第4話 魔神の子は魔神

「つまり変更点ってのは、リリス王国女王の妹君グレモリー様も式典にいらっしゃるから、迎賓棟の警備を増強するよってことか。分かった、警備編成案はこれでいい。女王陛下と王妹殿下の保護者……もといお目付役のマルコシアス将軍は優秀だし、女王様たちの趣味であからさまに物々しい警備は却下されるからね」

「御意」


 ゼノの即位一年を祝う式典に関する書類を読み終え、OKのサインを出すと目の前にひざまずいた部下が深々と頭を垂れた。

 ここはルキフェル王国軍元帥の執務室。つまり私の仕事部屋だ。

 今、室内には直属の部下である大将軍ドラクリヤ侯爵と私しかいない。

 仕事の話が終わっても恭しくひざまずいたままのドラクリヤ侯爵を見やり、溜め息をつく。なんでそんなにひざまずくのが好きなの?

 ドラクリヤ侯爵は北欧貴族のごとき淡い金髪と美青年風の外見を持つ、最長老級の吸血鬼だ。朱唇からのぞく牙がその出自を物語っている。そして……


「……そろそろ、ひざまずくの止めて、どっか座ってくれないかな、お父さん」


 正真正銘、私の実の父親だ。

 『え、父親が部下なの?』と思う人もいるだろう。そうなのだ。ここ魔界においては種族としての強さがかなり絶対的だからこそ、こういった事態が発生している。

 私は魔神族の母と吸血鬼族の父から生まれた。

 しかし『魔神』としてこの世に誕生したため、吸血鬼としての性質・・・・・・血を吸うとか、太陽を嫌うとか、鏡に映らないとか、そういった特質は一切受け継いでいない。これは遺伝とか色々とガン無視で、異種族が結婚した場合、どちらか一方の種族の子しか産まれないという魔界の法則に乗っ取っている。

 つまり人狼族と人魚族が結婚したとしても、産まれてくる子は人狼か人魚。人狼であり、なおかつマーメイドにもなれるという子供は産まれてこない。

 そして魔界の最上位種である魔神族は更に特殊で、あらかじめ魔神である親、私の場合は母が『新たな魔神を誕生させる』と願わない限り子が産まれることはない。つまり最初から魔神として生を受けるのだ。

 魔神の子は魔神なのである。

 吸血鬼も高位魔族に分類され、かなり強い方ではあるものの魔神との間には巨大な壁がある。そしてこのルキフェル王国の元帥という地位はアシュタルト公爵位とセットであるため、ママンが地位を放棄……いや、私に譲った時に自動的に父より高い爵位と地位を持つこととなったわけだ。


「否、我はこのままで充分だ」

「頼むからそこの椅子に座って! お父さん! 仕事の話は終わったんだから、親子として会話しようよ」

「……御意」


 あくまでひざまずいたままでいたいと言う父に懇願すると、しぶしぶといった感じで椅子に腰掛けてくれた。良かった。私に父親をひざまずかせて親子の会話をする趣味はない。いったいどこの女王様だ。

ハイクラスの吸血鬼らしい古風なしゃべり方と冷たい美貌を裏切りまくることに、父はドMなのだ。より正確に言うと、妻と娘に対してだけの限定的なドMだ。

 私と母以外の存在に対してはドSである。『串刺し侯爵』の名は伊達ではない。魔力で発生させた無数の氷の棘で大量の敵を葬り去る様は残酷の一言に尽きる。


「うむ、最近ますますイピゲネイアに似てきたな」


 父は私をうっとりと見つめながら、嬉しそうにつぶやいた。

 イピゲネイアというのは母の名だ。


「似てきたからこそ、兵士に怯えまくられて困ってるんだけどね……」


 私の母、父の妻、イピゲネイア・アシュタルトは『殲滅の女公爵』として魔界に名を轟かせた女傑である。『漆黒の魔女元帥』『暴虐の闇』『黒薔薇の死神』とおどろおどろしい二つ名をほしいままにしていることから分かる通り、元帥時代の暴れっぷりときたら凄まじいものだった。

 敵対魔族を一人で殲滅したとか、一個旅団が相手どるはずのモンスターを一人で片付けたとか、プライドの高いドラゴンを何匹も屈服させて下僕にしたとか、戦略攻城兵器を一撃で粉砕したとか。

 これが誇張された噂話とかでなく、全部事実だから頭が痛い。こんな元帥がいたら普通の魔族はビビる。

 更に母は典型的な天才気質というか、協調性皆無というか、本当に国家を揺るがす大事件とか戦争にしか興味を示さず、普段の軍務は部下に任せっきりだった。直属の部下、つまり彼女にとっての夫、私の父に。

 だから大将軍である父より下っ端の軍人とはほとんど交流せず、したがって恐れられるだけ恐れられる負のスパイラルが発生したというわけだ。

 うーん、本当に適当だなぁママン。

 他人事ならその一言で済ませるんだけども。


「何? それは兵士がディアネイラに不敬な態度を取ったということか? であれば、見せしめとして串刺しに……」

「違う違う違う! 失礼なことされたとかあるわけないから!」


 物騒なことを言い出しやがった父を全力で止める。

『元帥への不敬罪で串刺しだゾ、うふふ』なんてことになったら、いよいよ恐怖の殲滅公爵でいるしかなくなるじゃないか!

