第2話(高浪詩音)

「ノン、飲みに行こう。」

ああ、今夜は荒れるんだろうな…。


「…ふつーいくら弟が可愛そうだからって、当事者の兄と姉の前で、弟の失恋で姉が泣くか?」

暁人くんのいうことはもっともである。いくら幼馴染とはいえど、私たちは奏たちほど仲良くはない。なぜかといえば、同級生じゃないから。

「…灯の根性なし。遥も奏も…。大体奏も遥もあれだけ付き合い長いのに、遥が全部わかっていることに気づかないの?」

「男っていうのはそういうものだからな…。男はまず女のことわからなねえし、惚れた女ならなおさら。」

なにか遠い目で酒をあおっている。

「灯は人生のほとんどの長い時間、灯は遥のことを想ってた。それなのにあいつは一度も想いを告げず、同じ気持ちを奏が抱いたときから、遥の幸せを願って身を引いていた…。ほんとバカ…。今日も帰ってきてからぼーっとしてて、見てられない…。」

百奈の目には怒りと哀しみと慈愛がこもっていた。

「あいつは言葉の扱いは天下一品だが、言葉弄して嘘はつかない。何回もやっていたら奏以外のやつは気づく。」

「ほんとバカみたい…。あの子の初恋は幕がひかれても終わってない。始められなかったんだから…。あのままじゃ次に進めない。」

百奈は姉の顔に戻ってそうつぶやく。

「遥の兄として、俺の知る限りトップクラスのいい男二人が妹を想ってくれているのはありがたいことだがな…。あの愚妹を…。だけどきっと遥は…。」

「奏を選ぶ、でしょ?」

その残酷な言葉は、奏の姉である私が言うべき言葉だ。

「遥は、灯の気持ちもすべて分かったうえで、奏を選ぶ。それがみんなが幸せな方法だと。なにもわからないバカは奏だけ。」

そしてその一種の呪いにも気づくことがないのも。

本当にあの弟が恨めしい。自分との血のつながりを疑いたくなるほどの整った顔に、かけられた期待に応えられる精神力と自信を体に満ちさせる奏が。あまりにも無邪気で、親友の灯が思わずこめた”幸せでいなくてはいけない呪い”をただの祝福と受け止めて灯を傷つける奏が。

あまりにも純粋で無邪気な奏は、子供のように正義の刃を振り回す。そこに込められた悪意がないからこそ、人を傷つける。

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