廃線のお知らせ

第11話 廃線のお知らせ その1

(私もラブラブしたいなぁ。ラブラブ)

 美鳥は夜中一度目を覚まし、再び寝ようと思ったが寝付けない。頭の中で、江口部長とミロクの仲睦まじい様子を繰り返し思い出していた。骨折して利き腕の使えない江口部長のためにミロクが御飯を食べさせている光景を見た影響が大きい。

 ミロクが外泊から帰った後、美鳥はこっそり「何かあった?」などと聞いてみたが、変なことはしていないということだった。江口部長は骨折したとも聞いたので、外泊中に不埒なことなんておよそ起きていないだろう。

 とはいうものの、以来ミロクは江口部長のために弁当を用意したり、料理の勉強を本格的に始めたりと、今まで〝手伝いが出来ればいい〟程度の消極的な姿勢だったのに、一気に変わった。

 ミロクは江口部長と付き合っているということを明言こそしないが、美鳥から見える範囲の情報を総合できれば、誰でも二人は付き合っているとわかるだろう。

 学校のことを知らないディーやダーモンですら、ミロクに何かしらの異変があったと気づいているようであった。

 手芸が趣味の少年と金髪の異世界人の恋。

(『美女と野獣』っていう風でもないし、あまり面白そうな題材じゃないな)

 美鳥は寝られないのにしびれを切らし、一旦トイレに向かう。なにぶんボロいアパートなので、他の人を起こさぬよう、そっと静かに移動する。

 深夜といえば、異世界人がやってくる時間だ。そして去る時間でもある。

 聞き耳をたてても、異世界人が来る音、すなわち、遮断機のサイレンは、聞こえては来ない。

 ミロクとダーモンが来てから、新たに誰もやって来ていないし、帰ってもいない。だからミロクとダーモンは、異世界人が元の世界に戻る場面を見たことがない。

 条件を満たした乗車券に美鳥が口づけをすると、元の世界に戻る列車がやってくる。そんなふうにしてちゃんと元の世界に戻れるんだと実感する経験も二人に必要だと思うが、あいにく今、美鳥の出番はなかった。ディーが乗車券の条件をクリアする目処が全く立たない。殴れない拳闘士のためにできることなんてない。ディーのメンタルはディー自身が変えねばならない。

(水の音がする。雨かな)

 家の廊下は左右を部屋に挟まれているので、窓がなく、外の様子はわからない。

 美鳥は、子供の頃、夜中に一人でトイレへ行くのが耐え難いほど恐ろしく、アンドレイに必ず付き添ってもらっていたのを思い出した。

(お化けが怖いって言っても、全然理解してもらえなかったな……。とりあえず『赤毛の魔女みたいに怖い』って言ったら理解してくれたけど、私は、赤毛の魔女なんて全然わからないし)

 暗闇の中、光が漏れていた。吸い込まれるように近づく。暗いのはまだほんの少し怖かった。

(誰かトイレの電気つけっぱなしだ)

 美鳥が扉を開けたとき、いつもあるはずの白い便器はそこにはなかった。

 代わりに、アンドレイの白い体がそこにあった。そこはトイレではなく、隣にある脱衣所兼洗面所だった。

 そして、アンドレイの体からは白い湯気が浮き立っている。風呂上りで素裸だった。

 混乱すると人間は身動きがとれなくなるというが、美鳥も同様であった。一方アンドレイはというと、美鳥が闖入ちんにゅうしてきても気にすることなく、平然と髪をタオルで拭いて乾かしている。前をタオルで隠すとか後ろを向くとか内股になるといった試みをする様子もない。

 美鳥は棒のように直立したまま、アンドレイの肢体をぼんやりと見ていた。

 目の前に大理石の彫刻が現れたのかと思うほど、美しくたくましい体だった。

 しばらくして、その体は、一瞬にしていつもの見慣れた執事服に戻った。魔術で服を着たらしかった。魔術師らしい方法だった。ようやく美鳥は、体の外にハミ出た魂が体に戻ってきたかのごとく、

