三人の聖騎士


「ちょっと慣れてきました!」


 サラは嬉しそうに背後のウィルを振り返る。

 絹糸のような銀髪がふわりと揺れて、酸味のある果物のような良い香りが漂う。


「うん、だいぶ上手くなった」


 ウィルは素直に感心した。ロジェよりもよっぽど筋がいい。

 乗馬の上達のコツは度胸と信頼だ。

 むやみに怖がるとその動きが馬に伝わって挙動が安定しなくなる。

 また馬を信頼せずに頻繁に指示を出すと馬が混乱しておかしな動きになる。

 どーんと構えて、ある程度は馬にまかせてしまうのがいいのだ。


 ロジェはその点かなり乗馬に向いていない。

 大胆な行動が多いので肝が据わっているように見えるが、実際はかなり臆病で慎重な性格なのだ。そして他人の心理を操る術に長けているのでなかなか他人を信頼することが出来ない。相手が同じ人間ですらそうなのに、動物にいたっては何を考えているか分からないのでそれに拍車がかかるのだ。

 反対にサラは大司教につっかかって行ったことからも分かるように意外と無鉄砲だ。

 そして生来の気質なのかお人好しなので簡単に信用してしまうのだ。


 また二人の違いは容姿にも表れている、とウィルは後ろからサラを見て思った。

 ロジェを乗せたときに後ろから見えたのは、白いうなじとかぴこぴこ揺れる狐耳だとか、華奢な肩とかだ。

 しかしサラの場合は銀髪から覗く羊角だけでなく、馬が歩くたびに揺れる大きな双丘が見える。質素な修道服に包まれているのにやたらと存在感を主張しているのだ。ロジェと同い年とは思えない。これが種族の違いだろうか。


 さらに視覚的な違いだけでなく触覚的にも違いがある。

 ロジェを鞍に乗せたときは二人で乗ってもスペースに余裕があった。

 しかしサラとの相乗りでは鞍がみっちりと詰まった感じで、サラのお尻がウィルの股にすっぽり収まっている。

 これはサラが太っているというわけではなく、年の割りに発育が良いのだ。

 実際、アリエルを乗せたときも同じようになる。

 そんなわけで、身体は密着するし視線の端で豊かな胸が弾むしでウィルはちょっと困ってしまっていた。

 ウィルも思春期の男だ、魅力的な女の子と密着して嬉しくないわけではない。

 しかし相手は修道女、いや修練士だ。そういう対象として見るのは罪悪感がある。


 サラはウィルがそんな葛藤をしているとも気づかずに、馬に慣れたことに喜んで無邪気に笑っていた。先ほどまで沈んだ顔をしていたとは思えない。

 ウィルはそれを見てなんとか邪な気持ちを静める事が出来た。

 しかし、楽しそうだったサラの顔がまた沈んだものになった。

 街の入り口に差し掛かったのだ、もうすぐ乗馬の時間は終わりとなる。

 サラが子供みたいにしゅんとした表情をするので、思わずウィルは口を開いた。


「また乗りたくなったら会いに来たらいいよ」

「いいんですか!?」


 ぱぁっと花が開くような笑みを浮かべるサラに苦笑する。

 エレインも言っていた通り、サラは年の割りに子供っぽいところがある。

 どうも感情を素直に出しすぎるのだろう。

 しかしそのせいか、どうも放っておけない気持ちになるのだ。

 結局、ウィルの天幕まで一緒に行くことになってしまった。

 

