第9話(井岡航太)

走り去る灯さんを見送り、蒼をいけにえに差し出すと、俺は灯さんとの過去を回顧する。俺が最初にこの人に抱いた印象は、”やたら俺の名前を漢字で発音する人”だった。


俺の名前の航太、という名前は大体の人が”コータ”と発音する。灯さんのように漢字っぽく発音する人は姉くらいだったから、その時点でなんとなく親しみを感じていたのかもしれない。

「航太。なんでお前はうまく立ち回る方法を知ってるのに、あっちこっちに火種をまきに行くかなー?」

灯さんは責めるわけでも、心配するわけでもなく、少し面白がるように呆れて、しょっちゅう問題を起こす俺に話しかけてきた。

「お前は素直すぎる…。思ったことを全部言うからもめるんだ。そのくらいのことはわかってるんだろう?」

確かにわかっていた。

「別に火種をまいているつもりはありません。燻った火を消すために爆弾を投げてしまうだけです。」

灯さんの言い方にそろえて返すと灯さんは

「そんで終わった後は焼け野原で何も残らず、失った責任の所在を全部お前がひっかぶる羽目になる、ってか?見上げた犠牲心だな。優しいな。」

俺はむっとした。この人は賢い。俺がそんなことで動く人じゃないことはわかっているはずだ。

「俺は、まっすぐぶつかっていたいだけです。その結果、みんなが俺にかぶせることを選ぶなら、それはそれ。俺の役回りだったってだけの話ですから。優しさなんて欠片もない。不毛でバカらしくて面倒な争いは嫌です。」

「そうだな。」

灯さんはそう言って俺の頭に手を置いた。

「お前がそうやって偽悪的に生きて自分を守ることを否定しない。傷つくことを恐れて面倒見の悪いのも、道化を演じるのも、すべてひっかぶるのも…。」

俺の想いとまるで反対のことを言っているのに、まるで反論できない。

「俺も似たようなもんだしな…。お前と正反対で面倒見のいいふりして、お前と同じものを求めているんだろう…。それを悟らせないため、言葉で塗り固める…。お前の言葉と違って誰も傷つけないけど、誰にも刺さりはしない。お前みたいにまっすぐできれいな言葉を放てない。」

俺は黙ったままでいた。どれくらいの間が空いたのだろう。それは一秒にも、一時間にも感じる時間が過ぎた後、灯さんは立ち上がって

「まあ、航太。お前がどんなふうに生きようと自由だ。だが、似たような考えが根本にある者同士理解できることもあるだろう…。

たまには話を聞いてくれ。奏にもできない話がお前ならできる気がする。」

俺はこのころ、特別に飢えていた。その飢えにちょうどいい距離感を保てる灯さんをついつい慕ってしまった。そのせいで副キャプテンまでやらされてしまった。

でも、灯さん。俺は灯さんの言葉はとても綺麗だと思いますよ。それは灯さんには毒だったのかもしれないけれど、灯さんが周りの人を傷つけないように、考えて放つ言葉の一つ一つは、心にすっと染み渡るいい薬でした。


俺は灯さんが今までどれだけ自分を犠牲にして、優しく痛みに耐えていたかを知ってしまいました。

だから灯さん。

そろそろ解き放たれてください。遥さんは確かにとても美しい人で、俺にとってもドストライクな先輩でした。あの人ほどの女性はなかなかいないでしょう。

でも、あなたを愛している存在もまた俺は知ってしまいました。遥さんには到底及ばないのかもしれませんが、とても魅力的な女性でした。

本当はあなたも自分で足を踏み出していることを知っているんでしょう?

遥さんに及ばない、俺はさっきそう考えました。でもあなたと共に走る彼女の笑顔は、遥さんよりも美しい。あなたの隣にいることが本当にうれしいのが伝わってきました。

そして灯さん、あなたも同じ表情でした。ですから、もう横も後ろも、背中も見つめずに。まっすぐ自分の道をがむしゃらに走って下さい。





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