暗闇からの殺意
「おい、今日のあいつはなんだったんだ?手から炎出しやがったぞ。まるで手品みたいに……。あんなガキがいるなんて聞いてないぞ。どうなってんだこの街は……」
「あんなの素手の俺たちに勝てるわけがないよな。なんか飛び道具用意しとかねえと……。これから恐ろしくて、路地裏も堂々と歩けなくなる」
「まあ、あんな手品が使えようと、拳銃さえあれば問題ねえ。明日、裏市場で掘り出し物の銃でも探しに行こうぜ」
今日の昼間にアカツキにであった不良たちは、別の仲間たちも交えて、アカツキの対策に興じていた。
アカツキの出した炎は手品でもないし、そもそも拳銃を使用したところで、資質持ちにはあまり意味をなさないのだが、そんなことを彼らが知る由もない。
そんな彼らの背後から、一つの影がぬるりと顔を出す。
「へえ。手から炎ねえ。その話もっとよく聞かせてくれないかしら?」
不意に掛けられた声に彼らは一瞬肩を揺らして、恐る恐る振り向く。夜道に佇む黒いローブが月明かりに照らされて、彼らの元まで影を伸ばす。
彼らに尋ねるその声は艶めかしく、何処か色気を感じる声だった。黒のローブで顔を見ることは叶わないが、間違いなく女性だろう。
相手が女とわかるや否や、彼らは先程までの動揺を暗闇へと融かし、その女へと近寄る。
「おいおい姉ちゃん、こんな夜中にこの路地裏を歩くとは命知らずにもほどがあるってもんじゃねえか。それともなんだあ?誘ってんのか」
一人の男がローブの女性に近づいていくと、急に何か柔らかいものを切断するような、柔和さの中に鋭さを感じさせる音が路地裏にこだまする。
その音の出どころがわからなかった不良たちは怪訝な顔で、ローブの女性に近づいて行った男に視線を巡らせる。
彼らの視線の先で、男の上半身が下半身の上から地面へ滑り落ちる。地面へと転がった上半身は絵具をぶちまけたように地面を赤く染め、人形のように動かなくなった。
最初何が起きたのかわからない様子で見ていた他の仲間たちも、転がり落ちた上半身から流れ出る血液が血溜りを形成していくのを見て、血相を変えてその場から逃げ出そうとする。
だが、路地裏の一本道を塞ぐように、黒く揺らめく炎が大きな人の形を成して生み出される。
その炎に怯える男たちは各々に尻餅をつきながら、それでも女の方が生き残る術があると考え、女の元へと刃物をチラつかせながら走り込む。
「どうも自分の立場をわかっていないみたいだねえ」
そう言って接近する男たちに向けて腕を一薙ぎすると、男たちの身体はまるで組み立てられた人形のように上半身と下半身が離れ次々と倒れていく。
「ねえ、その子のことちゃんと教えてくれたら、痛い目見なくて済むわよ。だから、教えてくれない?」
女はローブの下から笑みを覗かせ、怯える一人の不良に問いかける。その笑みは氷のように冷たく、不良の一人は恐怖の絶頂を迎え失禁していた。
「ひっ、えっ、えっと、き、今日の、ひ、昼間に、俺たちの邪魔をしたガキが、い、いたんだ、けど、そいつが、み、妙な力を使って、手から、ほ、炎を出しやがったんだ」
恐怖のあまり舌が回らない。残りの不良たちは隙を狙って逃げ出そうと、足をもつれさせながら必死に走って距離を取ろうとしたが、それも束の間、一人の不良を残して全員の足が一斉に止まる。
時が止まったように脚を止めた不良たちは、先程の不良と同じように上半身と下半身を分離させながら地面に伏した。
残された不良は悲鳴を漏らし、足を震わせ、もう立つことすらままならない状態になっていた。
そんな彼の様子を気にすることもなく、彼女は淡々と質問を続ける。
「その子はどんな子だったか教えてくれないかしら?」
最早周囲には誰もいない。浮世離れした、光景が眼下には広がっている。
そんな状態で、正気を保つことなどできる訳もなく、質問された言葉に機械のように感情を失った声で彼は答える。
