巨人の子ロロ・ガムレ

 宝箱を開けたら中から出てきたのは巨人の子供だった。

 

 自らをロロと名乗った巨人の少年は椅子の上で縮こまっていた。

 それでもその巨体は群を抜いており、まるで熊が座っているようだ。

 特に枷も縄も打ってはいない。

 先ほどのように老騎士たちなら簡単に拘束できるからだ。


 ロロは老騎士たちが後ろで目を光らせているのが恐ろしいのか、おどおどした様子で大人しくている。

 くるくるとカールのかかった短い赤髪、瞳も赤みがかっていてパッチリと大きい。

 顔自体は大きいが、女顔のどちらかというと可愛らしい顔付きをしている。

 服はブリトニアではあまり見かけない模様の刺繍が入っているが、生地自体は良いものを使っているので、どうやら高い身分の子供のようだ。


「ではロロは首長の息子なのですね」

「ハイ、父ゴーム。ガムレ集落ノ首長、イェリング、デ一番大キイ」


 一生懸命片言で話すのを聞く限り、ロロは巨人たちの国イェリングの一番大きい集落の首長の息子らしい。

 そして父親であり首長であるゴーム・デン・ガムレは雷神の生まれ変わりと言われる英雄で、周囲の集落からも一目置かれる存在なのだそうだ。

 雷神というのは巨人たちの信奉する神話における軍神だ。


 これは今ブリトニア全土で信仰されているハリストス教とも、かつてブリトニアに存在した古代の妖精神信仰とも別の宗教だ。

 隻眼の叡智の神を主神とした多神教で、様々な権能を持つ神々がいて、それを神殿で祭っている。

 特徴的なのは、優秀な戦士が戦場で死ぬと神に英雄として召抱えられる、という信仰で、それによって巨人たちは死を恐れぬ勇敢な戦士になっているようだ。


「……デモ、オレ、戦ウ、キライ」


 しかしロロはどこかしょんぼりした様子で語った。

 ロロ自身は戦うことに興味がなく、どちらかというとモノを作ったり、本を読んだりする方が好きなんだそうだ。

 近所の子供たちがチャンバラゴッコに精を出している時、一人鍛冶場に行っては鉄を打つのを一日眺めていたり、彫金でたがねを打つ様子を眺めたりしていたらしい。


「ソレモ、オレガ作ッタ」


 そう言ってロロが指差したのは老騎士ランスロットが持っている大振りのナイフだ。

 これはロロを拘束して解放する際に腰にあったので没収したモノだ。

 ロロはナイフと言っているが、実際には刃渡りが手のひら二つ分ほどもあり、短めの剣といってもいいぐらいの大きさだ。


「ほぉ、見事なもんじゃな。職人の作と言われても分からんぞ」


 ランスロットは没収したナイフを色々な角度から見つつそう言った。

 肉厚な刀身だが刃近づくとなだらかに薄くなっている。

 また刃が描く曲線は美しく歪みがない、そして刀身に刻まれた紋様は精緻にして優美、その大きな手から生み出したとは思えないほどの見事な細工だった。


「武器ハ好キジャナイケド、飾リヲ付ケルノ楽シイ」

 

 褒められたのが嬉しいのか、はにかむような笑みを浮かべるロロ。

 大きな図体をしているので勘違いしがちだが、ロロは今年で十一歳になる少年だ。

 ところどころで出る素直な反応が可愛らしい。


「最初ハ、略奪品ヲ見タ。スゴク小サイ、スゴイ細カイ」


 興奮して語るロロによると、巨人たちが略奪した宝物を見て、その精緻な技術にいたく感動して興味を持ったらしい。

 それからロロは夢中になって小人たち、つまりブリトニアの人間が作る道具や武器を見に行った。

 幸い首長の息子なので略奪品を目にする機会も多かった。

 一日中、宝物庫に閉じこもって道具を眺めていたこともあったらしい。


 やがてロロはそれらを作り出した人々に思いを馳せるようになった。

 どんな生活をしていて、何を思って作ったのか、それを知りたいと思った。

 

