緊張感のない任務
黄土色の荒野の先に、黒と銀色がひしめき合い、鉄と油の匂いが立ち込める街並みが顔を覗かせる。煙突のような物がいくつも視認でき、それらからは黒煙が次から次へと押し出すように吐き出される。
鉄塊群を反響しながら、金属を叩く甲高い音がアカツキたちの鼓膜を突き刺すように刺激していく。山のような金属を載せた黒い鉄塊は、地面を揺らしながら天高く煙を噴き上げて、アカツキたちの前を駆け抜けていく。
ここは、工業国ポートルイス。レガリアの胎動により過去の勢いを失いはしたものの、過去に活躍した職人たちが多く住まうこの国では、未だに衰えることの無い工業技術が根付いている。
そして、ただ技術だけを売る職人たちだからこそ、レジスタンスのようなテロリスト相手でも、武器の売買をしてくる者も多く存在しているのだ。
軍事産業の職人たちが根付く国だからこそ、グランパニアも容易く手を出すことができずに、独立国として今日までを生き抜いてきた国でもある。
「さて、さっさろ仕事を終わらせて帰ろうぜ」
少し離れたところにジープを隠し、歩いてポートルイスへと入っていく。レガリアの技術の結晶である自動車なんかをポートルイスに持ち込んだとなれば、何をされるか考えるのも恐ろしい。
まずアカツキたちを出迎えたのは、山のような金属を載せ、地面に敷かれたレールを噛みながら、力強く走り抜けていく蒸気機関だった。蒸気機関が生み出す地揺れは身体へと刻まれていき、その存在感を知らしめていく。
「これが、蒸気機関……。あんな大きいのに、走るんだ」
目の前の巨大な鉄塊は、蛇のように長い胴体を持ち、そこに溢れんばかりの物資を載せているにも関わらず、人間とは比べものにならない速度で駆け抜けていく。まるで踏ん張るかのように、甲高い音に乗せて煙を吹き出す。
「すごいよね、わたしも生で見るのは初めてだなあ」
感動するアカツキの隣にサクラが並ぶと、走り去って行く蒸気機関を見ながらアカツキと同じように感嘆の声を上げる。そんなサクラの言葉に、アカツキは「そうですね」と生返事を返すことしかできず、そこで会話が途切れてしまう。
なかなかアカツキとの会話が続かないことに、困惑の色を見せながら苦笑するサクラを横目に、アカツキは『そろそろ慣れろよ自分……』と心の中で葛藤を続けていた。
「あれは人が乗るための蒸気機関じゃなくて、物資の運搬の為だけに作られたやつだ。ここでは、金属みたいな重い物資が行き交うから、人力だけじゃ効率が悪い。だから、こうやって線路を街中に張り巡らせて、速くどこにでも物資を運べるようにしてるって訳だ」
そんなアカツキの葛藤など一切気にも介さない様子で、バレルは相変わらずの自慢げに話す。この人はただの自慢したがりなんだ……、とアカツキが心の中で苦笑していると、勢いは衰えることなくバレルの話は続いていく。
「レガリアには人を乗せる為の蒸気機関もあるんだ。興味があるなら、いつかレガリアに行ってみるといい。あれはすごいぜ。乗った人にしかわからない感動ってやつがある。ジープなんかでは味わえない感動だ」
バレルが本当に楽しげに笑いながら話をしていると、背後から拳が飛んでくる。
「お前の下らん自慢話はいいから、早く目的地に向かうぞ。あまりゆっくりしていると、陽が暮れるまでに帰れなくなる。そうすれば野盗の危険性だって増すだろうが」
拳の主はナズナで、凍りつくような冷めた口調でバレルに急ぐように促す。バレルも舌打ちをしながらも、それに逆らう気はないらしく、大人しく先に進んでいく。
本当にこの二人は仲が悪いんだなと思いながら二人を眺めていると、その視線に気が付いたサクラが、アカツキの背後から話し掛けてきた。
「あの二人、いつもあんなんだけど、実はあれですごく仲いいんだよ。想像もつかないでしょ?」
気が付けばサクラの顔がアカツキの顔の隣に、ヒョコッと飛び出てくる。あまりに突然のことに驚いて、アカツキは顔を真っ赤にしながらスッと体をサクラから離す。
「そんなに引かなくてもいいのに。さすがにちょっと傷つくなあ……」
そう言いながら少し頬を膨らませる幼い表情。その仕草にさらに赤面しながら、アカツキは何とか言葉を振り絞る。
