第17話(神野優)

「優ちゃん。」

「ん?」

しばらくとりとめのない話をした後、灯は僕に切り出した。

「俺、藍子のことが好きだよ。」

僕は黙ってコーヒーを飲む。

「でも…。」

「好きだから、大切だから隣にいられない?」

灯は俺の言葉に小さくうなずく。

「俺はずっと幼馴染の遥が好きで…。失恋した。それで最近やっと少し落ち着いて周りを見渡して…。藍子が俺に向けてくれていた気持ちをなんとなく悟った。」

「今まで気づいてなかったのかよ…。」

「え?うん。俺遥しか見えてなかったから。」

「清々しいな。それで?」

思わず遮ったが先を促す。

「遥はもう一人の幼馴染が幸せにするだろう。だからもういいんだ。でも、俺は幼馴染である遥と奏を見てしまう…。俺は藍子が隣にいてくれたらたぶん、ものすごく安心するし幸せだと思う。でも、俺の隣にいて藍子が幸せになるのかわからなくて…。」

「わかった、落ち着け。」

混乱し始めた灯を遮る。こいつめちゃくちゃ藍子のこと好きじゃね?

「お前の言いたいことはなんとなくわかった。でもあくまでも僕の意見だ。」

ああ、言いたくない。大切な妹が自分から離れていくようなことを。でも、藍子にとってこれが幸せなんだろうな。

「藍子はお前が見てくれりゃあそれは喜ぶだろう。でも、藍子のことだ、隣にお前がいるだけで幸せ、とは思う。」

10年も見続けていた背中が自分の隣に並ぶんだ。そりゃあそうだろう。

「ただ、僕は兄として…。」

テーブルに身を乗り出して灯の襟首をつかむ。

「もう何年も藍子は灯の幸せを願い続けてたんだ。お前は藍子とともに幸せになれ。」

僕が手を放すと灯は放心したような顔で笑う。

「びっくりした…。」

「灯、相談というのは答えが出ているときに頭を整理するためにするものだ。お前は最後に僕に背中を押されに来ただけだ。

いいんだ、お前は恋愛くらい自分中心に動け。別に間違ったっていいんだ。お前は自分が幸せになる方法を探せ。きっとそこに藍子は必死に食らいついてくるよ。それくらいやってのける妹だ。別に藍子が運命だなんていう気はない。だが、兄として僕は藍子は強い。お前のわがままくらい受け止めてやれる女だと思うぞ。」

「優ちゃん…。ありがと。俺…。」

「行きたいとこに行け。」

「うん。」

そういって灯はケータイ片手に店を飛び出していく。少し息ついてコーヒーを飲んでいると、目の前にケーキがおかれる。

「僕頼みましたっけ?」

「サービスです。見たところ甘いものはお嫌いではないようなので。」

「ありがとう。」

「常連さんの見たことのない表情を見させていただきましたから。ご事情は存じ上げませんが、どこかすっきりされたようですね。」

「だとよいのですが…。」

彼の笑顔は、僕の行動を肯定してくれたようだった。

灯と藍子のことはもういい。

灯はぶっきらぼうで不器用でも、隣にいる人をちゃんと思いやれる男だ。藍子は大切な人が死地に向かうなら、守られることを良しとせず、ともに戦える女だ。

二人がうまくいくもいかないも二人次第だ。

大体の大人は、成長の段階でいくつもの恋愛をする。その恋愛の一つかもしれないし、ゴールかもしれない。

だから、僕がやらなくてはいけないのは、藍子としっかり話すことだ。血のつながらないながらも何年も兄妹として生きてきたのだから。

弟分二人に背を押されてしまったのだから。

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