「集落ノ外レ、放浪ノ巨人住ンデル」


 巨人が海に出るのは漁や略奪のためだ。

 しかしその集落の外れに住むという放浪の女巨人は変わり者で、たった一人で海に出て各地を旅してまわったという。

 その経験から様々な知識を持つと一目置かれる一方で、その独特の価値観から集落になじまず一人外れに住んでいる。


 ロロはそんな放浪の女巨人グンヒルドに海の向こうの話をたくさん聞いた。

 川の流れを力に変える水車、家畜の力で畑を耕す重量有輪犂、そして誰もが簡単に強力な矢を放てる弩。

 そういった便利な道具の話もいっぱい聞いた。


 だが聞けば聞くほど、ロロの小人の国への興味は膨らむばかりだった。

 いつしか小人の国へおもむき自らの目でそれらを見て、自らの耳で小人の話を聞いてみたいと思うようになった。


「ダカラ、言葉勉強シタ」


 グンヒルドから教えてもらい一生懸命ブリトニアの言葉を覚えたらしい。

 確かにロロの言葉は片言で聞き取りづらいが、それでも何を言いたいかは分かる。

 そしてこちらの言葉もある程度は理解できる。


 よほど外の世界の道具に興味があったのだろう。

 十一歳の少年がまったく未知の言語を習得するのはかなり大変だったはずだ。

 だが、それでもロロも自分が幼く旅に出ることが出来るとは思っていなかったので、海を渡る計画自体は誰にも話さずにいた。


「ソノ日、集会アッタ。ハーラル、来タ」


 ある日、巨人たちの首長がロロの居たガムレ集落に集まって会議をしたらしい。

 ブリガンテス族は村社会で、それぞれの集落での出来事は全てその首長が裁き、他の集落はそれに口を出さない。

 しかし、年に数回、首長たちがそれぞれの集落を順番に訪れて、集落単位では決めきれない部族全体の事を首長たちが話し合うのだ。


 原則として首長たちの間に上下関係はない。

 だが慣習的により大きな集落の首長や、古い集落の首長、首長自身の能力が優れている場合などはその意見を取り入れられることが多く、実際には発言力の上下があった。

 ロロの父親のゴームなどはその最たるもので、イェリングで最も大きいかつ古い集落の首長で、本人も英雄と呼ばれる武勇の持ち主。

 もはや会議といってもゴームの意見を追認するだけの場になっていたらしい。


 その会議に現れたのが若い首長のハーラルだった。

 ハーラルの集落ユングリングは新しい集落で、まだ規模は小さいが最近になってどんどん発展してきているらしい。

 ハーラルは会議に出席したあと、ロロに接触してきたのだ。


 最初はロロも警戒していた、しかしハーラルは小人の国の本をいくつも持っていてそれをロロに見せてくれたのだ。

 これでロロの警戒はどこかに吹き飛んでしまったらしい。

 またハーラルは放浪の巨人並に小人の国の事情に詳しく、本を見たロロが色々な質問をしてもそれによどみなく答えてくれた。


 そうしてすっかりハーラルに気を許した時、ある秘密を聞いたらしい。


「ハーラルノ集落、小人ト交易シテイル」


 ハーラルはこっそりとロロにそれら小人の国の品は略奪したのではなく、交易によって手に入れたモノだ、と告白したのだ。

 それはロロにとって驚きだった。

 巨人たちにとって小人は略奪の対象であって交易の対象としてみる者など一人もいなかったのだ。


 それを聞いたロロは自分以外にも小人に興味を持つ巨人が居たことが嬉しくて、いつか小人の国に行きたいという夢を語ってしまった。

 そんなロロにハーラルは自分たちの交易船への密航を唆したのだ。


「オレ、父ニバレナイヨウニ樽ニ入ッタ」


 ハーラルはロロの父親ゴームにバレないように、とロロを酒樽の中に押し込めて船に積み込んだらしい。

 ロロはまだ成人しておらず堂々と船に乗ることは出来なかったのだ。

 

