第16話 ウサギ(タヌキ)

「二人目?」


 ヒロヒロは大きく頷いた。


「なるほど……御子柴さんとリッちゃん、二人で私の恋人になってくれるって訳? それは確かに素敵な考えに聞こえるわね」


 びちゃびちゃ、と机の中で水音が聞こえた。


「まず御子柴さんの処女をリッちゃんの目の前で奪う。泣くでしょうね、彼女。それから目の前でリッちゃんのを奪う。さらに泣くでしょうね。なかなか残酷で、エンターテイメントだわ」


 ヒロヒロは小さく震えていた。


 本日、三人目?


「っ!? ち、ちが……」


 ともかく、そんな解釈ある訳がない。


「まさかこの状況で、私がリッちゃんの二人目の恋人になると思う? 常識で考えてみてよ」


 常識?


「そーだね」


 おちんちんついてるヒロヒロに常識と言われても困る気がしたけど、それは身体的特徴をあげつらってる感じだから口にはしなかった。わたしは別にそのことはなんとも思ってない。


 たぶん、先に見てたら面白がってた。


「今すぐ奪うか。後で奪うか。それだけよ」


「そーかも」


 わたしが甘かった。


 ヒロヒロはもう別人なのだ。


 その覚悟で本当の姿を晒して、挑んできている。今すぐか、後でか、ともかくミコシーから私を奪おうってことなんだ。処女を奪うことはその一環にすぎない。


「なら、今すぐ奪えば?」


 わたしは言う。


「そのおっきいのでわたしをどーにかする自信がヒロヒロにはあるんでしょ? やってみたらいーじゃん。三人がかりなら声だって出せなくできる。ヨユーでしょ?」


「……」


 ヒロヒロは溜め息を吐く。


「そうしたいのは山々だけど、私が言って欲しいのはそれじゃないこと、わかってるでしょう? ね? 嫌がってよ。そこは」


「ヒロヒロ・ド・サドなんだね」


 首を振った。


「リッちゃんと私は、たぶん似てる」


 ヒロヒロは制服の上着を脱ぎはじめた。


「言ってみれば、私のこれは、内在的な双子だもの。男である私と、女である私が、同居してるか別居してるか、リッちゃんと私の差はそこだけだよ。センさんも同じなのかは知らないけど」


 リボンをはずし、シャツを脱いで、ブラジャーも外していく。女同士でも案外おっぱいそのものまで見ることはないから、驚きはあった。


 そっちもおっきい。


 わたしのが胸とも言えなくなるぐらいには迫力がある。ミコシーのはファッションショーのモデル的な綺麗さだったけど、こっちはグラビアアイドル的な綺麗さだ。男子が食いつく。


「好きでしょう? こういうの?」


 そして両手で掴んで寄せて上げてみせる。


 やわらかそうで、あったかそう。


「……」


 わたしの股間をいじる先輩の指に力が入った。


「んんっ」


 確かに好き。


 グラビアアイドルとか見てると、時々、ぜんぜん笑顔が本物じゃないっぽい子がいる。そういう子を見てると不思議と楽しい気持ちになった。水着になるの嫌なんだろうなと思って、それがなんなのかよくわかってなかったけど今ならわかる。


 ド・サドだから。


「でも、同性愛ではないと思うの。リッちゃんも私も頭の中に男がいるってだけ。自分が女だとは思ってるけど、男の気持ちも少しはわかる」


「……」


 そうかもしれない。


「御子柴さんとは違う」


「だけど……」


「一晩付き合っただけでしょう?」


 ヒロヒロは畳み掛けてくる。


「私のこと嫌い?」


「……」


 嫌いじゃない。


 むしろ好きかもしれない。この頭のおかしさ、身体、わたしのものになるのなら。でも、この状況は逆だ。ヒロヒロはわたしを自分のものにしようとしてる。責めようとしてる。


 だから、その期待には応えられない。


「ミコシーとは別れないよ」


 わたしは言った。


「ヒロヒロができるのは、今すぐ奪って失うか、後で奪えなくて失うかのどっちか。わたしが部長さんや先輩さんと並ぶことなんかないから」


 サド同士では、はじまらないから。


「そんな言葉、聞きたくない」


 ヒロヒロが椅子を引いて立ち上がる。


 机を回り込んで、そのおっきいものをさっきよりおっきくしてわたしの顔の前に持ってくる。見下ろして、威圧しようとしてくる。


「リッちゃん、これ、はじめてだと痛いよ?」


「そーなんだ」


 わたしはじっと見つめ返す。


「そして痛いのが癖になる。わかるでしょう?」


「そーかもね」


 顔にぴたりと乗せてきた。


 濡れてて、熱くて、脈打ってて、不思議な匂いがする。でも、怖い感じはしない。だから、わたしは自由に動く方の手で掴んでいた。机の向こうで立ち上がった部長と、背後の先輩が息を飲んだけど、ヒロヒロはじっとこっちの反応を見てる。


