第13話 わたし(不道徳)

 三つ編みとふわふわ髪の引っ張り合いに、教室は騒然としている。進学校だから男子でも少ないけど、女子同士がつかみ合うなんて珍しいことだからだ。他人事なら面白い。


 でも、明らかにわたしが原因だと困る。


「ヒロヒロ! ミコシー!」


 わたしは二人を呼びながら間に割って入った。


「なにごと? みんな見てるよ?」


「なんでもないよ。リッちゃん」


 ヒロヒロは引っ張られた三つ編みを後ろに。


「なにもありませんわ。リツさん」


 ミコシーは髪を耳にかきあげ。


「そーだねそーだね」


 二人は互いに目を背けながら、同時にわたしの手を掴んでもいる。なにもなくも、なんでもなくもなく、わたしに話を聞いて欲しいアピール。ここでどっちの味方をしても角しか立たない。


 深刻だ。


「一緒にお昼食べよ、ね?」


 言いながら、わたしは自分の机を中心に、三つの椅子をセットして三角形になるようにする。ここは平等アピールをしておく。


 友達と恋人どっちを取るの?


 女子が聞かれたら八割ぐらいは恋人を取るんじゃないかという質問だし、たぶんわたしも恋人って答えるけど、それは女の争いに興味のない異性相手を前提とした答えだと思う。


 女同士は後腐れるから。


「ほらほら、すわってすわって」


 なにもなかったフリでやり過ごせないかな。


 そんな甘いことを考えながらも、不満そうに二人が席に着く様子で、無理だと悟る。第二ラウンドはもうはじまってる。どっちがわたしを味方にするかという戦いだった。


「さーごはんごはん」


 わたしはお弁当を取り出す。


「ええ、そうしましょう」


 先に動いたのはミコシーだった。


「リツさんのお母様が作ってくださったお弁当ですもの、わたくしうれしくてうれしくて」


 自分の席に戻ってお弁当箱を持ってくる。


「うん」


 お泊まりアピールだ!


 自分は特別だぞとヒロヒロに先制パンチ!


 わたしは机の上にお揃いのお弁当が並んでしまう光景越しにヒロヒロの顔色を見る。メガネの奥で無表情な視線がハート型に切られたのり弁という絶望的おかーさんセンスに注がれる。


 浮かれたバカップルか!


「リッちゃんのお母さん、のり弁好きだよね」


 ヒロヒロが自分の弁当箱を開きながら言う。


「私も泊まったとき作って貰ったから、いい鰹節をおかかにしてるよね。あと、煮物とかもちゃんとしてる。また教えて貰いたいな」


「うん」


 特別じゃないんだからねアピールだ!


 さりげなくおかーさんとの関係が良好であることを伝えてスペースを詰めながらの的確なカウンター! 堂々と受けて立っている!


「……」


「……」


 激しいにらみ合い!


 今、わたしの昼ご飯がまずくなっている!


「いただきまーす」


 困った。どーしよう。


 下手に争いの原因なんか聞いたら完全にやぶ蛇、ジャッジのつもりでリングに上がったら二人ともわたしと試合する流れになっちゃうよ。本当のところ、不満をぶつけたい相手は、わたしなんだろうから。


 どっちかを選ぶしかない?


「おいしー」


「あれ? リッちゃん、サバの煮付け嫌いじゃなかったっけ? 好きになったの?」


 ヒロヒロが言う。


「……」


 わたしは苦笑い。


 味、わかってませんでした。


「あら、子供の時から好き嫌いが変化してませんのね。ならこちらのコロッケはお好きでは?」


 ミコシーが言う。


「……」


 わたしは苦笑い。


 はい、その通りです。


 どっちがわたしを知ってるかアピール合戦!


「御子柴さん。リッちゃんのお母さんは娘にちゃんと栄養を取らせようときちんと献立を考えてる人だよ。カロリーオーバーなんてさせて、太っちゃったらどうするの」


「広瀬さんったら大袈裟ですわ。それにリツさんは少しお肉が少ないぐらいですもの。わたくしはもう少しふくよかになられてもまったく問題ないと思いますわ」


「リッちゃんがふくよかになりたがってると?」


「ご本人はもう少しお胸が欲しそうですが?」


「えー?」


 太りたくはない。そりゃ。


 でもここで太りたくないなんて言ったら、ミコシーの意見を否定した感じになってややこしい。胸は欲しくないかと言えば欲しい。わたしのスポブラとパンツのミコシーは窮屈そうだった。


