魔王陛下の幼なじみ
石枝 矢羽
第1話 出会いはホラー
自分が魔界に転生したのだと気づいたのは、わりと早かったと思う。
そりゃ、お世話してくださるメイドさんたちに、羊っぽい巻き角や獣耳やトカゲ尻尾や悪魔尻尾やらがついてたら気づくわな。
とどめは育児に一切タッチしない美しき女公爵である母の一言。
「魔王陛下のご子息に拝謁しに行くぞ」
あ、はい。
やっぱりここの政権ヒエラルキーの頂点は魔王様ですか。
魔王様が君臨してて、ドラゴンがお空を飛んでるこの国は魔界で確定ですか。
そんなことをつらつら考えつつ、まだ赤ん坊な私は母に抱っこされて王城の奥へと運ばれた。ちなみに母の抱っこは大変にデンジャラスである。なぜなら真っ赤なネイルがほっぺに突き刺さる可能性に満ち満ちているからだ。この人、すげー適当だから、刺さっても「あ、すまぬ」の一言と治癒の魔法かけて終わりですよ。
いや、治せばいいってもんじゃない。
仮にも自分のお腹を痛めて産んだ娘ですよね、私? あいあむ、ゆあ、どーたー!
デンジャラスすぎて部屋にたどり着くまで魔王の息子、すなわち魔界の王子様に会いに来たことなど忘れていましたとも。
『彼』は豪奢な彫刻の施された漆黒の揺り籠に寝かされていた。
ガーゴイルの形のベッドメリーが揺り籠の上でクルクルと回っていたのを覚えている。無駄に精巧に作られた黒いミニチュアガーゴイルの顔は毒を吐く怪物の形相で、普通の赤ん坊なら絶対ぎゃん泣きするレベルの怖さだったことまで鮮明に覚えている。
今、思い返してみても魔族のベビー用品としてもセンスが怖すぎだった。しかも全部、黒一色。そこはウチと同じくドラゴン型のベッドメリーとか、せめて黒じゃなくてもっとカラフルなガーゴイルにするとかした方が良かったんじゃないですかね。
魔界の王子様の知育など知ったこっちゃない母は「さあ、ご挨拶するが良い」とぐいぐい揺り籠の上へと私の体を突き出した。
そう、さながらサバンナの仲間たちに獅子の王の御子を掲げてみせる賢者猿のように。
いやぁダイレクトに腹に爪が刺さる体勢だった、あれは。
だが「ばぶぅ」と挨拶でもすればママンも気が済むだろうと思い、涙目で揺り籠をのぞき込んだ私が見たものは……。
瞬きもせずに金色の目をカッと見開いて、じぃっと私を凝視している赤ん坊の姿だった。
これが私……元日本人の記憶持ちであり、現世での名はディアネイラ・アシュタルトという魔族と、次期魔王となるゼノビオス・ルキフェルとの出会いである。
+++++
「いやぁホラーだったよなぁ、漆黒の揺り籠から凝視してくる金目の赤ん坊って」
リアルホラーだったゼノとの出会いを回想しつつ、魔王城の廊下を歩く。
なにゆえ今生初の恐怖体験を思い出してしまうのかと言えば、城の造りが影響していると思う。
ゴシック様式というのだろうか。この城は天井が無駄に高く、したがって足音がやたらと反響する。カツーン、カツーンと硬質な音を聞いていると自分の足音だと分かっちゃいても不気味な気分が盛り上がってくるのだ。
魔王城に初めて入った時から二十年の歳月が過ぎた。
高位魔族の最上位種である魔神族は成体になるまでほぼ人間と同じ速度で成長するから、私も今では立派な大人だ。いやはや、母のネイルに恐怖するしかなかったベイビーから随分と成長したもんだ。
ちなみに私、すげー美女に成長しました。
でも魔神族はみーんな絶世の美男美女集団なので有り難み皆無っていう悲しさ。魔界の貴族階級ですから美しいのが当たり前。で、なに? っていう感じ。とほほ。
まぁその美男美女集団からも飛び抜けて美しい個体、というチートな存在もいらっしゃいますがね……これは後述で。
えーと、私の容姿は魔界では好まれる漆黒の長髪に、黒曜石のごとき瞳……ってまた黒と黒かよ、って突っ込まれそうな色の組み合わせだ。仕方ないじゃないか、黒尽くしってベビー関連用品だけじゃなく、内装や服に至るまでマジで好まれてるんだから。
髪は膝裏まで届きそうなストレートのロングで、対照的に白い肌が扇情的……私が言ったんじゃないぞ、外交先の相手が言ったんだ。同性であるはずの貴婦人がこう、舐めまわすような視線と共に言ったんだ……泣いていいかな。仕事相手で、かつ相手が女じゃなかったら確実にぶん殴ってた。
