背中あわせ・兄の刺青

 「なんの用だよ」

 つとめて冷たく言うと、

「久しぶりに兄さんが来たのにつめたいのなー」

 へったくそな棒読み台詞だ。

「そのしゃべり方やめろって」

 いらだちを隠さずそいつを見ると、いきなり、ぽん、とテレビ前のローテーブルに白い封筒が投げられた。一センチほどの厚みがある。

「秋則くん、ご結婚オメデトウゴザイマース」

 イヤミっぽく言った。

 ずくりと胸がうずく。

「なに、俺には知らせてくんないの? 結婚式の招待状も着いてないんだけど? 水くさいなー」

「呼びたくても呼べないんだよっ。お前だってわかってんだろ!」

 俺が激高すると、今度は急にしゅんとして黙る。

 こいつのこういう読めないところが苦手なのだ。

「相手家族に紹介できないから? なんだったら、兄は会社二、三個転がしてる実業家です、とか紹介してくれてもいいんだよー」

「お前のは、法人の権利を転売してるだけだろ?」

「あのねえ、借金まみれで、自宅の土地まで二重三重の抵当入れて氷付けになってる人なんて、もうね、名義くらいしか金にするものないのよ。ある意味、これも人助けなんだけどね」

 何を言ってもこたえた様子もない。人をくったような態度だ。

 ずっと言いたかった一言が思わず口をついて出た。

「……なんで。なんで刺青(スミ)なんて入れちゃったんだよ。もうカタギに戻れないじゃねーか」

 晶一は気まずそうに、すい、と背中を向けた。

 二十八。その年齢に不釣り合いなほど高級な黒のスーツを来ている。玄関にあるぴかぴかに磨かれた革靴だって、きっと俺の給料一ヶ月分ほどの値段なんだろう。その背中から尻にかけて、カッと目をむいた龍が彫られているのを、俺は知っている。

「いやもう、そういうことは考えてねえから。こっちの世界に恩返さなきゃならん人もいるしな」

「父さんが、『晶一を戸籍から抜いてもいい』って母さんに言ったんだぞ。俺の結婚や昇進に影響があったらいけないからって。父さんがどんな気持ちでそう言ったと思ってるんだよ。お前はたったひとりの肉親にそういうこと言わせてるんだぞ」

 晶一は黙って暗い窓の外を見ている。いや、見えているのだろうか。

 窓ガラスは鏡のように室内の証明を反射している、ダイニングの椅子に座ってぎゅっと眉を寄せた俺の姿と、そんな俺に背中を向けた晶一の無表情な顔が映る。てかてかのオールバックなんて似合わねえよ、と言いたくなる。

「……そういう刺青入っていると、病院行っても診てくれなかったりするんだろ。かかわり合いになりたくないから、症状とか関係なく、たらいまわしにされるって聞いた。なんでそんなの入れちゃったんだよ」

 ガラスの中の顔が片眉を寄せて苦笑した。

「だーかーら、秋則はそういうとこが甘いんだって」

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