乗り物酔いにご注意を
アカツキたちが入団して一週間が経った頃、二人に初任務が下された。ウルガから呼び出されたアカツキは、久しぶりに目の前にするウルガの姿を想像して、胃が痛くなるような不安に駆られていた。
アカツキたちが幹部部屋に入ると、すでにバレル、サクラ、ナズナの三人が幹部部屋で待機していた。アカツキたちが彼らの横へと並び、五人が肩を並べ終えると、ようやくウルガは口を開く。
「これから、お前たち五人に任務を言い渡す。なあに、心配しなくとも、簡単な任務だから緊張する必要は無い。新人二人の腕試しくらいのつもりでやってくれ。そういうことでバレル、サクラ、ナズナ、二人のことを頼むぞ」
ウルガの言葉に三人は声を合わせて「はいっ」と返事をする。あのサクラですら、ウルガの前では表情がいつもと違う。やはり誰から見ても、ウルガの威圧感というのは気が引き締められる者なのだろう。
アカツキがそんなことを考えていると、ウルガの視線がはっきりとこちらを捉える。アカツキは何か粗相でもあっただろうかと緊張しながら、ウルガの視線を受け止めていると、その視線が幾分か和らぐ。
「お前たちも、気を抜けとは言わないが、そこまで気を張ることなく頑張ってくれ」
意外なことにも、二人のことを案じてくれているウルガに、少しだけ緊張は解け、二人も他の三人に習って声を合わせて返事をした。
アカツキを捕えていたウルガの視線は五人を順々に見回し、そしてある一点でその視線が止まると、和らいでいた表情を堅くし、五人に向けて言い渡す。
「それでは、任務を言い渡す。工業都市ポートルイスにて、弾薬および銃器を持ち帰って欲しい。まあ、単なるお遣いだ。だが、道中野盗などに出くわす恐れはある。十分に警戒するように」
どんなことをやらせられるのかと、多少ドキドキしていたのだが、その内容がお遣いだと聞いて少しだけ安堵する。昨日サクラと交わした会話のこともあり、いきなり人を傷つけなければならないことになったらどうしようかと心配していたのだ。
「では、武運を祈る」
五人は同時に敬礼すると声を合わせて「はっ」と返事をした。アカツキとヨイヤミの二人も、周りに遅れを取らないように、必死に付いていった。
ようやく部屋を出て、ウルガの視線から解放されたアカツキは、あの威圧感はどうにかならないものかと、ほとほと呆れていた。どうも、あの視線になれることはできそうもないな、と諦め混じりの溜め息を吐いていると、背後から急に声を掛けられて、アカツキは背中をビクッと震わせる。
「今日は一緒に頑張ろうね。初めての任務だけど私たちがしっかりサポートしてあげるから、安心してね」
出会ってから一週間が経ったにもかかわらず、アカツキは声を掛けられると頬を少し染めて、目線を逸らしてしまう。ただ、何も返事しないと無視しているみたいに思われるので、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で「はい」とだけ返事した。
そんなアカツキの様子を見て、初めての任務で緊張しているのだと勘違いしたのか、バレルがアカツキの肩に腕を回して絡んでくる。
「そう言えば、ちゃんと自己紹介してなかったな。俺の名前はバレル・カッツロイだ。初めてだからってそんな緊張すんじゃねえぞ。大丈夫だ、サクラは戦闘向きじゃねえけどナズナと俺はこれでも最前線で戦ってきたんだ。そこらの野盗なんかに負けたりしねえよ」
そう言いながら気さくな笑みを浮かべてアカツキを励ます。バレルは、下水道で彷徨っていたアカツキたちを見つけ、ウルガの前に差し出した張本人。しかもその間ずっと後頭部に銃口を押し付けていたのだ。そんな相手に励まされるというのも、少し変な感じがする。
それにしても、バレルの気遣いはとんだ勘違いである。確かに初任務で少しは緊張しているが、所詮はただのお遣いだ。それに、戦闘になったとしても、力さえ出してしまえば、彼らよりも戦える自信がある。