「ご、ごめんなさい……。そ、その別にサクラさんが嫌いとかそういうことじゃないんで……。ほ、ほんとに、ごめんなさい」
アカツキがサクラの眼を見れないまま、瞼をギュッと閉じて頭を下げていると、サクラは少し慌てたようにアカツキに頭を上げるように促す。
「そんなに頭下げないでよ。ふふっ。アカツキ君面白いからちょっとふざけてみちゃった」
慌てていた顔はすぐにどこかへと消えていき、エヘッといたずらな笑みを振りまきながらアカツキの顔を覗いてくる。ようやく瞼を開いたアカツキの視線の先に入り込んできたのは、覗き込むサクラの顔で途端に瞼を閉じてしまう。
「サクラなんかに照れてどうする。コレくらいの女と話せるようになっとかねえと、本命が現れたときにどうすんだよ?こんなもんは勢いだ、勢い。一回勇気出して話せばその後は何てこと無いもんだぜ」
アカツキとサクラが戯れていると、バレルがアカツキの背中を叩きながら、人生の先輩として自慢げに助言をする。
「うわぁ、バレルそんなこと言うんだ。ひっどーい。ねえ、ヨイヤミ君」
サクラはわざとらしく膨れると、今まで会話に参加していなかったヨイヤミを急に巻き込む。しかしヨイヤミはアカツキとは違い、そんな急な振りにもきちんと答えて見せる。
「そうですよ、バレルさん。サクラさんみたいな綺麗な人はおらんと思いますよ」
そんなヨイヤミの言葉を聞いて「まぁ」と言って頬を抑えているサクラとは裏腹に、バレルは呆れた顔で「わかってねえなぁ」と腕を組みながら首を横に振る。
「コレだから、世間を知らねえガキは……。世の中にはな、サクラ以上の女なんてそこら中にいるんだぜ」
最早ここに何をしに来たのか忘れて、女の話をし始めたバレルの後頭部を、背後から一発の拳が襲い掛かる。
「いってえ、何しやがる?」
バレルが食って掛かりながら拳が飛んできた方を振り向くと、そこには背後から溢れんばかりの黒いオーラを放つ、かなり機嫌の悪そうなナズナが腰の刀に手を添えていた。
「ここで斬られるか、さっさと目的地に向かうか、さあ選べ……」
威圧するナズナの瞳孔が開ききっていた。その姿にバレルだけでなく、アカツキやヨイヤミもナズナから一歩後ずさったほど、その威圧感は凄まじいものだった。
「わかった、悪かったから、その手をとりあえず刀からはずそう。なっ……」
そんなナズナに流石のバレルも物怖じしながら後ずさり、先程までの威勢は完全に掻き消され静まり返っていた。
親に怒られた子供のように縮こまって落ち込んでいるバレルを横目に、ナズナはアカツキの元へと歩み寄る。先程のナズナの姿を見ていたサクラは、親友にも関わらず思わず一歩後ずさるが、ナズナはしっかりと距離を詰めてくる。
「サクラもだ。遊びに来ているわけじゃないんだから、少しは緊張感を持て。コレは任務なのだぞ。あと、新人で遊ぶな」
そしてこちらも「ごめんなさい」という謝罪と共に、バレル同様縮こまって落ち込んでいた。
盛り上がっていた場が、ナズナの介入により、まるで嵐が過ぎ去っていたかのように一気に静まり返っていた。
そんなナズナをアカツキは、畏怖の眼差しで眺めていたアカツキの元に、なぜかナズナが歩み寄ってくる。まさか自分のところに来ると思っていなかったアカツキは、思わず視線を逸らして、ナズナから逃げるように後ずさる。
だがナズナが逃がしてくるはずもなく、目の前で立ち止まると両手でアカツキの顔を押さえて、無理やり自分の顔の方へ向かせる。
「お前もお前だ。あのバカみたいに女慣れしろとは言わないが、その視線を逸らすのは何とかしろ。私たちはわかっているから良いが、それは失礼に値するぞ。人と話すときは、ちゃんと人の目を見て話せ。わかったな」
近い……、近いです、ナズナさん……。アカツキはナズナが話している言葉など、当然頭の中に入ってきていない。右の耳から左の耳へと、先程の蒸気機関のように駆け抜けていく。
ナズナが腰を曲げてアカツキの視線に合わせていたため、視界の下の方に胸の谷間が入り込んでくる。それを必死に見ないようにしようとするが、顔を抑えられているのでどうすることもできない。お陰で目は四方八方に泳ぎまくっていた。
そんなアカツキの様子を見たナズナは諦めたようにアカツキを解放し、両手を腰に当てると「はあ……」と深い溜め息を吐きながら踵を返して歩き出す。
