14/23.冬支度

 ウォードとミーマ、そしてマヒトの3人が、いずれ劣らぬ強運の持ち主だったことは認めざるをえない。

 島での凄惨かつ異様な戦いを、ここまで無事に生き延びたことはもちろんだが、大人2人と赤子1人、この島で生活していく上でも、ほとんど奇跡みたいな好条件がそろっていた。

 まずひとつは『住居』だ。

 「あの『神殿』とやらを建てた連中が、何か残してるかもしれん」

 そう言ってウォードが島を探索した結果、予想通り、いやが発見されたのだ。

 巨大な円形神殿を建設した作業員たち、彼らが使ったと思われる宿舎が、無人の廃屋となって残されていたのである。これにはさすがのウォードも仰天、そして歓喜。

 「おい、すげーもん見つけた!!」

 探索から帰るなり、あらん限りの銅鑼声で叫んだのも当然だった。折悪しくマヒトへ授乳を終え、ようやく眠ってくれたばかりだったミーマに、無言で蹴り転がされたのもご愛敬だ。

 しかしそのミーマも、現地へ案内されて絶句することになる。

 島の西方、火山島を形成する花崗岩が剥き出しになった谷筋に、隠れるように放置されていた宿舎は、それは立派な『建物』だった

 まず太い材木を使って柱とし、柱と柱の間に分厚い石材を積み上げ、隙間を漆喰で埋めて壁とする。いわゆる『半木骨造はんもっこつづくり』と呼ばれる工法で建てられた、堂々たる平屋建てである。屋根の重量を柱と壁、両方で支えるこの工法は非常に頑強で、木と石だけを主材料に、3階建て以上の高層建築や、1階よりも2階の方が大きいといった変則建築にも耐える。 

 「コイツぁ、ちょっとやそっとじゃ壊れねえぞ」

 ミーマを案内したウォードが、さも自分の手柄のように自慢したものだ。

 宿舎は2棟あり、2段ベッドを何列にも詰め込んだ方が寝所棟、大きな暖炉がある方が食堂だろう。暖炉は調理もできる大型で、さらに焚き口の上部にもうひとつ、小さな鉄製の扉があり、そこは暖炉の熱を利用した石窯、いわゆるオーブンだ。

 食堂の裏手には湧き水。ちょろちょろと湧水量こそ少ないものの、職人たちによって大きな石の受水槽が作られていて、清冽な水が豊富に使えるように工夫されている。これにはウォードも、

 「青京の俺んちより便利じゃねえか」

 青京の都は、ここと同じく海上の島に造られた街だが、実は降水量があまり多くない。天然のダムである森林の面積も狭く、結果としてあまり水が豊富ではなかった。ウォードのような上級武士の家には井戸もあったけれど、よほど深く掘らねば水が出ないため、釣瓶つるべで水を汲み上げる使用人たちは、いつも手に豆を作っていたものだ。そんなことを思えば、

 「至れり尽くせり、ね」

 ミーマでさえ目を丸くしたものだ。

 神殿を建てた作業員たちは、まず自分たちのために丈夫で便利な建物を建て、そこを根城に作業を行った。その事実だけでも、この仕事がでないことがわかる。

 「どこぞの築城ギルドでも雇ったか」

 とはウォードの分析だ。工事の腕はもちろん、軍事機密を漏らさないが身上の築城ギルドを雇うには、当然のごとく巨額の金が必要だ。が、そこは財力で音に聞こえた猫殻ネコガラの法王、何の苦労もなかったろう。

 「金蔵かねぐらの中で腐ったお金が、ワインになってたって」

 とは、ミーマが聞いた戯れ言だ。

 建物の内部に生活用品は、さすがにほとんど残されていなかったが、暖炉で使う鉄の大鍋、そしてベッドに寝具がそのまま放置されていたのは、むしろ出来過ぎな幸運だった。木製の食器や桶、空の樽、石臼といったものも残されている。

