第一部 第6話

 毎度のことで、お昼前は店がめちゃくちゃ混んでいました。憎まれ口を叩いたものの、僕の昼ご飯に母ちゃんの手をわずらわすわけにはいきません。

 だからいつも事ですが、一人で食べます。カバンを階段の広くもない踊り場に投げて台所に入った僕の背中に、おもしろい話でもしているのか母ちゃんの大笑いが再び聞こえていました。

 「今日の昼は何かなっ」と、少しは期待を込めて僕はちゃぶ台の上を見ます。ところが、台所を吹き抜ける生暖かい風のなかちゃぶ台の上に置かれた透明なガラス鉢の中では、溶けかけた氷が申し訳なさそうに浮くと、冷めた風呂桶のような底でそうめんたちが怠け者のウナギのように体を投げ出して横たわっていました。

 見ればみるほど食欲がなくなるのですが、贅沢ぜいたくは言えません。氷を入れるべきか、そのまま食べるべきかとそうめんを眺めていると、隣の山田さんから春日八郎の「お富さん」が聞こえてきました。僕は動くのも考えるのも面倒なので鍋にはいっていたつゆをコップに入れると、春日八郎に合わせて歌いながら一気に食べていました。コシのどこかに行った生暖かいそうめんは、素晴らしく最悪でした。

 昼飯を済ませて二階に上がると、読みかけの漫画を誰に邪魔される訳でもないのですが心ゆくまで読みます。読み終えた僕は「めんどくさいなぁ」と思いながらも、宿題で出た作文をやる気が湧かないまま書き出しましたが、三時を少し過ぎた頃、

「のぼる、お友達だよ!」

 階段の下から、母ちゃんが怒鳴っていました。あと少し、もう少しで終わるとこだったのに・・・。

「だぁれ?」

 僕が言い終わるか終わらないうちに、母ちゃんは麦茶を持って上がってきます。その後を、母ちゃんの子分のようにまさしがついてきていました。

「よう!」

 狭い階段とそれほど高くない間口に大柄なまさしは挨拶代わりに手を上げ猫背気味になって部屋に入ると、いつもの場所に膝を抱えて座り込みました。

 店を空けることが出来ない母ちゃんは、麦茶を置くとあたふたと下りていきます。膝を抱えたまま窓の横の壁にもたれたまさしは、手に白いものを持っていました。

「作文できたのか?」

 いつも通りのぶっきらぼうな言い方ですが、これは僕だけではなく誰に対しても同じでした。

「うん、もう少し。」

「俺、これだけしか書いていないんだ。」

 手に持った白いものは、一枚の作文用紙でした。

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