13/23.マヒト
ウォードがかき集めてきた物資は、数こそ多いものの、すべて戦死者からの略奪品だけに、汚れたり破れたものが多いのは致し方なかった。が、奇跡的に汚れのない大きなフードマントが1枚あり、どうやらミーマが倒した、あのカモシカの騎士のものであったらしい。滑らかなベルベット地の上等なものだが、相当に古く、しかもどこかの紋が縫い取られていたのを剥ぎ取った跡がある。
「『ご先祖様が戦場から持ち帰った戦利品』ってとこじゃねーかな」
とはウォードの分析だ。
とはいえ、これで半裸のミーマと赤子をまるまる包むことができた。あとは傷んだ下着の類を分解し、きれいな部分をつなぎ合わせ、
ウォードが火を起こし(竹を
まず並んだのはアサリやツブガイ、イワガキといった貝類。
「採るやつがいなかったんだろう。砂浜や岩場にうじゃうじゃいやがった。海に入ればウニもいる。ありゃ当分食えるぞ」
だそうだ。
ちなみに武具で食物を調理する、そのことに抵抗がある方もおられようが、たとえば長期の遠征軍兵士が、兜を鍋代わりに使うなど珍しい話ではない。彼らに言わせれば、『ちゃんと洗えばいいだけ』の話だ。
さて海の幸に続いては山の幸。
「もっと深く掘れたんだがなあ……」
と、残念そうに取り出したのは
そしてクリ。これも大きなクリの木が複数あり、相当の数が採れるようだ。日本人が見慣れているのはオニギリ型をした大ぶりの和栗だが、ウォードが採ってきたのはもっと小ぶりで丸い洋栗、日本では『
さらにキノコ。マイタケにエノキダケ。マイタケはともかく、エノキダケといえば白く細い、なにかの麺のようなキノコを想像するだろうが、あれは栽培モノであり、ウォードが採ってきたそれは自生種。足が短く、傘が広く、色も濃いキャラメル色。まるで別物だ。
最後に、傘が真っ赤なキノコがひとつかみ。
「これ、わかるか?」
問われたミーマがじっと見、
「大丈夫」
確約する。毒々しい色が、猛毒のベニテングダケにそっくりなので警戒が必要だが、ウォードが間違えずに採ってきたのはタマゴダケ。濃厚な味の、非常な美味で知られるキノコだ。
面白いことにミーマ、
それらキノコ類も、鉄板へ。
あとはタケノコだ。春の物とばかり思っていたが、秋にも採れるらしい。細く、断面が四角っぽいタケノコの皮を剥き、やはり鉄板。
「……」
どうやらウォード、食料の調達能力の割に、調理法にはまるで無頓着な方。赤子を抱いたまま、鉄板の上の雑っぷりを無言で眺めるミーマに、
「なんだよ。食えりゃ文句ねえだろ?」
言い切った。どうやらこの先、ミーマのやるべきことは多そうだ。
ウォードが竹を削った箸を持つ。この箸も実に雑な出来で、あまり格好のいいものではなかったが、まあ箸は箸だ。
いい匂いをさせているアサリの身をすくい取り、ふー、ふーと軽く冷ますと、
「ほい」
向かいに座ったミーマの口元に差し出す。
「?!」
ミーマがぎょっとしたのも仕方ない。他人に『あーん』して食べさせてもらったことなど、両親と暮らしていた遠い幼女時代以来だ。だが、ウォードはミーマの態度を誤解したようで、
「んだよ、毒なんざ入れてねえぞ」
口を尖らす。ミーマとしては気が進まないが、確かに赤子を胸に抱いたままでは、食べろと言われても食べにくい。
しかも空腹。
考えてみれば、船に火をかけて沈めてからこっち、まともな物を食べていない。今朝、ウォードと遭遇する直前に、非常食のビスケットをつまんだのが最後の食事だった。
観念する。
「……あ」
しぶしぶ口を開け、箸の先につままれたアサリの身にかぶり付こうとした、その直前、
「はむっ!」
アサリがミーマの前から消失し、代わりに目の前に突き出されたウォードの口に収まっていた。
「うん、うめえ!」
にた、と、ゴリラが笑う。
「ほら、毒なんざ入れてねえだろ……っておい?!」
からかったつもりのウォード、だが目を剥いてあわてだす。
「いや、おい泣くなよ!? 冗談だからよ?!」
見れば、ミーマの目が
「泣くな、な? ほら、涙ふけ?」
オロオロとなだめにかかるウォードに、きっ、と目を釣り上げたミーマ、
「泣いてにゃい!!」
噛んだ。ついでに尻尾をくるりと背中から回し、はむはむ、とかじりだす。臨戦態勢。
「悪かった!! 俺が悪かったから!!!」
そこから先はもう姫と下僕もかくや、と言わんばかりの土下座外交。旨いところ、良さそうなところはすべて、ウォードの手でミーマの口に運ばれることになった。
雑な男料理の見本みたいな鉄板焼きだが、しかし貝類はみなプリプリと身が太く、海の滋養をたっぷりと感じさせたし、イモやクリもホクホクして味が濃い。キノコはどれも肉厚で、タケノコにいたっては焼くと甘く、まるでイモのようだ。
