第30話 わたおに(家内円満)

 星が瞬いて、光が弾けた。


「おにい、すっごかった。すっご……かった」


 もう他に言うことがない。


「そ、か。オレはもう、疲れた」


 わたしの上でぐったりした様子のおにい。


「うん。また明日ね。明日」


 その頭を撫でる。


 このまま、余韻のまま眠ろう。満たされてる。なにかずっと埋まらなかったものが今は本当にいっぱいになってて、幸せで、甘くて、とろとろで、気持ちいい。これがずっとわたしのものになるなら、もう他になにもいらない。


 恋恋恋。


「もう明日だ、リツ。わかってんのか?」


 けれど、余韻は豚の一鳴きでぶち壊された。


「見てたのっ!?」


 わたしはおにいを転がして起きあがる。


「バカじゃないの、黙って出ていくぐらいの……」


「お邪魔してます」


「わんわん」


 わたしたちが絡み合ってたベッドの下には裸で縛られたタケシが逆エビ反りで転がってて、服を着たヒロヒロとミコシーがテーブルで暖かいお茶を飲んでいる。お煎餅なんかも置かれてて、すっかり見物客だ。


「ずっと?」


 わたしはヒロヒロを見る。


「途中。タケシくんがリッちゃんのおしりを狙ってたから乱入して二人で縛ったの。ロープを用意してるとか準備万端だったね。御子柴さん」


「わうんっ」


 ミコシーが誇らしげに鳴いた。


 デートのときバッグがパンパンだったのはそれか、わたしを縛る気だったんだ。結果オーライだけど、犬にしてなかったら危ないところ?


「あー、ありがと?」


 お礼を言うところなのかな。


「本当にな。ったく、ありがとうございますだよ。広瀬様がこんなテクニックを持ってるとか、教えてくれって話」


 タケシは窮屈な体勢で悦んでる。


「そんなことより、お茶だよ。それ、だれが?」


 起きあがって青ざめてたおにいが言う。


「ご両親から」


 ヒロヒロが答える。


「おとーさんとおかーさん? 見られたの?」


 流石にわたしも驚く。


 いくら変態でも、こればっかりは反対されると思ってた。そりゃ、おにいの部屋で遠慮なく喘いでたらバレるかもとは思ったけど。


「これからもよいお友達でいてくださいって、丁寧に挨拶されちゃった。理解のあるお家でリッちゃん羨ましいよ、私の家だとこうは……」


「わんわん」


「理解があるとかないとかじゃないだろ」


 おにいが頭を抱えていた。


「公認ならよかったと思お? そーだよ。これから毎日いーっぱいできるじゃん。遠慮いらないじゃん、やったー、セックス万歳」


 恥ずかしいけど、前向きに考えよう。


 どうせ、いずれは両親の許しを得るか、反発して家を飛び出すかしなければいけないことだったのだ。そりゃ、個人的には北を目指して駆け落ちしたかった感もないではないけど、最低限でも高校卒業しないとやっぱり就職とか心配だ。


 変態も生きていかなきゃならない。


「なんの万歳だ。なんの」


 おにいはもう呆れ顔だけど。


「セックス三昧ばんざーい」


 とりあえずわたしの高校生活はバラ色、そう決まった。これからマゾのおにいを学校内で調教してわたし色に染めちゃうぞ。


「毎日とか無理。嫌じゃなくて無理。オレの身体がもたない。リツ、なんだあの腰の動き、男相手の経験があったみたいな……」


「おにい、それはヒロヒロが……」


「リッちゃん、それは言わないで」


「えー? もー隠し事とかなしで良くない?」


「リツ様、おれも犬にしてくんない?」


「タケちゃんなに言ってんの?」


「わわん」


「というか、レンちゃんもさっきからなにやらされてんの? 人間捨てちゃだめだよ」


「タケシは家畜の豚だよ。ミコシーはペットの犬、同格になろうとか思い上がるな」


「おれ豚? 豚かぁ、太った方がいい?」


「なんで嬉しそうなのタケちゃん!?」


 変わり果てた人間関係。


 けれど、なにも悪くはない。


 わたしにとっては。


 それからの話を少しだけ。


 ナルセンはしばらくしてから別の高校の女性教師との噂が出た。デートの目撃情報もあったようで、本人も満更でもなく惚気話をするぐらいには余裕がある。おにいの話によると、男でもなんとかなって、少し自信がついたらしい。あの日、わたしとキスしなくて本当に良かったと言っているようだ。失礼極まりない。


 わたしは、女性教師との接触を考えている。


 ヒロヒロは文芸部で頑張ってる。部長や先輩との仲は、親密さを増したようだ。わたしが混ざって、逆転プレイを楽しんだりもする。タケシが野球部を辞めて入部を真剣に考えたみたいだけど、わたしがヒロヒロの股間の秘密を教えたら萎えたみたいだ。男はいいけど、とボヤいてた。


 最近、野球部員からホモ疑惑をかけられてる。


 ミコシーのバイト先で、わたしもアルバイトをはじめた。飼い主としてペットの面倒はちゃんと見なきゃいけない。接客中はもちろん人語を喋っているけど、最近はパートの奥様たちの間で、犬っぽくって可愛くなったと話題になっているのを見かけた。順調に調教が進んでる。


