王の資質
「じゃあ、まずは……」
ようやく落ち着きを取り戻したアカツキの様子を見て、ヨイヤミは溜め息を吐きながら机の前に腰を下ろす。
「アカツキはこの力について、どこまで知ってる?」
ヨイヤミのその問い掛けに、アカツキはゆっくりと首を左右に振る。
「わからない……。何もわからないんだ」
それがアカツキの素直な答えだった。誰に聞くこともできず、文献にも何も記されていない。だから、何故その力を手の入れたのかをまず話そうと……。
「ただただ必死だった。俺はあの日……」
「待って!!」
不意にヨイヤミに言葉を遮られ、アカツキは俯きかけていた顔を勢いよく上げる。
「アカツキは今、その力のきっかけを話そうとしとるよな?」
突然止められた理由がわからずに狼狽しながら、アカツキは首肯する。
「なら、それ以上話す必要はない。僕はまだ、アカツキにそこまで深入りする気はない。僕らはまだ、出会ったばかりなんやから……」
ヨイヤミの表情に真剣みが増していく。それは、これからアカツキが話そうとしていることが、それだけ重い話だと理解しているからだろう。
何故だろうか。そんな疑問を抱きながらも、話を進めようとするヨイヤミに耳を傾けている内に、そんな疑問は風に吹かれるように消えてしまう。
「心配せんでも、きっかけがわからんくても話は進められる」
あまり思い出したい思い出ではないので、それはそれで有難いと思いながら、アカツキはヨイヤミの次の言葉を待つ。
「まず、その力の名は『王の資質』。王の資格を与えられし者に授けられた、戦う為の力」
『王の資質』という聞き慣れない言葉に、アカツキは小首を傾げる。
「つまり、この世界は真の王を求めてる。今の帝王『アーサー』に変わる」
知らない単語が多すぎて頭がパンクしそうになる。
ひとまず一つずつ切り崩していこうと決めたアカツキは「アーサー?」と人の名前らしき単語をおうむ返しのように口にする。
するとヨイヤミは、とんでもない物を見ているかのように口を開いたまま唖然とこちらを眺めていた。
「まさか、この世界の帝王『アーサー・レイン・ガーランド』を知らんのか?」
ヨイヤミの反応からして、どうやら一般常識のようだが、知らない物は知らない。
アカツキは恥を忍んで首を縦に振ると、ヨイヤミが痛そうに頭を抑えながら、机に手を付く。
「いくら世間を知らんって言っても程があるやろ……。一気に不安になってきた」
ヨイヤミの顔が急激に老けたような気がする。自分はそんなにも常識知らずなのだろうか。それでも話を続けてくれるのが、彼の優しさなのだろう。
「この大陸の中心に位置する『ガーランド帝国』。その王座に坐するのが、この世界を支配する帝王『アーサー・レイン・ガーランド』その人や」
要するに、現在のこの世界の一番偉い人なのだろう、とアカツキは納得する。そう言えば、図書館で読んでいた本に出てきたような気がする。
「『王の資質』を与えられし者は、その玉座に相応しい素質を有する、真の王の候補である。その頂点に立つ者こそ、真の王たり得る器である。それが、この力の定説や」
つまり、自分にもこの世界の王になれる可能性があるということなのだろうか。
「けど、それはあくまでも定説であって、本当の理由を知る者はおらん」
ヨイヤミの表情が陰りを帯びていく。これから先に告げることが、この世界の黒い部分であることを暗に告げる。
「数だってそんなに少ない訳でもないし、この力を使って暴れ回っとる奴もおるくらいやから、その資質が本当なのかも怪しいところや」
ヨイヤミの表情が度々真剣みを帯びる。その度に、アカツキの中に緊張が走り、拳を握りしめてしまう。
「どれだけ資質があろうとも、力を与えられれば私欲に溺れる者はおる。力に溺れ、その力で他者を蹂躙する者は少なくない」
とても悔しそうに、ヨイヤミが奥歯を噛みしめていることに気付く。彼もまた、その力に蹂躙された一人なのだろうか。
「意味も分からんまま、その定説に踊らされて、王座を目指すために戦争を繰り返す。玉座を目指すだけならまだしも、それを蹂躙のための道具に使う者もおる。僕にはそんな気がしてならんのや」
