第7話 暴力行為・危険物の持ち込みはおやめください その3

 ミロクと美鳥は、放課後早速部室へおもむくが、

「部室、開いてないですね」

「部長さん、掃除当番かな? 上級生だからホームルームも長いのかなぁ。というよりダーモンちゃんのが短すぎるだけかも……。ちゃんと必要事項を伝えてくれてるのかな?」

「何かあれば、セバスチャン校長が教えてくれますよ」

「うーん。私達には教えてくれるかもしれないけど、クラスの他のひとに教えるかなぁ? セバスチャン、ああ見えて結構こっちの世界の人には、すこぶる冷たいんだよ」

「そうなんですかね? なんだかんだ言ってやさしいですよ。セバスチャンさん」

 と二人で話していると江口部長が現れる。

「ごめんごめん。今開けるね」

 三人は部室の壁際のテーブルにカバンを置く。二人のカバンと部長のカバンの間にカバン1つ分くらいの間隔がある。

「さて今日は、編み物の基本から入って、クマのぬいぐるみを作りましょう」

 糸とかぎ針の持ち方から教わる。美鳥はミシンの使い方は知っていたが、ニットについては中学のときに授業で少しやっただけで、ミロクと同じくらいの初心者であった。

 ただ、ミロクと違い、江口部長の話をあまり聞いていない。美鳥はあまり手芸に興味はなかった。

「なんか勢い余って、毛虫みたいな出来損ないのが出来た……」

 美鳥が苦笑いしながらミロクに見せようとしたが、ミロクはゆっくりと、真剣に取り組んでいた。美鳥は三歩進んで二歩下がるような進み具合であるのに対して、ミロクは一歩一歩確実に進んでいくタイプであった。

「顔はこんな感じになります」

 江口部長は、美鳥たちが悪戦苦闘している間に、しかもタイミングよく二人の指導をしつつ、クマの顔の部分を完成させていた。

 その後大分経って、江口部長の作ったクマによく似たクマの頭部をミロクは作り上げた。

「早く体も作ってあげたいな」

 ミロクは、作ったクマの頭部を両手の掌の上に大事そうに乗せてつぶやいた。

 美鳥の作品は、いびつで強面の、そしてクマとは呼べぬ怪物だった。

「うひょ~、なんだろう、これ。魔除けになりそう……」

 美鳥は自嘲気味にいった。

「大変ですけど、思った通りのものが出来るんですね!」

 ミロクは江口部長をうれしそうに見た。

「クマだけじゃなくて、こういうものもできるよ」

 江口部長は、本棚から編み物の本を選び、ミロクに渡した。

 ミロクはパラパラと見る。

「こういうのが自由に作れるようになればいいなぁ」

 ミロクは写真を指差して美鳥に示した。

「肩掛け、いいね~。でも紙に書いてある説明を見ただけじゃ、よくわからないな。どこに糸を通してるのか全然わからないところあるし」

「そうなんですよね」

「大丈夫ですよ。わからないところは僕がちゃんと教えますし、基本パターンは実はさほど多くないんですよ」

 江口部長がうれしそうに話す。

「じゃあ、クマの他の部分は、顔とさほど違いはないので、復習も兼ねて土日の宿題にしましょうか」

「えっ。私、明日もあさってもバイトがあるから宿題とか無理かも」

 面倒くさがりの美鳥が慌ててそういうと

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。授業みたいにペナルティはないし。毛玉と道具をあげる口実だしね」

 美鳥は自分の無粋さに閉口した。

「じゃあ今日の活動はこれでお開きにしよう」

「ありがとうございました」

 美鳥とミロクも礼をした。

 ミロクと美鳥は、自転車通学の部長と校門で別れた後、列車が来るまでの間にスーパーで買い物をする。

「私、あの部長なんか苦手だなぁ」

 美鳥が溜息をつきながら言った。エレクトーン音のJpopがBGMに流れている。冷蔵商品棚から漏れてくる冷気が足下を漂っている。

「どうして? すごく良い人ですよ」

 ミロクがカゴにピーマンと人参を入れた。

「うん。そうなんだけど。感覚的に。私と部長の間には見えない壁がある気がする。というより、壁で私が見えてないような感じ」

 美鳥はカット野菜をカゴに入れて、密かに人参を商品棚に戻した。

「私にはそうは見えなかったですけど。気のせいだと思いますよ。あと、好き嫌いはよくないですよ」

 美鳥が排除した人参をカゴに戻した。

「私、この赤い野菜好きなんです」

 自分と好みが違うのは、共同生活ではありがちだが、美鳥は料理する気が少し萎えた。

 鼓舞するように美鳥は鶏もも肉をカゴにありったけ入れた。今日の献立は唐揚げにすることにした。ディーも試合予定のない今は体重を気にせず食事ができる。

「編み物もいいけど、料理の方にもそろそろ挑戦したほうがいいかも」

 これまでのミロクは、料理したことはなく、配膳したり皿を洗ったりするだけだった。当初は配膳されるのを当然のように待っていたので、それでも進歩はしていたが。

「お弁当も用意できるようにならないと。そう何度もダーモンちゃんにおごってもらう訳にはいかないし」

「そうですね」

 美鳥は失敗率の低いカレーがいいと判断し、固形ルーをカゴに入れた。

 買い物を終えて列車で発車を待っていると、ダーモンとアンドレイが乗り込んできた。

 アンドレイが美鳥たちの買い物袋を持つ。

 アンドレイは買い物の中身を見て、

「今夜はカレーですね。もしかして、ミロク様が料理に挑戦なさるのでしょうか?」

「ビンゴ~」

 美鳥がミロクの肩を抱いて言う。

「時間がかかるのは嫌だよ。腹ペコだもん」

「大丈夫。パパッとできるから。ダーモンちゃんが手伝ってくれればもっと早く出来ると思うな」

 美鳥が暗に、手伝え、とほのめかす。

「お前らは作る人。ダーモンは食べる人」

「ダーモン様が手伝わないほうが早く出来上がることでしょう」

「ヒドイ扱いだもん……味見くらいはしてやるもん」


 ダーモンはソファで寝っ転がりながらマンガを読んで晩飯が出来上がるのを待つ。

 キッチンには美鳥とディーとミロクが立っていた。アンドレイは『世界の車窓から』の映像をリビングのテレビで正座して鑑賞している。石丸謙二郎のナレーションと音楽が流れる。