 あと、これしきで部下を死罪にしようとか言う父さんもダメだ。ほんとダメだ。


「だがディアネイラはまだ幼いというのに魔王陛下の元で健気にも元帥を務めている。それに応えないような不敬な輩はやはり串刺しに……」

「あのさ、お父さん。目は見えてる? あなたの娘は成人してますよ」

「見た目は成人し、イピゲネイアに似てきたが、まだたったの二十年しか生きておらん。吸血鬼族は子が百歳にならなければ護衛なしで外へ出すこともしないというのに」


 ああああ、これだから吸血鬼の常識って奴は!

 吸血鬼族は長命で成長の遅い種族で、非常に血族の子を大事にする傾向がある。ぶっちゃけて言うと超過保護だ。父方の従姉妹は私と同い年だから二十歳になるが、外見年齢は五歳かそこら。めちゃくちゃ可愛い美幼女である。

 吸血鬼は生きた年齢と能力が比例する種族なので、強さ的にも『幼女吸血鬼レベル20』ぐらいの戦闘能力しかなく、そこそこ強いモンスターに食われる可能性があるため、吸血鬼城の奥深くで蝶よ花よと育てられている。

 だがマイファーザーよ。私は魔神ですよ。

 外見的にも能力的にも成体の魔族だ。


「つーか、それを言ったらゼノも私と同じ歳なんだけど」

「ゼノビオス陛下は魔王だ。魔王位に就いた瞬間から、幼いとも何とも無縁の存在となっている。そのことわりを理解していない輩が『若造の魔王』と陛下を侮っているのは笑止千万だな。あの御方の戦闘能力は歴代の魔王陛下と比べても飛び抜けているというのに」

「ゼノを侮ってる奴がいるの?」

「コウモリどもが集めてきた情報によると、辺境に住む魔族にそのような阿呆がいるようだ。陛下のお姿を拝見していないゆえの見当違いとも言えるが」

「へえ……」


 それが本当なら反乱などと厄介なことを企まれる前に、本格的に調査しておいた方がいいかもしれない。父の使い魔であるコウモリたちは優秀だが、それに加え専任の諜報機関を地方に回すか。

 あったかいお茶をすすりながら思案していると、父がふと思い出したように口を開いた。


「そういえば南に飛ばしたコウモリが奇妙な情報を持ち帰ってきた。アズラク大砂漠に住む有翼人の少数民族の村が壊滅したらしい。村は焼け、生存者は皆無との情報だ」

「砂漠の有翼人って……もしかしてファイルーズ族?」

「そうだ。さすがイピゲネイアと我の娘、博識だな」

「書庫の文献で読んだ。何でも破格に強い戦闘民族って書いてあったけど」


 アズラク大砂漠は私たちの住むルキフェル王国の南に位置し、隣接するアスモデウス王国との国境地帯となっている。アズラク大砂漠のどこを国境とするかが微妙なところで、点在するオアシス都市の領有権を巡り、遙か昔から戦争が繰り広げられてきた。

その砂漠に暮らすファイルーズ族は誇り高い遊牧民であり、砂漠に潜む凶暴な大サソリやモンスターを狩って交易品とする狩猟民族でもあるという。有翼人という種族の中では規格外に高い戦闘能力を持ち、武術と誇りを重んじる独立不羈の民だと本には書いてあった。


「よっぽど強いモンスターが出現したとか? それならルキフェル王国所属のオアシス都市から救援依頼が来るはずじゃ?」

「ファイルーズ族の村は移動する。それに加え、基本的には排他的な部族だからオアシス都市群の方でも事態を把握しきれていないようだ」

「つまり特異出現のモンスターは確認されていないってことか」

「そうだ」


 特異的に現れるものすっごい強い怪物の退治は、それこそ私の役目なわけでこの件はすごく気になる。

 ファイルーズ族はどこの魔王にも忠誠を誓っておらず、ルキフェル王国の民ではない。

 けれど文献で読んで以来、ある種の憧れを持っていた民族なので壊滅の知らせはかなりショックだった。もし私が倒すべき特異発生のモンスターの仕業だったとしたら、悔やんでも悔やみきれない。


「記念式典が間近でなきゃ私が直接行って調査する所なんだけど。ドラクリヤ侯爵、ファイルーズ族壊滅の件、調査を続行するように」

「御意。アシュタルト元帥閣下」


 父がわざわざ椅子を離れ、馬鹿丁寧に膝をついて軍式の礼をした。

 なんでこの人は機会さえあればひざまずこうとするのか。いやドMだからって知ってるけど。

 不穏な噂なんぞお構いなしに相変わらずな父に少しだけ苦笑した。

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