戦い抜いた先に、その王座は待っている。だが、王の資質とは本当にそんな力なのだろうか。
「つまり、本当の意味でこの力について知っている者は……」
アカツキの言葉を継ぐように、ヨイヤミは首肯しながらその先を口にする。
「おらん」
その言葉にアカツキは肩を落とす。結局、その力が何なのか知ることは出来ないのだ。
「ただし、その意味を知る者が誰もおらんだけで、その力を知る者はおる」
「どういう意味だよ」
残念がるアカツキを横目に、少しだけ含んだ笑みを浮かべながら、ヨイヤミは言葉を重ねる。
「つまり、意味は知らんくても、その使い方ならわかるってことや」
アカツキが知りたかったのはそもそも意味ではなくその先なのだ。たぶん、ヨイヤミはアカツキが知りたいことを理解していて、わざと先に理由を話したのだろう。
「『王の資質』って言うのはそもそも、素質を認められし者に与えられる、六芒星の印のことを言う」
アカツキはそんな印知らないぞ、と身体中確認しようとしたところを、ヨイヤミの言葉に止められる。
「が……、それは、その人間の魔力の源になるので、他人に曝すような真似は絶対にしないように」
教師然と指を立てながら、アカツキに諭すようにそんなことを口にした。
つまりは、自分の身体のどこかに、彼の言う印が刻まれているのだろう。今度独りの時にでも確認しておこう。
「そして、その印を持つ者を『資質持ち』と呼ぶ。ちなみに僕も資質持ちな」
ウインクするように片目を閉じながら大事なことを口にするヨイヤミ。まあ、これだけ詳しいのだから、きっとそうなのだろうと勘付いてはいたが。
「じゃあどうして、お前はあの不良たちを、その力で追い払わなかったんだ」
勘付いてはいたが、それが何よりも疑問だった。力を持つ者なのだとしたら、そんなこと容易なはずなのに。
「あんまり一般人に力を使いたくない。ただ、それだけや」
何かもっと深い理由でもあるのかと思っていたが、案外あっさりとした理由だった。
「資質の力は、誰でも手に入れられるもんやない。力が露見すれば、それを利用しようとする奴も出てくるし、他の資質持ちにも見つかり易くなる」
他の資質持ちとの遭遇。それは候補同士の争いを意味する。それくらいは、アカツキにも理解ができた。
「それに、人間は異質な者を忌み嫌う」
確かに、自分が王の資質を知らなければ、目の前で魔法を使う者を受け入れることは出来ないだろう。そして、その者に恐怖するだろうことは想像に難くない。
「やから、僕は力を使わずに逃げるタイミングを見図っとったんや」
するとヨイヤミがわざとらしくげんなりとした表情を浮かべ……。
「やのに、アカツキが力を使ってしまうから、僕の我慢は水の泡」
どうやら自分の行為はいらぬおせっかいだったらしい。常々顔を突っ込んだことに後悔を覚える。
「まあ、それは別にええんやけど。これは、ただの僕のポリシーみたいなもんやし」
ヨイヤミは気にする様子もなく、あっけらかんとした表情へとすり替わる。
まあ、それで気にしていると言われても、こちらとしてはどうすることもできないのだが。
「そう言えば、王の資質が魔力の源って言ったよな?」
この話を長引かせても意味は無さそうなので、早々に話題を切り替える。
「ああ、そういえばその話もしてなかったな」
ヨイヤミが思い出したように机の上に羊皮紙を広げて、そこに羽ペンで六芒星を描いていく。
「じゃあ、アカツキにもう一つ講義したろ」
描き終えた六芒星の外側と内側に一つずつ円を描いていく。
「資質持ちには魔法が使えるってのは、知っとるよな?」
流石にそれについては、ヨイヤミの目の前でもやってみせたし、知っていて当然だ。
「その魔法にはエレメントっていって、それぞれの属性が与えられる」
そう言われて自分の魔法をぼんやりと脳裏に思い浮かべる。自分の属性は火で間違いないだろう。
「その属性のことを僕らは『七門』って呼んどる」
「七門?」とアカツキが首を傾げていると、ヨイヤミが何度か頷きながら話を続ける。
「七門って言うんは、火、水、氷、雷、土、風、光の七つのエレメントのことを言うんや」
ヨイヤミは六芒星の先端と真ん中の円を順番に指差していく。