「はい、皆さんの足を引っ張らないよう一生懸命頑張ります」
そういうことじゃないんだけど……、とアカツキは内心で苦笑しながら、それでもバレルの気遣いに応えようと、できる限りの笑顔を作り返事をした。
「本当に危険な時は私がしっかり守ってやるよ。こいつはあまり頼りにならないからな……」
バレルとアカツキがそんなやり取りをしていると、ナズナがそう言いながらバレルを指差して冷やかす。
「なっ……、お前みたいに刀しか使えないやつは、長距離戦では毛ほども役に立ちゃしねえんだよ」
バレルも負けじと反発するが、ナズナに「ふんっ」と軽くあしらわれている。サクラが二人の間に入り、「まあまあ」と必死で二人をなだめているが、二人の嫌悪な雰囲気は収まりそうもない。
アカツキは、最初受けた印象とは全然違うな、と今のバレルを見ながらもの思いに耽っていた。バレルはどちらかというと、冷静で大人しく、しっかりとした自分の考えを持っているような男だと思っていたが、そんな雰囲気は先程から毛ほども感じられない。
後者の方は何とも言えないが、入ったばかりのアカツキたちにも気さくに接してくれたり、ナズナとこんなふうに言い争いをしている姿を見ると、冷静で大人しいというのはウルガの前だけの姿なのだろう。何だかんだで、バレルもウルガの前では緊張しているのかもしれない。
アカツキたちが出発の準備をしていると、いろんな人たちが「頑張れよ」と声をかけてくれる。ここは本当にテロリストの巣窟なのかと疑いたくなるほど、暖かい光景だ。
昨日挨拶を交わしたタツミは、二人にわざわざ御守りを渡してくれた。後からサクラに聞いたのだが、タツミは新人の初任務には必ずお守りを渡しているらしい。あんな図体をしているが、なんというか乙女なところがあるんだなとアカツキは苦笑した。
二人の準備が準備を終え、外に出ようとすると、サクラが一人で二人を待っていた。
「お、来たね。ちゃんと準備はできた?」
サクラさんはここに居る時よりも少しラフな、動きやすい格好になっていた。そのせいで余分に肌の露出があり、アカツキの頬を染めさせる。それにしても、何故一人なのだろうか、とアカツキが疑問に思っていると、それを察したかのようにサクラが話し出す。
「バレルとナズナは別の準備があるから先に行っちゃった。二人が準備できたのなら、私たちも出発するよ」
既に準備を済ませていた二人は、力強く頷くとサクラも少し気合の入った表情になり、「しゅっぱーつ」というサクラの掛け声により、二人の初の任務が幕を開けた。
相変わらずジメジメと湿気の強い下水道には、水の滴る音と三人の足音だけがこだましていた。真っ暗な下水道に心許ない小さな明りが揺らめいている。吹いたら容易に消えてしまうような小さな炎。
「どう、初めての任務ってやっぱり緊張する?」
まるで、アカツキの心のように小さく揺らめく炎を携えながら前を歩いていたサクラが、唐突にそんなことを尋ねる。みんな気に掛けることは同じなのだなと思っていると、先にヨイヤミがその問い掛けに応える。
「僕はそんなことないですよ。基本的には何も起こらんって話やったし」
そんな風に気楽に答えるヨイヤミに、わざわざサクラは振り返って人差し指を立てながら、小さな子供に叱るような声音でヨイヤミに注意を促す。
「そういう油断が、危険を招くんだからね。まあ、たまにポートルイスまでの道中に野盗が現れるって噂を耳にするけど、そんなにしょっちゅう現れるわけでもないし、たぶん大丈夫だとは思う」
しかし、最後には小さな炎の明りでぼんやりと浮かび上がっていた顔に、明るい笑顔が映し出されると「わかった?」とサクラは尋ねる。ヨイヤミは「はあぃ」と楽しそうに返事をしていたが、アカツキは相変わらず視線を逸らしてしまった。