「く、黒髪の、ツンツン頭で、そ、そんなに、身長は高くない。こ、ここら辺では見たこと無いガキだったから、た、たぶんどっかの宿にでも泊まっているんだと思う。も、もしかしたら、ろ、ローブを羽織ったやつと、い、一緒にいるかもしれない」
その後もただひたすらに口を開閉しながら、言葉にならない言葉を発し続ける。彼の精神は最早ここにはないのだろう。その証拠に、逃げようとすらしないのだ。
そんな彼に女性は「ありがとう」と、男の耳元で艶めかしく唇を動かすと小さく腕を薙ぐ。
その瞬間、最後の一人の不良の頭部が首から零れ落ちた。頭部はボールのようにコロコロと転がっていき、女性の足元に到着する。
「ねっ、一瞬だったから痛くなかったでしょ。でも、本当は殺す気なんてなかったのよ。私とあなたたちとの身分の差をちゃんとわきまえていればね……」
高笑いを発しながら、彼女は足元の頭部を踏みつぶした。飛び散った鮮血が月明かりに照らされて、まるで模様のように路地裏を彩る。
女性の足元も真っ赤に染まり、その赤く染まった踵をコツコツと鳴らしながら、女は路地裏を後にした。
夜明けの肌寒さを感じて、アカツキは目を覚ました。
眠気眼で隣を見るとそこにはヨイヤミが向こうの壁を向いて眠っている。
隣に誰かが寝ているという少しの違和感と、村とは違う他の国の初めての友達ができたという軽いむず痒さを覚えて、アカツキは隣を見つめながら微笑みを浮かべる。
そのまま頭が覚醒するのを待ちながら呆けていると、やがてヨイヤミがもぞもぞ動き出して顔をこちらに向ける。
「あっ。おはよう、アカツキ」
久しぶりに交わす、寝起きの挨拶。今までは毎日のようにシリウスと交わしていたものだったが、寝起きに挨拶する相手がいるというのはこんなにも嬉しいものだったのかと思いつつ、アカツキも返事をした。
「おはよう、ヨイヤミ」
そのまま二人はだらだらと頭が覚醒するまでの間、沈黙の時間を過ごした。
宿に備え付けられた軽い朝食を済ませた二人は早速街へと出かける。いつも通り、商人達が賑わう大通りだが、そんな喧騒の中に何やら異質な声音が駆け抜けていく。
「おい、あそこ見てみろよ、人が死んでるぞ」
そんな物騒な言葉が聞こえた方向に視線を移すと、少しずつ人が群がり始めていた。
やがて、噂を聞きつけたこの街の自警団がやってきて、いつの間にか大騒ぎに発展していた。やじ馬は増え続け、大きな人ごみが形成されていた。
「珍しいな、この街で殺しやなんて……。どんだけ夜の治安悪い言うたかて、殺しが起きるほどのもんちゃうはずなんやけどな」
ヨイヤミが人ごみの合間を縫って、彼らのお目当ての光景を確認しに行く。アカツキも離れないように、その後にピタリとくっついていた。
現場はまだ誰も手をつけていない状態で、死体が何体も転がっていた。それらはほとんどが上半身と下半身が切断されており、周りに大量の血液をばらまいていた。
だが、まるで仲間外れのように、道の中央に位置する死体だけが首から上を切り落とされ、その頭部は誰かによって故意に潰されたようだった。
「こりゃ、ひどいな。みんなズタズタにされてるわ。こんな殺しがあった後じゃ、皆安心して外出れへんな。それにしても、ひどい殺し方やな……。慈悲の欠片も無いって言うか……」
ヨイヤミは怪訝な表情でその惨劇を眺め、不意にアカツキの隣にいたアカツキの肩を叩いた。
「アカツキ、あれ昨日絡んできた不良たちとちゃうか?」
こういう惨状を見ると嫌なことを思い出すため、あまり視界に抑えたくはなかったが、仕方なく死体の顔を確認する。その中には、昨日アカツキといざこざを起こした、スキンヘッドの不良の姿があった。
「あっ、ホントだ。確かに昨日の不良たちだ。何人か知らない顔もあるけど、間違いなく昨日の奴らだ」
