22/23.終幕
同時、
(糞!!)
だが予想に反し、ウォードに傷はない。
「ウォード!」
ミーマの叫びで、とっさに振り返る。
そこには、首のない獅子の
そして弟の生首を恍惚として抱きしめる、
「がらら……ぐるるら……ぁ」
じゃば、とまた失禁したようだ。愛する弟を、自分の手で殺す。それが無上の快感とは。
だがウォードたちも、もはや彼女に構っている暇はなかった。
ぎゅん!!
今までとはケタ違いのスピードで、
ざばああ!
ず、ず、ず、ぞぞぞぞ!!!!
「ホ、おお!?」
「にゃああ!!」
「ミーマ!!」
ウォードがミーマの身体をかばう。しかしゴリラの怪力をもってしても、水圧に抗しきれない。嵐の海で、浅瀬に取り残された海藻じみた気分。
「がららぁ……」
ざん!!!
弟の生首を、愛おしげに撫でていた
「……ぐ!!」
ミーマがウォードの盾を外す。が、これ以上、水圧には耐えられない。
「くそあああああ!! マヒト、マヒトおおお、がぶっ!」
叫んだウォードを波が直撃、しがみつくミーマとともに、
荒れ狂う海。ウォードの泳力をもってしても、泳ぎの不得手なミーマを抱え、島まで戻れるか。いや、そもそも島はどこだ。
そしてマヒトは。
万事休す。
ぽす。
「……あ?」
「にゃ?」
ウォードとミーマ、2人の身体は海に落ちない……どころか、なにか巨大なものに受け止められた。ところでミーマ、最近ネコの地が出過ぎではないか。
「おう、危ねえとこだったな」
大海原そのもののような、野太い声。
そして白く、巨大な身体。その両手の上に、2人は助けられたのだ。
「お……
ウォードが、泣かんばかりに叫ぶ。
「怪我は!? ご無事で!? 」
「当たり
オヒーが、片目で2人を見る。『左目』だ。
「助けられちまったなぁ大猿。お
見れば、まだ肩の辺りに生傷。薬が足りなかったか、治癒が十分ではない。オヒーが運ぶ
「
「もういい、置いとけ。そんな場合じゃなさそうだ」
オヒーは、ウォードの言葉をさえぎる。
「確かに掟は大事だ。だがお前の
ウォードたちは、オヒーの生命の危機を救った。今はそれでいい。
政治も掟も、今、この荒海の真ん中には届かない。
「だいたい、ありゃあなんだ? あんなモン、見たこたねえぞ」
眉を寄せるオヒーに、
「外法が呼んだ
「
ウォードの説明に、オヒーが目を剥く。
海へ出た
まさに『
「
ウォードが叫ぶ。
「!? 息子って、あのチビか!?」
ウォードがマヒトを『息子』と呼んだ、その時のミーマの表情を、誰も見ていなかったのは残念だった。
それがどれほどに優しく、そして力強い笑みであったことか。
「俺の息子を、野郎の中から取り戻す。が、それでも野郎は息子を追ってくる。野郎にとっちゃ、息子こそが魂なんだ」
ウォードの必死さに対し、オヒーの目は優しいとさえいえる光を灯す。
「言ってみな。
その言葉の、なんと頼もしいことか。
「
「いいだろう。請け負った!」
詳しい事情など聞こうともしない、これぞ五海無双。
側まで来ていた『
ずるり、と甲板から持ち上げたのは、なんと超巨大な『
名を『
夜、海の真ん中でオヒーが吸い付ける煙管の火を、灯台と間違えて船が寄る、という都市伝説にちなむ。
「
「
ウォードがミーマの手を握る。
「頼むミーマ、力貸してくれ」
答えは短いキス。そしてまた尻尾がひらり。ウォードがはむ、とその先を噛む。
交渉成立。
「兄貴、姐さん、乗れ!」
シャチとサメ、2人の
「おう、頼むぜ兄弟!」
ウォードがシャチに
「あ、コッチはネコの
「お?」
逃げられた。じゃあサメにと思ったら、
「いや、こっちも
「……お前ら、後で話あんぞコラ!?」
どうでもいい幕間は放っておいて、結果的にサメにウォード、シャチにミーマが乗る。
「野郎の顎の下に、俺が空けた穴がある。狙いはそこだ!」
「
ウォードの指示、シャチとサメが、
マヒトを、息子を取り戻すのだ。
ざん!