 天幕に向かう途中、試合場の横を通り過ぎる。

 既に日は傾き試合をしている者はいなくなっている。

 騎士たちも片付けをしてそれぞれの居留地へ引き上げ始めている頃だった。


「おやおや、そこにいるのは『誇りのない騎士』殿ではないですか」


 引き上げていく騎士たちの中から三騎の立派な鎧を着た騎士たちがウィルたちに近づいてきた。

 白銀に輝く鎧に身を包み揃いの青い陣羽織サーコートを羽織った三人だ。

 下卑た笑い顔からは想像もつかないが、陣羽織サーコートに描かれた紋章を見ると聖翼騎士団の騎士だと分かる。


「ど、どこに行ってた。俺たちお前を探してた」


 先頭にいるのはでっぷりとした体格の中背の男。顔の輪郭が真四角で目鼻が顔の中心に寄っている。


「おやおや、よく見ると女性を連れているではないですか。試合もせずに逢引ですかな?」


 二番目にいたひょろ長い身長の男も口を開いた。

 体格だけでなく顔もキュウリのように細長く、いぼのように吹き出ものに包まれた顔だ。

 厭味ったらしい口調に聖職者らしさは欠片も見当たらない。


「ふん、さすがは『誇りのない騎士』殿だ。試合を逃れて女にうつつを抜かすとは」


 三人目の小さな体躯の男は偉そうな態度でウィルを睨み付ける。

 態度ばかりが大きく身体が小さいのでちぐはぐな印象を受ける。

 ウィルはそんな三人からの挑発的な言葉を冷静に聞いていた。

 ウィンチェスターで今期の騎士王であるガイから『誇りのない騎士』と呼ばれてから、この手の誹謗中傷は珍しくない。


 アリエルが一緒にいるときに言われるとアリエルが哀しそうな顔をするので困るのだが、そうじゃないときは別段困る事はない。

 なのでいつもはこんなことを言われても適当に受け流している。

 しかし今回は受け流す前にサラが声を上げていた。


「ウィリアムさんはそんな人じゃありません! 優しい騎士なんです!」


 顔を怒りで真っ赤に染めて憤然と三人の騎士を睨み付けている。

 三人の騎士はまさか少女に反論されるとは思っていなかったのか驚いた顔をする。

 しかしサラの顔を見て、その頭部に目をやると途端にいやらしい笑みを浮かべた。


「騎士を誘惑するなんてずいぶんと不貞な修道女だと思ったら、悪魔の末裔のユート人ではないですか。いやはや恐ろしい、福音書に書かれた大淫婦もきっとユート人だったのでしょうねぇ?」


