第12話(永峯暁人)

「暁兄。車返したいんだけど、家にいる?」

いつになく不安げな声で、かかってきた電話。

「…ああ、いるよ。」

そう返すことしかできない。


「ゴメン、暁人君。急で。」

「別にいいけど珍しいな。お前がそんな無鉄砲に動くなんて。蒼じゃあるまいし…。」

「あ、うん…。」

どうも、灯の様子はおかしい。もともと口数の多いほうではないが、こんなに曖昧な会話をするようなやつではない。

「…茶でも飲んでいくか?」

「ああ、ううん。蒼を大学にほっぽって来たから迎えに行かなきゃ。」

「だったら車まだいいのに…。」

「ああ、うん…。」

思わず、呼び止めた。俺は幼馴染として付き合いは長いが、灯のこんな動揺は、遥絡み以外ではまったくと言っていいほど見たことがない。

もともと口数の多いほうではないが、言い訳と嘘は一級品で、俺とはどうにか年の差があるからあれだが、同い年だったらおそらく俺が灯に口で勝てることはないだろう。

「っ、じゃあ、暁人君、また…。」

様子のおかしいまま立ち去ろうとした、灯は俺が呼び止める間もなく、なぜか戻ってきた。

「え、灯?」

「暁兄…。」

「お、おお?」

「今までずっと妹みたいに思っていた子が…。あまりにきれいに見えて…それで…。」

そこで顔を真っ赤にして黙ってしまった。意外と初心だな、こいつ。

いつもならこんな会話も無表情かもしくはシノみたいに笑顔を固めるかどちらかの灯が、異常に素直な顔。

「暁兄は…。百奈や詩音に感じたことある?」

それはちょっと違くないか?灯。お前の表情からすると、お前はその妹とやらが愛しいんだろ?欲を抱いたんだ。なぜそれを俺があいつらに抱いてるであろう愛にすり替えようとする?なぜその娘への恋心をかたくなにつぶそうとする。

こんなことを言うとこじれるのはわかっているので、ちょっとだけわざと、話を取り違える。

「いいか、灯。女っていう生き物は突然綺麗になる生き物なんだよ。」

「…化粧っ気のない娘なんだけど。」

やはり動揺してる。普段の灯ならこんなテキトーな取り違えには引っかからない。

「その娘はいくつだ?」

「…18。」

「これからいくらでも綺麗になる。そのときその娘がどう生きるかはわからないぞ、灯。」

俺が話をずらしていることに気づいたのか、旗色の悪さに撤退を選んだのか、灯は。

「暁兄は遥や奈津に抱く感情と、百奈や詩音に抱く感情は同じ?俺には妹がいないから…。この感情が妹みたいな存在に抱いている感情なのか、愛しい娘に抱く感覚なのか区別がつかないんだ。」

灯の言いたいことはわかる。でも、俺が灯に何を言っても、灯はそれを根拠に逃げ道を作るだけだ。

「灯。」

「ん?」

「そういう御託はいらない。お前はいちいち頭で考えすぎだ。たまには奏みたいに思ったまま動け。今のお前は自由だ。…俺は相手の娘をよく知らないが、灯。お前にとって大切な存在なら…。誰かほかの人の手に渡したくない、そう願うなら、まっすぐ向き合って来い。逃げるな。」

遥の兄として、灯をここまで臆病にさせた奏のことなどいうべきでなかったのかもしれない。

でも、人は多かれ少なかれ恋をすると、臆病になるし、強くなる。今の灯がその時なら。俺は灯の逃げ道をふさぐ。

「ありがとう。暁兄。」

灯の目は、もうちゃんと前を向いていた。最初に来た時のように逃げ道ばかり探して、きょろきょろはしていない。

まだ、迷いを捨てたわけではないだろう。でも、こいつが新たな一歩を踏み出す意思を持った。

それだけでも。灯の止まっていた恋の時間が動き出すなら。

幼馴染として、兄として。

こんなにうれしいことはない。

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