第8話

 6月は祝日が無い月であり、あの日本で一番有名な小学五年生のび太君の最も嫌いな月でもあり、俺にとっては一年のうち最も落胆と失望の大きい月と言えよう。

 なぜなら、俺の誕生日があるからだ。

 古来からかどうかは知らないが、誕生日というのは一種のロマンを持って語られることが多いかどうかもこれまたよく知っているわけではないが、この日本で行われている『誕生日おめでとう!』という歓声の中、ロウソクを吹き消すという恒例行事は、我々男子高校生にとってはすでに遥か昔時の彼方に消えていった一発芸人と同じくらい縁遠いものになっているのであった、ゲッツ、アンド、ターン。

 話は変わって、今日も昨日と同じくコンピ研との決戦の日に備え雨の中ゲーセンへ練習しに行くSOS団一味であったが、そこで俺の誕生日についての話題はもちろん一切なかった。一応、出かける前に一旦SOS団メンバーが部室に集合したとき、 「実は俺、明日誕生日なんだ」とさりげなくアピールしてみたところ、「じゃあちょうどいいじゃない。誕生日プレゼントは自分の手で掴み取るのよ、コンピ研に勝ってね!」というハルヒ団長の一言で俺の儚いロウソクの火は完全に吹き消されてしまったのであった。

 そして今、奇妙な一団はハルヒを先頭にして下校途中の生徒の群れを切り抜け、ゲームセンター前に至る、というわけである。

 正直、俺には今回の誕生日だけは、もしかしたら何かあるんじゃないかと期待していた。だって、昨日ハルヒは俺の財布から6300円を強奪し(そのとき残ったのが端数の18円だ)しかも大学生からもまんまと一万円を巻き上げることに成功したのだ。

 ならば、俺に何らかのリターンがあってしかるべきではなかろうか、いや、しかるべきである。(反語)

 だが、平平凡凡たるヒラ団員にそのような権利はなく、俺は今日も黙って古泉の隣りで、ひたすらギルティ・キルのコンボ練習をしていた。

 もちろん、表面上一般人には黙っているように見えても、心の中では古泉と超自然的な会話中ではあるのだが。

 それにしても難しいな、このゲーム……

 果たして、約束の期日までに勝てるようになれるのだろうか、いや、なれるわけがない(反語)

“熱心に古典の復習にいそしんでいる場合ではありませんよ”

 ああ、お前の言うとおりだ。しかし、どうやったってこのゲームでコンピ研のやつらに勝てるとは思えないぞ。

 だいたいにして、あまりに向こうの土俵すぎる。長門の情報操作を使えば勝てるだろうが、あれは最後の核のボタン、そう軽々しく押すわけにはいかない。

“そう悩むこともありませんよ。私はこのゲーム、意外と簡単に勝てると思います”

 ほう。それはどうして。

“また新しい能力が備わりました”

 俺は心の中でため息をついた。まあ、昨日だって何の前触れもなく念力を使えるようになっていたし、古泉の新能力獲得も、もはや驚くようなことではない。

 どうせ涼宮ハルヒが望んだから、古泉に勝てそうな能力が備わったに違いない。

“機関でも大方、そのように考えています”

 だろうな。

 逆に大方以外の方はどのように考えているか、こっちがききたいくらいだ。

 で、その能力って、どんな能力なんだ?

“10秒ほど先までの未来を予知できます”

 これはまた便利なものを……

 まあ、大抵の格闘ゲームでもそうなんだが、対人戦では読み合いがものすごく重要になってくる。例えば、上段ガードと下段ガード。上段攻撃は上段ガードでしか防御できない。下段攻撃も同様。どちらの攻撃が来るのか、古泉はそれを100%正しく正確にきっちりとした確信をもって絶対予測できるわけであるから、防御面で負けることはほとんどない。

