第14話 ケーキはどこへ消えた?
「どうやら、意識を取り戻したようですね」
「顔が近い」
「これは失礼」
「で、どんな花を買ってきてくれたんだ?」
「どうしてそれを知っているんですか?」
古泉の例の微笑が一瞬消えたが、俺が「長門が持っているのがさっきチラッと見えた」と言うと、納得したのかまたいつもの微笑が戻った。
「これ、気に入ってくれるか分からないけど……」
長門が不安そうな顔をして、白い紙に包まれた花束を渡した。
なんか名前はよく分からんが、(菊以外の)かわいらしい花が中心のバラを取り囲んでいた。
「とてもいいと思うぞ。俺なんかにもったいないくらいだ」
「本当に、早く良くなって欲しい」
「大丈夫。もうかなり回復してるみたいだ」
そう言いながら、俺はかたつむりケーキのことを思い出さないようにすることと、口から「お前のせいだよ」という言葉を抑えるのに必死だった。今のところ世界は順調に回っているようであり、俺があえてそれを乱すようなことをしたくなかった。
多分、俺は本当に食中毒か何かでベッドに寝込んでいて、今までのことは神のちょっとしたいたずらが見せた幻覚にすぎないんだ。きっと明日くらいに体調がよくなって学校に行けば、また普通の生活にもどれるに違いない。
食中毒というのも、どうせまたハルヒの退屈しのぎかなんかで、なぞなぞみたいな、かわいらしい些細な事件が起こったにすぎないんだろう。
「こっちこそ、わざわざ来てくれて、ありがとうな。この花はさっそくどっかに飾っとくよ」
長門の頬が、色づき始める桜みたいにうっすらと染まった――ように見えたが、ヒューマノイド・インターフェイスに感情なんてないだろうし、きっと俺の目の錯覚なんだろう。
「そうしてくれると、とても……」
「ん? どうしたんだ、長門?」
その続きをきこうとしたが、その時またしてもインターホンが鳴り、「あ! ハルヒお姉ちゃんだ! わーい!」という妹の声がここまで響いてきた。
「おや、涼宮さんも来たようですね」
「珍しいこともあるもんだな」
「彼女も、彼女なりに気を使っているんですよ」
ドタドタという足音が近づいてきて、一瞬止んだかと思うと、いきなりドアが開いた。
「じゃあん、ジャジャーーン!! 団長直々にお見舞いに来てあげたから、感謝しなさい!」
「おじゃまします」
朝比奈さんも来てくれた。
「わざわざ床に落ちたチキンカツ拾い食いしたアンタのために、ケーキ買ってきてあげたんだからね。後で妹ちゃんと仲良く一緒に食べなさいよ!」
「ああ。今度は床に落ちても食べないように気をつけるよ。みんな、ありがとうな」
「…………」
「どうしたんだ、ハルヒ?」
「なんか、やけに素直になったわね。いつもなら『ハルヒがお見舞いに来るなんて、これは大地震か天変地異の前触れか?』なんていいそうなのに。あるいは、『俺はそんなに食い意地張ってなーい! だいたい、床に落ちたチキンカツなんて食ってない!』とか」
「なんだ、そう言って欲しかったのか」
「…………」
「どうしたんだ?」
「……ホント、バカなんだから」
ハルヒもうっすらと頬を染めながら、ぷい、と横を向いた。
どうやら、俺の季節はずれな桜前線は急遽北上中らしい。来たれ、わが世の春よ。
「まあ、かなり回復しているようで何よりです。こういうのは命に関わることがありますからね。もう、普通に食事とかもできるんですか?」
「グ~、ぎゅるぎゅる、ギュ~」
俺が答えるかわりに、胃袋が先に返事をした。
長門が少し驚いたような表情を見せ、朝比奈さんがクスクスと笑い、古泉が声をあげて笑い、ハルヒが爆笑した。
俺の顔も、ひょっとしたら桜色に染まっていたかもしれない。
「そうそう、キョン」
ハルヒが爆笑をなんとか抑えて言った。
「せっかくみんなで集まったんだから、久しぶりに妹ちゃんと遊びに行こうと思うんだけど、借りて行っていい?」
「そうだな、あいつがいいって言うなら別に構わんぞ。だいぶ回復してきたから、留守番くらいはできそうだし」
