らを庇う金ぐらいはある……やれ」
「やっふぅ~! それじゃあ遠慮なく――――」
振り降ろされた金属バットは――白子のロッカーへと叩きこむ。
鈍い音が廊下に響くも、それを止める者はいない。
何度も。
何度も。
「もういい。ここまでやれば、鍵は壊れただろ」
……それは、もうロッカーの原型を留めていなかった。
歪みに歪んだ、無残な白子のロッカーを開ける。
……そして、タケルは求めていた例の物を取り足し。
「帰るぞお前ら……明日、逃げた奴は容赦しねェからな?」
バンっ!!
ロッカーの蓋を強く蹴り飛ばしたタケルは、仲間を引き連れて二階階段から降りて行く……。
……。
一年一組の引き戸開け、辺りを確認する一人の少女。
……誰も、廊下に人の気配を感じなかった少女は駆け足で確認する。
――見るも無残に破壊された。白子のロッカーを。
破損した内部の辺りを確認する……するとそこに、中に置かれた一枚のメモ用紙に気づいた。
手に取り。少女は確認する…………そこに、目を疑う内容が飛びこんできた……。
『ラケットを返して欲しければ、すぐに木造置き場に来い。7時まで来なかったら容赦なく折る』
掴んだメモ用紙はグチャグチャに、怒り震えた拳を強く握りしめる。
白子の友人である……赤橋夕陽は、覚悟した面立ちで決意する。
(安心しろ白子……お前の体に、指一本も触れさせないさ)
□□□ □□□
朝。昨日と変わらず、晴天の青空が広がっている。
小鳥たちの鳴き声と共に、散った桜が舞い上がって。
ただ少し違うのは……白子が歩く隣に、夕陽の姿がいないことだけだ。
(夕陽ちゃんにしては珍しい……いや、初めてに近いかも)
思い悩む白子。
それは今日の6時30分頃、自宅の電話機の音が始まりだった。
もちろん貧乏人の白子には携帯を買うお金などなく。今時のメールで友達との内容を伝える手段はない。
この朝早く電話をかけてきたのは、他でもなく……夕陽からの電話だった。
『悪い白子! 行く時慌てて、家にラケット忘れてさ……悪いっ! 私の家からラケット持って来てくれないか? 埋め合わせは放課後、焼きそば奢るから頼むっ!! 遅刻することは、顧問には私が伝えとくからゆっくり学校来いよ』
どうやら公衆電話から掛けてきたらしく、電話の向こうから電車の発車ベルの音が響いていた。
いつもより家を20分早く出た白子は、真っ先に夕陽の家へと向かい……。
そして今に至る。
「夕陽ママさんは、あまり慌てた感じなかったって言うし……まあ焼きそば奢って貰えるなら全然いいけどね♪」
昇り坂を、軽いスキップで進んでいく。
鼻歌をしながら、放課後の焼きそばを食べる自分を想像し浮かれて学校へと向かって行く。
――――この後の、悲劇が起ることも知らずに。
□□□ □□□
テニスコートに着いた頃、白子は一つの疑問が浮かぶ。
「なんだ葉田、夕陽様から遅刻するとお聞きになっていたが、今頃着くとは大分遅いぞ」
ベンチに座る。赤いパーカーを羽織る……テニス部の顧問。
ちなみに。夕陽による体験入部以降、あまりの恐怖に先生は「夕陽様」と崇めている。
「ごめんなさいゴメンナサイ!! 今、白旗を振りますので………ではなくて」
いつも通りの白旗を掲げ、頭の中で思い浮かぶ不思議な疑問を先生に問う。
「夕陽ちゃんは……部活、来てないのですか?」
一面ポッカリと空いたコート……。
そこは夕陽が先輩達から勝ち取った、白子と夕陽専用コート。
夕陽の性格を知る白子にとっては、ありえない状況だ。
この状況なら、つまりは配下に置いた先輩達から「ラケット貸せ」っと強引に奪い。一人でサーブ練習でも、一人でコートを駆けまわって一人テニスをする。
それぐらい、夕陽はテニスが大好きな人間だ
……待てよ。っと白子は、重大な事に気づく。
では何故、公衆電話までして、白子にラケットを取りに行かせた?