その答えを聞いたヨイヤミの表情がさらに歪む。何やら嫌なことを思いついたように、深い溜め息を吐きながら、アカツキを引っ張って人ごみの外に出る。
ようやく外に抜けたかと思うと、今度はヨイヤミがアカツキの耳元にそっと手を添えて耳打ちした。
「あれはたぶん、資質持ちの仕業。あんな殺し方できんのは資質持ちだけや」
確かにあの胴体の切れ方は尋常ではない。資質持ちの仕業と考えるのが妥当だろう。
「どうやら、この街にこれ以上長居すんのはまずいかもしれん……」
突然そんなことを言われたアカツキは、思わずヨイヤミに問い返す。まだここでやり残したことは沢山あるのに、何をそんなに急いでいるのかと。
「あほ、この街に他の資質持ちがおるんやぞ。しかも、殺された相手が昨日僕たちと面識のある奴らや。僕たちを狙った犯行って考えてもおかしくないやろ」
それは考え過ぎなのではないかと思いながらも、『資質持ち』の常識を自分の常識で測ることは出来ないと、この数日で思い知らされている。
それでも、アカツキにはどこから湧いてくるかもわからない自信に満ち溢れていた。
「でも、もし襲われても、倒せばいいんだろ。こっちは二人いるんだから、余裕じゃないのか?」
「何考えとんねん」
そして、言うまでもなく怒られた。まあ、言っておきながら自分でも、どうしてそんなことを口走ったのか、反省していたくらいだ。
「相手は簡単に人を殺せる相手や。こっちはお互い、戦い慣れしてない宝の持ち腐れ。いくら二人おったかて、相手の優勢は変わらん」
確かにそうだ……。ヨイヤミはともかく、自分は戦った経験などほとんどない。あるにはあるが、意識などほとんどなく、記憶の彼方に葬り去った思い出だ。
「それに……」
アカツキが神妙な顔つきで思案していると、ヨイヤミがいつもとは違う、とても重い声音で言葉を重ねる。
「アカツキは、人を殺す覚悟があるんか?」
わかっていながらも、考えることを拒否していた事実をヨイヤミに突き付けられる。
相手は簡単に人を殺すことができるのだ。こちらも相手を殺す覚悟がなければ、勝てる道理などどこにもない。
アカツキは俯きながら瞼を閉じ、ゆっくりと首を横に振る。
その覚悟は、今のアカツキにはまだ持てない。『王の資質』の世界に迷い込んだ時点で、持たなければならないとどこかでわかっていながらも。
ならば、その覚悟ができるまでは逃げるしかない。例え、一生その覚悟を持てなかったとしても、その時は逃げ続けるしかないのだ。力を望んだのは自分なのだから。
「それは、僕も同じや。そんな簡単に出来るもんやない。それでも、この世界には死が溢れとる。それを覚悟しとる人間が多いのも、また事実。いや、そのほとんどが覚悟を放棄した人間か……」
そして、これから戦うことになるかもしれない相手もまた、その覚悟をした人間なのだろう。人を殺すことに、一切の躊躇いが見られなかったのだから。
それとも、ヨイヤミが言うように覚悟を放棄し、人を殺すことに何も感じない殺戮者。
「今日はしっかり準備して、明日にはここを発つ。これから野宿だってすることになるかもしれんから今日中に食糧とか準備して……」
ヨイヤミが独り言のように、どんどん話を進めていく。そんなヨイヤミに置いてけぼりにされながらも、アカツキは彼の思考を遮るように口を挟んだ。
「ちょっと待ってくれよ。明日ここを発つのか?まだ、やりたいことも残ってるのに、いくらなんでもそれは早すぎるんじゃ……」
だがアカツキのその抗議は、最後まで紡がれることなく、ヨイヤミの怒声に掻き消される。
「どあほ。アカツキはこの世界に対して甘い考えを持ちすぎや。殺されたいなら構わん、ここに残ってあいつらみたいに死ねばええ」
ヨイヤミが初めて見せる怒りの形相に、アカツキは言葉を失い、それ以上言い返すことができない。そんなアカツキに畳み掛けるように、ヨイヤミは更に言葉を重ねる。