「がぁ!!」
がきん!!
じゃらららっ!!
「しィ!」
反対側の左から、一瞬遅れてサメ。同じく凶悪極まりない牙が、
ぐん、と
「ぬああ!!」
サメの背中から、ウォードが
だが今回は状況が厳しい。既に
(……くそ、長くは持たねえ!)
猫目の法王を引っ張り出した、あの穴の下へ。その時だ。
しっ!
青黒い穴の中から剣。とっさに
「
剣に見覚えがある。まさにあの女の剣だ。
(化け猫ババアが、いつの間に!)
考えるより先に、ウォードの腕が動いた。剣で肩が裂かれるのも構わず、太い片手を穴に突っ込み、中の
「いい加減……」
ウォードが足を踏ん張り、
「しつけえんだよババア!!」
ぬるり、と、青黒の粘液をまとわせ、
引き抜かれた勢いで、剣の先がウォードの肩へ、さらに深く刺さる。
が、ウォードはそれでも
『ととさまの肩に、ルールーの
肩の荷ダコ、それはミーマの剣でも、そして
「が……らら」
(狂ってやがる!)
ウォードが、あまりの不気味さに鳥肌を立てる。
ばきん!
限界を迎えた細剣が、ついに真ん中からへし折れる。
「ウォード!!」
ミーマの声だ。ユキヒョウの身体をシャチの手にぶら下げられ、両手に双剣。
「やっちまえ、ミーマ!」
ぶん、とウォードが
「ふーっ!」
ミーマがシャチの身体を蹴って跳ぶ。
「……ミーマ?!」
瞬時、正気を取り戻した
「終わりよ」
ミーマの左剣が、
「ひ……」
凄まじい血しぶき。
だが、それでも弟の生首を離さず、千切れた右腕を口に
「……やったか?」
「……」
ミーマの答えはない。常識で考えれば致命傷、しかもこの荒海だ。落ちて生き延びられるはずはない。しかし……海に消えるその瞬間まで、ミーマを睨みつけていたあの目。
「そっちはいい、それよりマヒトだ」
「ええ」
2人は気をとりなおす。
「声も聞こえねえし、手で探っても、なんにも……」
「私が中に入る。足を支えて」
ミーマが決然と言い放ち、言い終わった時にはもう、穴に両手をかけている。
「おい、中はどうなってるか……」
「そんなところに、これ以上マヒトを放っておけ、っていうの!」
ミーマが怒鳴り返す。同時に尻尾を口にくわえ、深呼吸をひとつ。
「脚を三回蹴ったら、引っ張って!」
言い捨てると、
するり。
驚くほどあっさり、ミーマは穴に上半身を突っ込む。そのミーマの足を、ウォードが掴んで支える。
びくん、と、ミーマの美脚が震えた。やはり中はまともな環境ではないのだ。
「ミーマ、おいミーマ!!」
びくびく、とあらぬ方向に暴れる脚を、ウォードは必死で支える。
「だめだ……抜くぞ!」
ウォードも水圧にさらされ、限界が近い。このままではマヒトどころかミーマまで失いかねない。
ミーマは決して退かない。なら決断は自分がすべきだ。
だが、その時だった。
ぁぁぁぁぁ……
「?!」
穴の奥から声。
ぁぁぁああああ!!!
「マヒト!?」
そして、
げしげしげし!
