4章 要塞都市ヨーク
要塞都市ヨーク
紋章試合が終わり、大紋章のパーツを手に入れると王都でのウィルの仕事は終わりだ。
試合場では御前試合の後もたくさんの騎士たちによって野試合が行われて紋章のやりとりがされていたが、それにウィルたちは参加する必要はない。
騎士王を決める大会である『
そのためにウィルたちは大紋章のパーツを集めているのだが、そうした大紋章のパーツを得られる大会に出場するために必要なのが、知名度や高位の紋章だ。
カンタベリーの大会のように初開催なら広く参加者を応募するのでその心配はないのだが、歴史ある大会や賞品の豪華な大会などは実績のない騎士は参加すら出来ない。
そのため最初は少しでも良い紋章を手に入れるために色々な騎士と戦う必要があった。
しかしカンタベリーの
もはや雑多な騎士と戦う必要はほとんどない。
ウィルはそんな事を考えながら、兜を脱ぐと王城の方に目を向ける。
今頃は王城で諸侯会議が開かれて、それにアリエルが出席しているはずだ。
もちろん単なる騎士であるウィルに同席できるわけもなく付いていかなかった。
それならそれで、次の遍歴地に向かう準備とかやることはいくらでもある。
しかしウィルはこうして試合場に足を運びロジェと一緒に野試合に精を出していた。
なんとなく、そうしたかったのだ。
理由は自分でも良くわかっていなかった。
強いて言うなら戦いの中で何かを見出したい、という気持ちがあるぐらいだ。
単純に様々な
ウィルの戦績から戦うことを敬遠されるかと思われたが、実際はそうではなかった。
第五王子エルフリードに友として認められた騎士ということが、よりウィルとの試合を記念試合的な位置づけにしているらしく申し込みが殺到している。
負けても紋章に身代金を払うこともなく、むしろぜひ刻んで欲しいと頼まれるぐらいだ。
おそらくはウィルがその楯を持って出場するたびに「自分も彼と戦って惜しくも負けた、その証拠にあの楯には自分の紋章が刻まれている」とでも言うつもりなのだろう。
「ロジェ、こんなことしてていいのかな?」
「何よ、アンタが試合したいって言ったんじゃない」
「そうだけどさ」
「王都でやることは終わってるわ。どうせ他にやることないんだし、いいのよ」
ロジェがほくほく顔で倒した騎士の紋章を
しかし手に入れた紋章をすべて刻んでいるわけではない。
名声の少ない騎士は手に入れた紋章を全て表示するのが普通だ。
紋章の数イコール勝利の数だからだ。
しかしある程度の高位紋章を持つ騎士は選りすぐった紋章を配置する。
そうしないと紋章だらけになってしまうのだ。
ガイがウィンチェスターの宴で数多くの紋章を楯に刻んでいたが、あれは騎士王就任時のパフォーマンスだ。
ガイも普段は黒い狼の紋章をメインに四、五個の紋章を刻んでいる。
だからロジェもなるべくスッキリ納まるようにウィルの紋章を整理しているのだ。
騎士王ガイは試合場にはいない。
もともと野試合に出ることはほとんどないのだが、今は諸侯会議に出席しているらしい。
アリエルが教えてくれた情報によると、ガイは近衛騎士団の団長に抜擢される予定なのだそうだ。
今回の諸侯会議では巡礼に旅立つ老王エゼルウルフが後継者として長男のエゼルレッドを指名し、王弟でありウェセックス公爵でもあるエゼルバルドに後見人を頼む、という流れらしい。
そこでエゼルバルドは巡礼の護衛のために半減してしまう近衛騎士団を補填するという名目で自らの騎士団から人員を差し出すついでにガイを団長に据えるということらしい。
いままでも公爵が保有する騎士団の団長という高い身分だったが、これで王国の近衛騎士団の団長という伯爵に等しい権力を持つ高みに昇ってしまった。
