第5話 祭りと喧嘩は王都の華


 父さんから不穏な噂を聞いた翌日、私は魔王城を抜け出して城下町へと出た。

 もちろんキッチリと変装はしている。式典パレードとかで王都の住人には姿を見られてるからね。城にいる時みたいにドレスのまま外へ出たら「殲滅の女公爵が出たぞ!」と住民がパニックを起こすだろう。

 私は放射能ファイアーを吐く怪獣かなんかですか?

 ちょっと悲しいが、街の治安を知るためと、噂話を拾うためだ。背に腹は代えられない。

 トレードマークの長い黒髪はお団子にまとめた上で、花の刺繍入りの赤いスカーフで隠した。服装はドイツかハンガリーの民族衣装に似た、白いゆったりしたブラウスに赤のベスト、裾に花々のカラフルな刺繍が施された黒いスカートというチョイスだ。これはルキフェル王国の高山地帯に住む有翼人の民族衣装である。

 魔神であることがバレても大パニックになるため、今の私は有翼人のフリをしている。魔力の大部分を封じる腕輪と足輪をはめ、更に有翼人に見える効果付きのマジックリングを装備している。

 これで変装は完璧!

 どこからどう見ても祭り見物のために地方から出てきた有翼人の娘だ。

 有翼人の翼は出し入れ自由というか、特に街中では邪魔な翼を消して完全な人型になっていることが多いため翼なしでもおかしくはない。

 私にも自前の翼はあるが、これを出すと魔力がダダ漏れになり、封印の腕輪と足輪の意味が全くないため出すわけにはいかないのだ。


「ふあー、やっぱりお祭りってなると賑やかになるなぁ」


 城から抜け出して歩くことしばし。

 王都でも有数の大通りにたどり着くと人の多さに圧倒された。人と言っても全員が魔族だが。

 目前に迫ったゼノの即位一年記念式典に街はすっかりお祭りムードである。大通りの両脇には屋台が並んでいて、揚げ菓子やパンケーキの香ばしい匂いが何とも食欲をそそる。日本の夜祭りで綿菓子やタコ焼きを食べたことを思い出した。暴利だとは思いつつ、お祭り気分でついつい買い過ぎたっけ。

 屋台通りと化した道を様々な魔族が行き交っている。

 ちょっと前に私にぶつかりそうになって「すいませんニャ」と謝っていったのは黒い毛並みのケット・シーだったし、すぐ前をしゃなりしゃなりと歩いている色っぽいおねーさんは溢れ出るフェロモンからして淫魔族で間違いない。今、すれ違ったのは身長3メートルはありそうかという巨人族のおじさんで、丸太のような腕に祭事用の青銅製ドラゴン像を抱えていた。

 この世界に生まれてもう長いこと経つけど、異世界の街なんだなぁとしみじみ思ってしまう。

 その時、人のセンチメンタリズムをぶち壊すような怒声が耳に入ってきた。


「すかした顔してんじゃねぇよ、この田舎モンが!」


 喧嘩だ。

 この人通りの多い場所で喧嘩を始めようっていう、はた迷惑な馬鹿がいるらしい。

 声のした方を睨み付けると、すでに人垣ができ始めている。

 近寄って見てみると騒ぎの中心にいるのは二人の男だった。

 一人は人間の姿に灰色の耳と尻尾を生やした人狼族の男で、こいつが馬鹿でかい怒声を出した奴だ。確定。きゃんきゃんきゃんきゃん、ストレスのたまった小型犬のごとく口汚く吠えまくっていて、うるさいことこの上ない。

 絡まれている方の男はくたびれた旅装にフードをかぶっていて、ここからでは顔が窺えなかった。長身痩躯、といった言葉がしっくりくる、細いが鋼のように鍛えられた体をしていることだけがかろうじて分かる。


「あァ、びびってんのかコラァ! なんとか言えよ! 俺の女にちょっかいかけといて、今更しらばっくれようってかぁ!」


 騒いでいる人狼の言葉で、奥のワイン樽に腰掛けて手ぐしで髪を整えている美女も関係者だと気づいた。彼女は旅装の男が一方的に怒鳴られるさまを愉しげに見物している。非常に嫌な感じの笑みだ。豊かな髪の両サイドからはガラス細工のように繊細な美しさを持つヒレ耳が突き出ており、人魚族であることが見て取れた。

 くそう、こんな性格の悪そうな女についてるんじゃなければ思わず観察したいくらいの綺麗なヒレ耳なのに!

