砂に隠れた敵意
アカツキたちが砂漠のど真ん中を歩いていた同時刻、こちらの一行も自国へと帰還するために砂漠を闊歩していた。
自らの権威を誇示するように、先頭と後方には鎧を身にまとった兵士たちを大勢引き連れ、自らは動物に御車を引かせて悠々自適に砂漠のど真ん中を突き進む。
乗り物の中には左右だけでなく、数人の女を常駐させ、自らの周囲の世話をさせている。女たちの格好はとても扇情的で、砂漠だというのにほとんどの肌を露出している。もちろん、御車の窓は布で陽の光は遮られているが、わざわざ女たちにそんな格好をさせているのは、他でもなくその場に唯一存在する一人の男だ。
「おい、ノックスサンにはまだ着かないでしか?付いてこれない奴は放っておけばいいでし」
ノックスサン国王『セドリック・クラウノクス』
砂漠の中を鎧を着させて歩いているのだから、体力の限界が来てもなんらおかしくはない。だが、そんな一兵士の事情などこの男には関係ない。
「こんなところで倒れるような奴は、うちの兵士団にはいらないでし。減った分は他の国から買い取ればいいんでしから」
金のために自らの国民や奴隷を使い他国の領土を奪い、奪った国の油田でグランパニアに寄生して金を貪り尽くす。グランパニア領内でも一二を争うほどの奴隷保有数を誇る国の王。
「お時間を取らせてしまい申し訳ありません。ですが、もう少々もすれば、我々の国に到着いたします」
この砂漠の中にあって、鎧を身に纏いながら、さらに兜まで被り頭を覆っている。その兜に覆い被せられ表情は見えないが、兜の下から聞こえるその声は凛々しさの中に女性らしい高音を含んでいる。
「おお、ロイズ士官ではないでしか!お前もこの中に来てもいいんでしよ?」
下卑た笑みを浮かべながら、セドリックはその女性兵を中に来るように誘う。だが、その女性兵は数秒の沈黙を保ったあと、静かにその誘いを断った。
「いえ、私はこの国の刃ですので。私が近づけば、国王を傷つけてしまいます」
ロイズと呼ばれた女性はそう言いながら、セドリックの返事を聞くよりも早く、御車の窓から顔を離して布で視界を遮断する。
『ロイズ・レーヴァテイン』
ノックスサン王国兵士団の士官を務める凛々しき聡明な女性。男社会の中で、その地位に上り詰めたその実力は、多くの者達から畏敬の念を注がれる。
「また、セクハラ受けてたんですか?本当に懲りないお方ですね」
自分の持ち場に戻ると、一人の女性兵がロイズに声を掛ける。誰もが尊敬の眼差しでロイズを見る中で、たった三人だけ選ばれた直属の部下の一人。こちらも鎧は着ているものの、兜はしておらず、顔は露になっている。
栗色の短髪を後ろで結んで短めのポニーテールを作り、猫のようなクリッとした碧眼はどこか少女のような幼さを感じる。
「まあ、そう言うな。あれでも、一国を担うお方だ」
そんなロイズの言葉に少しだけげんなりとした表情を見せながら、その女性は言葉を返す。
「あれでもって言っちゃってるじゃないですか……。まあ、私はロイズさんがいなければさっさとこんな国出て、もっと快適に暮らせる国を探しに行くんですけどね」
「滅多なこと言うもんじゃない。この国にいれば、平和に過ごせるのだ。それ以上のものを望んでも、掌から溢れ落ちるだけだ」
そう、誰もがこの国が平和なことを認める。こんな砂漠の国だというのに、この国を離れようとする者はほとんどいない。それは、この国がグランパニアからの後ろ楯を得ているお陰で、誰も手出しをしてこないからだ。
「まあ、平和なのは認めますけどね。それでも、本当の平和とはほど遠い気がします」
それは偽りの平和だと彼女は言う。誰かの力によってもたらされる平和など、いつか崩れ行くと。
「相変わらずアリーナは見ている場所が遠いな。でも、お前のそういうところは嫌いじゃないよ」
彼女の名は『アリーナ・エルステラ』。
ロイズが選んだ三人の内の一人ではあるのだが、性格的に少々難ありなところがある。ただ、彼女は貴族の出ということもあり、志は大きく、常に未来を見据えている。ロイズはそんな彼女だからこそ、側においているのだ。
