崩れゆく天井

 明日に出立を控えた二人は、早速これからの身支度をするために大通りに足を運んでいた。


 先程までの異質な喧噪から離れ、賑やかで楽しげな喧噪の中へと溶け込んでいく。あれだけの騒ぎが起こっても、全く意に介さない様子で街は日常の時を刻んでいく。


 意外なことにヨイヤミの懐は温かく、何の躊躇もなく二人分の食糧を買い込んでいく。


 そんなヨイヤミの姿に唖然としながら、昨日のことを思い出して腹立たしさを覚えるアカツキだったが、今は素直に受け取ることんいする。


 次の国に着くまでの食料と衣服、飲み水などを貯める大きな容器など、生活用品を買い漁った。


 アカツキは初めての長旅なので、勝手がわからないことが多かったが、そこは何故か物知りなヨイヤミに全てを任せておいた。


「おっちゃん、これとこれ、二つずつな」


 馴れた手つきでに次々に物を買い込むヨイヤミに感心しながら、アカツキがようやく手に取ったのは、一本のコンバットナイフだった。


「これ、使えるかな……?」


 狩りに馴れていたアカツキが、これは必要だろうと思える物がこれだったのだ。アカツキが迷った末にその一本を買っている間に、ヨイヤミは一体どれだけの買い物をしてきたのだろう。