「じゃあ、借りてくわね」
「元気そうですし、そろそろ私たちは退散しましょうか。今はまだ静かに休んでいるのが一番です」
「あした、また会えるといいですね」
朝比奈さんがにっこりと笑って言った。部室で夕陽を浴びた時の笑顔とはまったく違う、
屈託のない笑顔だった。古泉と朝比奈さんが部屋から出て行く。
「早く、元気になって」
長門がそう言って、名残惜しそうに部屋から出て行った。
「じゃ、わたしもそろそろ行くからね」
「そうそう、ハルヒ」
「ん、何なの?」
「今日は、わざわざ見舞いに来てくれてありがとうな」
部屋から出て行こうとするハルヒの足が一瞬止まり、奇妙な静寂が数秒間続いた。
「今日はあくまで、妹ちゃんの方に用事があったんだからね!! かんちがいしないでよ、バカ!」
背中をこっちに向けたまま、乱暴にドアを閉めて出て行ってしまった。
だが、俺にはその顔がバラみたいに真っ赤になっているのが、透視能力でばっちり見えていた。
そういえば、長門のくれたバラ、いい匂いがしてるな。
どうやら、俺は花束を持ったまま、またもや寝てしまったらしい。昨日の晩くらいからぶっ通しで爆睡し続けていたから、今までにないくらい気分スッキリ真夏の太陽、て感じだった
ベッドから起き上がって、立ち上がってみた。なんだか久々に立ち上がったので、さっきの夢の続きのような奇妙な浮遊感はあった。しかし足自体は好調で、現実をしっかりと感じるとることができた。
とりあえずトイレに直行して今までに溜まりたまったものを放出しに行った。それから台所へ行って冷蔵庫の中からお茶を取りだして一気に飲み干した。冷蔵庫の中に、ハルヒが言っていたケーキの箱らしきものが置いてあった。後で食べようと思ったが、長門特製のかたつむりケーキを食べた(というより無理やり口に放り込まれた)、非常にリアルな夢がまだ記憶に残っているため、今はまだそこまで食べたいとは思わなかった。
お茶が胃袋に染み込んでいく。このとき飲んだ烏龍茶に匹敵するうまいお茶など、朝比奈さんが俺のために入れてくれたお茶くらいだろう。
飲み終わったグラスを台所の流しに置いて、2階の自室へと戻った。
静かである。
住人のいない家というのがこんなにも静かだと、このとき改めて知った。
もう一回寝ようとも思ったが、これだけ目がさえていればもう眠れそうにもない。
俺は、あることを確認しようとベッドから腰を浮かせかけた。だが、それには限りない恐怖が伴う。まあまあ、このまま寝てしまえばいいじゃないか。明日は学校だし、どうせ今から何もすることなんてないんだ――普段の疲れを一気に癒そうじゃないか、キョン君。いったんそう考えてベッドにもぐりこんでも、すぐに布団をはねのけて起き上がってしまう――おいおい、キョン君、どうしたんだい、そんなに落ち着きを失くして。君らしくもない。
胸の動悸が、異様に早くなっていた。周りの静けさが、急に気味の悪いものに感じられてきた。
まあまあ。こういうときこそ、むしろ落ち着いて考えていくべきだ。そうすることで今までに見えなかったものが見えてくると同時に、落ち着きも取り戻していく。
まず、俺は今までに起こったことは全て夢だと考えている。
その根拠は、困ったことに、特にない。ただ、なんとなく俺の肌ではいつもの日常に戻ったように感じているだけだ。このクソ暑いジメジメした季節、拾い食いなどしなくても食中毒になる可能性は十分に考えられる。
確かパスカルも、この世はすべて夢であると唯心論で言っているではないか。別に今までのことが夢だと考えても、どこもおかしくない。
あるいは、あれは全て本当のことで、俺は本当に長門の宇宙製ケーキを食べたのかもしれない。そして本当に死んでしまったのかもしれない。
死んだあとに、ハルヒによって世界が再構築されたのではないか? なんか古泉も『世界は5分前に作られた』とか、そんなこと言ってたような気がする。確か、ハルヒは俺の死を望んでいない、ともどっかで言ってたな。だったら、『世界再構築説』も十分ありえる話だ。