「六芒星に記されとるのが六門っていうて、火→氷→風→土→雷→水→火ってな感じに、それぞれ相性の順番で記されとる」
そう言いながら、次は六芒星の先端を順番になぞりながら一周する。
「ちなみに僕とアカツキは、火のエレメントに振り分けられる。つまり、氷には強いけど水には弱いって感じやな」
今度は、六芒星の三つの先端を行ったり来たりする。
「隣合わんエレメントは、特に相性とかは関係ないから、気にする必要はない。そしてもう一つ……」
そう言って、六芒星の内側に描いた円を指差した。
「これが光の門を表してるんや。光は他の干渉を受けない唯一のエレメントってことや」
エレメントについては自然を考えればいい。火は水で消えるし、氷は火で溶かすことができる。
それについては理解がしやすく、アカツキもすんなりとヨイヤミの言葉が頭の中に入ってきた。
「要は、俺たちが気にしておかなければならないのは、『水』と『氷』のエレメントだけってことだな」
「おお、珍しく飲み込みが早くて助かるわ」
上から目線は鼻を突くが、事実教えてもらっているのはこちらなので、下手に出るしかない。
それにしても、ヨイヤミのこの知識は一体どこから来るのだろうか。自分はどれだけ調べてもそんな情報を得ることができなかった。だというのに……。
「どうしてお前はそんなに詳しいんだ。俺が無知なのはわかってる。でも、図書館で調べたって、こんな情報どこにもなかった」
アカツキは疑いの視線を向ける。彼が本当のことを言っているのか、それとも偽りを口にしているのか。
本当のことだったとしても、どうしてそんなことを知っているのか。
アカツキはヨイヤミの視線を逃さないようにジッと、その瞳を捉え続ける。
「それは企業秘密や。まあ、王の資質については、帝国が色々と情報規制しとるらしいから図書館なんかに情報が落ちとるなんてことは、万に一つも無いわな」
ヨイヤミはアカツキの視線から逃げることなく、平然とそう告げた。
彼の態度からしても、それが嘘偽りであるとは思えない。
「ならどうして、お前は……」
「知識は大きな武器や。こんな争いの世界なら余計に……。特に、資質持ちの人間ほど命を狙われやすい。生き残る知恵は、多いに越したことはない」
アカツキの言葉を遮り告げられた言葉は、とても真剣みを帯びていて、これ以上の詮索をする気を削がれてしまう。
それに、これ以上彼に踏み込むことは、二人の関係を容易に壊してしまいそうで、アカツキはその場で足踏みをするように口を噤んだ。
「アカツキ……。王の資質を与えらえた者は皆、それに対する重い過去を背負っとる。そう簡単に、資質持ちの過去を掘り返すな」
初めてヨイヤミの口から告げられた釘を刺すような言葉。それは普段軽薄な彼だからこそ、心に深く深く突き刺さる。
これで話は終わりと言わんばかりに、ヨイヤミは机から腰を持ち上げ、布団の中へと寝転がる。
「ごめん。そんなつもりじゃ……」
アカツキが申し訳なさに押し潰されそうになっていると、ヨイヤミがコロッとこちらに顔を向けて、無邪気な笑みを浮かべる。
「そんな気にせんでええって。アカツキは真面目やなあ」
「だって、お前……」
いや、これがヨイヤミの優しさなのだろう。彼は自分よりも余程この世界を知っていて、多くの経験をしてきている。
自分だけではない。彼もまた、重たい物をその小さな背中に背負っているのだ。
「じゃあ、僕は寝るから。おやすみ」
そう言ってこれ以上の追及を遮るように、アカツキに背中を向ける。掛布団を口許まで引っ張り上げ、すぐに小さな寝息を立て始める。
いつか、彼の過去を、そして自分の過去を打ち明けられるくらい、仲を深められたら良いな。
そんなことを思いながら、アカツキは机の上に置いてある燭台の火をフッと噴きけした。
暗闇に染まった部屋は、静寂に包まれ、ヨイヤミの寝息だけが鼓膜を震わせる。
誰かの存在を隣に感じることが久しぶりで、アカツキはいつの間にか小さな笑みを漏らしていた。
「おやすみ」
久しぶりに告げたその言葉は、懐しさと暖かさを残しながら、暗闇に溶けていった。
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