情けない気持ちになりつつも、私はどうにか魔王の執務室へとたどり着いた。
予想はしていたが番兵の姿は影も形もない。
いくら他者の気配を好まないからといって、近衛すら遠ざける徹底ぶりは魔王としてどうなんだろう。形式を重んじる宰相がさんざん言っても聞かない頑固さを思うと、少し苦笑してしまう。
「ディアネイラ・アシュタルト公爵、陛下に奏上すべき儀があり、参上いたしました。お目通りの許可をいただけますか」
部屋の中にゼノしかいないとは限らないので格式ばった口調で呼びかける。
魔王の執務室はトップシークレットの宝庫だ。内部の情報が一切もれないように幾重にも魔法がかけられているため、中の気配をうかがい知ることはできない。
子供の頃みたいに「ゼノ、入るよー」とドアノブがちゃりで気楽に入っていって、もし宰相閣下なんていたとしたら最悪だ。日が暮れるまで慇懃無礼な嫌みまじりの説教をくらうはめになる。
「……入れ」
聞き慣れた重低音の声が許可をくれる。
できるだけ礼儀に叶う所作で扉を開け……誰もいないことを確認してからバタンと閉めた。よっしゃ、これでとっとと本題を切り出せる!
私はでっかい執務机にバァンと持ってきた雑誌を叩きつけた。
「ゼノ。これ見てよ!」
「……なんだこれは」
「今週号のマエラ!」
「マエラ……ああ、とち狂った魔神デカラビアが発行している週刊誌か」
週刊誌マエラ。
デカラビア新聞社が毎週発行している魔界の情報誌だ。
社長の魔神デカラビアはどこの国にも所属せず、独自の魔力で造り上げた浮遊島に新聞社を構え、「魔界の現在と真実を浮き彫りにする」というコンセプトのもと新聞・情報誌を発行している。
マエラの内容は政治・経済といったお堅いニュースよりも魔王や高位貴族の恋愛スキャンダル、果てはご当地グルメといった大衆の興味を引きそうな分野に特化している。
基本的に真面目なゼノはもっと小難しい情報誌しか目を通さない。
「今週の特集を読んで、さあ読んで」
「……『魔界鳥は盗聴した! ぶっちゃけ自分の所の魔王様ってどーよ? 国民のホンネ。七カ国編』。おい、ディア、俺の仕事を邪魔する気なら帰れ」
我が幼なじみである魔王陛下は、高位魔族の中でも飛び抜けた美しさを持つご尊顔を不機嫌そうに歪め、雑誌を突き返してきた。
はい、ここでルキフェル王国の魔王ゼノビオス陛下の外見を説明するよ!
きらっきらした銀髪は前髪が長めのミディアムウルフヘアで、シャープな輪郭と怜悧な美貌をより引き立てている。イケメンを更にイケメンに見せる髪型だ。誰がカットしているのかは知らん。
虹彩は暮れかかった夕陽か最高級の琥珀を思わせる印象的な黄金色。ただし瞬きせずに人を凝視する癖があるので、恐怖小説に出てきそうな黒猫のごとき不吉さを漂わせている。ついでに白磁の肌を持つため金色の目が余計に際立つのも不気味ポイントの一つだ。
簡潔に言えば、人外っぽさを存分に発揮している銀髪金目の不気味なまでの美形。
それがゼノだ。
ちなみにこの特集にある『美形だと思う魔王ランキング』では二位を獲得している。
が、私がゼノに読んでもらいたい記事はそこではない。
「ここ、この記事読んで。『なんか怖いと国民に思われてる魔王ランキング』。……ゼノがぶっちぎりで一位なんだよぉおおお!」
「そうか分かった。読んだから帰れ」
「反応それだけ!? 庶民のために税金引き下げたり、貴族から富の再分配したり。これだけ色々と心を砕いた政策を実行してるのに!?」
「べ、別に税を引き下げたのは国民のためではない」
「いったい何のツンデレ!?」
国民に対してツンデレな魔王とか聞いたことないよ。
もっとツンデレ風に意訳すれば「べ、別に税金の負担を軽くしたのは国民のためじゃないんだからね! 私のためなんだからね!」である。
いやいやいや、それ無理があるから。
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