背中あわせ・守りたいもの
「あ、さっき『花みずき』寄ったら、カヨコさんさあ、ひっさしぶりに行ったのに俺がマンデリンフレンチ好きなこと覚えていてくれてさー、何もきかないで豆ひいてくれてさー」
ソファの背もたれに浅く腰掛けて、にやにやしながら語る。
晶一は物心ついた時から母親というものに縁がない人生だった。だから自分の思慕が恋情なのかなんなのか、実際のところ自分でもよくわかってないんじゃないか、と時々思う。
晶一に心から甘えられる母親がいたら、あいつの運命は何か変わっていたのだろうか。
「店に寄ったのかよ。お前さ、店で絶対上着脱ぐなよ。ワイシャツの上からでも、わかるんだよ。客商売なんだから、へんな噂でも立ったらどうしてくれるんだよ」
「あーはいはい」
面倒くさそうに応える。
「わかってるけどね。でも、そうも言ってられないんだろ?」
晶一が首をめぐらせてこちらを振り返った。
「最近、半グレのおかしな連中の溜まり場にされてるってきいたんだけど」
知っていたのか。俺は小さくうなずいた。
「ほんのちょっと前から急に不良が店に居座るようになったんだよ。今すごい勢いで客足が遠のいてて」
「そしたら、変に都合よく、顔がきくからなんとかしてやるっていう親切な人が現れただろ」
「なんでそこまで」
「どうせ裏でつながってんだよ。どうして先に俺に連絡してくれないかな」
ふっとうつむきかげんで一つ息を吐いた。
「ま、今さらしょうがないか」
俺は少し迷い、結局晶一に全てをうちあけた。
「最初は親切な人だと思ったんだ。でも今は、店を守ってやるかわりに売り上げの七パーセントよこせって言われてるらしい」
晶一がすっと目を細めた。見る者がぞっとするような酷薄な横顔を見せる。恐い目をして、口元だけはかわらず笑っている。
「あー七パーはわりと良心的ね。でも弱み握られりゃ、すぐ引き上げられるよ。今はどこも排除条例に暴対法の改正で儲からないうえに上納金しぼられてカッツカツだから。ちょっとネットで目立ったから、目エつけられちゃったね。だからって、カタギにちょっかいかけるのは俺は好かねえやり口だけどな」
腕を組み、天井をにらんだ。
「あれなー。俺んとことは違う組だからさ。俺が舎弟つれて表から出張る(でばる)わけにいかねーんだよ。悪くすると抗争になるんだよね」
わかる? と俺のほうをちらりと見た。
「お前さー、『花みずき』を血塗れにしたくないだろ?」
「お、お前が一番そうしたくないんだろ」
そういうと、晶一の目は一瞬苦しげないろをみせた。
「そう。あそこだけは誰にも手エ出させねえよ」
なにか覚悟した顔でかすかにうなずいた。
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