「えっ、私のことが好きだって言いました。もう、ロイズさんってば、私はいつでも受け止める準備はできていますよ」
アリーナと呼ばれた女性はまくし立てるように、呼吸を荒げながらそんなことを言う。顔を紅潮させてロイズに擦り寄るように近づいて来るアリーナに、ロイズは顔を引きつらせながら押し返す。
「言ってないし、言ったとしてもそういう意味じゃない。まったく、どうしてお前は……」
豹変する彼女の態度に溜息をつきながら、彼女たちの後ろを歩く青年の方へと視線を向ける。
「ハリーを見てみろ、文句も何も言わずただだまって自分の仕事をこなしているぞ」
そんなロイズの言葉に、ぶぅっと唇を尖らせながらアリーナは反論する。
「ハリーが文句を言わないのは任務の時だけじゃなくていつものことじゃないですか。まあ、ハリーとは付き合い長いですから、今さらそれをどうとも思いませんけど」
二人の後ろを歩く青年『ハリー・カルレニウス』は藍色の髪を風になびかせながら、涼しい顔で砂漠を歩いていく。その瞳はただジッと前の二人の様子を微笑ましげに眺めていて、けれどその唇は固く結ばれている。
そんな感じでロイズとアリーナの二人で言い合っていると、近くにいたもう独りの眼鏡を掛けた青年が申し訳なさそうで、かつ寂しそうな声音で二人の会話に割って入った。
「あ、あの……。私のことを、お忘れでは……」
言い合いになり掛けていた二人の会話は突如停止し、疑問符を頭の上に浮かべるような表情を浮かべながら数秒青年の顔を見た後、思い出したように二人で声を合わせてこう言った。
「「ああ、ごめん。忘れてた」」
「ひどいっ!!」
青年は心をひどく痛めて泣きそうになりながら、その帰路を歩いていくことになった。
そんな賑やかな一団を離れて、御車の横に独り、異様な空気を放つ男が歩いていた。周囲の男兵たちと比べても、群を抜いて巨大な男は、この砂漠の中でも上半身を露出し、頭には布を被らされていた。
表情は見えないが、眼の部分だけに穴が開いていて、そこから覗く血の様に赤い瞳が、独立した生物のように蠢いていた。陽に焼かれたせいか、肌は焦げたように黒く、隆起した筋肉を余計に際立たせる。
誰一人として、その巨漢には近づこうとはしない。まるで故意に距離を置かれているかのように、その巨漢の周りには御車以外の物が何も無かった。
「相変わらず不気味ですよね。言葉はしゃべりませんし、顔も見せない。ただあの国王様に従うだけのロボットみたいに、国王様の命令以外には一切の反応を示さない」
アリーナ眉を寄せて何処か怒りを含んだような表情を浮かべながら、一団の中心を歩く巨漢を眺めていた。
「止めておけ。誰かに聞かれたら処罰ものだぞ。気持ちはわかるが、今更どうしようもないだろう」
そう、今更どうしようもないのだ。自分たちだって、彼の力に何度も助けられた。この砂漠の国に来てからこそ、この国は平和を保ち続けているが、それまでは戦争の耐えない国だった。
そんな自分たちの国を常に勝利に導いてきたのは、他でもない彼なのだ。国王の奴隷でありながら、『王の資質』と呼ばれる異形の力を使う。そんな化け物じみた力さえあれば、王の命令に逆らうことなど容易だろうに、その男は決して国王に歯向かうことは無かった。
彼の力に頼ってしまった自分たちが、今更彼にできることなど何も無いのだ。
「そりゃそうですけど……。それでも、運命を変える力を持っているのに、その力を見ない振りして、自らの殻を破らないのは、ただの怠惰ですよ」
「そうかもしれないな……」
自分はどうだろうか。この国に満足などしていないし、多くのやり方を間違えていると思う。
けれど、この国が平和に保たれている以上、何かを壊すことを恐れ、自らの殻の中でぬるま湯に浸かりながら生きていきたいと思う自分がいる。
今更、自分に何を変えられるのだろうか。今の自分は、あの男何が違うのだろうか。変わりなどしない。ぬるま湯に飼い慣らされ、現状に満足はせずとも納得はしている。恐らくあの男『ガリアス・エルグランデ』もそうなのではないだろうか。
「……ズさん、ロイズさん!!」
「おおっ、どうした?」