 道中のことを考え最低限の物を買い込んだ二人は、少し疲弊した顔で帰路に就いた。


 その頃には陽が傾き始め、夕日が映し出す真っ赤な空はなんとも幻想的だった。まるで二人の旅立ちを祝うかのようなきれいな夕焼け空を眺めアカツキはポツリと言葉を漏らす。


「この景色とももうお別れか……。一週間も過ごすと、少し愛着が湧いてきてたんだけどな」


「じゃあ、ここにおるか?」


「まさか」


 空を仰ぎながら物思いに耽るアカツキの様子を見て、ヨイヤミもそれに同調するように空を仰ぎながら言葉を紡ぐ。


「まあ、この景色が綺麗なことには賛成やけどな。でも、もっときれいな景色が、外の世界にはいっぱいあるんやで」


 楽しそうな表情を浮かべながらそんなことを言うヨイヤミに、アカツキの期待も少しずつ膨らんでいく。


「それは、楽しみだな。せっかく外の世界に行くんだから、いろんなことを知りたいな」


 やり残したことは確かにたくさんある。でも、ここだけが世界ではない。心残りは確かにあるけど、リルだって両親と共にいるはずだし、きっと大丈夫なのだろう。


 いつか、もう一度逢えたらたくさんの土産話をしてやりたい。


「あの日、お前を助けてホントに良かったよ。そうじゃなきゃ、俺は何も知らないまま、他の資質持ちに会って殺されていたと思う」


 彼の表情を見ていればわかる。それが嘘偽りのない真実なのだと。そうでなければ、こんなに早い出立に同意する訳がない。


 けれど、やはり何かを言い返してやりたくなって、最後は少しおどけてみせた。


「まあ、昨日夕飯をあれだけ食べられた時は、助けなきゃよかったって本気で後悔してたんだけどな」


 そんなアカツキの小言に、ヨイヤミは苦笑で応える。


 そんな風に誰かと二人で笑いながら話をするのは久しぶりで、すごく心が暖かみを増していく。


 しかしそれと同時に、もう戻らない過去を思い出して、少しだけ心が締め付けられていた。アカツキはヨイヤミにそれを悟られないように、必死に笑顔を重ねていた。


 二人は荷物を一旦宿に置くと、夕食を食べに再び大通りへと戻ってきた。


 昨日の今日だったので、アカツキは少し嫌な予感がしていたのだが、食堂に着くや否や、ヨイヤミがメニューを独占して、昨日よりも更にたくさんの料理を注文し始める。


「ちょっと待て、ちょっと待て……」


 今日は明日の準備でお金も使ったし、払える金なんて限られている。


 流石に、調子に乗って注文するヨイヤミを止めようと焦るアカツキに、ヨイヤミは朗らかな笑みを浮かべて告げる。


「今日は僕のおごりや。明日の出発祝いってことで、いっぱい食べようや」


 アカツキは自分が払わなくていいことに安堵すると共に、先程の文句を気にしているのではないか、と少し申し訳さを感じていた。


 だが、それも束の間、並べられた料理を前にそんな気持ちはどこか遠くへと飛んでいき、アカツキはヨイヤミと共にたくさんの料理を平らげた。


 食事中は他愛もない話で盛り上がり、これからのことや王の資質についての話は一切しなかった。


 ヨイヤミが頼んだ大量の料理に満足しない訳もなく、二人は満腹になったお腹を擦りながら帰路へと就いた。


 食事を終えて少し火照った身体を、夜道を吹き抜ける冷たい風が撫でていく。二人の談笑は喧噪の去った大通りの夜道に響き、月明かりが二人を照らしだしていた。


 宿について一服すると、寝転んでいた布団から起き上がり、机を前にして腰を下ろすと「ほなっ」とヨイヤミが真面目な面持ちでこちらへと視線を向けた。


「これからのことについて、僕の考えをアカツキに聞いてもらいたい」


 アカツキも不意に始められたヨイヤミの話に、少しだけ遅ればせながら机を前に腰を下ろして、向かい合うようにして話を聞く体勢になる。


「まず、次に目指す国の事なんやけど……」


 唐突に真面目な表情を浮かべるヨイヤミを見て、アカツキも正座をしながら耳を傾ける。


「こっから西にずっといったところにある、バランチアって国を目指そうと思う」


 聞いたこともない国の名前を言われても、アカツキはどうすることもできない。だから、ヨイヤミの次の言葉を静かに待ち続けた。


「そこは、四大大国のどこにも属してない国なんやけど、ある組織がその国を拠点にして活動しとるっていう噂がある」


 「ある組織?」アカツキは相槌を打ちながら、ヨイヤミに先を促す。


「その名は『レジスタンス』。大国のやり方に異を唱えて、大国に抵抗する反大国組織。既に大国の傘下の国をいくつも潰しとるから、世間ではテロリストとして有名や」


 「テロリスト?」アカツキのわからない単語が次々とヨイヤミの口から放たれ、整理をする間もなく襲い掛かってくる。


「テロリスト……。国としてではなく、組織として国に対して戦いを起こす者たち。国ならば、戦争として国際法で認められとるけど、テロリストはそうやない」


 ヨイヤミの瞳が突然曇りを帯びていく。とても言い難そうに、ヨイヤミは重い口を開く。


「テロリストは、いわば犯罪組織や」


 ヨイヤミは、これからそういう場所に行こうとしているのだ。いくら自分が何も知らないからといって、アカツキもそれを素直に受け入れることはできない。


「犯罪組織ってことは、そういう集団ってことだろ?どうして、そんなところに……?」


 ただ否定することはできない。ヨイヤミはようやくできた友達だし、大切にしたいと思っている。だが、尋ねずにはいられない。それが、彼との関係に罅を入れることになっても。


「アカツキも知っとると思うけど、今のグランパニアの王政は完全に暴政や」


 アカツキの問い掛けに対して、ゆっくりと間を取ったヨイヤミが静かに話を始める。


「レジスタンスはその暴政を止める為に結成された組織なんや」


 アカツキにも覚えがある。その暴政の為に、失われた命があることを。


「僕は、グランパニアの暴政を黙って見とることはできん。でも、独りで大国を相手に出来ると思える程、自惚れてもない」


 自分にだって力があれば、シリウスの仇を取りたいと思う。だが、ヨイヤミと同じく、今の自分には到底無理な話なのだ。


「だから僕はレジスタンスに入って、グランパニアを倒したい。見とるだけは、嫌なんや」


「それが犯罪組織でも?」


 ヨイヤミにどれだけの意志があるのか、ただそれを確かめたかった。自分には、自分で道を決めるだけの知識も力もない。だから、彼が本当にそれを望むのなら、付いていっていいと思えた。