 ひょろ長男のいやらしい視線はサラの胸にそそがれている。

 小さい男は鼻を鳴らしてサラの頭部を睨み付ける。


「大司教様のおっしゃる通り、穢れた種族のようだな!」


 サラは男の言葉にびくりと身体をすくめ、反射的にフードを手に取った。

 そのままフードをぎゅっとかぶって俯いた。

 フードを持つ手はきつく握られている。

 サラはまだエレインのように聖書や福音書に詳しくない、教会に仕える騎士と宗教闘争できる程の知識はない。そのことを思い知らされたばかりなのだ。

 それを見てウィルはなんだか気に入らない気持ちで一杯になる。

 なんだかよく分からない理由でサラを貶す騎士たちが気に入らない。

 さっきまで楽しそうに笑っていたサラが哀しんでいるのが気に入らない。

 そして何よりもサラを守ってやれない自分が気に入らない。


「騎士の割に口ばっかり達者だね。それが聖翼騎士団なの?」


 苛立ちながら開いた口からは珍しく挑発的な言葉が飛び出した。


「ば、馬鹿にす、するな!」


 四角顔の男が目を怒らせている。

 ウィルと騎士たちは互いに睨み合い、辺りはピリピリとした空気になる。

 いつの間にか野次馬が集まり人垣が出来ていた。


「あーっ! こんなところに居た!」


 その中からロジェのちょっと怒った声が飛び出す。

 ロジェの赤毛と獣耳が人垣からひょこひょこと跳びはねて、ウィルの元まで駆けてきた。


「どこ行ってたのよっ! ……って、何してんの?」


 きょとんとした顔でウィルと三人の騎士を交互に見る。

 気勢をそがれた騎士たちは鼻を鳴らして背を向けた。


「トーナメントを楽しみにしているぞ。まぁ、貴様が予選を突破出来たらだがな!」


 小さな男が去り際に大きな声で言い捨てた。

 サラは未だに震えながらフードを掴み、ウィルはその背をきつく睨み付けていた。

 一人ロジェだけが不思議そうに首を傾げていた。


 ロジェと一緒にウィルの天幕まで来るとちょうど老騎士ランスロットが馬に乗って走り出そうとしているところだった。その傍らには老修道女エレインの姿もある。

 しかしランスロットはウィルとサラの姿を見つけると手綱を引いてとどまった。

 エレインが慌てて駆け寄ってくる。


「サラ! 良かったウィリアム様と一緒だったのですね?」


 ウィルは元気のないサラに手を貸して馬から下してやる。

 サラはウィルの手からエレインの前に置かれるとわっと泣きついた。

 そのことにエレインは驚いていたが、やがて静かにサラを抱きしめてぽんぽんと背中を叩いて落ち着かせようとしていた。

 ランスロットとロジェは何か言いたげな視線をウィルに向けるが、いつもと違うウィルの様子に躊躇して声をかけられずにいた。


 ウィルはそのまま無言で馬を降りると天幕にいるアリエルの前まで歩く。

 アリエルは天幕の中で座っていた。テーブルの上には今朝も見かけたウィルの協力者にしたてあげる騎士のリストがある。


「ウィル、おかえり」


 アリエルはふんわりと微笑んだ。いつもの子供っぽい笑みとは違う、上品な貴婦人のような微笑み方だ。

 アリエルもまたウィルの雰囲気がいつもと違うのに気が付いたのだ。


「アリエル、俺はあの三バカ騎士を、俺だけの力で叩きのめしたい」


 突然放たれたウィルの言葉をアリエルは静かに受け止める。

 しかし付いて来ていたロジェとランスロットは慌てる。


「ちょ、ちょっと何言ってんのよ!」

「ウィル、さすがに無理じゃ! いくらお前が強くても数の有利はくつがえせん」


 二人はなんとかウィルを諭そうと必死だ。

 しかしウィルは真っ直ぐにアリエルを見つめたまま視線をそらさない。


「他の奴の手は借りたくない。あいつらは俺の手で倒したい」


 ウィルの視線を真正面から受け止めて、アリエルは鋭い視線を返す。

 弟にベタ甘な姉の顔ではなく、女公爵として騎士の忠誠を受ける君主の顔だ。

 しばらく二人は真剣な表情で見つめ合う。

 ようやく落ち着いたサラも二人の様子を固唾を飲んで見守っている。

 長い沈黙の後、アリエルが先に視線を外してため息をついた。


「……しょうがないわね。いいわ、許可します」


 アリエルはそういうとサラに視線を向けた。

 サラはいきなり視線を向けられて慌てふためく。


「ウィルは私の為だけに戦って欲しいのだけど、私はいい女なので今回は譲ってあげるわ」


 おどけた調子でそう言うとサラは目を白黒させていた。。

 そんなアリエルにウィルは笑みを向けた。


「やっぱりアリエルは最高だ」