「セバスチャン、ごめん、トイレと間違えた!」

 とバタンと戸を閉めた。逃げるように三歩進み、方向がトイレと逆と気づいて踵を返した。

 トイレは小さい方だけなのにいつも以上に時間がかかった。動揺すると出るものも出ない。白くて太いドアノブをじっと見つめた。

 自室に戻る途中、廊下に明かりが漏れている部屋を見つけた。今度は先程のようにトイレと間違えて入るようなヘマは犯さない。

 ディーが早起きしたのだろうかと思ったが、部屋のドアには『だ~もんさま』と下手な字で書かれたプレートがある。ひらがなを覚えた頃の、ダーモン直筆のプレートだ。

 美鳥はドアの隙間から部屋をこっそり覗いてみる。ダーモンが机に向かっていた。受験生の如く頭に鉢巻を締めて。

(また何かの見間違いじゃあ、ないよね)

 美鳥は眼をこすって再び覗く。暗い部屋の中、卓上ライトだけが煌々と手元のノートと書籍を照らしていた。机の上にはうず高く本が積まれていた。本には付箋がびっしりと挟まっている。本の背表紙には『線形代数学』『量子物理学概論』『有機化学基礎論』『純粋理性批判』などと書かれてある。美鳥が見たこともない代物だった。背表紙が見えない本も同様に難解そうな本であろうと予想できた。

(どどど、どうしちゃったんだろ!)

 ダーモンのことだから自らの賢さを思い知らせようと、誰かが覗くのを見越してそのようなことをしているのではないか。一瞬だけそのようなことを思ったが、そのような周りくどいことをダーモンはしない。そうしたいのであれば、皆が起きている時間に共同リビングで『うはは、お前ら愚民どもにはわかるまい』と難解な本を見せびらかすように読むだろう。

 美鳥はそっと音をたてないように、忍び足でダーモンの部屋から離れた。

(そういえば、最近ダーモンちゃん、物静かなんだよね。ちょっとつまんないな)

 ちょうどその時、アンドレイと廊下で鉢合わせした。

「どうかしました? 美鳥」

 美鳥はアンドレイに色々聞いてみたくなった。

「寝れないから、一緒に寝てもいい?」

 アンドレイは少し首をかしげた後、

「もちろん、構いません」


 アンドレイの部屋には鉄道コレクションが飾ってある。そしてそれらは、ゆっくりと確実に増殖していた。

『エ』の字にスライスされたレール。初めて見る。付属の小さなプレートに私鉄の名前とシリアルナンバーが刻まれていた。赤字の零細な鉄道会社が経営再建のために文字通り切り売りした線路のレールだった。

 そんな鉄くずのどこに魅力があるのか、美鳥にはさっぱりわからない。

 書籍も多い。鉄道が出てくるのであれば、小説でも漫画でも、何でもいいらしい。

 本棚には毎号の付録パーツを集めて組み立てれば立派な模型ができるという『週間蒸気機関車』なる書籍ファイルが並んでいる。組み立てる手間と時間をつかわされた挙句、完成品より割高で買わされるという、コレクターたちの嗜好は美鳥にはよくわからなかった。

 組み立てる模型は二台ある。一方は、『週刊蒸気機関車』の完成品。もう一つは、組み立て中の未完成な列車で、屋根がないので中がよく見える。内装・外装とも見た目は、美鳥たちが普段乗っている国鉄の列車と同じ型の模型だ。

「これ、いつできるの?」

「これは、永遠に完成しません」

「えっ」

 意外な言葉に驚く。

「この部品がどこからくるか御存知ですか?」

「雑誌の付録でしょ?」

「いいえ」

 アンドレイは笑った。

「これらのパーツは、使用済みの乗車券が変化したものです」

「へー初めて知ったー。今頃知ったー」

 美鳥が口づけして列車を呼んだ後、用済みになった乗車券はすぐアンドレイが回収する。帰っていく異世界人を見送ることで頭がいっぱいで、その後変形するところなんて美鳥は見たことがなかった。