 あれだけ強調しておいて“ほとんど”というやや含みをもたせた曖昧な言葉を使ったのには訳がある。

 実はこのゲームには上段と下段を同時に攻撃できるキャラがいて、(その攻撃は条件がそろえばだが)それをされると流石の古泉でもお手上げになってしまう。

だからそこら辺は、そういう状況に追い込まれないくらいの技術は最低でも身につける必要があるということだ。

 そして、俺が見る限り、古泉の腕はその求められる技量におそらく到達していると思われる。

 少なくとも、超能力を使わなくても今の俺より上手い。

“ついでに、時を吹っ飛ばすことも可能です。まあ、こっちの方は使う必要はないでしょうが”

 未来を予知し、さらにその時間を吹っ飛ばす能力……

 なんかどっかで聞いたことのあるような能力だったが、別に深く問いただすようなことはしなかった。

 それより、今は目の前の画面にいる敵を倒すことが先決だ。

 でなければ、コンピ研とは戦いにすらならないだろう。

 今日はこいつを倒せるようにくらいにはなろうと、必死に操作する俺。

 だが金髪の剣士は、あともう少しというところで筋肉山盛りの巨漢の投げ技を喰らって見事に逆転負けして――そこで俺のやる気も逆転負けした。

 負けた瞬間、自分でも無意識のうちに大きなため息が漏れ、両手はレバーを放して両側にブラブラぶら下がっている。

「そろそろ帰りましょうか」

 古泉がそう言ったのは、俺の心を読んで――ではなく、それこそ、今の意気消沈した姿を見れば一目で分かることだった。これだけやる気なさそうに椅子に座っている姿は、学校の古典の授業くらいでしかお目にかかれまい。

それに、この騒音の中でも俺のため息が聞こえたんだろう。

今日はハルヒもお疲れのご様子だった。多分、この頃すでに飽き始めてきたのではないかと俺は思っている。そうでなければ、俺たちの早退をハルヒが許すだろか、いや、許すわけがない。(次の古典のテストで反語が出たら、きっと完璧に解けるだろうな)

 疲れ果てた体に鞭打ち、今日の晩御飯は何なのかを考えながら自動ドアを通り抜けようとした時、後ろからハルヒに呼びかけられた。嫌な予感しかしなかったが、無視して立ち去るわけにもいかない。

「そうそう、キョン。早退許してあげるんだから、もう一人助っ人をスカウトしてきなさい」

「この時期にもう一人増やすのかよ……?」

「そうよ」

「どうして?」

「決定的な敗北感を味あわせるなら、4人より5人の方がいいでしょ」

だからどうしてこの状況でそういう発想がでてくるのだろうか。

しかしまあ結局のところ、俺はハルヒに逆らうことなどできない、ただのヒラ団員である。

 新たな宿題を一方的に押し付けられた俺は、ゲーセンを抜けだし、朝から降り続く雨の中、家路へとついた。

途中、のどが渇いていたので、コンビニに寄ってジュースを買ってから、家路につく。

 傘をさして黙々と歩き続ける超能力高校生と、普通の高校生。俺は適当に会話を装うのも面倒くさくなってきたので単刀直入にきいた。

「勝てるのか?」

「勝てるかどうかではなく、勝たなくてはならないでしょう」

 そこら辺には、まだ部活帰りの生徒たちが群れをなして俺たちと同じく家路へと向かっていた。こんな光景を見れるのは久しぶりだ。ハルヒの熱心なご指導のおかげで、ここ最近はゲーセンを出たら日が完全に沈みきっていることが多かった。それも6月の一番日照時間が長い時期にこうなんだから、俺たちがどんだけハルヒに酷使されること馬車馬の如し、絞られること乳牛の如しなのか、(特に俺の財布だ)お分かりいただけただろう。

