18/23.開戦
「
ざあ、とオヒーが身体を入れ替え、右目でミーマを
敵認定だ。
ふたたび大波が起き、ミーマの膝まで海水が押し寄せる。だがそれでもなお、ミーマは
だが退くな。攻めろ。
家族3人、生命をつなぐのだ。
「『尻に
もう一度、尻肉に入れられた恥辱の紋を見せつける。今となってはこれこそがミーマの切り札。
「むン……」
オヒーの右目が鋭さを増す。
確かに
「それを猫の法王がやった、ってのか?」
「
そこは紛れもない真実だ。そして今、その事実が世界最強の
『
と、訊くだけでいい。
相手は必死に否定するだろうが、ここにミーマという物証がある以上、言い逃れは不可能。
『法王、乱心』
ということにでもして極刑に処し、それをもって
しかも加えて、
「外法を企んだのも、法王だと?」
「それも偽りなく」
要は、ミーマが語った内容が公になったら最後、もはやなにをどうしようが
「証拠は? あんのか?」
「尻に
「……」
「では、外法の仕掛けを作った者が。《夫》の見立てでは、築城クラスの石工ギルド。口は堅いでしょうが、
仕事の秘密を守る掟も、意に反して外法に手を貸す羽目になったとなれば話は違う。みずからの保身のため、禁を破って証言する可能性は高い。
(乗ってこい)
ミーマは内心で、叫び出したいような気分だった。
実は、勝算は十分すぎるほどある。今やミーマは、
『このスイッチを押し、すべてを公にするぞ』
そう脅すだけで、
逆にオヒーがウォードを殺すというなら、ミーマも死ぬ。そうなれば、目の前にぶら下がった巨大な利権は手に入らない。
「そいつで、その猿の
「あいにく
ミーマはオヒーの片目から、一瞬たりとも目を離さず、
「猫の尻ひとつでは、猿1匹の対価に足りませぬか?」
言った。
もはや後戻りの余地はない。切れるカードもすべて切った。あとはオヒーの胸ひとつ。
(彼だって、ウォードを殺したくはないはず)
いくら
「……駄目だな」
オヒーは、巨大な身体を微かに揺らし、ミーマの提案を蹴った。
「確かに美味しい話だ。だが、その美味しい話に釣られて
その言葉は静かで、むしろミーマを諭すようでさえある。
「誰よりその猿が、そんな
交渉は決裂した。ミーマは知らず、唇を噛む。
「お
ウォードの狙いは、とっくに読まれていたらしい。3人が浜に立っているのを見ただけで、そこまで読んだとすれば、やはり恐ろしい相手だ。
終わった、と、誰もが思ったその時だった。
「
空から、声が降ってきた。カモメの男だ。
「なんだと?」
じろり、とオヒーが空を見上げる。
「申し訳ねえ、島の反対側から来やがったようで、ついさっき見つけました」
カモメが、ざば、と、オヒーの側に着地。オヒーはしばらく考える様子だったが、
「……よし、
ざあ、と砂浜を離れる。
「そこの猫の話が本当なら、なんにしても捨てちゃおけねえ」
ざあ、と波を蹴立て、オヒーが泳ぎだす。その後姿へ、
「宗主殿!」
ミーマが叫ぶ。
「
だがオヒーは無視。己の力に絶対の自信を持つがゆえに、
「ウォード!」
ならばと、ミーマが走る。オヒーに潰され、波打ち際にひっくり返っているウォードに駆け寄り、残り少ない回復剤の1本を開け、無理やり口に流し込む。シャチとサメが一瞬、顔を見合わせたが、ミーマをとめることはしなかった。それどころか、ウォードの両側に巨体を寄せ、抱き起こしてくれる。
「ぶ、ああ!!」
薬が回り、ウォードが覚醒する。
「ウォード!
「お……おお?!」
ボケたウォードの目に、こちらへと近づいてくる大型の帆船と、それに向かって泳ぐオヒーの後姿が写る。そしてちょうどその時だ。帆船に異常。
「んだぁ?!」
船の甲板から突然、白く巨大な球体が出現し、空中へと浮上したのだ。球体の下部にぶら下がっているのは、大型の籠。しかも球体はひとつではなく、続いてふたつ、みっつと、連続で浮遊し、風に乗って島のほうへと移動してくる。
「おいミーマ、ありゃ一体なんだ?!」
目を剥くウォードに、
「気球よ。空から攻撃してくる!」
ミーマが緊張した声で説明する。空気より軽いガスを発生させ、風船をふくらませて空を飛ぶ気球は、
「……?!」
「だめ、爆弾っ!」
ミーマが叫ぶ。気球のひとつがオヒーの上空に近づき、籠の中から不審な物体を投下しようとしている。
「ミーマ、マヒトの耳ふさげ!」
ウォードが立ち上がり、ミーマに指示。続いて樽のような上半身に、思い切り息を吸い込む。そして、
「
砂浜に寄せる波さえ振るわせる、凄まじい銅鑼声。ミーマに耳をふさがれたマヒトでさえ、目をまん丸にしてウォードを見つめている。そしてオヒーに、その声は届いたか。
届いた! オヒーが一瞬、砂浜のウォードたちを振り返り、次の瞬間には巨体を翻して、波の間に消えていく。しかし。
ひょう……気球の籠から、黒い不審な塊が海めがけて落下し着水した。次の瞬間。
まず青い海面から巨大な、真っ白い水柱が膨れ上がる。次に、
ど、ど、どぉぉおおおんん!!!
