第6話(神野優)
”今日優ちゃんのところ行っていい?”
それ自体は構わないのだが、僕の予想していた人物とは違う。久々に従妹たちの思惑を読み違えたか?
「お邪魔、優兄ちゃん。」
「どーぞ。何も出ないけど。」
来たのは同じ百奈の弟でも灯ではなく蒼。
「優兄ちゃん、体調大丈夫?」
「おかげさまで。ひどくなる前に百奈が来てくれたから。」
「体弱いんだから無理しちゃだめだよ。」
話が僕にとって分が悪い方向なうえに、蒼は放っておくといつまでも本題に入らないタイプだ。話を促すしかない。
「んで、どうした。話があるんだろ?」
蒼は一つため息をついて
「いつも優兄ちゃんにはお見通しだね。」
「お前がわかりやすすぎるんだよ。」
蒼は少しためらいながら
「灯兄が失恋したんだ。正確に言うと、必死で身を引こうとしてる。」
「そうか…。そしてそれはいつの話だ。」
「2年前。」
「…僕がいなかった間だね。」
「そして灯兄はずっと同じ場所に踏みとどまって、進めずにいる。」
この2年間僕は写真家として放浪を繰り返した結果、もとの体の弱さがたたり、一年間ほぼ昏睡に近い状態でまともに話ができる状況ではなかった。
なんとか実家を出たのは、あまりの両親の心配と憔悴に親を心配した周りが、柳家の近く、という条件でなんとか家を出た。
正直家を出ていた間のことはろくに覚えていない。僕の人生にはあまりにも記憶の欠落が多すぎる。
ところでこのニュースは正直ありがたい。僕の可愛い妹の叶わないはずだった恋に少し見込みがでたんだ。それを知っているから、蒼は僕のもとに話に来た。
ただ問題は、目の前のこいつの気持ちだ。
藍子がずっと灯を追いかけていた間、無自覚で蒼は藍子を追いかけていた。自分が追いかけられていることに気づかないこの二人はある意味似た者同士だ。
蒼は自分の気持ちにまるで無自覚。でも僕は蒼がそのまま気づかなければいいと思っているんだ。藍子の恋の障害となるものが発生しないでほしいから。
我ながらあきれたシスコンだと思う。でも、僕にとってそれだけ妹の藍子は大切なんだ。
「最近藍子どうしてる?」
「気味。不安で仕方ないみたい。たまには連絡してあげなよ。」
「藍子の人生に僕の存在は必要ないと思うんだけど…。」
僕がそういうと蒼は呆れたように
「わかってるくせに。優兄ちゃんにとって藍ちゃんの存在が特別なように、藍ちゃんにとって優兄ちゃんの存在は特別なんだよ。」
僕は矛盾している。心配かけたくないと思っているのに、心配されないと、自分がここにいていいのかわからない。迷惑もかけたくないのに、迷惑をかけないと怖くなってしまう。
「あんなことがあったんだから、みんな優兄ちゃんのこと心配してるんだから…。」
蒼のド正論は僕の心に刺さる。
「優兄ちゃんが変な遠慮をするのは…。優兄ちゃんは血がつながってないから?」
「お前、なんでそれを知ってるんだ!?」
蒼は知らないはずだった。俺が神野に引き取られたのは蒼が生まれる前、灯ですら覚えていない可能性のほうが高い。もしかしたら、百奈も知らないかもしれない話だ。
「藍ちゃんもそれに気付いた。」
「なんで!?」
「知らない。でもたぶん。」
一蹴するような根拠だが、蒼の場合、その勘は割と侮れない。昔から勘のいいやつだから。
少しセンチな気分で、蒼に
「蒼。」
「なに?」
「昔話をしてもいいか?」
「僕でいいの?灯兄じゃなくて。」
「灯にも必ず話す。でも今は…藍子と同じように兄を持つお前に聞いてほしいんだ。」
僕の傲慢な愛を。
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