第一部 第9話
参観日です。僕は作文を読み終えると、“ちらっ”と後ろを振り向いていました。
見ると、母ちゃんは何食わぬ顔をして立っています。これが、一番の恐怖でした。僕の横を先生が通るときスカートの腰のあたりを軽く叩きながら、クスッと笑ったような気がしました。その笑いを喜んで良いのか、はたまた鬼が出てくることを覚悟しなければならないのか、「ああっ、くわばらくわばら・・・」。
「次は、まさし君ねっ。」
と、先生はまさしを指します。
僕の後ろがまさしの席で、振り向いた僕の目に返事も忘れて乱暴に立ったまさしが映ると、作文用紙をにらみつけるようにして読み始めていました。
「俺は、自分は漁師だと思っています。父ちゃんもじっちゃんも漁師でしたが、あるとき一緒に
父ちゃんもじっちゃんも、母ちゃんも死んで、今はばっちゃんとこの町に住むことになりましたが、大人になったらばっちゃんを連れて一緒に海の側に行きます。そこで遠洋漁業の船に乗って、一日も早く一人前の漁師になりたいと思っています。」
まさしは、一気に読み終えました。まさしのおばあちゃんも参観に来ていたのですが、まさしは照れくさいのか読み終えると後ろも見ず怒ったように席に着きました。
まさしのおばあちゃんは今でも時々仕事をしていて、そのまま駆けつけたのか仕事着のままです。ニコニコとまさしの発表を聞いていたようで、隣にいる母ちゃんと何か言葉を交わしていました。
まさしの作文を聞いていて、僕はまさしが急に男らしく見えました。そして、まさしがお米おばあちゃんを一日も早く楽にさせてあげることが出来ればと思ったのです。
でも、僕は・・・。僕に、まさしのようなたくましさを持つことが出来るのでしょうか、自信がありません。母ちゃん、父ちゃんに「僕が八百屋を継いで頑張るから、安心していていいよ」と言えれば良いのですが・・・。
見ると、校庭には光があふれていて夏の風に遠くブドウの葉が揺れていました。何気なく僕が後ろを振り返えったとき、聞こえるはずのない波の音を聞いたような気がしました。「あれ、どうしたんだろう」、不思議です。
すると僕の目に校庭の銀色に鈍く輝く桜の木の影から、あの女の子が僕たちをのぞくように立っているのが見えました。女の子も僕が見えたのか、微かに手を振ると緑色のキャンディを一つ、“ぽ~ん”と空に向かって投げ上げていました。あっ、あれは僕の家から取っていったキャンディなのに・・・。
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