それに、『夢である』という証明もできないが、『夢でない』という証明もできないわけで――考えてもしょうがない、さっさと寝るか。宇宙戦争で人類が滅ぶとか荒唐無稽にも程があるぞ、バカバカしい――と思ってまたもや布団をかぶるも――やっぱり寝れるわけがなかった。
なぜならベッドのすぐ横に夢か現実かを決める証拠が、決定的証拠とまでは言えなくともあるからだ。
そうだ、分かってるじゃないか。カバンの中からあれを取りだして中身を確かめればすぐに分かる話じゃないか。ほら、早く見るんだ。お前なら簡単にできることだろ。今の睡眠たっぷり絶好調のキョン君なら。
それくらい、考えなくても分かってる。
カバンの中から財布を取り出して確認すればいいことぐらい、その作業がものの20秒くらいしかかからないことも含めて知っている。
もし中身が18円だけなら、今までのことは全部正真正銘、神に誓って本当ということだ。もちろん、ハルヒにすれば俺の財布の中身なんてどうでもいいことの最たるものだろうし、再構築を忘れるというのも無理のない話ではある。
だから100%決定的と言う訳ではないのだが――
俺はいつのまにかベッドから降りて立ちあがっていた。
椅子に座って、カバンを引き寄せる。中には長年愛用してきたくたびれた財布がある。
財布を取り出して机の中央に置いた。
それでも、ここまできてすら俺は財布を開けるかどうか迷っていた。まるで財布ではなく銀行の強化ジェラルミン鉄鋼製金庫でも目の前にしたかのように、手も足も出ないでいた。シュレディンガーの猫のような、掴みどころのない化け猫。
俺は生きているのか、死んでいるのか。
財布を目の前にして、しばし迷っていたが(だが、実際にはかなりの時間迷っていたと思う)俺は全てに結論を出すために、財布のジッパーをゆっくりと引いた。
なるべく中身は見ないようにして、それから一気に財布の中身を机にブチ撒けた。
コインが4枚、チャリチャリと虚しい音を響かせながら回転している。
最後の回転が止まった。
やあ、お久しぶりです。
5円玉の穴越しにそんな声が聞こえてきそうだった。
いや、まだだ。まだあの夢が現実だと決まったわけではない。俺の財布もご多分にもれず小銭と札と、入れる場所が分かれている。
千円札が一枚でもあればいい。その千円は、もしかしたら再構築された世界なので織田信長(ハルヒの知っている唯一の歴史上の人物だ)でも印刷されているかもしれないが、何でもいい。何か出てきてくれれば、シュレディンガーの猫は生きて箱から出られる。
何か出れば。
俺はだんだんと視界がぼやけて霞んでいく中、必死にそれだけを祈りながらジッパーを開いた。
紙片が一枚出てきた。
真っ白い紙には『帝哀グループ 地区長 遠藤――
下の名前は、俺の視界がグニャグニャに溶け去って見ることはできなかった。そこまで読めば、俺の目頭から熱い液体がほとばしるには充分だった。
宇宙戦争勃発、どーーーん。
“突然、すいません、実はあなたに頼みが…… おやおや、泣いているんですか? そこまで喜んでくれるなら、僕たちもお見舞いに行った甲斐があります”
別にしゃくりあげるわけでもなく、声を上げるわけでもなく、この現実を否定し流し去りたいかのようにして涙だけが溢れ出続けた。
“いやあ、それにしても、あなたのとっさの機転によって、先程は事なきを得ました”
頭の中に、勝手に入り込んでくる。あの悪夢の続きを知らせる決定的証拠が。俺の精神は、全く『事なきを得て』ない。
“どうやら、あまり状況をよく分かってないようなので、説明しますね”
頼んでもないのに古泉先生の超常現象の授業が始まった。もう寝てしまいたいと思ったが、なんせ今のキョン君は睡眠ばっちりの絶好調であって、眠気は財布の中身より少ない。そして俺の涙は、このときになってようやく止まりかけていた。
