第14話(柳蒼)

「…ここどこだ?」

ザ日本の朝食の慣れない匂いに刺激されて目が覚める。

「頭イテ―…。」

「未成年の分際で二日酔いとは、いい身分だな、蒼。」

「あれ、兄ちゃん…。あ、本当だ。ここ兄ちゃんの部屋だ。」

うん、この無駄にきれいで本に埋もれた、健全な男子学生とは思えない部屋は兄の部屋だ。

おそらく弟だからわかるんだろうレベルで怒っている兄に視線を向けると

「昨日酔いつぶれて航太に運び込まれた。今度礼を言っておけよ。あとお前は外で酒を飲むな。弱すぎる。」

正直昨日の記憶はほとんどないことから察するに、確かに弱かったのだろう。

若干ぼーっとしながらも灯兄が作ってくれた朝食に手を付けようとしてぎょっとする。

「気にするな。作りすぎただけだ。」

いくら兄ちゃんが和食が好きで、よく食べるとは言っても、量も質も一人暮らしの男子学生の作るものじゃない。どうせまた考え込んでいたのだろう。何か考えることから逃げるとき灯兄はやたら難しい料理を作るのは昔からだ。

でもとりあえず空腹のときに美味しそうな料理が目の前に並んだら食う。

「ったく航太は飲んでないし、お前はまだ高校生だってのに飲むわ、酔いつぶれるわ…。」

慣れっこになっている兄の説教を右から左に聞き流す。灯兄も俺が聞いていないことを悟ったのか、それともただ単に腹が減ったのか、一つため息をついて食べ始める。

「兄ちゃん。」

少し申し訳なくなった俺は、まだ痛む頭でテキトーな会話を始めることにする。

「ん?」

「彼女は?」

「いたらお前は叩き出してる。そしてこの部屋に気配があるなら見つけてみやがれ。」

「うん、灯の枯れているところが伝わってくる。」

「この部屋に来たことある女は、百奈くらいだ。」

そういってずずっとみそ汁をすする。

「そっちはみんなどうしてる?なんだかんだでしばらく帰れてないけど何かあった?」

「特に何も。しいて言うなら藍ちゃんだけど、そこは僕が言う必要もないだろ。」

「…ああ、近々優ちゃんにあってくるよ。」

灯兄は複雑そうな顔をしている。おそらくさっきから少しずつ地雷を踏んでいるのだろうけれど、意識が覚醒しきっていない僕には対応ができない。

「カナちゃんとハルちゃんがごはん行きたいって言ってたよ。灯が帰ってきたら行こうってさ。」

「カップルに巻き込まれるの心底嫌なんだけど…。」

「うん、そういう顔してる。いいじゃん幼馴染なんだから。それに兄ちゃん放っておくと本に埋もれてるか、他人の世話焼いてるかじゃん。」

「お前に言われたくないし、奏といても同じだろ。」

灯兄は変わった。ハルちゃんに静かな失恋をしたときからずっと治らなかった痛みを抱えた視線を溶かし始めた。ずいぶん長かったけれど。

僕は少しずつ踏み込む。

「灯兄は恋愛しないの?」

「またその話かよ…。」

灯兄は苦笑いをしながら目を伏せる。

「もう恋はしたくないんだよ…。」

兄からでた言葉は衝撃的だった。

「俺にとってあの恋は大きくて…。好きな人ができても、彼女の二番目にしてしまうなら…。そんな苦しみを互いに味わうくらいなら恋なんてしたくないんだよ。」

僕は何も言えなかった。灯兄が自らの変化に気づいているのか。それすらも問えずにいた。

「蒼、もうそろそろ帰れ。酒臭さも抜けた。」

「…うん。」

最後にもう一つだけ。

「実家に戻らないの?」

「…まだしばらくはな。」

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