第16話(神野優)

「久しぶり、灯。」

「優ちゃん!?」

「大学来るなんて…。なんか女のコたちがかっこいい人いるって騒いでたけど、優ちゃんだと思わなくて…。こんな出待ちみたいな真似しないで電話鳴らしてくれればよかったのに。」

「ん?」

「優ちゃんは、この大学にはいないタイプなの。」

「いろいろ解せないことはあるけど…。まあいい。灯。この辺にいい店はないか?お前と話がしたいんだ。」

「ああ、うん。」

この妹の想い人である弟分におせっかいを焼きに来た僕は一体何なのだろう。


「優ちゃん、ここどう?」

「うん。」

灯に連れてこられたのは、都会の真ん中にあるのに、どこかそこにないような気配をまとった喫茶店だった。

「後輩の姉ちゃんの後輩の店なんだ。」

「ん?」

なんとなくややこしい関係性に頭を抱えたくなりながらも灯に続いて中に入る。

「いらっしゃいませ。」

「こんにちは。巧さん。」

「灯君。」

「奥いい?」

「もちろん、すぐコーヒーをもっていくよ。」

「ありがとう。」

どうやら灯は常連らしい。少し困惑する僕に同い年くらいの青年が教えてくれる。

「店長の巧、と申します。灯君は常連さんです。…奥にどうぞ。ゆっくりしてくださいね。」

心に染み入るような穏やかな笑みを浮かべる彼に心を押される。灯がここを気に入っている理由が早くも少しわかった気がする。

「ありがとうございます。」

「優ちゃん、こっち。」

「ん。」

灯が手招きしたのは、奥の窓際で、なるほど灯が好みそうな席だ。

「優ちゃん、なにがいい?」

「なにがあるんだ?」

「さあ?キッチンの気分だから。でもおすすめはこれみたい。」

「じゃあそれで。」

「じゃあ、ちょっと伝票出してくるね。」

聞けばこの店のシステムとして、伝票をセルフで出すらしい。灯が帰ってきて少しすると先ほどの彼がコーヒーをもってきてくれた。

「今、亜実ちゃんが作ってるから、期待してくださいね。」

「亜実ちゃんのはもちろん、巧さんのコーヒーもおいしいよ、優ちゃん。」

「これだけは唯一亜実ちゃんに勝てるかな。」

そういって彼はまた微笑む。なるほど、確かにおいしい。コーヒーの味なんてよくわからないが、おいしい。

キッチンのほうからベルが鳴る。

「亜実ちゃんできたみたいですね。りっくんが呼んでます。少しお待ちくださいね。」

彼の背を見送って灯に尋ねる。

「店員少なくないか?」

「本当に混んでると、あと6人出てくるよ。一応24時間営業で分担してるけど。気に入ったならカレンダー持って帰りなよ、この店不定期休業だから。」

「ああ…。」

「お待たせしました。どうぞごゆっくり。」

突然彼が帰ってくるから驚かされる。

彼はとても魅力的だが、気配が薄いのだけはやめてほしい。

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