阿吽の呼吸

 バレルが確認しているのは五人の野盗だった。


 まず、動いたのは銃口をこちらに向ける二人の野盗だった。二人は銃を構え、飛び出してきたバレルとナズナに弾丸を放った。だが、ナズナが刀で優しく触れるよう弾丸を撫でると、弾丸の軌道はズレ、二人に当たることなく、何処かへと流れていった。


「退け!!」


 前を走り弾丸を逸らしたナズナが横に逸れると、そこには既にスコープを覗き込み、標的を捉えていたバレルがいた。バレルが引き金を引くと、鼓膜を破るような音と共に激しい硝煙と火を噴きだして、野盗の一人の脳天を容赦なく打ち抜く。撃ち抜かれた肩に痛みが走るが、今はそんなことを気にしている余裕はない。


 完璧なまでに練り上げられたコンビネーション。お互いがお互いの次の動きを理解しているかのような無駄の無い連携。


 しかし、相手もそれでは終わらない。銃声を合図に得物を持った三人の野盗が動き出していた。


 今度はバレルが、走ってくる三人のうち一人を、動いている標的にも関わらず、一寸の狂いもなく脳天を撃ち抜く。だが、バレルが扱うのはライフルだ。装填に少々の時間がかかるため、残りの二人には容易に接近を許す。


「なんとか耐えろ」


 その内の一人はナズナが迎え撃つが、片方はバレルがライフルの銃身を使って何とか防ぐしかなかった。バレルに攻撃力はなく、凌いでいられるのも時間の問題である。


「早く助けろよ」


 野盗が大きく振りかぶって振り下ろされた刀を、ナズナは凄まじい勢いで横に弾き、体勢を崩した相手を横一閃で首を一瞬の内に切り落とす。ナズナは相手からの返り血を浴びその顔を赤く染めるが、その表情に色は無く、そこにあったのは殺すことを一切厭わない修羅の顔だった。


「だから、貴様は役に立たないと言っているのだ」


 バレルは何とか銃身で相手の斬撃を防ぎ、毒づきながらこちらへと向かってくるナズナの方へと視線を向ける。その視界の先には、先程二人に狙撃を行った残りの一人が、ナズナに向けて銃を構えていた。


 ナズナが自分の目の前の敵を倒すのを待っていれば、間違いなくナズナが相手の銃弾の餌食になってしまう。彼女が自分の元に辿り着くのを待っている余裕などない。


「役立たずはどっちだ、この野郎!!」


 バレルは突然、銃身で思いっきり相手の刃を弾くとナズナの方に向けて銃口を向ける。バレルが相手取っていた野盗は、体勢を崩しはしたものの直ぐにバレルへと斬りかかろうとする。だが、バレルは最早たった一つの標的しか、眼に入っていなかった。


「馬鹿野郎が!!」


 バレルの銃口が火を噴く。衝撃で最初に撃ち抜かれた肩からは更に鮮血が飛び散り、地面を赤く染める。バレルの視線の先で、銃を構えていた野盗が倒れていったが、今のバレルに横から切り掛かろうとしている野盗を止める術は無い。


 ナズナからすれば、自らの背後で何が起こっているのかは定かではない。だが、背後で何が起こっていようとも、今自分が何をしなければならないのかは判然としている。


「私がいなければ、一瞬で死んでいるだろうが」


 背後を振り向こうともしなかったナズナは、バレルに切りかかろうとする野盗に全速力で接近し、相手の手首を真っ先に斬り落とし、驚愕の表情を浮かべて硬直する野盗の首を再び躊躇なく切り飛ばした。


 首を失った野盗は、そのまま力を失い地面に膝をついて倒れた。


「へっ、お互い様だろ」


 お互いのことを信じているからこそ、何の迷いもなく相手に自らの命を任せ合うことができる。ヨイヤミは彼らの戦う姿を見て、サクラがしきりに「あの二人は仲がいいんだよ」と言っていたのがようやくわかった気がする。


 これが歴戦の戦士たちが築くことができる信頼関係。今のアカツキと、ヨイヤミでは作り出すことができないだろう信頼。そしてその信頼は、切迫した戦況でこそ真の力を発揮する。