「それとも、自分は殺されんとでも思てるんか?そんな訳ないやろ。アカツキがこれまでどんな暮らしをしてきたか知らんけど、この世界は戦争で溢れてる」
その言葉はとても現実味を帯びていて、まるで彼がそれを実際に目にしてきたようで……。
「毎日毎日、どこかで殺し合いが起きてるんや。『王の資質』なんて関係ない。そんなものがなくたって、人は人を殺す。アカツキが思ってるよりも簡単に……」
とても悔しそうな表情だった。彼の過去に踏み込めるほど、自分は彼のことを知らない。まだ、それが許される程の仲になったとも思えない。
けれど、彼は間違いなくこの世界の闇を知っている。自分よりも、それをその身に刻んでいる。
「ごめん、ヨイヤミ。俺の考えが甘かった……」
そんな彼の一面を見て、まだ歯向かえるほど、アカツキはこの世界を知らなかった。
「明日ここを発とう。俺もこんなところで死にたくない」
迷いは決意へと変わる。その眼に確かな炎を宿して。
「この世界のこと、俺は全然知らないんだと思う。俺はちっぽけな世界で生きてきて、これからもずっとそうなんだと思っていた」
だが、そうはならなかった。一生続いていくと思っていた世界は音を発てて崩れ、残ったのは自分が見たこともない未知の世界。
「でも、そうじゃなかった。俺はもう、そんなちっぽけな世界の外に、脚を踏み出したんだよな」
もう戻ることも、立ち止まることもできない。自分が望んだ力には、それだけの責任が伴うのだ。
「だから、俺にもっと世界のことを教えてくれ。俺はこの世界をもっと知りたい。こんな無知で無能な俺だけど、これからもよろしく頼むよ」
どうして彼がその世界を知っているのか。どうして彼が、あんなに悔しそうな表情を浮かべたのか。いつかそんなことも教えて欲しいと思いながら、アカツキはヨイヤミに手を差し出す。
アカツキが差し出した掌に、ヨイヤミは小さな笑みを浮かべながらその掌を重ねる。
「わかってくれればそれでええ。アカツキが世界のことを知らんって言うなら、僕が少しずつ教えたる。だから、こんなところで死ぬ訳にはいかんのや」
進路は決まった。ならばあとは準備を整えるだけ。
「じゃあ、出立の準備しに行こか」
二人は群衆が騒ぎ立てているのを尻目に露店が立ち並ぶ通りへと歩を進めた。
アカツキは去り際に、群衆の中の誰かがこちらを見ているような気がして振り返ったが、喧噪で満たされる群衆の中にこちらに視線を向ける者など誰一人としていなかった。
騒ぎ立てる群衆の中、紛れ込んだ黒いローブの女は辺りを見回していた。
探し物はすぐに見つかった。
群衆の合間を縫って、歩いてくる二人組の少年。逆立った黒髪の少年と、黄土色のローブに身を包んだ銀髪の少年。
黒いローブの女は目深に被ったフードの中で、妖艶な笑みを浮かべて彼らを視界に抑える。
彼らは群衆の流れに逆らって外に出ると、こちらには聞こえない声で話を始める。
何を話しているのか聞きたくとも、ここで怪しまれる訳にはいかない。
だが、まるで自らの願いを聞き入れるかのように、ローブを羽織った少年が突然怒声を上げ始めた。
喧騒に満たされる群衆はそれを気にする様子は更々ない。だが、女はその言葉をはっきりとその耳に捉えていた。
『王の資質』という普段ならば聞き慣れない言葉を……。
その言葉を聞いた女の唇は裂けるかのように口角が引き伸ばされ、妖艶な笑みは不気味な笑みへと、その姿を変える。誰にも気づかれない、ローブの下で。
「ようやく見つけたわ。……、アカツキ……」
まるでその声に気付いたかのように、少年が不意にこちらへと視線を向けた。
だが、群衆の中にはもう怪しい女の姿は跡形もなくなっていた。
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