(思えば、別にラケットなら何でもいいなら、『ラケットを取って来て』って私にお願いするなんてありえないはず)
沢山の疑問が浮かぶ……。
白子は……行方不明の夕陽を、顧問に聞こうと――。
【 敗 北 確 定 】
「……どうした葉田? 物凄く青ざめた顔をしてるぞ……今、保健室に――って何処へ行く葉田!? いきなり走り出して、どうしたんだ!?」
白子の背中に呼び掛ける顧問の声も聞こえず。
必死で、白子は疾走する。
夢中に。死に物狂いで。
それは五分後。
『木材置き場で、大切な友が殺され――悲しみに潰される白子の敗北確定の未来』を、避けるために。
そして……木材置き場にたどり着く。
「夕陽ちゃん!?」
……しかしその広がる光景は……異様な空気が漂っていた。
地面に倒れ尽す……脳震盪で気絶したとみられる数多くの不良生徒達。
そしてそこに……中央で立ち尽くす、ボロボロの制服を着た夕陽の姿が。
「な……何してるの……今っ、そっちに」
「近寄るな白子……ッ!!」
その怒鳴り声に、白子は身動きを止めた。
……いつもの余裕顔は、そこにない。
そこには……真剣な面構えで、目の前の悪魔から目線を外さなかった。
――何十本も積まれた木材の上。そこに足組で座る……不敵な笑みを浮かべる。
……日本タケルの姿を。
「さすが世界で謳われる『閻魔後衛』だねぇ。一人でここまで相手するとは予想外だ」
「いい加減返せよ……白子のラケット」
「別にいいだろうこんな棒切れ。また新しく買えばいい話と思わないのかな?」
……その言葉に、黙り込む夕陽。
そして…………ポツリと。
「撤回しろよ……怯え者」
「――はぁ? ……怯え者?」
タケルは、その言葉にオオム返しで聞き返す。
……ふら付く両足を、ここで倒れてたまるかと思わせるほどに。
夕陽は、タケルのところへと進む。
「白子の母ちゃんが、二年かけて集めたお金で……白子と私が、一緒に選んで手にしたラケットを……ただの棒切れで済ますンじゃねェェェェェェェェェェェェェッ!!」
瞬間、最後の力を振り絞ったように地面から駆け出して。
怒りに身を任せ、ボロボロの体を引きずって……。
積まれた木材を踏みつけ、颯爽と駆けのぼって―――そして。
拳を振りかぶった時――――。
――夕陽の頭に。
――フルスイングの金属バットが、容赦なく直撃していた。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
白子は……ただ、座り込む。
地面に倒れこむ、頭部から流血する友人を……夕陽を見つめていることしかできなかった。
「あーあ。うるさくてつい本気で打っちまった……が、さすがの俺も同情しちまうよ」
ショックのあまり、立ち上がれない白子に一歩、また一歩と歩み寄る。
片手に持った金属バット引きずって……。
涙で、視界が歪む白子の前に、そこで立ち止まったタケルは。
――虫を見る目で、見下すように言う。
「なぁ? こいつがボロボロになったのは……一体、誰に責任があると思う?」
優しく聞こえる。その口調に……白子は、涙目で顔を上げる。
「お前だよ葉田ッッ!! お前がッ! そんな弱い心が招いた結果なンだよッ!! この世に存在するだけで、お前は周りを不幸にする害虫だっていい加減気づけよッ!!」
……私が?