 二人はお互いの拳と拳を合わせると戦いの勝利の余韻に浸っていた。






 時を同じくして、サクラの無事を見送ったアカツキは野盗と視線を交えていた。


 アカツキも必死だったので、野盗の命のことまで考えてはいなかったが、どうやら殺してしまった訳ではないらしい。だが、化け物を見るかのような眼で、怯えながらこちらを見ている。


 その眼を見た瞬間、自分がしたことの恐ろしさを実感した。必死だったから気付かなかったが、自分は何をしようとしていたのだ……。当たり所が悪ければ、彼らはどうなっていた。


 もちろん先に襲い掛かってきたのは向こうだ。こちらが責められる謂れはどこにもない。けれど、自分の心はどうなのだ……。人を殺した自分は、その罪の意識に責め立てられるのではないか……。


 怯えた野盗の内の一人が、震えた手を引き金に掛けて、その銃口をアカツキに向ける。焦点が定まっていないような虚ろな眼をアカツキに向けたまま、野盗は引き金を引いた。


「うわあああああああああああああああああ!!」


 まるで悲鳴のような叫び声を撒き散らしながら放たれた銃弾は、アカツキを捕えるはずもなく地面に穴を空けるだけに終わる。


 彼らの視線に耐えきれなくなったアカツキは、彼らから自らの視線を外す。そんなに俺が怖いのか……。そんな化け物を見るような眼で俺を見るな。俺は、ただ目の前の人間を護りたかっただけなのだ……。


 視線を外していると、いくつか放たれた内の一発がアカツキの頬を掠めていく。そこでようやく自分が死地にいることを思い出す。怯えた視線に自己嫌悪に陥っている場合ではない。


 アカツキは魔導壁を眼前に張り、野盗の銃弾から身を防ぎながら、一歩ずつ野盗へと近づいていく。アカツキが一歩を踏み出すごとに、野盗の眼が恐怖の色に染まっていく。


 もうやめてくれ……。これ以上俺をその眼で見ないでくれ……。


「来るな、来るな、来るなあああああああああ」


 野盗はありったけの弾丸をアカツキに打ち込むが、それらは全てアカツキの眼前の見えない壁に阻まれて、アカツキの足許へと転がり落ちていく。やがてその弾丸も底を尽き、カチッカチッと無駄に引き金を引く音だけが響いていた。


 もう無意味だと察したアカツキが魔導壁を解く。彼らの目の前でこれ以上魔法を使いたくはなかったから。


 これ以上の抵抗は無意味と察したのだろう。野盗たちは武器を放り出して、悲鳴を上げながら去って行った。まるで得体の知れない化け物から逃げ出すかのように……。


 アカツキは元々誰一人として殺す気はなかった。だからこれでいいのだ。危害を加えられなければそれで済む話だったのだ。なのに、この心の奥に刻み付けられた傷はなんなのだ。


 アカツキは自らの胸をギュッと抑えながら、その痛みに耐えていた。


 先程の襲撃が嘘だったかのように、辺りは静まり返っていた。野盗は皆姿を消し、五人だけが平原のど真ん中に残されていた。バレルの傷が酷く、このままでは運転できそうもない。バレルは無理矢理運転しようとするが、そんな危険なことはさせられないと皆が止める。


 これは近くの国でバレルを療養させるしかないかと、皆が帰宅を諦めていた時、不意にヨイヤミが口を挟んだ。


「運転は、僕がやりますよ。心配せんでも、小さな頃から車の運転くらいは叩き込まれているんで……。バレルさんよりうまいですよ」


 そう言うとヨイヤミが運転席についた。何を言いだしたのかと不思議そうな表情をしていたナズナも、手慣れた様子で運転席に座って準備するヨイヤミを見て唖然とする。


「お前たちは、一体……?」


 助手席に付きながら思わず疑いの声を漏らしてしまう。それも、こんな小さな子供たちが、二人きりでテロリストのアジトを嗅ぎ付け、そして、こんな光景を見せつけられれば仕方がないことだ。