こんな大事が控えているのなら仮面の男ロビンが試合を棄権させたのも納得だ。
ガイはその
「………………」
ウィルは再び王城に視線を向けて、ゆっくりと自分の居る試合場を見回す。
口からは自然とため息が漏れた。
大紋章のパーツは順調に集まっている。
名声も徐々に高まっているし、試合を通じて実力が上がっているのも感じる。
それでも胸の奥には燻った炭のような、かすかな熱がウィルを焦らせる。
◇
老王エゼルウルフはロムルスレムス神聖帝国に巡礼に旅立った。
その数日後にはウィルたちも遍歴の旅を再開し、王都ロンドンを後にした。
次の目的地はブリトニア北部の都市ヨークだ。
ヨークはノーサンブリア公爵領にあり、要塞都市として有名だ。
この地域は古くからブリガンテス族という巨人族が海を越えて侵入し、略奪を繰り返してきたところで実戦経験豊富な騎士が多くいる。
そのせいか紋章試合のルールも他の街と違ってやや乱暴なことで有名だ。
ノース・アンゲリアが地名の語源でもあるノーサンブリア公爵領は、元々はノーサンブリア王国というアンゲル人中心の国家であった。
それゆえに熱心なハリストス教徒もまた多く、カンタベリーよりも環をかけてアンゲル人至上主義の強い土地だ。
それゆえか、侵略を繰り返すブリガンテス族を悪魔と蔑み、彼らとの戦いを聖戦と定義してひたすらに彼らとの殲滅戦を繰り返す戦闘街なのだ。
王都から馬に揺られること数日、ウィルたちの目にヨークの街壁が見えてきた。
街壁といってもロンドンのように立派な石積みの厚い壁ではない。
木製の人間三人分ぐらいの高さの壁だ。
それでも壁の上には歩廊があり上から矢を放てるようになっている。
木製の壁だが木の板を貼り合わせたものではなく、大きく長い杭を等間隔に打ち込んで、その間を横向きにした丸太を積み上げて壁としている。
造り自体は単純なものだが、丸太は太く強度はかなりのものがありそうだ。
また壁だけでなく堀もあり、要塞都市の異名は伊達ではないと分かる。
門にちかづくと歩廊から複数の視線が注がれる。
巡回している兵士たちの手には
大きさは大人の身長ほどもあり、硬さと柔軟さをあわせもつイチイ材で作られたソレは生半可な力では引くことすら出来ない剛弓だ。
この弓から放たれた矢は丘から丘まで届き、熟練した兵士なら十数える内に二射以上も射ることが出来るのだ。
さすがに構えられているわけではないが、それほど強力な武器を、いつでも四方から放てる状態で居られると緊張で身体がこわばるのを感じた。
一般的に弓兵というのは平民たちがなる。
騎士も弓の練習をするが、あくまで狩りをするときのためで戦闘では槍や剣を使う。
弓は卑怯者も武器と呼ばれて騎士には嫌われているのだ。
狩人や農民を駆り出して訓練した兵士が弓兵だ。
本来なら戦争がある時だけに徴募する臨時要員なのだが、ここの弓兵はとてもそうとは思えないほどの錬度を感じる。歴戦のツワモノといった風情だ。
あからさまに警戒はされないものの、ピリピリした緊張感を感じる門を抜けると日常的に戦闘のある場所に来たのだと感じる。
門を抜けて街に入るとロンドンとはまた違った意味で活気のある街だった。
通りには上半身裸の男たちが溢れ、木材や石材を一心不乱に運んだり、積んだりしている。
作りかけの建物はたくさんの大工が集まり、大きな道に石畳を設置している石工の姿もある。
そして何より目を引くのは手首と足首に枷を付けられて労働している巨人の姿だ。
巨人と呼ばれる北方の民『ブリガンテス族』。