腹の底をぶん殴られるような爆発音が、少し遅れて届いた。
「ぐぉぉおおお!!!」
海から苦悶の声が響き、真っ白な水柱に真っ赤な血が混じる。
「
ウォードが、そしてシャチとサメが、海に向かって叫んだ。だが返事はない。オヒーが浮いてこない。
「野郎、やりやがった!」
ウォードが全身に熱気をまとわせて叫ぶ。
「手前ら、なにボサっとしてやがる!
自分より遥かに大きなシャチとサメを怒鳴りつける。
「シャチの! お前は
シャチの背中をどやしつける。
「サメの! お前は糞猫どもの船だ! 舵を食い切って動けなくしろ! 行け!」
サメの足を蹴っ飛ばす。
「兄貴は?!」
シャチが一瞬、ウォードを振り返る。だがウォードは激しい態度を崩さない。
「陸は俺の領分だ、気にしてんじゃねえ! とっとと行け!」
サメとシャチが顔を見合わせ、そしてなぜか一緒にミーマに向かい、
「猫の
シャチ。
「カルカリ・ホホジロ」
短くサメ。
「ご武運を」
揃って頭を下げる。
「お前ら……?」
ぽかんとするウォードを無視し、シャチとサメが海へ飛び込む。陸ではいかにも鈍重だったものが、水に入った途端、まるで放たれた矢のようにすっ飛んでいく。
「行くわよ、ウォード!」
「お、おう」
ウォードがあわてて武具を身に着け、背負い籠に入れられたマヒトを、ゆるめた胸甲の中に放り込む。竹で編んだ背負い籠は、軽いが丈夫で、少々の衝撃は受け止めてしまう。
「上から矢を撃ってくるわ」
「森だ。急げ」
ゴリラとユキヒョウ、2人の
猫目の船から飛び立った気球は10。いずれも見事に風に乗り、島に近づく。ウォードたちが隠れた森に向け、高度を下げ始める。弓に矢をつがえた
だが島の森は深い。長い年月の間に、太陽光を独占できる大木だけが生き残って巨大化を続け、天然のドームを形成しているのだ。ゆえに、いったん森に入ってしまえば、上空からウォードたちを見つけるのは困難を極める。いや、それどころか、
ぼっ!!
ぱつん!……しゅぅうううう!!
気球のひとつが気の抜けた破裂音を発し、ガスを噴出しながら落下しはじめる。
「石だ! 投石!」
さすがは
ぼっ! ぼっ!
ぱつん!ぱあん!
森の中から、気球へ向かって対空放火が開始される。ウォードが使うのは、丈夫な革紐を編んで作った投石紐だ。二つ折りにした紐の間に、石を引っ掛けるようにセットし、くるくると振り回して紐の片方だけ離すと、遠心力で加速された石が発射される。原始的な武器だが、力のない者でも初速100km/h級の速度が出せるとされ、しかも弾が石なので離島であっても補給が容易、という利点がある。
問題は、それを操るのが怪力・ウォードだということだ。
通常、投石紐で使われるのは大きめの鶏卵程度の石だが、ウォードがぶん回している石はゆうにソフトボール大、下手をすると小玉のスイカほどもある。もはや立派な『砲弾』だ。
これを肘と手首だけで、軽くひゅんひゅん、と回転させておいて、最後はムチを振るうように、ぴしっ、とさばく。
ぼっ!!
石が発射され、勢い余った投石紐がひゅるん、とウォードの身体に巻き付くのが、なんだか妙に艶めかしくさえ見える。野球の投手が投げるように、肩や腰のバネを動員しないのは、そうしなくても十分な速度が得られることと、動員する筋肉が多いほど、狙いが定めにくくなるためだ。
ウォードの対空砲火を食らった気球が、しゅうしゅうとガスを漏らしながら、次々に森へ降下してくる。
ごん!!
中には気球ではなく、籠の方を直撃する石もある。軽さを優先して籐で編まれた籠は、スイカ大の石の直撃で大きく裂け、そのまま乗っている
「ひ……!」
矢をつがえていた
「下に罠!」
森の地面には、所構わず罠が仕掛けてある。罠と言っても単純、先を尖らせた竹を地面に埋め込んであるだけだ。もっとも竹の先には屍毒。魚や貝の食べ残しが腐った汚物を詰め込んである。腐敗したタンパク質の塊は、刺されば濃厚な黴菌を身体に移し、そのままだと敗血症を引き起こす。治癒薬を使っても、病原体は消せない。そのまま
ではウォードたちは?
「木の上!」
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