第6話
「あー、おしい!」
向こうのアベックが楽しそうにUFOキャッチャーで遊んでいる。
「ねえ、もう一回やらせてよ」
「しょうがないなあ」
日本が法治国家であったことをありがたく思え、バカップルめ。もしそうでなかったら、俺の拳が火を噴いて、こいつらを殴り倒していただろう。なぜなら、俺の財布がハルヒに強奪されたせいで残金18円になってしまったからだ。
18円……手のひらを広げると天保山も嘆くであろう低い硬貨の山の上に5円玉が鎮座しており、真ん中の穴は悲しそうな眼にみえた。指でその5円玉をつまみ上げる。その穴越しにゲームセンターを覗いてみると、賑やかで、キラキラしていて、みんな今だけは日々の倦怠も忘れ、心から楽しく遊んでいるように見えるが――それは俺には別世界の出来事にしか感じられなかった。こんなのは現実じゃないさ。だって現実は所持金18円だからさ。18円の嘆かわしい購買力で買えるものなんて、この平成の世においては5円チョコとうまい棒くらいなもんだ。
文明社会全盛の真っただ中で、俺はまさに遭難寸前の状況だったわけだ。
「どうしたんですか? あまり楽しくなさそうですね。もっとここを楽しんでみてはいかがでしょうか」
古泉が5円玉を覗きこむ俺の後ろから声をかけた。手には両替した100円玉の塊があったが、すぐにポケットの中に消えていった。
「そりゃ、お前、所持金18円で楽しかろうわけがあるかよ」
古泉は急に、俺の残りの13円が乗っている手を掴むと100円の塊をバラバラと置いた。
「はい、これはあなたの分です。ちゃんと練習してください。何せ、人類の未来がかかっているのですから」
と、5円玉の穴の向こう側から俺を覗いて言う。
あなたの分、て……お前がポケットに入れたのも元々俺の金だろうが。それと早く手を放せ。いつまで握ってる気だ。
「失礼。まあ、気落ちするのも分かりますが早く練習しないと。せめて今日中にこのゲームの基本操作くらいはマスターしないと、コンピ研に勝つなんて出来っこないですからね。それにさっきお話したとおり、あなたのお金は、後で機関に経費で落とせるように頼んでみます」
「それは絶対落とせるんだろうな?」
「まあ、調査費とでも報告しておけば何とかなるでしょう」
すごい爽やかな笑い。本当に何とかなるのか疑わしいところだが、ここは心の友の言うことを信じるほかあるまい。
「あー! またおしいぃぃぃぃぃ!!」
さっきからうるさいバカップルだな。ただでさえこのゲーセンという騒音の玉手箱のような場所で、そいつ、といってもブッサイクで全然おしくもなんともないバカ女の嬌声が、俺の脳内でガンガンと反響していた。
「もうちょっとだったのにぃぃ! 後もう一回、ラスイチ!!」
「しょうがないなあ、これで本当に最後だぞお」
硬貨を投入する男。またクレーンが動き出した。
「なあ、古泉」
俺は今からアーケードマシンへと移動しようとしていた古泉を呼びとめた。
「何でしょうか? 何か気になることでも?」
「お前、念力って使えるのか?」
「ええ、まあ、たしなむ程度には。旅客機を地球の裏側に飛ばすだとか、ビルでドミノ倒しをするだとか、そんなことは到底できませんが」
そんなこと望むのはハルヒぐらいだよ。
「いや、あれを動かして欲しいんだ」
俺はちょうどラリックマのぬいぐるみの真上で止まったばかりのクレーンを指した。
「あれ? ぬいぐるみが欲しいんですか? いいですよ。一個ぐらいなら」
「そうじゃない」
クレーンはゆっくりと下がって、その華奢な腕でラリックマの首を挟んだ。
「あのバカップルが取ろうとしているぬいぐるみを叩き落としてやって欲しいんだ。さっきからうるさいし、このままじゃあ、気が散るからな」
古泉は一瞬わけが分からないといった表情で顔をしかめたが、すぐに納得したようで
「あなたも残酷ですね~。まあ、僕もさっきから少し気にはなっていたんですが」
周りから見ればいつもと変わらない、爽やかな笑顔でそう答えた。
「ではいきますよ」
クレーンがクマの首をしっかりとつかんだまま上に持ちあがり、出口の方へ動きだす。
古泉は、伸ばした中指と人差し指を左右のこめかみに当てて、なにやら集中した様子で波動を送り込みはじめた。
「3,2,1……イグニッション!」
そのまま順調に白眼を剥いたクマは出口の穴まで運ばれると思ったが、次の瞬間にはアクリル板に顔をくっつけて早くも獲った気でいるブス女の目の前で、ポトリと落下した。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! ありえなくなぁい??」
お前の存在がな。
「これで満足しましたか?」
「ああ、大満足さ。他人の不幸っておもしれー」
「ろくな大人になりませんよ」
「お互い様だろ。実行したやつに言われたかねーよ」
「確かに、それもそうですね」
俺も古泉も久々に腹の底から笑いながら、空いたアーケードマシンへ向かって行った。
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