「全てお前が悪い。友達の気遣いで助かったクズ野郎が、無傷とはこれまた滑稽だッ! 親友に謝罪したところで……お前の事は許してもらえないだろうなッ!?」
…………そっか。
(私が弱いばかりに……夕陽ちゃんを、巻き込んで……ッ)
蹲る背に、地面に……白子の涙が、いくつも沁み込んでいく。
気づけなかった……後悔と悲しさが、入れ混じる涙だ。
しかし、その涙を踏み潰して進む……タケルは笑っていた。
「でも感謝しろ葉田……お前のような害虫は、俺が責任もって駆除してやるから光栄に思え」
タケルは……一本の木を粉砕した。
一瞬……崩れる音が……頭上から感じる。
見上げると……何本物の木材が、すぐ傍まで迫っていた。
「大人しく――――消えろ」
それは一瞬の出来事。
その手に、勢いよく突き飛ばされた。
――目を丸くし、言葉を失う白子に……彼女は微笑む。
「安心しろ……お前に、指一本も触れさせないぞ」
掠れてて、聞きづらい声……だが白子には、ハッキリと聞こえた声。
そして―――夕陽は、木材の下敷きに消えてしまった。
「コラっお前達ッ! 授業以外ここは立ち入り禁止だ」
その音に駆け付けた。中年の男性教師は怒鳴り声を上げ……。
「――ゆ」
震える声を、心を。
必死で押さえて――叫んだ。
「夕陽ちゃんが!! 友達が木材の下敷きに―――助けてくださいッ!!」
「何だって!?」「おいそこの生徒、手を貸してくれ」「力ある奴は早く手を貸してくれ!」
その言葉に、駆け付けた教師も野次馬で集まった生徒達は協力し始める。
一本一本、持ち上げるだけでもやっとの木材を素早くどけて行く。
ただ必死で、生きている望みをかけて。
そして――。
木材の隙間……人の肌らしき者が、白子の目は見逃さなかった。
「瀕死の状態だ……まだ息をしているが、早く病院に行かないと命が危ない」
「ゆ、夕陽ちゃん……起きてよ夕陽ちゃんッ!? 目を覚ましてよ夕陽ちゃん!!」
しかし、目は瞑ったまま……
「これは
「……はい」
「そうか。では、どう責任を取るつもりだ?」
腕を組み、男性教師は俯くタケルを問詰める
タケルの右手に、血が付着した金属バット。
気絶した不良グループ
この全てを聞く限り……退学は免れないだろう。
(もうすぐ救急車も呼ばれる……早ければ、夕陽ちゃんの命も大丈夫)
これで……。このまま進めば――。
「まあ先生ここは一つ……20憶で手を打ちましょうよ?」
……思考が、停止する。
「いや、今回けが人が出ていることもある。悪いが、これでは納得できんな」
「ジョークですよ。僕でもたった20憶で解決しようとはしてません……1000憶で、いかがですか?」
「ほほっ。それは奮発したな……っよし」
「お前は、早く教室に戻れ。今後もあまり騒ぎを起こすなよ」
とてつもない衝撃だった。いくつも浮かぶ疑問が止まらない……。
「あの……」
「何だ葉田? まさか、規則状も真面に読んでないのか?」
すると教師は、ポケットからスマホ取り出す。
何度かタッチし……その画面を、押しつけがましく白子に渡した。
『17: 本校の生徒。また教師に身体に被害を加えた生徒は、本校の規則による罰則。又は、悪質の行為の場合、退学処分といたす』
真っ先にその項目を見て、震える指をしっかり抑え。
画面を下へとスクロールして見ていく……。
そして……そこにあった最終項目。
『29:ただし、本校の生徒は、免除料を支払う権力を与える。額に応じ、適応の額を支払った場合のみ。その生徒への罰則。又は違反を無きものとし扱う』
……ついに言葉を失った。
「規則は破ったが、タケルはちゃんと規則を守って額を支払った」
荒く、白子の手からスマホを取り上げ……白子は見る
その目には……呆れた表情で。
「何処にも疑問を浮かぶとこなどないだろ」
「先生~、赤橋さんの為に救急車呼んでも、時間の無駄だと思いますよ?」
またも自分の耳を疑った……その言葉。
野次馬で来ていた……一人の女子生徒がクスクス笑って。
「昨日マジ見ちゃってぇ~。……赤橋さん、スーパーの特売で激安お肉買ってるの見ましたぁ!」
………………。
……ぷっ。
ぷははははははははっ!!
