20/23.復活
(ととさま……!)
ルールーの声は、間違いなく幻聴だろう。
だがウォードは目をさました。そして同時に、自分が激怒しているのを自覚する。意識もないまま、ありとあらゆる激情に身を
ああああああ!!! あああああ!!!
マヒトが泣いている声がする。もうそれだけで、ウォードの中にあるすべてのスイッチがオンに、そして全開になる理由として十分だ。
両側に見張りの
場所は、あの環状列石。その石柱の根本に座らされ、上半身を鎖で
だが、ウォード自身の傷などどうでもいい。
環状列石の中心、
ああああああ!!! あああああ!!!!!!
背負い籠も、産着も剥ぎ取られて泣き叫ぶマヒトを、
「やめろ! その子に触れるな! マヒトに、私の子供に、その薄汚い手を触れるな!! 許さない! ととさまが許さない!!」
叫んでいる。ずっと叫んでいたのだろう、もはや声も枯れ、喉からか、あるいは噛み切った唇からか分からない血が、地面に転々と垂れ落ちている。
「殺す! 必ず殺してやる! ファースト! 私のチーシェルを殺した! 二度も殺した!! ととさまが、お前を許さない!! 」
だが当然、
泣き叫ぶマヒトを、恍惚の薄ら笑いで見つめているのは同じ。
「姉上、本当に大丈夫なのだな? これでうまくいくのだな?」
「もちろんよ、ガララグルルラ」
「
含み笑い。ミーマの尻に
(……そうは問屋が卸ろさねえぞ)
ウォードは、むしろ安心している。自分が起きるまでに、すべてが終わっている、という最悪の事態は避けられた。
ミーマのお陰だ。
マヒトの泣き声とミーマの叫び、そして『ととさま』の言葉が、ウォードをギリギリ間に合わせてくれた。『ウォード』と呼ばず、『ととさま』と呼ぶのが、いかにも彼女らしいではないか。
(甘い連中だぜ)
これが
あああああ!!! ああああああ!!!
マヒトが、地面に転がされた母に両手を延ばす。
「マヒト!! マヒト!!!返せ!私の子だ! もうお前には奪わせない!!」
ミーマが叫ぶ。その目の涙は本物だ。しかしどうすることもできない。彼女にはどうすることもできない。
(……待ってろ、いま行く!)
ウォードの全身に熱が満ちる。だが両脇の見張りは抜刀している。覚醒が気付かれれば、その瞬間に殺されるだろう。
一瞬で決めねばならない。その隙があるとすれば、ただ一度。
その一瞬にすべてを賭ける。生命も、なにもかも捨てて、そのすべてを掛け金台の上へと叩きつける。
「さあ『神の子』よ、
ああああ!! あああ!
マヒトの泣き声が、いっそ弱くなる。それが気に入らなかったのか、
(やめろ!!)
「やめろ!!」
ウォードの心に、ミーマの叫びが重なる。
ああああああああああああ!!!!!
火が着いたようなマヒトの泣き声が、偽りの神殿に響き渡る。
ずぶり。ウォードの尻の下に、異様な感覚。
(来たぁ!)
あの青黒い粘液が、地面から湧き出してくる。
「にゃ……っ?!」
環状列石の中に展開していた
「逃げろぉ!! 毒だぁあ!!」
嘘ぴょん、だ。しかしタイミングは完璧。ウォードの両側にいた
ウォードに与えられた一瞬。そしてすべて。
(行っけえ!!)
両足に渾身の力。縛られた身体を、鎖ごとズリ上げて立ち上がる。背中の擦り傷に気絶しそうな傷みが走るが、無視。
「ホぅおおおお!!」
さらに全力。両足の力だけで、列石を構成する石の柱を押す。しかし石柱の太さは一抱え以上、高さも5メートルはある巨石を、いくらウォードの怪力でも動かせるのか。
ぐらり。
動いた。大人が大人数で徒党を組み、ようやく動かせるような巨石が、ウォードの2本の足、それだけで動揺する。
(
ウォードが心で、自分を鼓舞する。
といっても種も仕掛けも十二分。冬の間で、すべての柱の根本に太い木の
じわじわと、足元の青黒沼が深さを増す。そして、
ぞ!