「ご飯、出来たよ~」

 美鳥がダーモンとアンドレイを呼ぶ。ダーモンがマンガを放り投げ、アンドレイの頭の上にバサッと載せた。アンドレイはそれを取り払いもせず、微動だにせず、画面を見つめたまま、

「もう少しで終わります。先に召し上がっていて下さい」

 美鳥は呆れる。

「もう。セバスチャンの鉄道バカ! みんなで一緒に食べたいのに! お先にいただきます!」

 先に食事をして構わないのか不安なミロクは、美鳥が唐揚を口に入れるのを見てからカレーを口にした。

 ダーモンもスプーンに目一杯カレーをすくって口に頬張った瞬間、

「おぇうぇええええええええええええ」

 ダーモンは断末魔に似た嗚咽とともにカレーを吐き出し、慌てるようにコップ飲みずに手を伸ばしたままテーブルに白目を向いた。

 ディーが、笑いながら、

「ちょっと、汚いよ、ダーモン。そんなマンガみたいな展開ねーだろ。演技派だなぁ」

 といいながらカレーを口に運ぶと、蒼い顔になり、ディーの喉が波打つように動く。涙目になりながらも原因物質を吐き出すまいと歯を食いしばり口をヘの字にして、洗面所へ走り出す。

 ダーモンと同じく「おぇうぇええええええええええええ」という声が共同の食堂にまで聞こえる。

 戻ってきたディーは美鳥とミロクを見た。

「誰かが毒を盛った? 新手の異世界人襲来!?」

 容疑者は、無事であるミロクと美鳥であった。アンドレイには動機がない。

「そんなぁ。でも私の皿のカレーは大丈夫ですよ」

 ディーが「ちょっとよこせ」とミロクのカレーを口に入れると、虚空に向かって高速シャドウボクシングを繰り出し、再び、洗面所に駆け込んでいった。

 ディーは、

「生まれてはじめて、漠然とした何かに対して殺意に目覚めたよ。ありがとう……」

「ど、どういたしまして……」

 ディーは、カレーを見て再び吐き気を催し、咽びながら便所に走っていった。

 アンドレイがようやくDVDを見終えて食卓へやってきた。そしてダーモンが倒れ、ミロクがしょげ、トイレから嗚咽するディーの声が流れてくる惨状を知るや、

「美鳥は無事ですか?」

「先に唐揚食べてて、カレーには手を出してないからセーフだった」

「ならよかったです」

「全然よくないもん」

 起き上がったダーモンがアンドレイに文句を言った。

「どうしてこのようなことに?」

「これが原因らしいよ」

 美鳥がカレーの皿を指さした。アンドレイはカレーを軽く吟味する。

「これですね。間違いありません。作ったのは?」

「たぶん私のせいです……」

 ミロクが正直に手を挙げる。

「なるほど。異世界人の味覚や好みが他と著しく違うというのはよくあることです。おそらく味見をして物足りないと思って何か余計な物を入れたんでしょう」

 ミロクは恥ずかしそうに「はい」と頷いた。

「私は大丈夫だったので問題ないと思ったのですが……。皆さん、変なの作ってごめんなさい」

「調味料とはいえない物を色々投入されたようですね」

 キッチンにある調味料以外のものといえば洗剤やビーズの入った消臭剤、塩素系漂白剤であった。

「そういえば『匂いが強すぎる』って何かを入れてたような気がする……」

 コンロのそばにある消臭剤の蓋が傾いていた。ゼリービーズの内容物が妙に少ない。

 さらに、とても美味しそうなオレンジ色の容器に入ったフルーティな香りのする洗剤も、しれっと調味料の棚に陳列されている。

「でもお米って洗っても洗っても綺麗にならないんです。だから……」

「だからって洗剤使うなんてありえないもん……」

 戻ってきたディーが蒼い顔で、

「そういえばルーを見ながら『色が濃すぎるから薄くしよう』とも言ってた気がするぜ……」

 シンクを掃除するための漂白剤も醤油の隣という場違いなところに並んでいた。

「お米にもルーにも漂白剤……」

 ミロクは号泣していた。美鳥は、

「私も唐揚げを作るのに夢中になってたし……。ミロクちゃんだけが凹む必要ないよ」

 ミロクの背中をさする。ディーも

「ミロクに任せっきりにしてた俺も悪かったよ……」

 と少しかばった。

 ミロクと美鳥とディーは協力して、名状しがたいカレーのような物全てを廃棄した。

「ダーモン様を除け者にしたからこんなことになったのだ、愚かな者どもめ」

 アンドレイはダーモンの苦言を聞き流し、

「さて、今日の夕食は、唐揚とサラダですか。皆様揃って晩ご飯を頂きましょう」

 カレー事件なんて無かったかのようにふるまった。

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