ブリタニアに七つの王国が林立していた時代から、北の海を越えて略奪を繰り返してきた蛮族だ。
ブリタニアに住むあらゆる種族よりも二倍ほど多い体躯を持ち、その怪力は岩をも持ち上げ、素手で木をなぎ倒すほどだといわれている。
その巨体ゆえに馬にこそ乗らないが、ガレー船と呼ばれる手漕ぎの長い船を巧みに操って暴風のように沿岸部を荒していくのだ。
そんな彼らが大きな身体をやせ衰えさせて労働をさせられていた。
「……奴隷、いや捕虜かの」
「なんだか可哀想」
「略奪に来たのを返り討ちにしたんでしょ? 自業自得じゃない」
サラは憐れみの視線を巨人たちに向けるが、ロジェは容赦がない。
実際にこの街の人々は巨人たちに憎しみを持っているのだろう、彼らの労働を見つめる視線には殺意さえこもっていて、少しでも手を止めたら鞭を振ろうと身構えていた。
ヨークの街はとにかく色々な場所が建設途中だった。
元からあった建物などを壊している場所もあり、おそらくは要塞都市として生まれ変わっている途中なのだろう。
「カンッ!カンッ!カンッ!」
ウィルたちが街の中心付近に差し掛かった時、半鐘の音が響き渡った。
老騎士たちはすぐさま警戒態勢に入って馬車を守るように展開する。
しかし街の人間は慌てた様子もなく、淡々と工事を中断し手を休め始めた。
ただ巨人を使役していた現場だけは慌しい様子で巨人たちを檻の中へと追いやっている。
「ウィル、どうやら巨人どもが襲撃して来たらしいぞい!」
近くの人に話を聞きに言った老騎士が戻ってきた。
噂に聞く巨人の襲撃。
しかしその割りには住民の落ち着きぶりが妙だった。
「行くぞ、様子を見てこよう」
「うん、分かった」
アリエルたちを馬車に残して護衛を老騎士たちに頼む。
心配そうな顔をしているアリエルに手を振って、ランスロットと共に馬を走らせた。
巨人が攻めてくるのは海からだ。
二人は細かい道を抜けて海岸線へと向かった。
◇
海岸線に近づけば近づくほど人が多くなっていく。
これが騎士や兵士なら出撃のため、と分かるのだがどう見てもただの住民たちだ。
なんとか人ごみを抜けていくと、高台になった場所が見えてきた。
そこでは多くの住民が集まって一様に海の方を見ていた。
避難指示でも出ているのかと思ったが、彼らの様子を見て違うと分かる。
手には酒の入った木杯が握られ、既にほろ酔いの者もいる。
串焼きを売っている屋台もあってまるで催し物でも見るかのようだ。
「なんじゃこれは?」
「なんだか皆楽しそうだね。これから攻めてくるんじゃないの?」
ウィルとランスロットは馬から降りて人々の様子を見る。
これから街が攻められるというのに不安そうな顔をする者はおらず、祭りでも楽しむような雰囲気だ。
二人が広場の様子に戸惑ってきょろきょろしていると赤ら顔の男が声をかけてきた。
「おっ、あんたら旅の騎士さんかい?」
「あ、ああ、遍歴をしておるところじゃ。それよりもなんじゃこの人だかりは」
「見ての通り、巨人どもが攻めてくるのを見物しようってのさ」
「危なくないの?」
「何言ってんだ! この街ほど安全な街はないよ! 何しろ赤弓騎士団が守ってくれているんだからな! 見ろよ!」
男が得意げに海岸線の方を指差すとちょうど街壁の上の歩廊に弓を持った騎士たちが現れたところだった。
一糸乱れぬ動きで歩廊に等間隔で並ぶと、大きめの矢筒を下に置いた。
揃いの赤い騎士服に身を纏い、その手には真紅の弓を持っていた。
彼らの登場に住民たちは大きな歓声を上げる。
海岸の方を見ると船首に木彫りの竜が施された細長いガレー船が現れた。
ガレー船は沿岸部まで帆を張って進んできたが、海岸に近づくと帆をしまった。