「確かに世間的には犯罪組織や。だけど、レジスタンスがやっていることが本当に悪いことやとは思わん。悪いのは、暴政で支配するグランパニアや。そう思わんか?」


 初めてアカツキに対して投げ掛けられた問い掛けに、アカツキは言葉に詰まりながらも、自分の意見を告げる。


「俺は、グランパニアに大切な人を奪われた。だから、俺と同じ思いをする人を減らせるって言うなら、俺もヨイヤミに協力したい」


 それがアカツキの答えだった。これ以上、自分と同じ思いを誰にもして欲しくはない。それができるのなら、犯罪組織だったとしても構わないと思えた。


「じゃあ……」


 ヨイヤミの表情が、雲が突然なくなり太陽の光が差すかの如く、パッと明るくなる。


「俺もヨイヤミと一緒に行くよ。俺も、もっとこの世界のこと知りたいしな」


 自分はまだまだ未熟だ。小さな世界に閉じこもっていたせいで、その視界はとても狭く、何も見えていない。


 だから、その世界の殻を破らなければならない。


 組織に入れば、多くの人たちと関わることになるだろう。自分とは違う生き方をしてきた人たちがたくさんいるはずだ。


 そうすれば、自分とは違う感じ方をしている人々の話を聞くこともできるだろうし、自分のものの見方がきっと大きく変わる気がする。


「そっか……。よかった……」


 意外と緊張していたのだろうか。今まで握りしめられていたヨイヤミの拳が、安堵の吐息と共にそっと解かれる。


 軽薄でお調子者のヨイヤミが緊張するのだから、それなりの決断だったのだろう。


 それを思うと、アカツキは逆に心配になってきた。


 自分は本当に自分の意志で決めたのだろうか。考えた振りをして、考えた気になって、実は流されているだけだったのではないだろうか。


 そして今の決断は、流されて決めていい事ではなかったのではないだろうか。


「ちょっ……」


 『ちょっと待って』と言いかけたが、ヨイヤミの安心しきった笑顔に、それを言葉にすることはできなかった。


 アカツキはその言葉を喉の奥に仕舞い込むと、自分の顔に作り笑いを貼り付けた。


 ようやくこれからの指針が決まった二人だったが、アカツキにはまだ疑問に残ることがあった。


「そういえば、資質持ち同士の戦いって、どちらかが死ぬ以外の結末ってあるのか」


 甘い考えだとは思いながらも、どうしても聞かずにはいられなかった。自分が誰かを殺す姿など想像もできなかったし、そんな覚悟は欠片もなかったから。


「何を甘いことを……、って言いたいとこやけど、その顔は、自分が甘いってことは分かっとるんやろ?」


 ヨイヤミはアカツキの考えを見透かすようにそんなことを口にする。アカツキもバレていたか、と肩を落として態度で示す。


「まあ、相手を殺すのが一番簡単で、一番難しい解決やろな」


 一番簡単ということは、他にも解決策があるということなのか。そう考えたアカツキの表情が一変する。


 そんなアカツキの表情の変化にヨイヤミが気付かない訳もなく、仕方ないといった風に肩を落とすと話を続ける。


「昨日話した『王の資質』のことは覚えとるな」


 アカツキは頷きながら、昨夜の話を思い出す。自分の身体のどこかに、六芒星の印があるということを。


「王の資質を消すことで、その者から力は全て失われる。そうすれば、唯の人間が、資質持ちに勝てる道理はない」


 魔力の根元である『王の資質』が消えれば、その者は戦う資格を奪われる。


「どうすれば、王の資質は消せるんだ?」


「魔力を注ぎ込むんや。相手の王の資質に直接触れ、魔力を注ぎ込めば、王の資質は崩壊する」


 どうして目の前の少年がそんなことまで知っているのか、それはわからない。けれど、今自分が信じられる情報は彼しかないのだ。


 それに、ようやくできた友人を疑うことなどしたくはない。


「つまり、相手を気絶させるか、隙をついて王の資質に触れる必要がある。どちらにせよ、王の資質が身体のどこにあるのか、見つけなあかん」


 それは殺すことよりも困難で、自らの命を危険に曝すことになる。そんなこと、いくら無知なアカツキでも想像がつく。


「じゃあ、実質的に使える手段は……」


 その先を口にする勇気がなかったアカツキに変わって、ヨイヤミがその先を口にする。


「相手を殺す。自分の身の安全を考えたら、それが最善策やろな」


 確かに他の方法はある。だが、それを選択できる可能性は無いに等しい。特に、戦いを知らない今の自分には。