 しばらく揺られていると周りが騒がしくなった。

 ロロは外の様子を見ようとしたが、樽の蓋はしっかりと釘打ちされて開かなかった。

 そうこうしている内に、船の揺れは酷くなりロロの入った樽は転がった。


 ようやく揺れが収まったので何とか樽の釘を抜いて、外に出た時には周りを小人の騎士に囲まれていたらしい。


「あの時、攻めてきた船に乗っていたのか」


 ウィルたちは決着がついた時点で見学をやめて馬車に戻ったので見ていなかったが、あの襲撃の後、赤弓騎士団は巨人たちの乗っていた船を接収したと聞いている。

 おそらくその時にロロは見つかったのだろう。


「コワイ小人ニ枷ツケラレタ」


 ロロは奴隷として手枷と足枷をつけられて檻に入れられたらしいのだ。

 しかし樽を開けたときに持っていた釘を曲げて鍵開けをして逃げ出した。

 普通の人間は釘なんて素手で曲げられるものではないのだが、巨人には簡単なのだろう。


 奪われたナイフを取り戻して、なるべく人気のないところを彷徨いこの貴賓館に辿り着いたらしい。

 人の気配を感じて慌てて宝箱の中に入って、今に至るようだ。


 ここまでロロの話を聞いて、ランスロットは顔をしかめていた。

 アリエルもまた難しい表情をして思案顔でロロを見ている。


「これはキナ臭い話ですな」

「そうね、どうやら巨人と言っても一枚岩ではないみたい」


 ウィルは二人が何を心配しているのか分からずにサラを見た。

 サラはウィルの視線を受けて慌ててぶんぶんと首を振った。分からないらしい。

 そんな二人の様子にロジェがため息をつく。


「バカね、要するにそのハーラルって若い首長が下克上を目論んでるってことよ」


 つまり首長の息子を守りの堅い要塞都市に送り込み奴隷にさせて、それを奪還するためにゴームに挙兵させるのが目的なのだろう。

 赤弓騎士団は強い、いくら最大集落の首長と言えども正面から戦えばかなりの被害が出るだろう。

 そうして弱体化したところを横からかっさらおうという魂胆なのだろう。


「父ハ、ココ攻メルノ反対。旨味ナイ」


 更にゴームはヨーク襲撃には積極的ではないようだ。

 巨人たちはヨークだけではなく、海の向こうのフランドル王国にも略奪に出向いており、こんなに要塞化した都市を狙う必要はないのだそうだ。


 それに要塞化しているせいで手に入る略奪品も食糧や武器がほとんどであり、また武器は巨人たちにとっては小さすぎる。

 それならばもっと警戒の緩い村や、お宝を溜め込んでいる大きな教会のある町を狙った方が良いのだそうだ。


 ちなみに教会にお宝があるのは、私腹を肥やしているわけではなく、王や領主の寄付が集まり、また財産の保管を依頼されるからだ。


 それでもたびたびヨークが襲撃を受けるのは若い首長を中心に、ヨークを占領してここを拠点としてブリトニアに侵略しよう、という意見があるからだ。

 古い首長ほどこの意見には反対しているようだ。

 伝統あるイェリングの地を離れることへの反発、巨人が海を離れて陸で戦うことへの不安、などがあるらしい。


 そういえばウィルたちが見ていた襲撃でも戦闘に参加していたのは三隻で、残りの船は様子を見ているだけで帰ってしまった。

 あれがヨーク襲撃に反対している派閥なのだろう。


「じゃあ、このままロロが捕われているとあの巨人たちが攻め寄せてくるって事?」

「ガムレ集落が最大派閥だというのなら、おそらくそうなるでしょうね」


 巨人たちの首長会議はロロの父ゴームの意見がほぼ素通ししてしまう。

 そうなれば息子を取り戻すためにゴームが全集落に動員をかけて総力戦が始まってもおかしくない。