 それがちょっと嬉しそうでもあったけど。


「好き嫌いしないで食べまーす」


 この状況、つっらい。


 クラスメイトがわたしを見つめる視線も、自業自得だよという感じ。わかってる。軽率だったと思う。ヒロヒロがこんなに強気に出てくるなんて思わなかった。ミコシーに押されれば、出ちゃうんだと思ってたのに。


「今のリッちゃんがベストでしょう?」


「ベスト? 広瀬さんには無関係では?」


「私の理想の体型だから」


「あら、ダイエット中ですの? それにしてはハイカロリーなお弁当に見えますが?」


「妹たちのお弁当と一緒に作るから。御子柴さんこそ油断しない方がいいよ、幸せ太り」


「なにをおっしゃっているのやら?」


「質素倹約しててそのスタイルなら」


「! そんなこと」


 鋭いジャブの交換。


 曖昧な態度を取ってると大事故になる。


「……」


 優柔不断は男でも女でも最悪だ。


 わたしはのり弁のハートを裂いて決断する。


 ここはミコシーを選んで、ヒロヒロには平穏な生活を送って貰おう。数少ない友達を失うのはつらいけど、ミコシーを利用して巻き込んで肉体関係までもって捨てられない。


「ひ」


「リツ、ちょっといいか?」


 わたしの言葉を遮って、そいつの手が机に置かれた。座って見上げると割と身体が大きくなってる。坊主頭のタケシだった。


 親指を立てて教室の外へ促してる。


「今?」


 この修羅場が見えないの?


「今だ」


 そう言うタケシを、ヒロヒロもミコシーも明らかに邪魔者を見る目で睨んでる。わたしを含めて三人の女の厳しい視線をものともしない。メンタルは強いらしかった。


 来年はレギュラーとれるかもしれない。


「ここで言えば?」


 けれど、わたしには無関係だ。


「ガミセンにわざわざ取りなしてやった恩ぐらい返せないのかよ。停学になりたいのか、この暴力女。いいんだぜ、リツが昔なにやったか……」


「はいはいはいはい」


 腐れ縁ってだからめんどくさい。


「ごめん、ヒロヒロ、ミコシー、ちょっと行ってくるね。なんかもー落ち着かないなー」


 決断の先送りは絶対良くない。


 タケシは無言で校舎内を進むと、生徒立ち入り禁止の屋上へつづく階段を上っていく。ドアには鍵がかかっているので外には出れないけど、ここが男女の告白スポットであることは知ってる。


「……」


 わたし、モテ期だった。


 でもタケシは本当にただの幼なじみだから、禁断の恋にはまったくならない。対象外だ。スパッとフって終わりにしよう。そもそもミコシーと付き合いだした的な噂は広まってるだろうに、同性愛者に告白するなんて蛮勇だと思う。


 負け戦じゃん。


 それともわたしが見るからにビッチのバイセクシャルだとでも言いたいのだろうか。女をその日に家に誘ったならチャンスがあるとでも。失礼な話である。見た目は良い子だとよく言われるよ。


 口を開かなければ清純派とか!


「リツ」


「タケシ、ごめんわたし……」


 勘違い女みたいだが、さっさと。


「覚えてるか。小五の夏」


「……え?」


 思い出話パターン? 告白の前フリに凝るなんて体育会系らしくないよ。そこは男らしくしてくんないとこっちのテンポが狂うから。


「チンコみせろって、無理矢理、さ」


「……!」


 言われて思い出してしまう。


 セックスに興味を持ったときに、ネットで検索したそれがグロテスクだったので、おかしいと思ってわりと強引に確認した。世の中にはいろんな種類のペニスあると知った。おしまい。


「そのことはごめん。わたしがワルだった」


「別に文句を言ってんじゃないんだ」


「じゃーなに?」


 文句以外のなにに聞こえるんだろう。


「あれを思い出してずっとオカズにしてた」


 タケシは真剣な顔で言った。


「おおう」


 とんでもない告白されたぞ。


「それでこの間のだ。わかっちまった」


「わかっちゃったんだ?」


「ああ、わかる」


 まっすぐにわたしの目を見て言う。


「マゾなんだ。責められたい」


「……」


 わたしの幼なじみがこんなに豚野郎な訳がない。


 おにい、不道徳ってこういうこと?

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