どうやら自分の世界に入り込んでいたらしい。自らの部下の声も聞こえないほどとは、自分が思っている以上に気に掛かっていることだったのかもしれない。
「どうしたんですか?ロイズさんが会話の途中でぼうっとするなんて珍しいですね」
心配そうな表情を浮かべたと思えば、すぐに不思議そうな表情へと変わる。コロコロと表情を変えるアリーナが可愛らしくて、思わず笑みがこぼれる。
「いや、なんでもない。アリーナとの会話に少し疲れてしまっただけだ」
「ええっ!!なんですかそれ?ひどくないですか!?私はロイズさんがお暇なんじゃないかと思って、良かれと思ってやっているのに、この仕打ちはあんまりです」
「冗談だ。心配せずともお前の気持ちは伝わっているよ」
今度は泣きそうに唇と瞳を震わせながら、上目遣いで覗き込んでくる部下に、やれやれと苦笑しながら、頭を撫でてやる。すると、一瞬で眼の色を変えて、キラキラとした瞳で更に強い視線をこちらに送ってくるアリーナに、ロイズは少しだけ嫌な予感がした。
「本当ですか!?私の溢れんばかりの愛は、ちゃんとロイズさんに届いていたんですね。それでも私をお側に置いてくれるということは、それはつまり、今後も一生を添い遂げる覚悟を……」
「誰も、そこまでは言ってないから……」
ノックスサン王国兵士団の士官を務めるロイズでさえも、このアリーナの求愛にはたじたじである。まあ、それなりの年齢であるにも関わらず伴侶のいないロイズとしても、包み隠さずに向けられる好意に悪い気はしなかった。それが例え同性であったとしても。
「ねえ、ハリーさん。あの女子会に入れそうにありませんし、僕たちは僕たちで男子会を……」
「いや、遠慮しておくよ」
眼鏡を掛けた青年『ニール・ベクター』が最後まで言葉を紡ぐよりも前に、ハリーは彼の誘いをきっぱりと断った。
「ですよね~」
ニールは引きつった表情を浮かべながらも、それが当然の結果とでも言うように、一度溜息を吐いて喉の奥の詰まりを洗い流すと、平然とした顔で自国を目指して再び歩き出すのだった。
風の流れの変化を『ガリアス・エルグランデ』は感じていた。
ピリピリとした感覚が、ジリジリと太陽に焼かれた肌に張り付くように訴えかける。
『この周囲に敵がいる』
幾度の戦争の中で培ってきた魔力と敵意の察知能力。恐れていた死を何度も乗り越える中で、自らの身を護る為に無意識の内に鍛えられた感覚。
戦場がこちらを逃すまいと、黒い手を伸ばしてくる。太陽の熱など気にならないほどに、身体中を不快な熱が走り抜けていく。また自分は、死の恐怖と戦わなければならないのか。
だが、戦わずして死の恐怖を逃れたとしても、その先に待っているのは別の恐怖。幼き時世より植えつけられた痛みが、身体中を縛り上げて蝕んでいく。
どうせ逃げても同じなら、立ち向かった方がマシだ。相手が気付くよりも早く、こちらが仕掛けてしまえば、無駄な恐怖に駆られなくて済む。
『どこだ、どこにいる!?』
ガリアスは唯一布から露出した瞳を怪物のように蠢かせる。獲物を追う、狩人の眼球。見つけたら最後、その獲物を決して逃さないと。
そして、ガリアスの視界に移る二つの影。それが何者なのかなど知らない。だが、その二つの影からは同属の空気が漂っていた。攻撃を仕掛けるには十分過ぎる理由だ。
敵意を感じないのは、向こうがこちらに気付いていないから。ならば、こちらに気付かれる前に始末してしまえばいい。資質持ちを消したとなれば、別の恐怖と戦う必要もなくなるだろう。
ガリアスは魔力を研ぎ澄ます。自らの心を閉じ込めるような凍える冷気が、ガリアスの周囲を覆いつくす。白群色の魔方陣がガリアスの前方に形成され、おびただしい冷気がそこからの開放を心待ちにするように溢れ出す。
周囲の者達がその異変に気付き、言葉を発することなくそれぞれが携える得物に手を掛ける。誰も、ガリアスのその行動に驚く様子は無く、ただひたすらに警戒を強める。
砂漠の熱さえも無視して、ガリアスの周囲が凍り始めたのを皮切りに、ガリアスは音にならない咆哮と共に、二つの影に向かって、魔方陣から巨大な氷塊を放った。
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