「別に、少し変わった境遇で育っただけの、普通と変わらないただの子供です。このまま、ナズナさんたちだけの秘密にしといてくれると、助かるんですけどね……」


 そう曇った表情で、視線を誰と合わすこともなく、遠い目をしながらただ前を向いて答える。神妙なヨイヤミの様子にナズナもそれ以上は何も言わずに前に視線を向けた。


 ヨイヤミの言葉に嘘は無く、手慣れた様子で運転をして見せ、確かにバレルよりも高い運転技術を持っていた。


 さすがにそれ以上のことが起こることはなく、すんなりと平野を越え山道を越え、バランチアまで戻ることができた。眠気も吹き飛び、ただ無言でひたすらに周囲を警戒しながら帰ることになった。


 そんな帰り道、アカツキはヨイヤミの過去に疑問を抱きだしていた。


 これまでのいくつもの知識や立ち振る舞い、そして運転までやってのけるヨイヤミの過去とは一体……。同い年とは思えないほどの知識と教養を備えたヨイヤミは一体どこから、どういう経緯でアルバーンに滞在していたのか……。いつか、腹を割って話せる時が来るのだろうか。


 そんなことを考えながら、運転するヨイヤミの後姿を後部座席からじっと眺めていた。


 バランチアに到着すると、バレルの治療が先決ということで真っ先にアジトへと向かった。テロリストにも医療班というものはいるもので、バレルの治療はアジトに着くとすぐに執り行われた。


 バレルほどではないにしても、他の四人も少なからず怪我を負っていたため、医療班の治療を受けることとなった。


 その後ナズナとサクラ、アカツキとヨイヤミという二組に別れ、部屋の中の別々の場所へと移動して、身体を休めていた。何も言葉を発せないまま、無言で腰を下ろして座り込んでいると、離れた場所から泣きじゃくる声が響き渡ってきた。


 その声に視線を向けると「怖かったよぉ」とナズナの胸に顔をうずめて泣いているサクラがいた。きっと帰ってきて落ち着いたことで、ようやく緊張がほどけたのだろう。


 泣きじゃくるサクラを見ながら、ホントに助けられて良かった、とアカツキは思いながら、安堵の溜め息をついていた。


 ヨイヤミも疲れきっているようで、アカツキの隣で目を閉じて眠っていた。毛布を掛けてやって少しすると、トンッと肩に重みを感じた。どうやらヨイヤミの頭が肩にもたれかかってきたようだ。


「なんだよ……」


 答えが返ってこないのをわかっていても、照れ隠しでそんなことを口にしてしまう。起こしてやろうとも思ったが、今は大人しく眠らせてやろうと思ったので、そのまま自分も目を閉じていく。


 アカツキもサクラやヨイヤミを見て緊張がほどけたのか、急に眠気が襲ってきた。その眠気に身を任せて、近くの毛布にくるまると、そのまま深い眠りについた。


 アカツキが目を覚ましたのは翌日の昼頃だった。一体何時間寝たのだろう、というぐらい深い眠りに落ちていた。隣にいたはずのヨイヤミの姿もなく、とりあえず辺りを見回していると、サクラがこっちに向かって手を振りながら近づいてくる。


「おはよう、アカツキ君。よく眠れた?これからバレルとヨイヤミ君とナズナと、お昼一緒に食べに行こって話してたんだけど、アカツキ君ももちろん来るよね?」


 そう訪ねてくるサクラを相変わらず赤面しながら、一瞬顔を逸らせようとしたのだが、なんとかその思いを振り切って春のように鮮やかな若草色の瞳を覗き込む。


「はい、俺ももうお腹ペコペコです」


 そうぎこちない笑顔でアカツキは答えた。まだまだ距離はあるものの、少しは近づいたアカツキの笑顔をみて、サクラも昨日のことが嘘だったかのような晴れやかな笑顔を浮かべて、アカツキに手を差し伸べる。


「だよね、じゃあ行こっか」


 アカツキは一瞬その手をとるか迷って妙な間が空いてしまったのだが、そんなのお構いなしと言わんばかりにサクラはアカツキの手を強引に掴むと、残りの三人がいる方向へと引っ張っていった。


 まだまだ慣れることはない、柔らかくも暖かい手の感触。そんなすぐに人間は変わることはできない。


 それでも、少しずつでも成長していく。だから、ゆっくりでいい。


 差し出された手を自分から掴むことはできなかったけれど、いつの日かきっと、自分から手を差し出せるくらいになれるはずだから……。


 そんなことを思いながら、サクラに手を引かれて三人が待つ場所へと向かった。

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