ここまで素材が良いと、もはや調理の上手い下手さえ超越するらしい。実際、ただ鉄板で焼いただけで、ここまでのご馳走ができるなら、
(確かに、食料には困らないかもしれない)
ミーマの中に、先の展望が芽生える。
今はもう秋で、今から畑を作って農業、というのは現実的ではない。だがこの島は絶海の孤島、周囲はすべて海だ。実は陸に比べ、海の生産力は非常に高い。今回食べた貝類はもちろん魚類、甲殻類、海藻などを独占できるなら、少なくとも飢え死にの心配はなさそうだった。
「ほふ」
ミーマが満足のため息を漏らすころには、鉄板の上の食材はほとんど残っていない。
「ご満足いただけましたかね?」
ぺろ、と真っ赤な舌で唇をなめるミーマに、ウォードが若干イヤミったらしく訊ねてくる。彼も食うには食ったが、貝殻に残った汁だの、栗の渋皮の削り残しだの、タケノコの硬いシッポだの。
「ん」
ミーマも、わざとつん、とすましてうなずいてやる。からかったことは許せないが、これだけの食事が食べられたのだ、まあ機嫌ぐらいは直してやってもいいだろう。
「で、これからのことだがよ」
ウォードが表情を改める。
「そいつを俺たちで育てる。そういうことでいいんだな?」
「ん」
ミーマはうなずく。返答の言葉は極短だが、まっすぐにウォードの目を見つめながらの正式契約だ。
「言っちゃなんだが、そいつの正体もわからんままだし、とんだバケモンかもしれんぞ?」
「もしそうなら、私たち2人がしくじったってこと」
ミーマはウォードから視線を外さず、
「その時は、私たち2人で落とし前をつける。それでいいでしょ?」
「……おう、上等だ。異論はねえ」
ウォードが一瞬驚いた顔を見せ、すぐに満足の笑みを浮かべた。論理的・合理的思考とは言い難いが、どうやらミーマの言い草を気に入ったようだ。
「じゃあ、まず名前つけてやらねーとな」
「そのことなんだけど」
ミーマが赤子を抱いたまま、目線でウォードをうながす。見れば、そこには赤子が生まれた卵殻。
「あれ、見える?」
「ん?……って、なんだこりゃ、文字か?!」
ウォードが卵殻を取り上げ、内部をしげしげと観察する。確かにそこには、文字らしき記号。
「
「読めるわきゃねーよ?!」
ウォードが血相を変えて言い返すのには理由がある。ミーマが
「そういうお前は読めんのかよ」
「読める」
「……マジで?」
「発音だけならね。意味までは無理」
それでも凄い。というか禁忌なのだが、いいのか。
「じゃあコレ、なんて書いてあんだ?」
ウォードが卵殻をミーマに突き出す。ミーマは再度、その文字を目で確認し、
「『マヒト』」
「まひと?」
ウォードがオウム返しする。が、2人とも聞いたことのない言葉だ。なおミーマの発音とウォードの発音、
「ソレがコイツの名前なのか?」
「わからないってば。そもそも貴方、卵に名前が書いてあったとか、聞いたことある?」
「あるわきゃねえ」
2人の間に沈黙が落ちる。と、赤子が再びむずかり、ミーマが乳を与える。生まれたばかりの赤子は母乳を吸う力が弱く、吸ってもすぐ疲れて眠ってしまうため、授乳の間隔が短いのは当然。
「とりあえず、元気そうだな」
「そうね」
また沈黙。
ミーマがマントの中で、赤子を乳房から離す気配。
「……飲んだか?」
「ええ」
「そいつ、ちょっと貸してみ」
ウォードが赤子に手を延ばす。ミーマはなにごとか、と眉を吊り上げるが、
「『げっぷ』させんだろ。実は得意だ」
妙なことを言い出した。
どうするのかと興味が湧き、とりあえず渡してみる。まず赤子を胸の上に、うつ伏せにもたれかかるように抱き上げ、産着の背中のシワを延ばす。
そうしておいて、大きなてのひらで赤子の背中をすりすり、と上下に
「けぷ」
出た。
「おう、まだ腕ぁ落ちてねえな」
ウォードは満足そうだ。かつては娘のルールーを、そうしたことがあるのだろうか。
「……『マヒト』か。名前としちゃアリかな。だいぶ個性的だが、誰に遠慮する必要もねえしよ」
赤子を胸に抱いたまま、軽く上半身を揺する。赤子は眠ったようだ。
「そうね」
ミーマが同意する。
『生まれて2年後にやっと決まった』
などという話は、実は珍しくなかった。
ウォードの娘・ルールーの名前でさえ、母方の実家で5代前だかに実権を持っていたという、伝説の
そんなのを思えば、この赤子のなんと自由なことか。名前ひとつとっても、ウォードとミーマ、2人の意志さえあれば決められるのだ。
「マヒト」
ミーマが呼びかけてみる。
「マヒト」
ウォードが呼んでみる。
『
『
『
後に多くの名で呼ばれることになる、1人の人間。
マヒトは、今はただ眠っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます