第15話 ヒロヒロ(ふたりめ)
右手と右手。
同じ側の手を手錠で繋いだ先輩はくるりとわたしの背後に回り込んでそのまま部室内に押し込む。ドアが閉じて、鍵がかけられた。
パチ、とスイッチが押され明かりが点く。
「ようこそ。リッちゃん」
部屋の奥に、背もたれの立派な椅子があって、そこにヒロヒロが偉そうに座っていた。三つ編みはほどかれてて、ウェーブのかかった髪、メガネをはずしたせいか、印象がぜんぜん違う。
別人みたい。
「入部希望者は歓迎するよ」
背もたれに身を預けたまま、言う。
「ヒロヒロ。わたし」
「入部希望者しか歓迎しないよ」
ドン!
音がしたのはヒロヒロが座る椅子の前にある、古びた大きな机だ。蹴っ飛ばした? だれが? 椅子に座っている人以外いない。それはわかるのだけど、わたしの頭は理解を拒んでる。
別人やだよ。
「仕方がないと思ってた」
ヒロヒロは背もたれを倒して天井を見上げる。
「リッちゃんがいずれ恋人をつくることも、それが好きな相手なら、処女をあげてしまうことも、仕方のないことで、私にはどうにもできない。そう思ってた」
「ヒロ、ひっ!?」
口を開こうとしたら、先輩が明らかにわたしの身体を触りはじめた。密着はすでにしてたのだけど、おしりを掴んで、繋がった右手でスカートの前を上げようとしてくる。
「なにするの!?」
わたしは片手でスカートを押さえた。
「……」
先輩は答えない。
代わりにさらにおしりをぎゅっと揉んでくる。なんかほとんど痴漢だ。わたしの頭に息がかかってる。スカートがめくれないから、脚も触ってきてる。体重をかけてくる。
「御子柴さんとはどこまで?」
「どこまでって」
ヒロヒロは冷ややかな目で見てた。
「処女あげた?」
「あ、あげてないよ」
なんで、みんなわたしの処女を気にしてるんだろう。杉田玄白が膜とかテキトーな表現使ったから塞がってるとイメージしてるだけで、実際には塞がってなんかいないんだから。
女ならそんな価値ないとわかってるはず。
「部長、調べてもらっていいですか?」
「ええ」
声がしたのは机の中だった。
「調べればいいのね」
ずいぶんと美人な人が立ち上がった。
長い黒髪がつやつやで、目は切れ長で、理知的な感じ。スラッとして、けど、制服の上から縄で縛られてる。口元は涎まみれだけど、両手が背中に回っているから、拭えもしないみたいだ。
部長、って言ったよね? 今?
机の中でなにしてたの?
「こんなことやめさせて」
でもなんとなくわかってきた。
ヒロヒロにこの部は支配されてる。なにをどうやったのか知らないけど、教室での世話焼きな姿は本当の姿じゃなかったんだ。ここでは解放してる。たぶん、本音のヒロヒロを。
「わたしはヒロヒロにお別れをい、ィイっ?」
歩いてきた部長がわたしの前にひざまずくと、先輩が持ち上げたスカートの隙間から頭を中に突っ込んできた。調べるって、そのまま?