サクラは金網から少しだけ顔を覗かせて、周りに人がいないのを確認すると、スッと外へと飛び出る。それに倣えで、二人も次々と静かに外へと飛び出す。人気のない通りを過ぎ、三人はやがて人ごみへと溶けていく。
ここまでくれば、街の住人と外見は変わらないので、周囲を気にする必要もなく、堂々と門から外へと出ることができた。相変わらず門番のチェックは穴が開いているかのように甘い。
外に出て、少し歩いたところに小さな茂みがあり、それを見つけたサクラが「こっち、こっち」と手招きしながら、茂みに入っていった。二人もサクラを見失わないように、慌ててその茂みの中へと足を踏み入れる。
そこには先に到着していた二人が待っており、何やら大きな黒い布を覆いかぶせたものが鎮座していた。それは見るからに普通のものでは無く、バレルが速く布を取りたいと言わんばかりに、布の端に手を掛けていた。
好奇心旺盛なヨイヤミは「なんやこれ」と言いながらその物体に近づき、マジマジとそれを眺める。そんなヨイヤミの姿を楽しそうに眺めるバレルは、少し間を空けた後に自慢げな笑みを浮かべる。
「驚くなよ、レジスタンスは実はこんなものを所有してんだ」
そう言いながら先程まで我慢していた布を勢い良く剥ぎ取ると、そこから四つの車輪を携えた乗り物が姿を表した。現代の技術の産物。先進国のみが所有するはずの、人の技術の結晶。
「どうだ、四輪自動車のジープだ。お前らこんなもの見るのは初めてだろ」
アカツキは、初めて見る車を前に唖然とした表情で立ち尽くしていた。アルバーンの図書館から得た知識でその存在は知っていた。しかし、自動車は工業都市レガリアが造り上げた近年最大の発明であり、そもそも流通がほとんどなされていない。
レガリアが四大大国の一つであるため、その関係で四大大国およびガーランド帝国にはある程度流通しているらしい。しかし、このような僻地にそんなものがあるはずもなく、まさかこんなところでお目にかかれるとは夢にも思っていなかった。
アカツキの唖然とした表情を見て、バレルも満足そうに頷いている。この表情が見たくて、二人がここに来るまで黒い布で覆っておいたのだから。
しかしヨイヤミは「おぉ」とか「すげぇ」などと感嘆の言葉を漏らしてはいるものの、その顔は特に驚いている様子もなく、バレルに合わせているという感じだった。
そんなヨイヤミの様子に気が付いたアカツキは、他の三人に聞こえないようにこっそり尋ねてみる。
「まあ、いろいろとな……」
しかし、どうやらその問い掛けはお気に召さなかったようで誤魔化されてしまう。まあ、アカツキもなんとなく気になっただけで、特に追求する気もなかったので、それ以上は聞かなかった。
前は運転席と助手席の二席で、後ろは三人席の五人乗り。車体は迷彩色に彩られており、屋根はついていないオープン型のジープである。運転席にバレル、助手席にナズナ、後ろにサクラ、ヨイヤミ、そしてアカツキの順で座った。アカツキが無理やりヨイヤミを真ん中に座らせたのは言うまでもない。
車にエンジンが掛かると、重たい排気音を鳴らしながらエンジンが動き出す。その振動は車体を震わせ、アカツキたちへとそのまま伝わっていく。その重低音にさらなる感動を覚えながら、アカツキは目を輝かせていた。
「どうだ、初めて自動車に乗った感覚は?」
普段はそんなに口を出さないアカツキが、珍しく少し興奮気味に身を乗り出す勢いで答える。
「何ていうか……、言葉になりません」
かなりはしゃいでいるアカツキの様子を見て「そうかそうか」と、バレルはまた満足げに頷いていた。そんなアカツキの隣で「それ、結局感想ないってことやん」と小声でヨイヤミが呟いていたが、気付かない振りをして放っておいた。
この周辺は自動車など持っている人はいないので、そもそも道が自動車用には整備されていない。しかしジープは凹凸の道などものともせず、勢いよく進んでいった。振動はものすごいが、今のアカツキはそれが気にならないくらいには感動で興奮していた。
