第一部 第8話

 僕の、たった一人の朗読会でした。

「のぼる。いい・・・、良いよ。」

 まさしは、しきりに感心します。

 明日の授業参観で発表する作文でしたが、母ちゃんがこれを聞けば 「この馬鹿たれ息子が! アンタ、何を書いてもいいというわけじゃないでしょ」と、必ず巨大な角を生やして怒りくるうのが目に見えていました。

 読みながらも、思わず僕は背中に寒気さむけを覚え恐怖をいだきましたが、もともとが空想好きな僕はまさしがいるにもかかわらず自分の世界に入り込んでいました。

 そして、ほんの少しの間ですが「くわばらくわばら、これはお祓いをしなくては」などとニヤニヤしながら考えていると、突然、大声でまさしが叫んでいました。

「おっ、おおい!」

 声に驚いてまさしが叫んだ方を見ると、窓の中を白い雲が一つ「ぽっかり」と流れていくのが見えていました。それは透明な額縁の中に青を隙間なく塗り、さらに透明を塗り重ねて層の間に魔法で浮かした綿菓子のようでした。

「俺はよう、白いアンパンみたいな雲を見ていると、死んだ母ちゃんや父ちゃん、それにじっちゃんがあの上で楽しく暮らしているような、そしていつも俺のことを見守っていてくれているような、そんな気持ちになるんだ。」

 まさしの言葉で僕はとっさに自分を振り返ると、母ちゃんも父ちゃんもいない生活を考えることは出来ません。ところが、まさしはおばあちゃんと二人だけの生活でした。

 まさしのおばあちゃんは、生活を支えるために何年も何年も洗い物の仕事や日雇いでお金を稼いできたのです。そして長い間の無理がたたったのか病気がちになると、思うように働くことが出来なくなっていました。

 以前、まさしのことが心配になって僕は母ちゃんに聞いたことがありました。母ちゃんが言うには「お米さん」、まさしのおばあちゃんの名前ですが、お金を稼ぐためにきつい仕事を選んでしていてリュウマチになり、働くことが出来ない今では生活保護を受けているそうです。僕は生活保護のことはよく分からないのですが、まさしは集金の時と参観日がいつも嫌いだと言っていましたので、たぶんその事だったのでしょう。

 しかし、僕たち、僕も母ちゃんも父ちゃんも、そんなことを気にしたことはありません。僕の家もどちらかと言えば貧乏だったので、自分のことも人のこともいちいち気にすることなど出来ず、また生活のための店が忙しかったのです。これが本当の「貧乏暇なし」かもしれませんが・・・。

 でも金持ちの子や見るからに甘やかされた子などは、陰でまさしの悪口を言っていました。悪口の内容は、まさしの家が貧乏というだけでまさしのすべてを嫌っていたのです。貧乏のどこがいけないのでしょうか、確かに使い切れないほど小遣いがあったりきれいな服を多く持っているのはうらやましいことですが、何が大切か、本当の宝物は何かといえば僕にはそれが家族であり友達でした。

 僕は自分だけがよければとか、見せびらかすようなことは大嫌いです。だから、まさしやまさしのおばあちゃんの苦労を思うと陰口を言うやつが許せませんでした。

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