 近く、散歩デビューの予定だ。


「オレ、女装やめようかと思うんだけど」


 ある朝、おにいが言い出した。


「なんで?」


 わたしはおにいと同じ時間に起きるようになった。一緒に登校したいからだ。バイトもはじめて生活が規則正しくなってきたので、勉強もわりと集中できるようになって、両親も普通に喜んでいる。変態でいるためにこそ、まともな社会生活を営むことが大事だということらしい。


 変な哲学。


 だけど、変態がまともに生きることで、普通の人はプレッシャーを感じるって説明には少しサド心がくすぐられるものがあった。わたしたちの関係は許されないかもしれないけど、許さないのは、常識的な人たちが自分を守るためにしているのだと言われれば、責めてる側だ。


 全世界よ、マゾになーれ!


「いや、考えてみたら、もう必要ないから」


 おにいが言う。


「リツと結ばれないことへの代償行為だった訳だから、バイトして金貯めて、男ものを捨ててきたから、もったいないような気がしてたけど、でも、やっぱ男女でデートしたいだろ?」


「べつに」


 わたしは首を振る。


「おにいそのままの方がいーよ」


「い、いや、正直言うと、節制が辛いんだ。リツの体型を維持するのが本当にキツい。だから、なんて言うか、ギブアップしたい」


「ならなおさらだねー」


 わたしはブラに手こずってるおにいの背中にまわってホックを留める。鏡に映る完璧な双子、そして完璧なカップル、こんなツーショットを幻になんてしてたまるものか。


「わたしだっておにいより太って見えたら困るな、と思って気をつけてるんだから。お菓子だって食べてないよ。お互い様だよ」


「レベルが違うから。リツは適正体重だろ。女子だし、筋肉量が全然違う。最近、カレーライスを大盛りにする夢を見るんだ。ああ、オレってしばらくご飯すら満足に食ってないって」


「空腹で気持ち良くなるまで頑張ろーよ?」


 わたしはおにいの股間を触る。


「バカ、朝からやめろ」


「そーゆープレイだよ。それに飢えてる方が性欲増すらしーから、おにいにはもっともーっと頑張って貰わないと。満足できないよー」


「これ以上も無理だから」


「おなかが減ったら、わたしのおっぱいを吸って紛らわせば? わたし最近ちょっと胸が膨らんできた気がするんだよねー? 成長期?」


「それは気のせいだ」


 おにいは思いっきり首を振る。


「むしろ小さくなって……ふぎゃっ」


 家内円満だ。


「「いってきまーす」」


 わたしたちは声を揃えて家を出る。


「くっそ、蹴りやがって」


「おにいが悪い。もー、おにいが悪い」


 口では言い争いながらも、手を繋いで登校する。女同士の姿がいいのはこういうところだ。そんなに視線を集めない。双子の仲良し美少女姉妹、わたしたちを知らない人がこう思ってくれてる分には、だれの気分も害さない。


 わたしだって無闇に人を刺激したくはない。


 小さいけど、大事な幸せ。


「新しい生徒会長決まっただろ?」


「んん、そんなのやってたねー」


 おにいの体温でつまらない話題も楽しく。


「それで、その人の妹がクラスにいてさ、今度、風紀委員長をやるんだって。なんかさ、目の敵にされてるっぽいぞ、オレたち」


「そーなんだ」


 暗い未来も明るく感じられる。


「軽いな? 流石にちょっと最近はガチなんじゃないかって言われてるぞ? オレの女装をスルーしてくれた人たちも、妹とベタベタして」


「かかってこいだねー」


 敵がいたって立ち向かえる。


 おにいさえ隣にいてくれれば、怖いものなんてない。わかりきったことだ。風紀なんて紊乱してやろう。風紀委員長と生徒会長の兄妹をこっちの世界に引き込んだっていい。


 それですべて丸く収まる。円満解決だ。


「あのっ!」


 わたしたちの前に子供が立っていた。


「あれ?」


 見覚えのある子供。


「麦田さんちの、まさきくん、だっけ?」


 おにいも知っていたようだ。


「ぼくと、つきあってくださいっ!」


 まさきは握りしめてくしゃくしゃになった手紙を駆け寄ってきて差し出す。困ったな。本当に人生を狂わせちゃったみたい。ママとはもう会わないって約束してるのに。悪い子。でもおねえちゃんが導いて。


「センさんっ」


「オレ?」


「なんで!?」


 手紙はおにいに手渡された。


「はいっ」


「いや、あの、オレ、男だよ。こんな姿でも」


「はいっ! それじゃっ!」


 顔を真っ赤にしたクソガキは、逃げるように走り去った。おい。おちんちんまで触ってあげたおねえちゃんを無視して、男に走るとはどういう了見なんだ。変態なのか。将来有望じゃない。


「なあ、リツ。どうしよう?」


「好きにすれば? 男の味を教えてあげなよ」


「え? なんで怒ってるんだよ」


「べつにー」


「いや、区別ついてないだけだって、オレは前に何度か会ったことがあるだけだから、なあ?」


 わたしとおにいは、今日も円満だ。

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わたおに(家内円満) 狐島本土 @kitsunejimahondo

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