 余裕の表情を浮かべていたアリエルもウィルにそう言われると顔を真っ赤にした。


「も、もう、急に大人っぽい顔するんだから」


 もじもじしながらも嬉しそうに微笑む。

 二人は見つめ合い、天幕が妙な雰囲気に包まれる。


「んんっ! それで、どうやって三人を倒すつもりなのよ」


 ロジェはジト目でわざとらしく咳をして、妙な空気を打ち壊す。

 アリエルは余計なことを、という目でロジェを見る。


「分からない。でもロジェなら何か方法思いつくだろ?」

「はあぁ? ちょっとアタシに丸投げ?」

「だってロジェは騎士王の紋章官になるんでしょ? なら出来るよ」


 ロジェはウィルの言葉に目を丸くして、やがてニヤリと不敵に笑った。


「そこまで言われちゃ黙ってられないわね。いいわ、アタシの誇りモットーにかけて『挑戦』してあげるわ」


 薄い胸を張るロジェにウィルは頷く。


「うん、任せた」


 そうしてウィルたちが盛り上がっているのをサラは少し離れたところで見ていた。

 サラの事がきっかけでウィルは一人で戦うと言っているので無関係ではないのだが、やはりなんだか蚊帳の外で少し寂しい思いを感じていたのだ。

 それだけでなく、教義と自分の気持ちの狭間で揺れてもいた。

 紋章試合は修道女としては容認できない、しかし自分のために戦ってくれる人がいるのを嬉しいと思う気持ちもある。

 そんなサラにエレインが声をかける。


「気持ちを押し殺すのはやめなさい。貴女はまだ修練士、半人前だからこそ許されることもあるわ」


 エレインの言葉にサラは大きく首を振る。


「で、でも、それじゃあ神の教えが……」


 サラの肩に優しく手を置くエレイン。


「貴女は何のために修道女になろうとしているの?」

「……それは」


 言葉に詰まるサラ。

 理由がないわけではない。

 だがコレと示せるような強い思いもまたない事に気づいてしまった。


「まだ時間はあります。今はありのままに感じるとおりに動いてみなさい。後悔のないようにね。……ライバルも多そうだし」

「えっ?」


 サラはきょとんとした顔でエレインを見た。

 エレインは面白そうな顔で微笑む。


「ウィリアム君が好きなんでしょ?」

「――なっ、ち、違っ!」


 突然のエレインの言葉にサラは顔を真っ赤に染めた。


「ふふふ、ぐずぐずしていると彼らは次の街に行ってしまうわよ」

「お、お婆ちゃん!」


 くすくすと笑って逃げるエレインをサラ慌てて追いかけた。


                   ◇


 翌日、ウィルたちは再び試合場に集まっていた。

 目の前には白を基調とした天幕が三つ並んでいた。

 天幕の前には表札代わりに紋章が描かれた木楯が掲げられている。

 描かれた紋章は十字に翼がついた聖翼騎士団のものだ。

 天幕だけでは誰のものか分からないのでこうして紋章を掲げるのだ。


「さて、それでどうするの?」


 騎乗して完全武装したウィルが面頬を上げてロジェに問いかける。


「昨日シンプルに考えてみたの。三対一だから困ってこちらの数を増やそうとした」

「うん、でもそれは俺が嫌だ」

「だから逆に考えたのよ。こっちが増やせないなら、向こうを減らせばいい」


 そう言ってロジェは不敵な笑みで聖翼騎士団の天幕を見た。


「闇討ちでもするの?」


 ウィルは何気ない口調で言うが、サラは慌てて声をあげる。


「そんな! ダメです!」


 サラの慌てぶりにロジェは苦笑する。


「もちろんそんなことしないわよ。そんな危ない橋を渡らなくても試合をふっかけてやればいいのよ。その上での負傷ならアタシたちのせいじゃないからね」


 紋章試合での負傷はよくある事だ。

 いくら強固な鎧に身を守られているといっても槍を受けた衝撃は貫通して身体を痛める。ましてや落馬などした日には捻挫や骨折などいくらでも起きるのだ。


「しかし、奴らはトーナメント以外の試合には出てないようだぞ?」


 ランスロットの言うように彼らの天幕は他の試合をしている騎士の天幕と違って動きがなく、当の騎士たちも武装せずにくつろいでいる。

 こちらに気づいているようだが、何も出来はしないと踏んでかニヤニヤ笑っている。

 紋章試合を行うには、大会に参加するか、野試合をするしかない。

 しかし聖翼騎士団の三人はトーナメントにしか参加しておらず個人戦には不参加だ。

 その上、野試合の受付である『戦争の楯』と呼ばれる挑戦者を募る木楯も掲げていない。

 一見すると試合に持ち込む手立てがないように思える。