 職人たちが島を去る時、わざわざ船で持ち帰るにはかさばるし、意味もないものだったのだろうが、ウォードたちにとっては、まさにだ。

 「でも、この鍋『穴あき』だわ」

 「それで捨ててったんだな」

 2人の会話通り、鍋には穴が空いている。しかし、これは後日、ウォードが亡殻ナキガラ剥ぎで手に入れた銅のバックルを穴に押し込み、馬鹿力でぶっ叩いて接着に成功した。技術の欠片もないウォードの仕事だったが、その割には穴から水が漏ることもなく、後の彼らの生活を大いに支えてくれることになる。

 「お鍋様」

 とはウォードの戯れ言。

 この発見によって屋根と壁、暖房と生活用水がいっぺんに完備された。野宿同然だった昨日とは、もはや生活レベルの次元が違うといってよい。

 一通りの掃除を済ませた後、ただ一つ存在しなかった『神棚』をしつらえ、御神体代わりの丸石をまつって柏手を打てば、これでもうというものだ。

 ウォードとミーマ、そしてマヒトの3人は、その夜、大きな火が燃える暖炉の側で食事をし、暖められた分厚い木の床に寝転び、清水で洗濯して乾かした毛布と、今や欠かせぬ相棒となったベルベットのマントを被って眠った。

 「……暖ったけえなあ」

 さすがのウォードも、安堵で力が抜けるような気分だ。

 『飢えさせない、凍えさせない』

 と、タンカは切ったものの、どこかに洞窟でも探すか、さもなくば掘っ立て小屋で冬を越さねばならない、その不安は彼にもあったのだ。

 マヒトに添い寝しながら、暖炉の火を見つめるミーマさえ、

 「凍えずにすみそうね」

 その言葉にからかいの響きはなく、本当にうれしそうだった。 

 さて、次に彼らが幸運だったのは、やはり食料だろう。

 しかも季節は秋、実りの時期だ。ウォードが見つけたクリをはじめ、カキやイチジク、ナツメヤシなど、世界中で食べられている栽培果実の木が、島のあちこちで実をつけている。

 「やっぱりずっと昔、誰か住んでいたみたい」

 ミーマがそう言うのも、あながち的外れではあるまい。この島の植物の多様性は、鳥や海流が自然に種を運んだにしては不自然すぎた。日当たりがよく、気温が下がりにくい地形を選ぶようにして、それらの結実樹が生えているのも、やはり人為的な香りがする。

 『古代の神殿』とされた環状列石が、最近造られた偽物なのは確かだが、その遥か昔、あの蛻殻ヌケガラとやらに関わる何者かが、ここにいたのかもしれない。

 その謎は置くとしても、3人にとってはひたすらありがたい話で、鳥の餌食になっていない果実をどっさりと集める。

 「でもこれ、腐っちまうな」

 「大丈夫」

 ウォードの心配を、ミーマが一蹴。

 「オーブンでひと焼きしてから、天日で干してドライフルーツにする」

 「おお……!」

 法王庁では表向き、の雑用尼僧だったミーマは、こうみえて炊事洗濯掃除裁縫家事全般、一通りこなすスキルを身に着けている。ただし当時は、そっちの仕事にまるで興味がなく、無感動な機械のようにこなすだけだった。だから今、

 「イチジクとナツメヤシのドライフルーツは美味しいし、栄養もあるから」

 そんな話をしながらオーブンの焼け具合を見たり、干した果実に寄ってくる虫を追ったりするのを、むしろ楽しんでいる自分自身が、ちょっと信じられない気分になったものだ。

 さて、森の恵みとして豊富なキノコはもちろん、やたらと掘れるヤマイモがありがたかった。この島にはイノシシなど大型の獣がまったく生息せず、掘る者がいないのだ。ヤマイモは一度すり下ろすと、例えばクリやフルーツを混ぜて焼けばケーキっぽくもなり、貝や魚を入れれば、いわゆるお好み焼きのようにもなる。