ウォードのほっぺたを、ミーマの脚が蹴っとばす。約束の3回。
「おりゃあ!!」
ずるり。
「……づはっ!!」
引きずり出されたミーマが呼吸する。だが目の焦点が合っていない。
「ミーマ!」
ウォードの呼びかけに、やっとミーマの目が戻る。
そして穴に突っ込んだままの両腕を、慎重に抜く。
「あ……あああああああ!!!!!」
猛烈な泣き声。
そしてマヒトの身体が、粘液を振り飛ばしながら現れた。
だが、そんな疑いはどうでもよかった。
「マヒト!!」
ミーマが叫び、その体を抱きしめる。
「マヒト!! おお、マヒトよぉ!!!」
ウォードはもう、涙と鼻水でえらいことだ。
だが水流が激しい。このままマヒトを海水に
「兄弟!!」
ウォードの合図で。シャチとサメ、両方が一気に口を離し、ウォードと、マヒトを抱くミーマを乗せて
「追ってくるぞ!」
「安心しな、兄貴」
シャチがにやり。
「追いつかせるものじゃねえ」
サメの目が赤く染まる。
どん!!
ひときわ大きな水しぶきが上がり、2人の
そしてその先には。
「……おう、
青い海にぬう、と突き出た白い巨体。片手には
「ちったあ静かにしろや」
ぶぉん! 振り下ろした煙管は、
一撃。
ざあ、と、身体に纏い付かせた大量の海水がなだれ落ちる。
「ウチの息子が世話んなった、こいつぁその礼だ」
ついでに、長く伸びた身体の真ん中へもう一撃。
だぁああん!!
渾身の力で叩き込んだ
青黒い粘液が、海へと溶けていく。
海に
「おう」
オヒーが、
途端、甲板の水兵たちが一斉に動き出す。船倉から引っ張り出した
ほう、ぷかあ。
オヒーの口から、気持ちよさそうな煙が、輪になって吐き出される。そして、
「よう、大猿」
「何でしょう、
「まあ、まずその頭の、下ろせや」
馬鹿みたいな冠と、顔が映りそうなペンダント。まだウォードの頭に乗っていたのだ。だが今となっては
海の上、ぷかり、と煙管を
「
「お、
驚愕するウォードに、だがオヒーは静かに語りかける。
「
「……!」
ウォードの巨体が、動かない
「
「
ウォードが泣き崩れる。
シャチとサメ、そして悪太郎丸の紋族たちまでが、目の涙をこらえている。
「キャルルと、ルールー。いい嫁、いい娘だった。……なあ、息子よ」
「……!!!」
ウォードはもう、声も出ない。
大切な物を失った、その痛み・悲しみが尽きることはない。
だが大猿・ウォードの苦悩と、それゆえの地獄の戦いは今、終わったのだ。
そんな感動の場面、しかしなぜか一変。
「お、おおおおお!?」
悪太郎丸の甲板から大きな歓声。そして、ぴー! ぴゅー!と、口笛が鳴り響く。
「?!」
ウォードが顔を上げてみたら、なんとミーマ、濡れた法服の上半身を下着まで脱ぎ捨て、絞った下着でマヒトの身体を拭いて包み、自分は上半身裸という勇ましさ。しかも立ったままマヒトに授乳中。
「お、おぃい!!!」
ウォードが大慌てで両手を広げ、ミーマの身体を隠す。が、隠しきれるものでもない。
「大猿、てめえ邪魔だ!!」
「ウォードサン、独り占めはズルい!」
甲板に鈴なりの男どもから黄色い、いやどす黒い声援が舞う。
これにミーマ、悪ノリしたのかどうか。マヒトに乳を含ませながら、
ぱちり。
船に向かってウインクひとつ。
うおおおおおおお!!!!!
のぼせ上がった男どもが、次々に海へと身を踊らせる、大騒動になったのである。
それを『左目』でみていたオヒー。左右のサメとシャチに、
「……前のイルカ嫁もよ、たいがい肝の座った女だったがなあ」
煙管をもう一服。
「今度ぁ、肝が据わるどころか、根が生えたようなのが来たもんだぜ」
そしてクジラとシャチとサメ、3つの顔を見合わせて、
「大猿の野郎、ひょっとして、女の尻に敷かれる趣味でもあんのか?」
ささやきあったものであった。
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