そして乗っている巨人の十人ほどが櫂を持ち一斉に漕ぎ始める。
船の数は十隻以上はいるが、突っ込んできているのは三隻だけだ。
巨人の怪力で漕がれるせいか、白波を立てて凄まじい速度で岸に迫ってくる。
「あれが、巨人」
「恐ろしい怪力と大きさじゃな」
さきほど街で見た捕虜とはまったく違う種族に見える。
赤みがかった癖毛、顔を覆う髭、彫が深く鼻が高い。
盛り上がった肩の筋肉はまるでコブのようだ。
捕虜の巨人とは筋肉の太さが倍以上違う。
対する赤弓騎士団は慌てた様子を見せずに、弓をやや上方に構えた。
見ていて気持ちのいいぐらいに統率された動きは錬度の高さを感じさせる。
そして隊長らしき騎士の合図で一斉に矢が放たれた。
まだ距離はかなり離れているように見えたのだが、山なりに放たれた矢は見事に巨人たちの頭上に降り注ぐ。
「凄い!」
「むぅ、この距離を届かせるか」
二人が感嘆の声を漏らしている横で住民たちはおおいに盛り上がり乾杯している。
巨人たちも矢が降り注ぐ前に円形の楯を構えて防いでいるのだが、凄まじい速度で次々と放たれる矢の嵐に隙間から穿たれる者が続出している。
革鎧や鎖鎧を身に付けているが、その程度で矢を防ぐことが出来ず肩や足などを射抜かれて海に落ちる者が後を絶たない。
「む、取り付かれるぞ」
それでも一隻の船は犠牲も省みずに速度を増して接岸した。
巨人たちは船から下りると、かたまらずバラバラに走り出した。
その巨体からは想像もつかないような俊敏な動きにウィルは驚いた。
こうなってしまうと弓で狙うのは難しい。
「いよいよだぜ!」
「待ってました!」
「巨人どもを蹴散らせ!」
しかし住民たちは心配した様子も見せず、むしろ興奮し始めた。
それに応えるように海岸側に作られた門が開き、中から槍を構え騎乗した騎士たちが雪崩をうって飛び出してきた。
鎖鎧の上から赤い騎士服を纏った騎士たちは二人一組となって砂浜を駆け出した。
それは解き放たれた猟犬のような、あるいは獲物を見つけた鮫のような動きでそれぞれが獲物とさだめた巨人に向かって二騎で向かっていく。
巨人たちは騎士に気づくとその手に持った大きな柄の長い斧を構えて迎え撃つ。
しかしその斧が振るわれるよりも先に二人の騎士の騎槍が巨人の胸を貫いた。
左右から同時に突かれた巨人はなすすべもなく砂浜に転がった。
二騎が同じ獲物を狙って同時に攻撃するのはかなりの高等技術だ。
巨人の中にも手練がいるらしく騎士たちを返り討ちにして落馬させている者もいたが、動き止めたせいで頭を矢に貫かれていた。
既に上陸した船以外は矢によってハリネズミのようになっていた。
まだ海上に待機していた巨人たちの船はこれ以上攻めるのをやめて去っていった。
残されたのは漕ぎ手を失い海上に漂う巨人の船と、浜辺で討ち取られた巨人たち。
そして勝鬨をあげることもなく淡々と引き上げていく赤弓騎士団だけだった。
「これが『赤弓騎士団』。次の相手か」
ウィルの要塞都市ヨークでの目的は、この地で行われる『赤弓杯』という紋章試合に出場し、優勝賞品である大紋章の『
そしてそのためには彼ら『赤弓騎士団』に勝たなければならない。
なかなか厳しい戦いになりそうだ。
「なんじゃウィル、楽しそうに笑いおって」
「えっ、笑ってた?」
ランスロットの指摘に思わず口元を触る。
気づかぬうちに口角があがっていたらしい。
だが改めて言われ、ウィルはその言葉に頷いた。
「うん、そうだね。楽しみだ」
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