……白子を除く全ての人が、爆笑し出す。
あろうことか……腹を抑えて笑う先生さえも。
「マジ?? 超ビンボーじゃんウケる!」
「何が『閻魔後衛』だぁバーカ! 『ザコ貧乏』の間違いじゃねーの?」
「特売の肉買ってる程度じゃあ、救急車呼べる金もねーじゃねーかよ!」
野次馬の声は……瀕死の夕陽を罵倒する空気へなり果てていた。
そう――救急車は無料ではない。
バブルの影響もあってか、20年前……イタズラ防止のために、救急車は有料制度として国会で可決された。
現実、イタズラも減ったのも確か。
昔はそれほど高くもなく……100円程度の優しい額だった。
そして現代……救急車一台を呼ぶ当たり――100万円。
完全に、救急車はお金持ちしか乗れない車へとなり果て。
もちろん――夕陽にも……白子にも、その額を払える金額などなかった。
「まずさ、治療費も払えないんじゃ救急車呼ぶ意味なくない?」
「マジそれセイローン」「意義なーし!」「はいそれセーカぁーイ(笑)」
「先生ぇ~、そんな奴は保健室で寝かせとけば、放課後には復活してますよ」
……「きっと(笑)」と言い残し。再び周囲は爆笑の渦に飲まれる……。
「じゃあ葉田、後はお前が保健室連れてってやれ。授業に遅れたら許さんがな」
「……待っ」
先生は「ほらっ授業始まるから戻れ」と、群がる野次馬達を教室へ促し去ろうとしている。
地面に、出血する夕陽の血が滲む砂を踏みつけても眼中などない……。
……。
…………………。
………………………待ってよ。
「『待てッ』て、聞こえてないのですかッッ!!」
その声に、中年教師が立ち止まる……。
「今、教師に向かって『待て』だと!? 立場をわきまえて言えないのか貴様ッ!?」
「ひっ……ッ!」
強引に。胸ぐらを掴みあげられ、涙目で白子は驚く。
「聞け貧民風情が。タケルはきちんと額を支払い、赤橋は救急車を呼べる金がないなら保険室に連れていけと言った……何処に間違いがある? 不満があるなら、貧民である自分の家族に文句を言えッ!」
威圧的に迫る言葉に……腰に付けられた、白旗を握ろうと……。
――でも、その手を握りしめる。
「じゃあ――人を殺しても、お金さえ払えば全て許されるのですか?」
……。
「目の前で、死にそうな人間がいても――お金がないなら助けちゃダメなのですかッ!?」
……。
「そうだ」
……躊躇なく。堂々と教師はそう言った
「そんなこと、今の時代に始まったことではない。50年前も――バブル入る前から変わらない、それが人間社会の常識だ。頭に叩きこんどけ貧民がっ!」
強く、その拳を握りしめッ――白子は食い下がらない。
「先生は……ここまで言って、どこにも間違いはないと思うのですか?」
その震える拳は……不思議に感じる。
白子より図体がデカく、中年の男性教師に胸ぐらを捕まれ……怖いのも事実。
……でも。
白子を、身を犠牲にしても庇ってくれた……大切な友達を侮辱された……怒りもある。
「目の前で……瀕死の状態でいる生徒を……お金がないだけで、何も手を貸さないのですかっ!?」
それは皆が思う常識――白子の常識では決してない!
「間違ってることが……正しくなっちゃダメじゃないですかッ!!」
……理屈も理論も教師の説教も、白子のその怒声が叩き割る。
沈黙する。その空間……。
「なら――チェスで決めろ。葉田白子」
聞き覚えのある。その声……。
――振り向くとそこに、見覚えのある面影が目に写る。
黒衣を翻し、吸っていないタバコを加えた――束花が立っていた。
「タケル……チェスで白子に勝てば、お前をチェス部員として迎えよう。私は、拒まない」
だが。っと、付け加え。
「白子が万に一つ、お前に勝ったら白子の友人の治療費に関わる額を全額払い出せ、して。学校の規則に従い……退学してもらおうか」
「……条件は、それだけですか?」
「あぁ」
「それじゃあ割に合わねェよ。こっちが退学かけて戦うのに、葉田には何もデメリットがねーよ」
……薄気味悪い、笑みが向けられる。
「葉田ァ? 俺はここまで賭けた……お前わァ、何を賭けるって言うンだよォォ!?」
――。
「私も、学校を辞めます。……夕陽ちゃんの治療費を稼ぐために、働くためにやめます」
……ぷっ。
あははははははははははは!
「最高だなぁ貧乏人の考えわっ! そうだ、負けたら俺のメイドとして働いてもらおうか? 丁度、サウンドバック係を雇おうと考えてて……都合がいい!!」
木材置き場にはただ、ゲス笑いが響き渡る。
タケルの笑い声が、ただ響き渡る。
抱きかかえた……夕陽を見つめ。
(待っててね……次は、私が夕陽ちゃんを助ける番だ)
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