「まあいい……。とにかく行くぞ」
アカツキに嗅ぎ馴れない金属と油の匂いは、だんだんと粘りつくようなむず痒さを残しながら、風に乗って過ぎ去っていく。黒々とした街並みは、どうしても銃器などの武器を連想してしまう。それはアカツキが知る工業技術というのが、武器などしかないからかもしれない。
蒸気機関などを見ていると、いずれあの巨大な鉄塊が人を殺める道具へと変貌していくのではないかという危惧も頭を過る。この街並みは、一つ使い方を誤れば、簡単に人を殺せるものが転がっているのだ。まあ、自分たちがここに来た理由も、人を殺めるものに他ならないが……。
街の奥地へと進むほど、周囲は少し視界が悪くなるくらいに、黒煙が降り注いでくる。呼吸をするたびに身体の中が汚染されているのではないかと疑いたくなるほど、この一帯は煙たかった。
そんな工場と工場の間を抜け、ようやく視界が開けてきたところに、その店はあった。『武器屋カルタス』という看板を構えたその店は周りの金属作りの工場とは違い、石造りの小さな店で、周りの風景からすると少し違和感があった。
こんな奥地に店を構えているのは、自分たちのような表に出ることのできない人間たちを相手に商売をすることが多いからだろう。それに武器屋が堂々と店を構えることはできないのだろう。
中に入ると、そこには数えきれないほどの武器が、店内の壁の至る所に立てかけられていた。一つ一つの武器が同じように見えて全て異なり、しかし武器に詳しくないアカツキには何が違のかを計り知ることはできない。
「うわあ、すごいなこれ。武器がこんなに並んでんの見るのは初めてや」
珍しく、ヨイヤミが目を輝かせながら感嘆の声を上げていた。確かにこの光景は圧巻ではある。これが人を殺める道具でなければ、アカツキも感動に包まれていたかもしれない。
少し騒がしくなった店内に、ようやくこの店の店主であろう初老の男性が、店の奥から無言で顔を覗かせる。煩わしそうな表情を浮かべながら、重たい身体を引きずるようにしてこちらの様子を眺める。
店主が出てきたことに気が付いたバレルが店主の元へと歩み寄り、胸の辺りから何やら紙切れを取り出して店主に渡す。店主は無言で紙を受け取り、無愛想に紙を広げると、それに視線を落としていく。
店主は読み上げると「こっちだ」と一言だけ告げると、バレルを店の奥に誘導する。一先ず、バレル以外はその場で待機し、事の成り行きを待つことにした。
少しの時間が経過すると、大きな袋を携えたバレルが店の奥から出てくる。どうやらその袋一杯に弾薬が詰め込まれているようだ。
そして、バレルはそれをアカツキたちの前に置くと、再び店の奥へと戻っていき、新たな布袋を運び込んでくる。店主は手伝う様子もなく、鼻を鳴らしながら煩わしそうにバレルの姿を眺めていた。
目の前にあるのは数えきれないほどの弾薬と銃器。無数の銃口から銃弾が放たれる光景を想像するだけで寒気さえする。自分の目の前にあるものは、容易に人の命を奪うことができる凶器。数えきれない程のそれが目の前に転がっている。
覚悟はしているはずだ。昨日もサクラと交わした。コレは、大切な人を守る為の戦争なんだ。でも……、そのために誰かを殺して良いのか。そんなことをする為に、俺はここまで来たのか……。
そこまで考えて、アカツキは考えるのを止めた。今は、ただひたすらレジスタンスで得られるものを得るしかない。色々考えるのはそれからだ。
アカツキが額を汗でにじませながら、恐怖と覚悟の狭間で揺らぐ自らの心を律していると、バレルが既に疲れ切った表情で店の奥から姿を現し、最後の布袋を持ってきた。
布袋は全部で三つ。それらを男陣がそれぞれ一つずつ肩から担ぐ。それは人の命を奪う凶器。その冷たさと重みが背中から直接流れ込んでくるような感覚に苛まれる。ヨイヤミもバレルも何も感じていないのだろうか……。
帰り道は肩に担いでいる物の色々な意味での重みのせいで、周囲に目を向ける余裕がなくなり、ただひたすら重量に耐えながら、無言のまま先を目指すこととなった。
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