「ど、どうしましょう? 早くロロ君をおウチに帰さないと!」

「さっきの領主に事情を話して引き渡せばいいんじゃない?」


 おろおろと落ち着きをなくすサラに冷静に返すロジェ。

 しかしアリエルはすぐに返事することなく考え込んでいる。


「どうしたの?」

「ううん、そのハーラルってのが交易してるってのが気になって」

「でまかせじゃないの?」

「そうよ、別に本だって略奪品だったってだけじゃないの?」

「それならハーラルがブリタニアの事に詳しい理由が分からないわ」


 先ほどロロはハーラルは放浪の巨人グンヒルドと同じぐらいブリタニアに詳しかった、と言っていた。

 ここから考えるとハーラルは付け焼刃の知識ではなく、実際にブリタニアを旅した巨人と同程度の知識を持っていることが分かる。

 そうなるとハーラルは本当にブリタニアと交易している可能性も高くなる。


「わっかんないわね。アリエル様は何がそんなに気になってるの?」

「ハーラルの交易相手、ひょっとしてエイリーク卿の可能性があるかと思って」


 何気ない調子でいったアリエルの言葉に全員が絶句した。

 

「ひ、姫様、確かに胡散臭い男でしたが、いくらなんでもそれは……」

「あり得ない?」

「はい、自分の領地を攻める蛮族と協力してどんな利益があるのです?」

「彼がこの街を売り渡すつもりなら、どうかしら」

「――それはっ、し、しかしそれではあまりにも……」


 領主が自らの領地を売り渡す。

 許されざる裏切りだ。


「でも言ってたでしょ。この街は左遷されて来たって、自分が不要と思っているモノを他人が必要だと言ってるのよ」

「だからって領主が領民を裏切るなんて……」


 サラは目を潤ませながら、顔を真っ赤に染めて憤慨している。

 今にも泣き出しそうなその様子にアリエルは慌てる。


「あくまで可能性の話よ。確かに驚くほど胡散臭い男だったけど、一応あれでもノーサンブリア公爵に忠誠を誓った伯爵の一人だもの。そんな事しないと信じてるわ」

「……アリエル、さすがにそれは白々しいよ?」


 エイリークの胡散臭い笑顔を思い出したのか、なんとも平坦な表情をして信頼を語るアリエル。

 そんなアリエルをウィルはジト目で見るのだった。


「結局この子どうすんの?」


 ロジェはそんな二人のやりとりを横目に見つつ、所在なさげに座っているロロを見た。

 ロロはこちらの会話が完全に分かるわけではないようで、込み入った話は理解できていなかったが、会話の単語に反応していた。

 特に『領主』『引き渡す』と言った単語には敏感に反応して、びくびくと怯えているようだった。


「タ、タスケテ」

 

 今もまるで捨てられた子犬のような目でウィルを見ている。

 先ほどこの子犬のような目をした少年に吹き飛ばされたばかりだが、それでもこんな表情をされてしまうと同情したくなる。

 ウィルは思わず、アリエルに助けを求めるような視線を向けた。

 アリエルはその視線を受けて、しばらく考え込むように目を瞑った。

 そして、ぱん、と大きく手を叩いた。


「決めたわ。私たちでロロ君をイェリングへ帰しましょう」


 その言葉にロロとサラは満面の笑みを浮かべて喜び、ロジェとランスロットたちは驚愕の表情を浮かべて困惑した。

 ウィルはニヤリと笑うアリエルの顔を見て、むしろ懐かしい気持ちになった。

 アリエルは昔と変わっていない、いつだって周りの為に全力を尽くすのだ。

 彼女の誇りモットー『我が力の及ぶ限り』の通りに。

 

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