“あなたの部屋に涼宮さんと朝比奈さんが入ってきたとき、実はあの部屋は通常の空間の定義を大きく逸脱した、いわば『異常空間』に変質しました。『異常空間』というのは、涼宮さんのような神の介在を必要条件として発生する空間のことで、これは涼宮さん自信が単独で発生させる閉鎖空間とは全く違う性質を持っています”
ここでいったん古泉の説明は途切れたが、これ以上聞きたくはなかった。どうせ俺に「先生、異常空間、て何ですか? 教えてよ、かっこいい古泉先生!」とか言わせたかったんだろうが、ハルヒももう高校生なんだ。閉鎖空間でも異常空間でも普通空間でも絶対空間でも暗黒空間でも四次元空間でも、なんでも好きな空間を作らせてあげればいいじゃないか。俺たちが他人の空間にとやかく文句をつけるのは野暮ってもんだぜ。憲法にも個人の自由は基本的人権として保障されてるんだぞ。
“こういうことは一般人のあなたには分かりにくいことかもしれませんが、異常空間は閉鎖空間より、さらに不安定で厄介です。閉鎖空間はだんだん大きくなるという性質からある程度こちらが観測して対策を取ることが可能です。しかし異常空間は一瞬にして狭い空間に展開される。そして、その狭い空間に異常なまでの高エネルギーが蓄えられてゆく。この場合は、あなたの部屋全体がその範囲で、エネルギーの総量は最新型水爆に換算してだいたい1000万~2000万発分くらいです。それが、涼宮さんが部屋に入ってきて僅か1分くらいで蓄えられたエネルギーの総量です”
ようし、じゃあ、俺はここに閉鎖空間でも作っちゃおうかな。広さはこの部屋と同じくらいでいいよ。そこに最高級ソファと最新型液晶テレビとプレステ3でもあれば完璧だな。
“このエネルギーがビッグバンに相当する量に到達すると、現在の世界は崩壊し、新たな世界が創造されることになります。さっきの状況を思い出してください。
涼宮さんが部屋に入ってきて、まず最初に見た光景は、あなたに花束を渡す長門さんの姿です。しかも、長門さんは本来なら鶴屋さんの家を探していないといけないわけで、本来の任務をサボって――それも非常に長門さんらしからぬサボり方をしていたわけです。それだけでも涼宮さんの精神に多大なストレスを与えるに充分なのに、ましてやあなたの部屋に、先に長門さんが乗り込んでいる。これは、たとえて言うなら病気で寝込んでいる朝比奈さんをお見舞いにいったらタキシードを着てバラの花束を持った谷口さんがすでに来ていたようなものですね。しかもあなたと長門さんは、古典の一件でただでさえ疑われている”
谷口にタキシード? 志村建に殿様の恰好させるくらい滑稽だな。
“さて、ここからがあなたの大活躍の場面です。あなたと涼宮さんの会話が始まった時点で、5分から10分で世界が崩壊するのはほぼ確実でした。ましてや、今回は長門さんの情報閉鎖空間や朝比奈さんの時空移転空間も発生しており、それらが混ざって非常にカオスな状況です。二人とも、涼宮さんが発生させた異常空間のエネルギーを利用して、互いに互いを葬り去ろうとしていたようですね。僕が「もう普通に食事とか出来るんですか?」と聞いた時には、これがこの世界で交わす最後の会話になるだろうと思っていました。ですが、あなたがとっさの機転で腹の虫を鳴らしたことにより、パズルのピースがはまってゆくように、うまく3者の空間は相殺され世界は滅亡を――
「変態覗き魔のクソ野郎。俺は今、ひとりにして欲しいんだ! とっとと頭の中から消え失せろ!」
気がつくと大声を出して、握りしめた拳を机に叩きつけていた。振動で、硬貨がチャリンと音を立てる。
またしても視界がかすんでいた。
古泉は俺が珍しく取りみだしたのに驚いてか、急に静かになった。そして、そのまま俺の頭の中から消え去った。俺はしばらく涙を流れるに任せたあと、窓の外を眺めていた。部屋から見える風景はいつもと全く変わらなかったのに。
俺の高校生活だけが、不条理に変わってしまった。