「ですから、重すぎて、私が乗るべき最終列車には持ち込めません」

 紙のような乗車券が今では列車の形になっているのを不思議に思い、美鳥は模型を片手で持ち上げてみる。

「ん? 片手で持てるよ」

「ええ、そうですね」

 美鳥は、からかわれていると思い膨れた。

「たとえ軽くて列車に持ち込めたとしても、私が美鳥に渡した乗車券はこっちの世界に残ります。したがって、未完成のままです」

 アンドレイが行ってしまうことなんて想像したくないし、列車の模型なんかにも興味はない。美鳥は、話を変えるように、手元にあった駅長帽をいじりはじめる。

 異世界人が来た時、アンドレイが被って出迎えるヤツだ。

「セバスチャンの帽子、最近出番がないね」

 美鳥はアンドレイのベッドに倒れ込みながら言った。

「異世界の方々がいらっしゃらないのは良いことです」

アンドレイは椅子に腰掛けた。

「次は誰かが帰ったら入れ替わりで別の人が来るパターンかな?」

「さあ? 美鳥は一番最初に誰が帰ると思います?」

「そりゃ、順番からしたらディーさんだけど、ダーモンちゃんはいつでも帰れるし……。そうそう。ダーモンちゃん、なんであんなに勉強してるのか、セバスチャンは知ってるの?」

「ええ。もちろん。元の世界に戻ったときに科学知識が必要なんだそうです。『自分の世界が支配下の世界に寄生せずに、永続的に発展するには、この世界の知識・技術が必要なんだ』とおっしゃっていました」

「へー。なんだか、ダーモンちゃんのイメージとは違う発言だね。でもそれじゃあ、帰るのは大分後になりそうだね」

「そうですね。しかし、『迷惑になりそうなら切り上げて帰る』ともおっしゃっていましたよ」

美鳥は、ふーん、と言いながら欠伸をした。

「私には構わず眠っていいですよ」

「一緒に寝るんじゃないの?」

「私は寝ませんので。一緒の部屋なら寂しくないでしょう。それに美鳥がおねしょしたら大変ですし」

「しないよ! 子供扱いして!」

 からかってきたアンドレイに枕を投げるふりをして抗議し、「もうッ」と枕をベッドに叩きつけて、自分の顔も枕に埋めた。

(セバスチャンがわざとこんなこと言うの、珍しいな。感情に乏しい感じだったのに。そう。子供の頃はほとんど表情もなかったし。お風呂だって、はじめて入ってるの見た。入る必要なんてないのに。普通の人みたいなこともするようになってる。変わらないって思ってたのに、変わってる。みんなゆっくり変わってる。多分私も変わってる)

 枕の隙間からアンドレイを見る。五秒とかからず読める分厚い本をゆっくりと読んでいる。

(それにしてもセバスチャンはミロクさんを放っておくのかな?)

 手芸部部長・江口曜一郎とミロクがいくら付き合っているといっても、さすがに学校の中でイチャイチャと密着しているわけではない。でもアンドレイが二人の深い関係に気づかないはずがなかった。

 美鳥はアンドレイにどうするのかは聞けなかった。

 問題があれば無理やり別れさせる。そういう返事が十分にありえるからだ。そんなことは聞きたくない。

(あのふたり、私の知らない所でどんなことをしているのだろう)

 なぜか先ほど見たアンドレイの裸体を想像してしまった。

(ダメだ。今日の私、変だ)

 美鳥は寝てしまおうと思った。アンドレイの部屋だと容易に眠りにつけるのだった。


 朝、アンドレイの姿は部屋にはなかった。

(駅の掃除でもしてるのかな)

 制服に着替えた後、一階に降りてもアンドレイの姿はなかった。

 代わりに、食卓に弁当が二つ並んでいるのを見つけた。美鳥とミロクの分だ。

 ミロクの弁当は美鳥のよりも一回り大きく、おかずも多めに入っていた。

(江口部長と一緒に食べるんだろうな……)

 制服の上にエプロンをしたミロクが、鼻歌混じりにおかずを詰めている。仕切りの銀紙のスレる音が少しする。

「セバスチャン知らない?」

 美鳥は椅子に座った。

「外に出て行きましたよ。それより今朝美鳥さんを起こそうと思ったら部屋にいなかったんですけど、どこで寝てたんですか?」

「セバスチャンの部屋だけど」

 ミロクがハッとした顔をしたので、美鳥は慌てて

「小さい頃からよくセバスチャンとは一緒に寝てるから! 変な想像禁止ね」

「済みません」

(そういうリアクションされたら、こっちも江口部長との関係を想像しちゃうじゃない!)

