第2話 タメ口の理由
遠慮無くタメ口を使ってるから誤解されるかもしれないが、魔王陛下ゼノビオスと私の関係は『仲の良い幼なじみ』という蜂蜜テイストなものでは断じてなく、『不機嫌で不気味な暴君とその下僕』というビターすぎるものだ。
ご幼少のみぎりから桁外れに強い魔力をお持ちのゼノは歩く威圧感とでも言おうか、子供の皮をかぶったティラノサウルス並のオーラを撒き散らし、同世代の子供なんてとても近づけるものではなかった……らしい。
なんで憶測かって?
子供時代の私はぜんっぜんそんなオーラを感じ取ることができなかったからですよ。
平和ボケした日本人から転生したせいか、魔族なら持ってて当然の危険察知本能とかが欠如してたっぽい。
美しいママンから「今日も殿下に遊んでいただいて来い」と送り出されれば、そういうものかと何の疑問も思わずに登城していた。
後になって同世代の魔族に聞いたところ、どの親も「恐怖のあまりウチの子が精神崩壊しちゃうんで殿下の遊び相手はマジ勘弁してください」と涙ながらに訴え、免除してもらっていたらしい。
で、それを麗しのママンに伝えた所、ころころと鈴を転がすように笑いながら「ディアは少々『おにぶさん』だったでの、ま、平気だろうと信じていた」とおっしゃいました。
……これだからウチのママンは!
ほんっと適当だなあの人! いや人じゃないけど。
ちなみに魔界に純粋な人間は住んではいない。だからヒト型を取る魔族は全て「人」というカテゴリに入る。魔界の住人とかね。
話をもとに戻すが、ゼノは昔から人形のような無表情がデフォルトの不気味な子供だった。たまに見せる表情は獲物を仕留めた後の狩人みたいな不敵な笑みとか、皮肉そうな微笑みとか、相手を恐怖に陥らせる暗黒微笑とか。
魔界の子供事情を良く知らん私は「ああ、魔族の子ってこんな感じなのかな」と勘違いし、ゼノを真似ようと雛鳥よろしくついて回って、気がついたら下僕ポジションに収まっていましたとさ。
私は忘れない。無表情のまま奴がふるったジャイアニズムな数々の所行を。
ただし、いくら下僕ポジションとは言っても卑屈な態度をゼノは嫌うから、態度はあくまで対等で、言い争いだって数え切れないくらいした。暴力を伴う喧嘩はさすがにあまりしなかったけど、それでもどうしても腹に据えかねた時にはボディに一発お見舞いしてやったこともある。
魔王として即位した今も、ゼノは私がへりくだるのを好まない。
『臣下としての立場』をわきまえた振る舞いをすると、マッハで機嫌が下降する。
だからこそ、二人きりの時は子供時代から続くタメ口なのだ。
「あのさゼノ。よーく考えよう、人気は大事だよー」
前世の記憶を頼りに、某コマーシャルで生命保険会社の使い魔であるアヒルが歌っていたのと同じように歌ってみた。
だがしかし、ゼノは平然とした顔で仕事に戻ろうとする。
「魔王としてはむしろ恐れられている位が調度良いだろう」
「恐れられているんじゃなくて、『なんか怖い魔王』って思われてるんだよ」
「いったいそれはどう違うんだ」
「え? ……強いて言うなら畏敬されているっつーよりも、不気味がられて怖いと思われてるっぽいよね。ニュアンス的に」
「そうか、分かった」
おお、分かってくれたか、幼なじみよ!
即位してからもうすぐ一年。先代と違って真面目に地味にコツコツと国民のためを思って政策を実施してきたお前が、その国民から『なんか怖い』って思われてるのが我慢ならないんだよ、私は!
顔を輝かせた私に向かってゼノは大きく頷いてみせた。
「心の底からどうでもいいから、話がそれだけならお前もう帰れ」
「ぜんっぜん分かってくれてないじゃん! え? どうでもいいの?」
「ああ、心底どうでもいい。本気でどうでもいい」
「大事なことだから二回言った!?」
ちょっと奥さん、ここで引き下がるわけにはいきませんぜ。
と、せっかく決意を新たにしたところでノックの音が部屋に響き渡った。
「宰相ベリト、ここに参じました。入室のご許可を願います」
「入れ」
けちのつけようのないくらい優雅な所作で部屋に現れた男を見て、心の中で「げ」とつぶやく。私が会いたくない魔族ナンバーワン、ベリト宰相閣下のお出ましだった。
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