沼の中心から、《ヤツ》が来る。
「ひい……!」
ウォードの力仕事にも気づかず、見張りの
巨大な蛇じみた頭骨、禍々しい牙。手も足もない、じゃらじゃら骨だけの長い胴体。まさに悪夢そのものの形を体現した
(よう、半年ぶり)
ウォードが心で挨拶。いけ好かない相手だが、今、この
「!!!」
最後のひと押し。
ぐら……ぁぁあああ、どずぅんん!!!!
ウォードが縛られていた柱が
「ひ?!」
残った1人がウォードへ剣を向けるが、時既に遅し。倒れた柱の根元へ、鎖ごとずり下がったウォードが、ついに拘束を抜け出す。手には、おのれを縛っていた鎖。
「ホぉ!」
ウォードの怪力でぶぉん!と振られた鎖が、撃ち込まれる
べしん!
「にギッ!?」
ぶし。
さしも柔軟な
(一丁あがり!)
ウォードは素早く
ウォードたちを甘く見たのだろうが、それにしてもほとほと管理が甘い。ウォードにしてみれば、
(ほとんど味方だぜ!)
敵もようやくこちらに気付いた。だが膝までの青黒沼に、暴れる触手群。そして目の前に迫る
その中を、ウォードは
「どけや、うぉらあああ!!!」
自分を縛っていた鎖の先に、愛用の鍋底兜を
「猿を! 近づかせるな!」
「さあ、ガララグルルラ。神を我が手に!」
「ま、待ってくれ姉上!? あ、あれに喰われろというのか!?」
法王が動揺する。当たり前だ。聞いていた敵方のウォードでさえ、
(マジかよ!?)
目を剥いたぐらいだ。
「い、いやだ! 余はそのようなこと……?!」
百獣の王の
ふら、と獅子の
「百獣の王は恐れず、退かず、すべてを撃ち破り給う。そしてひとつ、ふたつ、みっつ」
なにかの暗示か。法王の目から光が消える。瞬間、
「!」
やはり化け物だ。
ばつん!!
大柄な法王の身体が、
「野郎!!」
怒りに任せ、冠を拾って頭に押し込む。素晴らしく芸術的な細工が施された馬鹿みたいな冠が、ウォードの頭の形にミシミシと歪む。
「ミーマ!!」
ざば、と底から引きずり上げたのはミーマ。縛られた鎖を、力任せに引きほどく。
「……ぐ、げほ!」
息はある。回復剤、そして手に剣を握らせる。なにより彼女には、これが最高の気付け薬。
じゃらん! ついに鎖の先が、敵の剣に絡め取られる。ウォードは躊躇なく鎖を捨てて大盾と戦斧、いつもの
「やい化け猫!! マヒト返せや!」
凄まじい気合で怒鳴りつける。真っ黒なゴリラの瞳が闇色の炎と燃え上がり、全身の汗が蒸気となって、たくましい背中の上に雲を呼ぶ。
「返せ、っってんだ! 聞こえねえのかババア!!」
狂ったような銅鑼声。旧式の
「なにをしてるの、早く片付けて」
相変わらず、
驚いたことに、あれほど荒れ狂っていた
「……百獣の王は恐れず、退かず、すべてを撃ち破り給う。そしてひとつ、ふたつ、みっつ。……頭を下げなさい、ガララグルルラ」
あの暗示。こうして弟である法王を、意のままに操り続けてきたのか。
加えて驚くべし。すう、と、その巨大な頭を下げたではないか。
「は……はは、あはははっははは!!!!!」
「ついに、ついに神が!!」
ぶしゃっ、と、
「あはは、あははははは!!!!」
あまりの狂態、そして
青黒い粘液で充填された
Exoskeleton・Blue-black
『
それは確かにそう読めた。
「なに笑ってやがんだクソババア!!」
ウォードが怒鳴る。怒鳴りながら、しかし目で微妙な合図をミーマに送ってくる。がさつな外見と裏腹の、氷のような冷静さ。この男は生まれながらの
(行くぞ)
ずん、とウォードが出る。そのままずんずん、と
構えはご存知『
「ウォード、だめ!!」
ミーマが、本気にしか聴こえない声で叫ぶ。それも『お約束』。
旧式装備に旧式の構え、そして馬鹿みたいな冠。それを
「んっふ」
片手にマヒトを抱えたまま、剣を抜く。ひゅん、と一振りして構え。
その姿こそは。
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