 ちなみにヒレ耳とは魚のヒレ状のものが、人型を取ったマーメイドの耳の部分についているというシロモノである。なぜ耳にヒレなのか? たぶん絵的に綺麗だからプライドの高いマーメイドが根性でそういう変化をしたんだろう。


「ああ、あの旅人も災難だな。ありゃあ近頃、ここら辺で悪さをするようになった美人局だよ」

「へぇ、あの粋がった人狼とマーメイドのべっぴんがグルってわけかい」


 見物人のおっさん達が気の毒そうに話しているのが聞こえた。

 美人局。

 びじんきょく、と美人女子アナウンサーがたくさんいるテレビ局みたいに読んではいけない。

 正しくは『つつもたせ』である。

 美人なオネーサンに騙されてうっかり鼻の下を伸ばしてついて行くと、さあ大変。強面のオニーサンとこんにちは。「坊ちゃん、ひとの女に手ぇ出しといてタダで済むと思うなや、ボケェ」と凄んできて、金品を巻き上げられましたとさ、ちゃんちゃん。というアレだ。


「ありゃ、だが待てよ。あの人狼と人魚が縄張りにしてんのはもっと奥の裏路地だ。そもそもマーメイド美女の魅力ってやつで裏路地まで誘いこまなけりゃ美人局は成立しねぇはずだよな」

「そこら辺はオイラが一部始終見ていたニャ。あの旅人の男はマーメイドを全く相手にもしなかったんだニャ。オイラが推察するに、フードの下に隠された旅人の素顔は超絶男前ニャ。フードの下をのぞき見たマーメイドは美味しい魚を追いかけるニャーたちのごとく、しつこくしつこく旅人にすり寄って行ったニャ」

「人魚が出てくる例え話に魚と猫を持ち出すな。まぎらわしい」

「旦那は相変わらず手厳しいニャー。話を元に戻すとニャ、自分の女が流れ者の男にメロメロになったのにキレた人狼が喧嘩を売りに来て、フラれたマーメイドも腹いせに旅人を攻撃する側に回ったっていうのが今の状況ニャ」

「最近の若者はキレやすいからな」

「きっと小魚が足りてないんだニャー」


 おっさんに混じって実況解説を始めたのは、ちょっと前に私とぶつかりそうになったケット・シーだ。二足歩行の妖精猫は肉球のついた前足で長いヒゲをいじりつつ、喧嘩を観戦している。とんだやじうま、いや、やじねこだ。

 いや、こうやって人垣に混ざっている以上、私も同類なんだけど。


「ふざけんなよ、テメェ。ぶっ殺してやる!」


 明らかにカルシウムが足りてない感じのセリフと共に、人狼の若者が旅装の男に殴りかかった。誰かワンちゃんのオヤツ用の骨でも持ってきてあげた方がいいと思う。または人魚も魚だからカルシウムは……うん、グロいからこの方向はなしで。

 旅装の男はひらりと機敏な動きで攻撃をかわした。

 人狼というのはスピードとパワー自慢な種族なので、こうもやすやすと避けられると面目は丸つぶれである。案の定、怒り狂った人狼は格闘ゲームで言うところの『右左右右左左右下下上左右』みたいな連続パンチを仕掛けるのだが、全ての攻撃はあっさりかわされ、自慢の鋭い爪がついた拳も空しく宙を切るのみだった。

 旅装の男の舞踏のように流麗な身のこなしに感心していると、フードの影から一瞬だけ顔が見えた。


 砂漠の果てしない天空を思わせる、鮮やかな空色の髪と瞳。

 野性的な褐色の肌。

 左目の下に彫られた翼の紋様のタトゥー。

 一房だけ編んで長く垂らされた横髪には黄金とターコイズの髪飾り。


 思わず息を呑む。

 魔神の視力で持ってして捉えた特徴は全て、壊滅したと聞いたファイルーズ族のものと合致していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る