「部長はこの部室では手を使えない」
ヒロヒロが言う。
「不自由を体験することで表現を磨くために、私がそうさせてるから。小説を書くのも口述でよ? 凄いと思うでしょう?」
「……」
わたしはそれどころじゃなかった。
頭を突っ込んだ部長がわたしの下着を口で引っ張ってずらす。わたしはその頭をスカートの上から押さえてたけど、止められなかった。
「想像してみてよ。村上春樹があの文章を喋って入力してたらとか。可笑しくない? ちょっと爆笑しちゃうかも、やってみようか?」
ヒロヒロは笑顔で立ち上がる。
「春樹どこでしたっけ?」
「左、上、奥」
わたしの背後で先輩が答えた。
机に隠れて見えなかった下半身は裸だった。上履きと、白いソックスから、その上が裸で、そして股間には見慣れないものが上を向いていた。
「なに、それ」
わたしは言う。
「ああ、これ? おっきいでしょう?」
本棚から文庫本を抜いて、ヒロヒロは笑った。
「20センチあるとすごいらしいよ。部長も先輩も最初は信じなかったけど、本物」
「お、男だったの?」
舌で器用に本のページをめくるっみたいに下を広げてるのを感じて、わたしの膝が震えた。ミコシーのとぜんぜん違う。すっごい上手い。
「リッちゃん。私がが男だったら、とっくにリッちゃんを犯してるよ。我慢なんかしない。肉体関係を持ってから、丸め込んで恋人になってもらう。責任とる、結婚しよう、とか言って」
呆れたようにヒロヒロは答えた。
「でも戸籍上は女だから、責任取れないし、ご両親を心配させるし、リッちゃんも悩むことになるだろうから、遠慮してたの。これ、本物だけど子供は作れないから」
「っ!」
噛まれた。
わたしが崩れ落ちそうになると、先輩がすかさず両手で膝を掴んで、脚を開かせて抱えられる。恥ずかしい。女しかいなくても恥ずかしい。
「や、め、やめて」
思わず可愛い声が出ちゃう。
「なのに、センさんは女装するし、リッちゃんは好きでもない女とすぐに寝るし、成田先生は女子生徒に手を出そうとするし、私が遠慮してた意味あったのかよくわかんなくなっちゃった」
「ヒロヒロ」
「部長、どうですか?」
「少なくとも、昨夜使われた形跡はない」
ガバッとスカートを持ち上げ立ち上がった美人は顔をビチャビチャにしながらもキリリとした表情で報告する。頬を赤く染めてる。
「は、ぁ、あ」
調べるだけじゃなくて色々しましたよね。
「ご苦労様です。あ、先輩も楽にしていいですよ。あ、これこれ。私これ好きだった」
文庫本をめくりながら、ヒロヒロは椅子に戻り、部長はその机の中に入り込む。中でなにが行われているかは想像するまでもない。
ひとつも遠慮してるように見えないよ。
「……」
わたしを抱えたまま、先輩は床に座った。油断した隙にスカートの中に手が入って、なめ回されたところを触ってくる。ここなに部なの?
全国の文芸部員に謝罪して!
「ヒロヒロ、わたしを犯す気なの?」
「私が生まれてから、親はこれを隠そうと必死だった。小さい頃はそれでもこんなじゃなかったから、張り付けておけば目立たなかった。プールで泳いだり、そういうこともできた」
質問には答えてくれない。
「でも、それが良くなかったんだと思う。隠そうとする刺激で、私は十歳を前に目覚めた。はじめては親友だと思ってた子で、すんなり受け入れられて互いにのめり込んだ」
「ヒロヒロ」
わたしと話をしてよ。
「それは普通の同性愛として理解されなかった。その子はなにも言わずに引っ越した。なにも言わずにいてくれたことが、その子が本気だった証だと思ってる。わたしの秘密を守ってくれてる」
「聞いて、ヒロヒロ」
「リッちゃんは秘密を守ってくれる?」
不意に、目線が合った。
「守る。守るよ。言わない。だれにも。そんなの当たり前だよ。そう思って見せてくれたんでしょ? それはいーよ。だから」
「犯されても?」
「!」
言葉に詰まらない訳にはいかなかった。
ヒロヒロは真顔で、真剣にわたしを見つめてた。正確に言えばもうオープンにされてるわたしの下半身を見つめてた。それがそういう視線だってことはわかる。ミコシーも同じ顔してた。
「犯すと思った?」
「……」
「リッちゃんは正直だよ。思ってないって答えたら犯してた。好きな相手の予想は裏切りたいもの、って言うのは半分本当で、半分嘘だけど。もうちょっと我慢しようかなとは思えた」
「ヒロヒロ」
なにを言っていいのかわからなくて、わたしはただ呼びかけた。わたしが思ってた友情なんて最初からなかった。わかったのはそれだけだ。
おにいは女装で。
ミコシーはレズで。
タケシはドMで。
みんなわたしを求めてたけど。
「どーすればいーの?」
わからない。
「わたしが恋人になればいーの?」
「リッちゃん。なれるの?」
ヒロヒロはバカにしたみたいに言う。
「二人目でよければ」
答えはひとつだった。
わかりたいと思う。変態の血なのかもしれない。気持ち悪くても、頭おかしくても、それで嫌いになるわけでもない。なら、踏み込んでみるしかない。嫌いになるのは知ってからでも遅くないから。
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