「私にとってセバスチャンは(昔はお父さんの代わりだったけど)今はお兄ちゃんみたいなもんだから」

 まだ薄ぼんやりとした頭で、歳を取れば、見た目と一緒に、アンドレイと自分は同世代になり、そして追い抜いて弟のようになり、いつしか息子のような存在になるのだろうかと思った。

(『高校球児がいまだに年上に見える』っていう大人もいるんだから、セバスチャンのこともずっとお兄ちゃんに見えるのかな)

 食欲が湧いてくるにつれ、睡眠欲も引いてゆく。美鳥は自分の朝食の準備にとりかかる。

「余ったおかずでよければ、食べます? パンも焼きましょうか」

「うん。サンキュー。でもパンは自分で焼くよ」

 美鳥はマグカップに牛乳を注いで一口飲む。ミロクが作りすぎて弁当におさまらなかったエビフライと卵焼きを目にする。

(朝から揚げ物。太りそうだな)

 美鳥はそう思ったものの、エビフライの香ばしいにおいに食欲をそそられ口に頬張った。

「おいしい!」

 美鳥は思わず声を出した。

「本当ですかっ。よかったぁ」

 ミロクが胸に手を当てて、笑みを顔一杯にした。

「エビフライ初めて作ったから、心配だったんですぅ」

 毒見に使われた気もしないではないが、美味しかったので文句は言わない。

「上手に作ったね。私なら冷凍のヤツをチンして詰めるだけで済ませるな」

「そういうのもあるんですか。寝坊したときはそうしてみます」

 外から誰かが上がって来る音がする。

「きゃっ」

 ミロクが小さな悲鳴を上げた。

 ピンク色の生首が一つ、共同食堂にフワフワと入ってきたように見えた。

 早朝ランニングから帰って来たディーだった。黒いジャージに明るいピンクの髪なので暗いところにいると生首だけ浮かんでいるかのように見える。

「俺の顔見て悲鳴上げるなんて。ヒデェな」

「すいません……」

「いいけど。それにしても旨そうな匂いがする!」

 ディーは鼻孔を拡げ、喉を鳴らす。

「ディーさん、残念。おかずの余りは私が全部食べちゃった」

「うへぇ。しかたねーな。次は早めに戻ってこようっと」

 ディーは、冷蔵庫から出したスポーツドリンクの蓋を開けながら、

「ちょっと前までは、ミロクの作った料理なんて、罰ゲームの道具みたいに思ってたけど」

「あの時は本当にすいません……」

 ミロクは、テーブルに両手をついてズーンと落ち込んだ。

「嫌なことは思い出させたらダメだよ」

 ディーに美鳥が責めた。

「さっきの仕返しさ。それにしても色々変わったなぁ」

とディーは感慨深げに言った。溜息もついた。そしてあくびもする。

「じゃあ、俺はもう一回寝てくる!」

 ディーは部屋に戻っていった。

 ディーの姿が見えなくなったところで、

「あの、今度の日曜日は、メイド喫茶の仕事休んでいいですか?」

 ミロクは申し訳なさそうに美鳥に訊ねた。

「いいけど、どこか行くの?」

「ええ、買い物に……」

 美鳥はデートだと直感した。

(それにしても江口部長は、見た目とは違って、積極的だなぁ。それともミロクちゃんが誘ったのかな。どちらにしても意外だな)

 ダーモンのイメージも変わった。ミロクのイメージも変わりつつある。

(みんな成長して変わって帰っていくんだよね)

 美鳥は過去に出会った異世界人たちを思い出し、今いる異世界人の三人もそうであろうと思う。

 美鳥はミロクに、どこに行くのか(あるいはもっとズバッと、デートにいくのか)などと野暮なことは訊ねない。

「お土産買ってきてね」

 と言っておいた。そう言っておけば遠出したときに買ってきてくれるかもしれない。証拠を自ら示すようなものだから可能性は低いけれども。

 アンドレイが外から帰って来た。ズボンの裾に落ち葉が一枚付いていた。駅に掃除に行っていた線で間違いない。

「お二人とも、もうそろそろ学校に行く時間ですよ」

 朝唯一の列車に乗り遅れれば、当然遅刻である。美鳥はミロクに作ってもらった弁当をカバンに詰めた。美鳥もアンドレイもミロクも支度をして通学する。

 駅舎を見て驚いた。いつもの古びた無人の駅舎に、わずかな、しかし、決定的な異変が起きていた。

『廃線が決定いたしました! 永らくご利用ありがとうございました!』

 という横書きの垂れ幕が駅舎の入り口に掲げてある。

「なにこれ……」

 美鳥は、悪質なイタズラだと思った。しかし、駅の掲示板にも同様の張り紙がなされており、廃線について詳しく書かれていた。今年の十二月三十一日で廃線になるという。最下部に描かれていた男女の駅員のイラストがお辞儀をしている。