 ウィルとランスロットがどうするのか、と言う表情を向けるとロジェは天幕を指さした。


「あれを叩き落してやればいいのよ」

「なんじゃと!」


 ロジェが指さしたのは天幕の前に掲げられた木楯だ。

 表札代わりに掲げられるだけにその木楯はいわばその騎士の顔だ。

 これを叩き落とす、相手の顔に唾を吐くのに等しい侮辱行為だ。

 ここまでして挑戦状を叩きつければ、騎士としては試合を受けざるを得ない。

 しかしこれはまさに誰彼構わず噛みつく狂犬のような行いであり、まともな騎士の行いではない。こんなことをすれば悪評が立ち、試合を断られることが増えるだろう。

 ウィルがそんな心配をしているとロジェは胸を張ってサラを見た。


「そこでサラの名前を借りようってわけ」

「えっ、私ですか?」


 つまり侮辱されたサラの名誉を回復するため、という理由で試合を吹っかけて、試合に持ち込んだやり口をうやむやにしてしまおうというわけだ。

 ウィルはサラの目をじっと見つめた。


「サラ、俺はトーナメントで勝つためにあいつらをやっつける。それにユート人ってだけでサラを侮るのも気に入らない。だから戦う」


 サラはウィルの視線に怯み、しどろもどろに口を開く。


「でも、気に入らないからやっつけるなんて……」

「サラは悔しくない?」

「もちろん悔しいよっ! ……でも、だからって暴力は良くないです」

 

 頑なに首を振るサラにロジェが口を挟む。


「暴力じゃないわ。これは試合、ルールのある競い合いなのよ」

「……それは、そうですけど……」


 ロジェの言葉にサラは口をつぐむ。

 実際、教会は紋章試合を禁止はしていない。

 紋章試合が始められた当初は多くの反発があって教会も難色を示し、紋章試合で死んだ騎士は教会に埋葬しない、とまで言っていたのだが、統一王がルールを制定し教会にも配慮した結果、渋々ながらも認めたのだ。

 とはいえ、紋章試合に関してはほとんどの修道士が未だに反対しているのも事実だ。


「サラ、俺は決してルールを破らない。確かに今回は相手を負傷させるのが目的だけど、それだってわざと狙うつもりはない。約束する」

「そうよ、自分で言うのもなんだけどこんな作戦は作戦とも言えないわ。試合で負かして負傷を狙うなんて運任せもいいところだもの」

「正々堂々戦うよ。それでも、ダメかな?」


 ウィルは再び真っ直ぐにサラを見る。

 サラは今度は怯まずウィルの目を見返す。

 深い湖のような濃い蒼色の瞳にサラの姿が写っていた。

 不安そうに震え、手を祈るような形で組んでいる。

 その手はきつくきつく握られている。

 サラはエレインの言葉を思い出し目を瞑った。

 無言のままに自分の素直な気持ちを胸の内に問いかける。

 そこには熱いどろどろとした割り切れない気持ちが沈殿しているように感じた。

 それを意識した途端にサラの頭にカッと血が昇った。


「ウィリアムさん、私やっぱり悔しいです」


 サラは搾り出すように言った。

 理性ではなく感情に突き動かされるままに。


「分かった、任せて」


 ウィルは大きく頷くと試合用の槍を手にもって馬を走らせた。

 聖翼騎士団の天幕にいた人々は突然走りこんできたウィルから逃げまどう。

 完全武装の騎兵が地響きを立てて走ってくるのだ、それは恐ろしいだろう。

 そんな人々を縫うように避けてウィルは槍を水平に構えた。


 ガアァン! ガアァン! ガアァン!


 乾いた音が三回響き、天幕の前に掲げられた木楯は真っ二つに割れた。

 この騒ぎに辺りの人々すべてがウィルに注目した。

 ウィルはその視線を意識して槍を高々と掲げると大きな声で宣言した。


「ウィリアム・ライオスピアが修練士サラ殿を侮辱したこの三名の騎士に試合を申し込む!」


 周りはざわざわとどよめく。

 聖翼騎士団の天幕にいたアンゲル人たちは顔を真っ赤にして憤っている。

 余裕の表情でくつろいでいた騎士三人は、赤黒くなるほどに顔を紅潮させてウィルを睨みつけている。


「貴様、こんなことをしてただで済むと思うなよ!」


 リーダー格の小さい騎士が押し殺したような声を出す。

 その殺意すらこもった視線を正面から受け止め、睨み返すウィル。


「そっちこそ、サラを侮辱したこと後悔させるから」

「な、なにぃ!」


 いつもの飄々とした顔とは違う鋭い視線。

 ウィルは珍しく本気で怒っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る