 勢いと力で相手を圧す方が、まだ勝率は高いだろう。そうなれば、その先にあるのは相手の死だ。


「ヨイヤミはどう思ってるんだ?それとも、既に誰かを……」


 尋ねるかどうか迷っていたら、思わず口にしてしまった。


「いや……」


 その言葉をなかったことにしようとしても、口をついて出てしまった言葉を取り消すことはできない。だから、アカツキは開いた口を閉じて、ヨイヤミの眼をジッと見た。


「僕にも、資質持ちと戦った経験はない。やけど、自分や大切な誰かの身を護るためなら、相手を殺しても仕方ないと思っとる」


 それはこれまで聞いたヨイヤミの声音の中で、最も重く圧し掛かるものだった。


 その表情と声音は、ヨイヤミの思いを如実に表していた。


 だから、自分もそれに応えなければならない。彼の思いを裏切らないように。


「そうだよな。俺も、覚悟を決めないと……」


 アカツキが揺れ動く心の釘を刺すために、言葉にしてヨイヤミに宣言しようとしたその瞬間、耳に突き刺さるように焦燥感を煽る声が、部屋の中を走り抜けた。


「伏せろ、アカツキ」


 その声が鼓膜を震わせたと感じた時には、ヨイヤミがアカツキの頭を鷲掴みにして床に押さえつけた。


 次の瞬間窓ガラスが割れ、アカツキたちの頭上を何か鋭利なものが走り抜けた。その正体を確かめようと頭を上げると、天井がギシギシと音を立ててズレ始めていた。


「やばい、天井が落ちる。はよ、逃げるで」


 切断された天井はバランスを失い、左右の壁が折り重なるようにしてアカツキたちの頭上から襲いかかってきた。


 二人はドアに向かって身を投げ出すような形で飛び出し、間一髪でドアをこじ開け廊下に転がり込んだ。その勢いのまま向かいの壁に激突し、何とか勢いを殺す。


「あかん、ここで戦えば他の人に被害が出る。はよ、ここを出るで」


 危惧していたことが現実になった。自分の考えの甘さを、ここに来てようやく噛みしめる。


 騒ぎを聞きつけた他の宿泊客たちが、何事かと部屋の外に顔を出す。二人はその間を縫って全速力で駆け抜ける。


 アカツキの脳裏には今朝の路地裏の光景が浮かんでいた。胴体を真っ二つに切り裂かれた死体がいくつも転がっている光景を。


 とにかくここを早く出なければという一心で出口へと急いだ。


 宿を飛び出た二人は、街の外を目指して大通りを走り抜ける。アカツキたちの決死の脱走劇が始まった。


 夜の大通りにも関わらず、多くの人々が闊歩していた。昼間は路地裏でひっそりと過ごしていた者たちが、夜の静けさに誘われて顔を出す。


 初めて見る夜の街の顔は、アカツキが知っているアルバーンとは大きく異なっていた。


 だが、そんなことを考えている余裕は今のアカツキにはない。とにかく国の外へ急がなければ……。


 冷たい風が冷や汗を撫で体温を奪っていく。それが悪寒のように感じ焦りが増す。


 二人は時折後ろを確認しながら逃げているが、後ろにはぴったりと黒のローブを揺らしながら追ってくる人影が映っていた。


 逃げ隠れする場所などなく、ただひたすら走るしかなかった。路地裏に入って隠れたかったが、迷って行き止まりにでもぶつかってしまったら、それこそ逃げ道がなくなる。


 必死に逃げる二人の気も知らず、街の大人がアカツキたちに茶々を入れてくる。それらをすべて無視し、二人はひたすらに走り抜けた。


 やがて、アルバーンの入り口である大きな門が、二人の視界の先に我が物顔で大きな口を開いていた。


 堀に架かる橋を渡り切り街の外に出た瞬間、二人は逃げるのを諦めたように立ち止まる。


 恐る恐る後ろを振り返ると、そこには走るのを止めた黒いローブが、ゆらゆらと風に揺れながら、こちらに向かって距離を詰めるように歩み寄ってきていた。


「アカツキ、覚悟決めえや。こうなった以上、戦うしかない。こっから先は殺し合いや」


 ヨイヤミはアカツキにだけ聞こえる声で語りかける。その声は緊張が色濃く滲んでおり、アカツキもそれに釣られるように冷や汗が噴き出す。


「いくつかアドバイスしたる。説明しとる時間がないから端的に言うで」


 唐突なヨイヤミからのアドバイスに、あまり耳を傾けられる余裕がない。


「まず、目の前に壁を作るイメージをする。そうすると実際魔力の壁ができて、相手の魔法を防いでくれるんや。これは資質持ちなら誰でもできる基礎魔法。アカツキでも必ず使える」