「私も、早朝掃除するとき、これを見て驚きました」

「何とかならないの、セバスチャン」

 美鳥は、アンドレイの力ならなんとかなると思っていた。いざというときはいつもなんとかしてくれたのだから、今回もきっと。

 しかし、アンドレイの口からは、

「廃線の噂は前々からありましたので、手を打ってきたつもりなのですが。今回はどうも何ともならないようです」

「意味が分からない! じゃあ、私たち、どうしたらいいの! 学校まで歩けっていうの?!」

「すぐに無くなるわけではないので、今のうちから引越しの準備でもしましょう」

「セバスチャンはどうしてそんなに冷静なの?!」

「いずれその日が来るだろうとは感じておりましたから」

「どういうこと?」

「それより、発車時刻です。まず列車に乗りましょう」

 列車の運転手がこちらに手を振って「もうすぐ出ます」と叫んでいる。

 美鳥たちは小走りに列車へ乗り込んだ。

 列車の中にも廃線のお知らせが貼ってあった。

「で、どうして廃線になるって感じてたの?」

 美鳥は、そばでミロクが息を切らしているのにも構わず、アンドレイに話しかける。

「私は『赤毛の魔女』に敗れてからというもの、ずっとあの魔女が残していった魔術を解析しています。そして八割程度は終わっています」

「もうこの世界にいない魔女と廃線とどういう関係があるの?」

「私が懸命に維持している鉄道路線を易易と廃止に追い込む事ができるのは、『赤毛の魔女』ただ一人です。しかし魔女は今はこの世界にはいません。あるのは、彼女が残した強制途中下車という巨大構造の魔術のみです」

 美鳥は眉間にシワを寄せて、説明がわからないということをアンドレイにそれとなく伝えた。

「つまり、この廃線という出来事は『赤毛の魔女』の魔術構造の中に当初から仕組まれていたものだということです」

「どうしてそんな意地悪するの!」

 美鳥は、『赤毛の魔女』に対する怒りを仕方なくアンドレイに向けた。赤毛の魔女に対して何にもできないアンドレイにも腹を立てた。赤毛の魔女のことが少しでもわかると、喜びを隠さないアンドレイにも腹が立つ。

「セバスチャンさんがしたことじゃないですし……」

 ミロクが口を挟んできた。

「八つ当たりなのはわかってる!」

「悪いことは起きませんよ。美鳥。むしろこれは喜ばしいことです」

「どういうこと?」

「廃線になればどうなりますか? 美鳥」

「列車が来なくなる」

「そう。そして列車が来なくなれば踏切も要らなくなります。踏切がなくなれば、踏切が鳴ることもなくなる。つまり……」

 美鳥は叫ぶように言った。

「異世界から人が来なくなるッ」

「そう。これはシグナルなのです。おそらく、もう異世界からは誰も来ません。異世界人は、今いる方々で最後です」

 美鳥は絶句した。なぜだかミロクの顔を見た。ミロクも何を言えばわからないといった様子だった。

「引越し先はどうしますか? 学校の最寄り駅周辺はおやめになったほうがいいと思います。決して治安はよくありませんし、あそこは住むよりも遊ぶための街ですので。美鳥、聞いていますか」

 美鳥はディーゼル車の床を見ながら、アンドレイの話を流すようにぼんやりと聞いていた。

(引越し? 何の話?)

「まだ……まだ廃線になったわけじゃないし。引越しなんてしない」

「ですが……」

 アンドレイを遮って、美鳥は

「引越しなんてしない」

 強い語気で言い放った。小さい頃にもこの不便な町からの引越しを提案されて同じ事を言ったのを思い出す。

 列車はトンネルに入る。視界は真っ暗になり、そしていつも通りの風景が戻ってくる。廃線の話は、アンドレイもミロクもそれ以上しなかった。

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