 ハーブの類も豊富だったし、野生のショウガやワサビまで見つけた時は、ウォードが手を打って、

 「ありがてえ、ありがてえ」

 と、神棚に山盛りのお供えをしたものだ。

 だが島の食事で圧巻なのは、やはりなんといっても海から上がる魚介類だった。ウォードが獲ってくる海の幸の豊かさは、この無人島暮らしを、むしろ贅沢とさえ感じさせてくれるのだ。

 あの戦いの翌日、秋の潮止まりは終わり、島は再び激しい海流に取り巻かれた。その様子はウォードでさえ、

 「船でこれを突っ切るのは、俺が舵取りしても無理だ」

 と白旗を上げたほどだ。

 だがその潮流は同時に、島の近海へ豊富な魚を運んでくる。さらに島の豊かな森から流れ出す有機物がプランクトンを育み、それをエサにして魚が育つ。ミーマが船から脱出する時に乗ってきたボートに乗り、潮流に巻き込まれない程度の沖合で釣り糸を垂れれば、

 「入れ食いどころか、餌が水面に落ちる前に食いつく」

 という勢いで魚が釣れる。釣りの技術もなにもあったものではないため、ウォードが逆に

 「つまんねえ!」

 と、不機嫌になったぐらいだ。

 釣りだけではなく、海に潜ればエビ・カニの類も獲れる。これも手づかみで取り放題、というから贅沢にも限度というものがある。

 それでも慎重なウォードは、冬場の荒天で漁ができない事態を想定し、生簀いけすまで造っている。波が静かな入江の奥を選び、海中に木の柱を並べて打ち込んでおいて、板状に割った竹を何本も、その柱の間へ編み込んでいく。こうして海水は通すが、中の魚や甲殻類は逃げられなくするのだ。

 もちろん干し魚も作った。ドライフルーツと同じ要領で、オーブンと天日を使って量産するのだ。本格的な冬が来る前に、最低でも1ヶ月、収穫なしで生きられる程度の備蓄を用意しておきたい。

 さらに調味料。

 「せめて塩はほしいよな」

 というウォードが、自身の知識を使って海水からの製塩を行う。

 製塩は、ただ海水を汲んできて煮詰めるだけでは、実は効率が悪い。ウォードが使ったのは、古代日本でも行われた『藻塩もしお』作りの技術で、まず海水を豊富に含む海藻を集めて干し、乾いたところに海水をかけて、また乾かす。これを繰り返して塩分の濃度を高め、最後に乾いた海藻を燃やして灰にする。この灰を海水で溶かし、上澄みを煮詰めて完成するのが『藻塩』である。海水だけの塩と違って海藻のミネラルも含むため、豊かな旨味を含むのが特徴だ。だがウォードには塩よりも、

 「うん、美味しい」

 ミーマのお墨付きが出たことのほうが、よほど自慢だったらしいが。

 そして、これらの成果を集大成した料理ができあがるのは、少し後のこと。

 すり下ろしたヤマイモと、同じくすり下ろした魚の身、少々の藻塩を混ぜて練り、これを煮て固める。海育ちのウォードでさえ初めて出された時は、その独特の味と触感に、

 「なんじゃこりゃ?!」

 と目を剥いたその品は、日本人の皆様にはお馴染み、

 『はんぺん』

 である。

 さらに、島に数多く生息する鳥の巣から卵が獲れるようになると、ヤマイモに卵白を加えて柔らかさを増し、魚の代わりにエビやカニにすり身を使う。

 『真薯しんじょ』だ。

 、究極の一皿の完成であった。

 こんな具合で、とりあえず彼ら3人、

 彼らのような『狩猟採集型』の生活では、生活の時間のほとんどを食料採集に費やすと思われがちだが、必ずしもそうではない。この島のように、特に海からの食料供給が豊富な場合、農耕型の生活より労働時間が短く、食料備蓄も多いというケースは、実は珍しくない。

 こうして彼らは安定した生活基盤と、同時にを手に入れた。


 これが彼らを、特にミーマを救うことになる次第は、次のようであった。

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