アカツキはポートルイスに行くと言われて地図を見せられたとき、今日は向こうで泊まることになるのかと考えていたのだが、これならば昼過ぎには目的地に着くことができる。
ポートルイスに行くには軽い山道を超える必要があり、歩いていくにはなかなか骨が折れる。また、帰りに至っては荷物を持って歩かなければならないと思って心配していたのだが、これならそんな心配はいらない。
アカツキが凄まじいスピードで通り過ぎていく景色をかぶりつくように眺めていたため、ヨイヤミもサクラも「このままにしといてあげよっか」とアカツキを放っておくことに決めた。もちろん、二人は楽しそうに談笑していたのだが……。
平原を超え山道に差し掛かると、さすがに道の凹凸が増えてきて、進むたびに大きな振動がアカツキたちを襲う。
「振り落とされないようにしっかり捕まってろ!!」
そう言いながらバレルはスピードを落とすことなく、山道を走り抜けていく。ジープは岩山を駆け上がっていく。少しずつ標高が高くなり、背後の景色が少しずつ広がりを見せていく。木々はほとんど生えていないため、視界を妨げるものはほとんどない。
「すげえ……、世界が広がっていく……」
アカツキは身を乗り出しながら、標高が上がるにつれて背後に広がっていく海を感嘆の声を上げて眺めていた。果てなどなく、どこまでも伸びる群青色の水平線は、人間など本当にちっぽけに見えてしまうほど、雄大で全てを包み込むように広がっていた。
「で、大丈夫か……」
岩山を降りきった辺りで、ジープは道の途中で立ち往生しており、バレルはアカツキに付き添いながら背中を擦っていた。
岩山の峠を越えて海が見えなくなった辺りで、アカツキが急に大人しくなった。みんな感動が過ぎ去り喪失感に見舞われているのかと思って、そんなアカツキに触れずにいたのだが、事件は突然起こった。
「吐きそう……」
不意に述べられたその言葉にバレルは慌ててジープを止めて、アカツキをジープから引き剥がすように無理矢理下ろすと、岩場の陰まで誘導して背中を擦っていた。
「何で急にこんなに気持ち悪く……、うっ……」
どうやらアカツキは、どうして気分が悪くなったか自覚が無いらしい。
「お前、乗り物に乗ったことはあるか?今日くらい激しいやつに」
その質問の意図は全然わからなかったけれど、そんな記憶はないアカツキは首を横にブンブン振る。
「乗り物酔いって言って、あんまり振動の激しい乗り物に乗っていると、酔う人間がたまにいるんだよ。お前みたいにな……」
粗い運転をしていたことに、多少の罪悪感を覚えていたバレルは、アカツキが落ち着くまで、ジッと面倒を見てやることにした。
山道を抜けると再び平野が広がっていた。バレルもアカツキに気を遣ってか、運転がずいぶん大人しくなっていた。
こちらの平原は、バランチア側の平野とは異なり、木々や大きな岩が点在している。隠れるられる場所は幾重にもあり、もしウルガの忠告通りに野盗が襲ってくるとすれば、これ以上ないロケーションのように思えた。
「この辺は出来るだけ周囲に気を配れ。まあ、大丈夫だとは思うが一応な……」
忠告するバレルの声音にも、平然としているように見えて、緊張感が見え隠れしている。何とか気分の悪さから復帰したアカツキも、必死に辺りを見回していた。
しかし野盗どころか人気すらどこにも感じられず、すんなりとポートルイスまでの道のりを進んでいた。まるで相手の懐に誘われているかのように、何事も無く事が運んでいった。それが、アカツキの心の中に妙な違和感を残していった。
ポートルイスが近づいてくると、平野と言うより荒野に近い地形になり、周りに生えていた草花や木々などはほとんど無くなり、黄土色の大地の肌が広がっていた。
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