これから、ますます長門と朝比奈さんの戦いは激しくなっていくだろう。そんなことはゲームを眺めているだけでもう十分だというのに。
泣いたせいか、早くも適度な疲労感がかなりの絶望感と一緒になって襲ってきた。
今は、寝よう。
どうせ月曜日になればつまらない授業と共にハルヒの相手もしなければならないだろう。鶴屋さん探しも残っている。ギルティ・キルの練習も全く進んでない。もっとも、進んだところで勝てる気などこれっぽっちもしないが。
まあ、いいや。とにかく、古泉が何とかしてくれるだろう。あれだけ言っといて、結局のところ俺の味方は古泉だけなんだから。
ベッドにもぐりこんで、儚く散っていった俺の青春の桜を忍びながら目を閉じた。
今度は、夢を見ることはなかった。
目が開いた。それは目覚めたというより、本当にまぶたが勝手に開いたと言った方がよかった。別に自分を聖人と比べるわけではないが、死んで三日たってから復活したキリストもこんなふうに目覚めたんだと思う。時計をみると、夜の7時少し前。外では梅雨を告げる大雨が降っていて、雨粒が屋根を叩く音だけが響いていた。
流石にハルヒの鶴屋さん探索も、もう終わっているだろう。今頃は特に成果がなかったことについて、いつものファミレスで『ハンバーグと海老フライの豪華セットご飯大盛り』を食べながら反省会でもしているに違いない。
ぐるぐる、ぎゅ~。
またもや腹が鳴った。そういえば、あれからまだ何も食べてない。
かと言って、ハルヒみたいにバクバク食べる気は全く起こらなかった。たぶん、体は食事を求めているのだろうが、心の中では食べたくないのだろう。
コン、コン!
ノックする音がしてから、ドアが開いた。
「あ、キョン君、生きてたんだ。ハルヒお姉ちゃんが少し心配してたよ」
言葉の端々にトゲを感じたが、無視しておくことにした。もし寝ていたら、また腰でも蹴られたのかもしれない。さっき起きたのは幸運というべきだろう。
「お母さんが、何か食べたいものはない? て言ってたよ」
「じゃあ、うどんでいいや」
「ふ~ん」
特に興味もなさそうに返事をしてから、妹はドアを閉めて階段を下りていった。
俺はしばらく、さっきのことについて考えていた。いくら古泉が俺の頭の中に勝手に入ってきたとはいえ、あれは少し言いすぎたかもしれない。何と言っても、古泉はこのクソ暑い中ハルヒのわがままに付き合わされて鶴屋さんを探していたのだ。それが比較的涼しい午前中だったとしても。
いや、多分ハルヒの性格から察するに鶴屋さん捜索は午後も行われたと思う。俺の妹を連れて行って、鶴屋さんの居場所を捜しまわったんだ。午前中だけであきらめるわけがない。
だったら余計に、いくらなんでも言いすぎたか、という気になってきてしまう。
まあ、いいか。どうせ明日には学校で会うんだし。そのときには二人ともいがみ合ってる場合じゃない。元の世界に戻るためには、一致協力しなければならないからだ。
しばらくそんなことを考えていると、下から声がした。たぶん、頼んだうどんができたんだろう。降りていくと、うまそうなうどんが湯気を上げて俺を待ってくれていた。
うどんはすぐに俺の胃袋に収まったが、俺の食欲はまだ収まり切らなかった。
確か冷蔵庫の中に、ハルヒが買ってきてくれたケーキがあるはずだ。いまだトラウマは残っているが、今なら少しは食べれそうな気がした。それに、あいつがどんなケーキを買ってきてくれたのか、少し楽しみでもあるしな。期待を込めて冷蔵庫を開けてみた――
「そうそう、リンゴ切ってあるから」
「ああ、うん」
母親の呼び掛けに上の空で返事をしたが、実際のところは全く聞いちゃいなかった。
そこにあるはずのケーキの箱が、すでに跡形もなく消えていたからだ。
犯人はもう分かっている。
妹だ。あいつが一人で、全部食い尽くしやがったんだ。
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