「いや、超能力者のお前でも、5人相手に勝てるのか? いくらお前でも、その能力を5人と戦っている間、ずっと使い続けるのはちょっとしんどいと思うんだが」

「正直、かなりしんどいですね」

 やっぱりな。

「4人でも厳しいところですが、5人となると、さすがに集中力が持つかどうか……皆さんの力で、一人でも倒してもらえると非常に助かりますが」

「無理だな」

「絶対に?」

「絶対に無理」

 長門のマネではなく、本音を正直に言うとこうなった。

 あのコンピ研相手では、せいぜい戦いを演じるので精いっぱいだろう。それも、ハルヒにバレないように。

 朝比奈さんに到っては、もっと絶望的だ。俺の目の保養にはなるが、それ以外のことで役に立つとは思えない。

商店街を通り抜けた横断歩道で、信号が赤にかわって二人とも足を止める。

「逆にききたい、何人くらいなら超能力を維持して確実に倒せそうなんだ?」

「う~ん、そうですね――

「練習は進んでいるかな?」

 突然の聞きなれない呼び掛けに後ろを振り返ってみると、そこには例の部長氏が立っていた。

 おそらく大勢の生徒と同じ部活帰りに、俺たちとバッタリ出くわしたらしい。

まさか部長氏も、今回の戦いに人類の未来がかかっているなどとは、露ほども知らないであろう。

「お久しぶりです」

 古泉がこのジメジメした季節とは違った、いつも通りの爽やかな笑みであいさつする。

「練習の方は――まあ、それなりにです」

「なんにせよ、いい勝負になることを期待してるよ。あまりにあっさり勝負が着いたら、こっちとしても面白くないからね」

 社交辞令以外の何物でもない言葉だった。あまりにあっさりボロ勝ちするためにこのゲームを選んだのだろうに。

 車の動きが止まり、信号が青になった。

「本当に期待してるよ」

 信号待ちの歩行者の群れが、関を切った水のように横断歩道に溢れだした。

「あの団長さんよりもね」

 何だか意味深な言葉を残して立ち去る部長氏。表情はいつもと大して変わらないが、内心ではボロ勝ちしてハルヒから命乞いを受けるのを想像してほくそ笑んでいるのが超能力を使うまでもなく容易に見て取れた。

 俺たちは数秒間、その立ち去ってゆく後ろ姿を眺めていたが、信号が変わらないうちにさっさと歩き始めた。4t車に轢かれちまえ、クサレサンドバッグめ。

「んで、古泉、さっきの話に戻るんだが――超能力を使って確実に倒せるのは何人くらいなんだ?」

「確実に倒せるのは2,3人というところでしょうか。途中でニコチン補充タイムを入れてくれれば、4,5人くらい倒せるでしょうが」

「状況的に多分無理だな」

 そんなことをすれば、多分停学か――軽くても一週間の謹慎はくらうだろう。まあ、古泉がそうなってもいいというのであれば、または機関の力で学校に圧力をかけることができるのならば――実はね、そちらの学校に神である生徒さんがいるのですが、宇宙人の協力が得られなかったため、仕方なくうちの機関員がタバコを吸ってニコチン補給、超能力を駆使してコンピ研との賭けに勝ったんですよ、それも未来の人類を守るために――絶対無理だな。仮に古泉が停学覚悟でやったとしても、そんなことをすれば賭けをしていたこと自体が確実に学校にばれてしまう。下手すりゃコンピ研から奪ったパソコン5台を返す羽目になるかもしれない。

「やっぱり、長門にちょっとだけ手伝ってもらうか……」

 横断歩道を渡りきった。ここで、俺と古泉は別々の帰路へと着く。

「しかし、長門さん、素直に協力してくれるのかどうか、少々疑問ですが。絶対に、何らかの見返りを要求してくるでしょうね」

「それも性的な……」

 過去の一連の事件が思い出される――長門のやわらかい唇の感触と、ハルヒに殴られた口の怪我の痛みと……

「まんざらでもなさそうですね」

「クソッタレめ」

「何に対して、ですか?」

「全部だ」

 古泉は両手をW字型にひろげて鼻でフフン、と軽く笑った。

「まあ、とにかく、決戦までの残りの期間を頑張るしかないでしょうね」

 ゲッツ、アンド、ターン。

 結局、俺たちは何もいい案を思い浮かぶことなく、互いに別々の方向へ歩き始めた。

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