 早口なヨイヤミの言葉を、必死に頭に叩き込みながら、それでも目の前の女から目を離すことは出来ないままでいた。


「あと、もし窮地に陥ったら全力で魔力を振り絞れ、相性が関係ない魔法同士なら、競り合ったときに魔力の大きい方が勝つ」


 要は魔力量の差が明暗を分けると言っているのだろうが、戦ったことの無い自分が目の前の者に魔力量で勝てるのだろうか。


「それでも、魔力が無限にある訳やない。いざという時以外に、そんな使い方したらあかんで」


 ヨイヤミの言葉を何とか整理したアカツキは頷く。そして、少し間を空けてからヨイヤミは告げた。


「そんで、殺さずになんて悠長なこと考えたらあかんで。結果的に殺さずに済んだらラッキーぐらいに思とき。じゃないと、殺されるのは僕らや」


 その言葉にアカツキは一瞬困惑したが、覚悟を決めて力強く頷いた。アカツキもこんなところで死ぬ気はない。


 それでも、アカツキの中の迷いは全てが消えた訳ではなかった。アカツキの目には、誰も死なない未来も一つの希望として映し出されていた。


 二人の会話の終わりを合図にするように、黒のローブが足を止めた。


「あら、ようやく逃げるのを止めてくれたのね。そろそろ走るのにも疲れてきちゃったところなの。まあ、本当は走る必要なんてないのだけれど」


 声は艶めかしく、女性であることが容易に想像できる。


 しかし、ローブのフードが邪魔で表情まではうかがうことができない。彼女の足元は不自然に赤黒く染まっており、それが何を意味するのか想像に難くなかった。


 二人が黙って黒いローブの女を睨んでいると、女はローブのフードを外しその素顔を見せる。


 艶めかしい程の漆黒の長髪に、つり上がった鋭い目つきと、少しやせ細っているくらいの線の細い頬。艶めかしさの中に、狂気が混じるその表情は、見ているだけで怖気を誘う。


「なんで、僕らのことを追いかけ回すんや」


「あら、資質持ち同士が戦うことに意味を求めるなんて無粋じゃないの?そんなこと、聞かなくたってわかるじゃない」


 女の浮かべる笑みは不気味という言葉を具現化したようなもので、その表情から視線を離せなくなる。


 彼女がどう動くのかを詮索しても、多くの選択肢が出てくるだけで余計に頭が縺れ合う。


「まあ、それもそうやな……」


 ヨイヤミは何とか時間を稼ごうと、言葉を探すが焦りが表に出てしまい。言葉が見つからない。


 ただ、相手もすぐに動く気がないのが唯一の救いだ。それも、いつまで続くかはわからないが。


「昨日あった人殺し、やったんはあんたやな」


 なんとか絞り出したのはそんな問い掛け。それでも時間が稼げるならとヨイヤミは、必死に言葉の引き出しを漁る。


「そうね。あの子たちは自分の立場をわきまえていなかったから、皆殺しちゃったわ」


 そんなことを淡々と話すことができる目の前の女に、ヨイヤミは恐怖する。人を殺すことを何とも思っていない様子に、余計に自らの首を絞められていく。


「そんな理由で人を殺せる程、あんたは偉いんか?」


 もう何を聞いても無駄なような気がした。相手のあら捜しをするつもりが、余計に自分が追い詰められていく。それでも、自分から踏み出す勇気を、ヨイヤミは持てないままでいた。


「そうね?少なくとも、この世界に生きる誰よりも私は偉いんじゃないかしら」


 そんな女の不遜な言葉の意味を勘ぐろうとしても、答えは何も出てこない。それを本気で言っているのか、それとも冗談なのか、それを探る余裕すら今のヨイヤミにはなかった。


「ねえ、そろそろおしゃべりも飽きたのだけれど」


 女はつまらなそうな表情を浮かべながら、一歩前に踏み出す。それは、もう言葉を交わす気はないという表明に他ならなかった。


「くるで、アカツキっ!!」


 ヨイヤミのその言葉を皮切りに、アカツキにとって初めての、資質持ち同士の戦争が始まった。

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