背中あわせ・分かれ道
母さんが林田さんと正式に籍を入れてから、しばらく俺たちは林田さんの持ち家で四人で暮らした。林田さんは寡黙で実直な人だった。俺たちはそれなりにうまくいっていたと思う。
しかし晶一は進学した高校をすぐにやめてしまい、寮のある職場をみつけて逃げるように家を出ていった。
やがてそこも、上司と揉め事を起こして辞めることになる。
「いい親方だったんだけどさ、酒が入るとめっちゃからんでくるんだよ。『お前は実家に居場所がないんだろ』とか。『継母に家を追い出されてかわいそうな奴だ』とか。そういうのを世の中じゃ、優しさっていうの? でも俺は許せなくってさ。カヨコさんはそんな人じゃないって、何度も言ってんのに。職場でも、訳知り顔で俺がカヨコさんのせいでグレたみたいに言いふらす人も出てきちゃって。なんかいろいろ我慢の限界だったんだよな」
晶一は当時、そう話した。そして寂しげに笑った。
「あの人たちがわかったような口きくために、なんでカヨコさんはおとしめられなきゃいけねえの?」
その揉め事――傷害事件で、晶一がぶん殴った親方との示談交渉のために、間に入ってくれた親切な人がいたらしい。あとでわかったことだが、それはまさにそっちの筋の人で、気がついた時にはもう晶一はその人の忠実な片腕になっていた。
俺は大学進学を機に家を出て、店の倉庫用に借りていた部屋で暮らすようになった。
晶一のその後のことは知らない。
なんとか支部の支部長になったとか。偉い人と杯(さかずき)をかわして直参の身になったとか。若くして代紋預かるようになったとか。そんなこと知らない。そっちの世界のことは知りたくもない。と意固地になってはや数年だ。
晶一だって嫌な目に遭ってきただろう。小指こそまだ無事でいるものの、体のあちこちに大きな傷跡を持っているのを知っている。
平穏に暮らしたいと願う俺たちとは相容れない存在になってしまった。とはいえ、こいつは自分の選んだ世界で必死でやってきたのだ。そのことだけは言葉にしなくてもわかる気がした。
だからこそ、結婚式には呼びたくなかった。今さら晶一に世間体のいい嘘の経歴をおしつけて、置物のようにおとなしく親族席に座っていてくれなどと言いたくなかった。
お前はお前なんだろ。
心の中でつぶやく。それはきっと譲れないんだろう。
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