「ぎゅーっと」


「!」


 パチン。


 ヒロヒロがわたしの頬をぶった。男と同じでやっぱり急所ではあるらしい。なら、カンタンに握らせたりしちゃダメだと思う。


「リッちゃん」


 余裕がなくなる。


「リッちゃん。なんでそんな顔なの?」


「別にフツーだと思うけど」


「だからおかしいんでしょう!?」


 ヒロヒロが叫んだ。


「広瀬」


 背後の先輩が廊下を気にする。


「!」


 わたしは今だと思って立ち上がった。先輩の上がった顎に頭が当たって、倒れ込むところを右手を軸に回り込む。そして、逆に長い脚の下から脚を入れて、無理矢理に開かせた。


「……!」


「リッちゃん」


「ヒロヒロ、わたしに先輩としてるところ見せてよー。それ、辛いんじゃないのー? 見ててあげるからさー」


 言いながら、スカートをめくって、わたしがされたみたいに下着をずらして見せつける。先輩は抵抗できそうなものだったけど、動かなかった。明らかに期待していた。


 ヒロヒロの罰、ご褒美を待ってるんだ。


 タケシと同じで。


「する、訳ないでしょう」


「そー?」


 絞り出すようなヒロヒロの声で、わたしは手応えを感じた。同じように頭に男がいるのかもしれないけど、決定的に違うのは身体に男がいるかどうかだ。やっぱり。


 わたしがここに来ると見越して。


 自分の手駒の先輩を利用して。


 捕らえて見せつけて。


 わたしをどうにかしようとして。


「期待に張り裂けそうだけど? それ」


 ずっと、我慢してた。


「……」


 ヒロヒロは答えられなかった。


 心と違って、身体の男に余裕はない。


「わたしが泣いて、謝って、ミコシーと別れて、優しくして、ゲットできると思った? それでビックリさせたら? ねー?」


 そこを責め立てる。


「リッちゃん、やめて」


「手錠、外しとく?」


 わたしは言った。


「……」


 ヒロヒロの目が泳いだ。


「わかってるよ。ヒロヒロ。わたし、友達だから。ここまでしても、無理矢理にはできないことぐらい。ね? 嫌われたら、終わりだもん」


「……」


 ヒロヒロは俯く。


 サドは、相手に求められないとなにもできない。自分の求めるままに欲求をぶつけても、それでは相手を失うことになる。罰を、ご褒美を受けたい相手がいなきゃ、なにも成り立たない。


「ありがとう」


 わたしはよくわかってなかった。


「リッちゃん?」


 ヒロヒロはよくわかってた。


「わたしたち、ずっと友達でいられると思う」


 嗜好が合うから。


「友達、で、終わりなの?」


 ヒロヒロはそう言いながらも、先輩の制服のポケットから鍵を取り出して、手錠を外しはじめる。敗北を認めた。


「ヒロヒロには、いるじゃない」


 立ち上がったわたしは部長と先輩を見る。


 どういう経緯があったのかは知らないけど、この二人は求めてる。だから黙って従ってたし、様子も見てた。大事にされてる。


「リッちゃん」


 正座したヒロヒロは俯く。


「うん」


 立ち上がったわたしは、ゆっくり脚を上げた。


「え? あの、パンツ見えちゃうよ?」


「たっぷり見たでしょー?」


 言いながら、おちんちんを踏む。


「な!」


 期待が、弾けた。


 バーンと。


「おー」


 すっごい出るものなんだ。


「……っ、っ!!」


 声も出せずに硬直するヒロヒロを見下ろしながら、わたしはすっかり満足する。最高だ。好き勝手された分、開放感がある。


「惚れたが悪いか、だよ。ヒロヒロ」


 わたしは言った。


「太宰ね」


 縛られて見ていた部長が言う。


「タヌキがマゾだったら、カチカチ山は究極の愛を描いてるかもしれません」


「ウサギはなんとも思ってないのに?」


「なんとも思ってないフリですよ。その方が悦ぶからー。部長さんも、先輩さんも、自分よりわたしを優先しようとするヒロヒロ、嫌いじゃないでしょー?」


 二人とも答えなかったけど、口元は緩んでた。

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