03/23.邂逅
まず目に入ったのは、黒色の衣装だ。
尼僧が着る法衣に似ているが、神の使徒にあるべき清楚さは裏切られる。下着が見えるほど深く、腰まで入ったスリットから、たっぷりと艶を乗せた脚線美がのぞいているからだ。
その脚を、膝上まで包むのは黒い革ブーツ。
武装は腰に下げた細身の長剣のみ、軽装だ。
体毛は純白。長身で大柄な身体からみて、同じ
狩猟系の野生種だろう。
深めに開いた襟ぐりの喉元から、ふさふさとした純白の毛並みが流れ落ち、
余談、もともと脚や腰といった下半身の美麗さに比べ、胸はイマイチというのが
美しさと野性味が見事に調和した美貌は、まさに神の差配という言葉がふさわしかろう。
(いい女だ……ってかコイツ、こんなだっけ?!)
最初の驚きの後、一瞬とはいえウォードが見惚れてしまったのも無理はない。もし彼女がウォードの住処・央海の
だがウォードは、むしろ警戒を強める。
なぜなら、目の前の精悍な美猫と、船の中でウォードが持っていた彼女の印象とが、
(別人じゃねえか、全然!?)
と、いうほど違っていたからである。
ウォードの記憶では、この
『ゲロ猫』
などと、非道い陰口を叩かれていたことも知っている。
島までの航海でただ1人、帆船を操る技術を持っていたウォードは、仮の船長として
となれば、警戒するにも情報が少なすぎる。
「船に火ぃつけたの、お前か?」
ウォードが問いを投げた。が、もちろん答えを期待しての問いではない。
それでも表情一つ、まばたき一つでもいい、何かしらの反応が引き出せれば上出来。
だが意外、
「……船底の木材に切れ目入れたの、貴方?」
意外も意外、言葉が返ってきた。しかも質問ときたものだ。
この島に来て初めて聞く
そして質問。
帆船の竜骨や肋材、梁といった重要構造材に、目立たないよう、だが破壊しようとすれば容易に砕ける細工が施してあった。
あれはお前の仕業か?
「……」
男と女、猫と猿。二人それぞれの質問に応えはなく、ただ沈黙が続いた。
そして、それが答え。
実はウォードもまた船を沈め、戦いを有利に進める算段を進めていた。船の構造にも長けたウォードにとっては朝飯前の仕事だ。
だがこの
「大したタマだぜ、お前」
ウォードが、わざわざ言葉に出して賞賛した。お世辞ではない。
ここまでくれば、彼女の船酔いも演技だったとイヤでもわかる。この
そして、2人が残った。
共に海を渡った100人の殻のうち、残ったのはウォード自身と、この
目的のために
そしてこの
「俺はウォード。
ウォードは名乗りを上げながら、分厚い革でできた胸甲のベルトをゆるめ、真っ黒な胸の毛皮に浮かんだ
大海のど真ん中、船も、島すら飲み込む大渦を意匠化した
今、ウォードがあえて
そしてもう一つ。
お前を生かして帰さない、という必勝の宣言だ。
もし万一、この
それは
『まさに敵なし』
を誇る。
だが、そんな
海からの漁獲以外、食料を手に入れるにも、船を作る材木や金属も、陸の
そこに、もしウォードの禁忌破りが
まず、信用を失った
事実、そうやって滅びた
(これ以上『
宗家の
だからこそ
(これでもう、一歩も退けねえぞ!)
この意気。
そんなウォードの名乗りをどう聞いたか。
対する
女は無言のまま、ウォードに対してくるり、と
純白の体毛に包まれた見事な太腿と、これまた敬虔とは言いがたい細さの黒い下着があらわになる。
「!?」
ウォードの目に続き、大きな口までがぽかん、と開かれる。彼の名誉のため、決してスケベ心のためでないことは保証する。
もはやスケベがどうのこうのではない、真の驚愕が彼の脳天を直撃したのだ。
女の、高く盛り上がった尻肉の上に、なんと小さな
丸の中に、まん丸の二重円を配した意匠。
「
厄介なことに彼女の名もまた、ウォード同様、
ところで、
この4つだ。
お察しの通り『猫の目』、すなわち時刻によって形や大きさがが変わる猫の瞳孔を意匠化したもので、陽の光が強い真昼は『針』のように細く、午前午後はやや太くなり『柿の種』。朝と夕方は『卵』型、夜は『真ん丸』、という次第だ。
とすれば、ミーマが示した
(『ゲロ』とか言ってる場合じゃねえぞ、おい?!)
ウォードは驚きを通り越し、胃の辺りが冷たくなるような気持ちだった。
だが一方で、
「で、なんの冗談だ、そりゃあ?」
ちょっと馬鹿みたいに真剣な顔で、ミーマを問いただす。殺し合いの真っ最中にもかかわらず、そうせざるをえなかったのだ。
何が言いたいかといえば、つまり
いや男の尻でもだ。なお悪い。
読者の皆様に分かりやすく例えるなら、たとえば『葵』や『菊』の紋を想像していただくのが手っ取り早い。あれらを尻に入れたとして、時代が時代であれば、尻にした当人どころか家族・係累に至るまで罪に問われるはずだ。
ウォードが目を剥くのは無理もない。いや、むしろ、
(当然よね)
ウォードの有様を見たミーマは、内心で笑い出したい気分だった。
だが今、ミーマの中にこみ上げる笑いは、もっと陰湿で、しかも根深いものだった。
(
彼女の運命を弄び、悪ふざけの末に
そんな荒みきったミーマの気持ちが、笑いとなってこみ上げたのだ。
もし、この
(それはそれでいい気味よ)
だがもちろん、この猿を生かすつもりなど、ミーマにはない。
ミーマが腰の剣を抜き放った。そして自分の尻尾を背中からくるりと前へ、肩ごしに回すと、その先端を口で、はむっ、とくわえる。
異常とも思える、どこかユーモラスでさえある行動。だがこの仕草こそ、ミーマの
「『ユキヒョウ』か……!」
さすが、ウォードは知っていた。
戦いにおいて、尻尾の先を口にくわえる。それは雪降る高山の女王・ユキヒョウの習性である。
彼女の戦いを振り返ってみれば、次のようである。
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